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Writer/酉野たまご

よしながふみの漫画『大奥』に救われた、LGBTQ+当事者の私

2023年にNHKでドラマ化された、よしながふみ原作の漫画『大奥』。男女が逆転した江戸城大奥での悲喜こもごもを描いたこの作品から、自分が、それも「LGBTQ+としての自分が」こんなにも希望を与えられるとは、読んでみるまで思ってもみなかった。

私が今、漫画『大奥』を読もうと思った理由

「百合」や「BL」が苦手な私も、LGBTQ+の漫画に触れたい

最近、意識してLGBTQ+を描いた作品に触れるようになった。

小説や映像作品、舞台作品などジャンルを問わず、自分のアンテナが反応するコンテンツには積極的に触れるようにしている。

漫画を読むことも好きなのだけど、LGBTQ+を描いた漫画作品を探すのは、小説や映像作品などの場合と比べて少しハードルが高い。

なぜなら、いわゆる「百合」や「BL」と呼ばれるジャンルの作品は、どうしても苦手に感じてしまうことが多いからだ。過剰にセクシーな表現や「萌え」を誘発するような描写は、私の場合、あまり得意ではない。

もっと人間の内面を深く描いた、ある意味「LGBTQ+」という枠にとらわれないようなテーマ性のある作品に、より強く心惹かれる。

そこで私が注目したのが、よしながふみ氏による漫画作品だ。

きっかけとなったよしながふみ作品と、漫画『大奥』との出会い

実際に読むまでは、よしながふみ氏の漫画作品はそれこそ「BL」のイメージが強かった。

読む前から、「きっと自分は苦手なジャンルだ」と決めつけていたのだけれど、その考えが変わるきっかけとなった作品が2つあった。

1つは、TVドラマや映画にもなった漫画『きのう何食べた?』、もう1つは2023年に刊行された漫画『環と周』だ。

漫画『きのう何食べた?』はゲイカップルを主人公としているものの、性愛的な描写はほとんどなく、淡々と家庭での食事や日常生活を描いている作品だ。

TVドラマ化したことで漫画原作の存在を知り、気になって読み始めたら止まらなくなった。こんなにも、LGBTQ+のささやかな日常を描き出してくれる作品があるのかと目から鱗が落ちる思いだった。

さらに、漫画『環と周』に触れたことで、よしながふみ作品=「BL」という安直なイメージは私の中で完全に崩れ去った。

『環と周』は輪廻転生を主題とした漫画で、時代を超えて何度も巡り会う二人の人物「環」と「周」の結びつきが描かれる。

時には女学校に通う女学生同士として、時には元軍人と命の恩人である元上司として、また時には小さな男の子と親代わりを務める女性として、性別を超えた絆を繰り返し描写している。

この作品は、「人間の内面を深く描いた作品を読みたい」と思っていた私にとって、まさに探し求めていたものだった。

これら二つの漫画作品に触れたことで、「よしながふみ作品をもっと読みたい」という気持ちが湧き上がってきた。

とはいえ、よしながふみ氏の初期の作品にはそれこそ「BL」ジャンルの漫画も多く、どの作品が自分の好みに合うかは吟味する必要があった。そのためにまず、インタビュー本『仕事でも、仕事じゃなくても 漫画とよしながふみ』をあたり、過去のよしながふみ作品とそれらが描かれた経緯についてざっくりと調べてみた。

そして、白羽の矢が立ったのが漫画『大奥』だ。

先述した『きのう何食べた?』と並行して連載されていた作品であり、「男女が逆転した徳川家の大奥」というテーマに、よしながふみ氏ならではのジェンダー観やLGBTQ+観が表れているような気がしたため、選んだ。

NHKで実写ドラマ化されていたことも知ってはいたけれど、ずっと観る機会を逃していたので、漫画だけでもしっかり腰を据えて読んでみようという気持ちになった。

結果的に、漫画『大奥』は『きのう何食べた?』や『環と周』に匹敵するほど、私の心に深く刺さる重要な作品となった。

漫画『大奥』とLGBTQ+の表象

「性」に翻弄される、徳川家をめぐる人々を描いた漫画『大奥』

漫画『大奥』では、若い男性にだけ感染が広がる謎の病によって、男女の人口比率が大幅に偏った架空の江戸時代が描かれる。そのため、徳川家では三代目から女性の将軍が立つようになり、将軍が後継者を産むために選りすぐりの男性を揃えた「大奥」が作られたのだ。

漫画『大奥』を読み始めて最初に感銘を受けたのは、この「大奥」を巡って、「性」に翻弄される人々の生き様だ。

例えば、三代将軍徳川家光は父親の身代わりとして将軍職を受け継いだため、女性であることが明るみにならないよう男装して過ごすことを余儀なくされる。にもかかわらず、世継ぎを産むために男性と夜伽をすることをも強要され、「男性」と「女性」という二つの性と役割を同時に求められたのだ。

そのことに家光は長年苦しむが、大奥で万里小路有功という伴侶を得て、一人の人間として愛されることで自分自身を取り戻す。

ほとんどファンタジーのような設定とストーリーでありながら、不思議と実感を伴うような心の痛みと心情の変化が丁寧に描かれる。

それが漫画『大奥』の特徴であり、私が心動かされた理由でもある。

漫画『大奥』に登場する、魅力的なLGBTQ+の登場人物

また、自分のセクシュアリティを包み隠さず、堂々と生きるLGBTQ+の人物も登場するのが漫画『大奥』の画期的な部分でもある。

学者であり戯作者などとしても活躍した歴史上の人物「平賀源内」は、漫画『大奥』の中では同性愛者の女性として描かれている。

漫画『大奥』で、平賀源内は自身のセクシュアリティを恥じたり、思い悩んだりすることは一切無い。

それどころか、楽しそうに、底抜けに明るい性格で力強く突き進む様子ばかりが描写されるのだ。

「人生は短い 着とうもない着物を着 やりとうもない平賀家の当主なんぞしとる暇は無い!」と宣言している。

男物の着物を着て女性との恋愛を楽しむ平賀源内の姿に、LGBTQ+として困難な時代を生き抜くパワーをもらえそうな気がした。

LGBTQ+という概念すら超えて―漫画『大奥』から感じた希望

「LGBTQ+」というレッテルを自分に貼っていたこと

漫画『大奥』全十九巻を通して実感したのは、「LGBTQ+というラベリングすらない世の中になればいいのに」ということだ。

私自身は、自分がLGBTQ+当事者であることを誇りに思い、同じ境遇の人と手を取り合って生きていきたいという思いも持っている。

ただその分、自分に対して無意識にレッテルを貼ってしまっている部分があることも事実だ。

漫画『大奥』で、十四代将軍徳川家茂の正室(夫)となる和宮は、女性であるにもかかわらず性別を偽り、弟の身代わりとして将軍家に入る。

和宮は他人に女性であることを悟られないよう、男性の装束に身を包んで過ごす。
立場としては、父親の身代わりとして将軍職を受け継いだ三代将軍徳川家光と同じである。

しかし、和宮は自身の服装に気を取られることなく、いつでも悠々と過ごしている。
あまりにも自信たっぷりなその振る舞いに、周囲が圧倒されるほどだ。

そして物語終盤。

女性の装束に身を包んで姿を現した和宮に、周囲の人物は思わず「これが真のあなた様なのでございますね」と声をかける。和宮はそれに対し、「何言うてはるの 私はいつだって私です」とあっさり応える。

私は、この場面に強烈な憧れをおぼえた。

自分の性表現に迷ったり、悩んだりしている私自身も、決して間違ってはいないはず。

だけど、悩む余地すらなく、ただシンプルに「好きな服装や生き方を選ぶだけ」「どんな振る舞いをしていても自分は自分だ」と考えられたら、今よりもずっと自由で軽やかな心地がするだろう、と思ったのだ。

漫画『大奥』が描く希望の形―LGBTQ+を超えた人間同士の絆

漫画『大奥』には、「自分がLGBTQ+だから」という理由で悩んでいる人物はあまり描かれない。

登場する悩みの多くは、「子どもを作り、(徳川家の)子孫を残せるかどうか」に起因している。

日本を戦乱の世に逆戻りさせないよう、徳川家が永く安泰に続くようにと「大奥」が作られ、将軍の世継ぎを絶やさぬように数多くの人々が奮闘する。

逆に言えば、その点に関しては、性的マジョリティである人もLGBTQ+も関係なく苦悩し、必死にもがきながら生きているのが漫画『大奥』の世界観なのだ。

そのことに、私はかえって清々しさを感じた。

特に、十四代将軍徳川家茂が自分と和宮とで養子を育てようと語る場面は、読んでいて目前の霧が晴れていくような明るさと希望を感じた。

「新しい時代の日本になると申すのなら 何も将軍が必ず血の繋がった我が子に跡を継がせずとも良いであろうし まことに信頼に足る人物ならば 夫婦でなくても 二人で人の子の親になっても良いではありませぬか!」という家茂の語り。

漫画『大奥』の世界で苦しみ悩んだ多くの人々と、読者である私たちを同時に救ってくれる言葉に思えた。

女性同士でも、夫婦関係がなくとも、性愛や恋愛の感情を介さなくても、絆を深め合い、養子を迎えて家族となることができる。

まさか漫画を読んでいて嬉し涙を流してしまうことになるとは思ってもみなかったが、漫画『大奥』は、そのくらいLGBTQ+当事者である私に希望を与えてくれる作品となった。

漫画『大奥』が描く、LGBTQ+当事者をも特別視しない多様な愛の形

今や私にとって大切な作品となった漫画『大奥』には、進んだ考えの女性がたくさん登場する。

彼女たちの考え方は、ジェンダーもセクシュアリティも超越していて、それが私にとっては心地いい。

「LGBTQ+として」の生き方に迷い悩んでいる私の存在さえも、なんでもないことのように受け入れ、咤激励してくれそうな強さを感じるのだ。

漫画『大奥』の一巻は男女のラブストーリーがサブテーマとなっており、最終巻である十九巻では親子愛、性愛の関係ないパートナーへの愛、徳川家という家族を超えた「集団」への愛が描かれている。

多様な愛の形を描いた漫画作品、『大奥』。

このような漫画の表象に救われるLGBTQ+当事者がいるのだと、ぜひ少しでも多くの人に知ってもらえたら嬉しい。

 

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