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Writer/古怒田望人

トランスジェンダーが直面する「社会的な死」

海外のトランスジェンダーの殺害事件は、昨年だけで26件確認されています。そしてそのほとんどが、ただトランスジェンダーとして生活をしているといった、不条理な理由からなされています。

たしかに、日本のトランスジェンダーの歴史において、陰惨な殺害はあまり見受けられません。そう言ったことから、「日本はトランスジェンダーに寛容な国で、トランスジェンダーへの差別などない」。だから「日本ではトランスジェンダーの権利は保証されている」と考える方もいらっしゃるかもしれません。

しかし「死」とは、何も生命的な死に限定されるものではありません。今回は日本のトランスジェンダーにおける「社会的な死」についてお話ししたいと思います。

社会的な死

まずは、社会的な死とは何なのか。そしてトランスジェンダーの社会的な死の事例を見てみたいと思います。

社会的な死

死とは生命的な死に限られません。「社会的な死」というものがあります。例えばボクは、ディスレクシアという文字に関する学習障害があります。ディスレクシアの現れ方は人それぞれなのですが、ボクの場合、手で文字を書いていると頭が真っ白になりパニックになるというのが主な症状です。

義務教育は、みなさんご存知のように、ほとんどが手で文字を書く勉強なので、ボクはまったくついていけませんでした。こんな風に今は文字を書くことを職業にしていますが、ボクは作文が書けず給食の時間まで居残りを何度もさせられました。

問題だったのは、ボクの通っていた中学は田舎でしたので、ディスレクシアへの認知などなく、ボクは「知的障害」というレッテルを張られ、教師たちからハラスメントを恒常的に受けました。そのため、ボクは学校に通うことができなくなり、実質社会から締め出されました。そして周囲の人々は口々に「古怒田さんのところの息子さんはおかしいから近づいちゃだめ」とボクを孤独に追いやっていきました。

幸い、家族の理解があり、通信の高校に通い、大学以降はパソコンでの学習ができたので、ボクはなんとかこうしてここにいます。しかし、もしボクの家族もボクを「知的障害」と差別していたら、もし通信制の高校に行けていなかったら、ボクは社会における居場所を奪われ、自分の存在価値を見失って命を絶っていたかもしれません。

このような、個人を取り巻く制度、偏見といったものが生み出す「死」を「社会的な死」と呼ぶのです。

トランスジェンダーの社会的な死

さて、日本のトランスジェンダーの場合にも、「社会的な死」が見られます。実際、性別適合手術が終わった瞬間に自分の目的が失われた喪失感から病院の窓から飛び降りて自殺された方や、「借金返済だけで人生が終わる、女性になれたのに子供も持てない」といった苦しい声を聴いてきました。また、あるMTFでクリスチャンだったトランス女性の司祭は、最後まで性的マイノリティの人権を訴えながら、偏見からくる差別の眼差しの下で自ら命を絶ちました。

ネット空間での社会的な死

昨今twitterを中心としてネット上で、「ペニスをもっているトランスジェンダー女性は、ペニスがありながら女性として生活をしているため、女性の権利やトイレのような公共空間の安全を脅かす危険な存在」であるとか、「ペニスのあるトランスジェンダー女性は、レイプをする危険のある犯罪者予備軍」であるといったトランスジェンダーに向けられる不条理な差別的な発言がよく見かけられます。

そして、このような言われもない差別的発言から傷つき、自殺を選んだトランスジェンダーたちがいることも耳にしています。今のところ、特定の個人による「殺害」は日本にはほとんどありません。しかし、ネット空間という匿名の社会のなかでトランスジェンダーは排除され、「社会的な死」に追いやられているのです。

なぜトランスジェンダーの「社会的な死」が起こるのか

では、なぜトランスジェンダーは「社会的な死」に追いやられるのでしょうか? 理由は多々ありますが今回は4点に絞ってその原因を考えてみたいと思います。

①「特例法」の問題

戸籍上の性別の変更を法的にみとめる「性同一性障害特例法」(以下、特例法)は当事者から「家族を持つ権利」や「生殖をおこなう権利」を奪い、彼らの社会的な生を不安定なものにしています。先のトランスジェンダー女性の語りにみられた「女性になれたのに子供も持てない」といった悲痛な言葉は「特例法」が、トランスジェンダーが子供を生殖する権利を奪い、社会との関りをある意味で喪失させていることが分かります。

実際、twitter上では「戸籍上の性別を変えるのだから、強制不妊や強制断種なんて言葉を使って文句をいうのは理解ができない」といった理解のない発言が見受けられます。ですが、得られるもの(紙面上の性別変更)に対して、失うものがあまりにも大きすぎます。

例えばホルモン投与は精神疾患を招く恐れが強いですし、卵巣を摘出すれば自動的に更年期障害に悩まされます。実際、特例法に則り生きようとしながら、精神の不安定さに襲われ、日常生活すらままならないトランスジェンダーをたくさん見てきました。

②トランスジェンダーのQOLへの視点の欠如

結局、「特例法」で得られるのは紙面上の性別でしかありません。しかし、ホルモン投与をし、性別適合手術をした「後」のケア、当事者のQOL(生活の質)には「特例法」自体は何ら関与しません。

ですので、「特例法」の全てを満たしたその先が、真っ暗なことはしばしばあることです。性別適合手術を終えた後、病院の窓から飛び降り自ら命を絶った方の一因に、術後ケアへの視点の不在が含まれているのかもしれません。また、「特例法」が定めるゴールには、その先の未来がみえません。QOLへの視点の欠如は、結果として、トランスジェンダーの「社会的な死」により一層直面させることになるのです。

確かにジェンダー・クリニックと呼ばれる心療内科のサポートを受けることはできますが、そもそも日本の精神医療のレベルは高くありません。ボクは、パニック障害や躁うつ病をもっていますが、現在のクリニックに通うまで、約10年間薬漬けの日々でした。

③保険適用外という問題

日本ではホルモン投与や性別適合手術は実質、保険適用外です。どこまで性別移行を行うかはそれぞれ異なるのですが、性別移行するには、最大で約10000万円かかると言われています(ここには、MTFに顕著ですが、望みの性別でより自然に生きたいという理由から、美容整形をすることも含まれています)。

ところで、トランスジェンダーは基本的に貧困層です。一部の社会的に成功したトランスや地位のあるトランスを除けば、髪の長さ、化粧の有無など、見た目が理由で就労することが困難な場合があります。また、職種が限られているだけではなく、日雇い労働のようなケースもままあります(夜職やセックスワークという手段もありますがセンシティブな問題ですのでここでは言及を控えます)。

性別移行をするために「借金」をし、性別移行後その借金返済のために「一生」を費やさなければいけないトランスが多くいます。なぜ「一生」かと言えば、性別移行をした後も、トランスジェンダーとして受け入れる社会の態勢があまりないため、就労の困難が生じ、結局、借金返済までにとても時間がかかるからです。加えて、術後もホルモン投与や身体のメンテナンスに費用が加わってきます。

こうしてトランスジェンダーは、借金返済のために多くの時間を費やさなければならず、QOLは低下していきます。保険適用外という社会福祉制度、ならびに就労への受け入れのなさからも、トランスジェンダーに「社会的な死」が突き付けられているのです。

④地域差問題

ボクはいつも東京で暮らしていて、自分は比較的安全に生きられていることに感謝すると同時に「責任」を感じます。この「責任」には、ボクが東京、大阪、名古屋のような性的マイノリティに比較的寛容な大都市で生活をしている分には比較的安全ですが、地方では同じ生活ができるとは限りらない、という背景があります。

実際、ボクが神奈川の地方にある実家に帰ると、特に何かをされたり、言われたりするわけではありませんが、言いようのない居心地の悪さを感じます。地方の差別の目線に耐え切れず命を絶ったクリスチャンのトランス女性の悲劇が示すように、まだまだ地方ではトランスジェンダーへの偏見は強く、差別の眼差しの下で「社会的な死」に追いやられるのです。

そのため、当事者コミュニティにアクセスできないような地方の環境では、トランスジェンダーにとって唯一の生存戦略がネット空間での他の当事者との交流でしょう。しかし、「海外のトランスは殺されてるけど、おまえら死んでねーじゃん」といった心無い言葉がネット空間に充満しています。

想像してみてください、自分の苦しい思いを現実社会ではだれにも打ち明けられずに孤立し、唯一の救いだったネット空間においてすら排斥される苦しみを。

「社会的な死」とどのように向き合うべきか

最後に、このような「社会的な死」に直面しているトランスジェンダーに対して、どう向き合うべきなのか少し考えたいと思います。

「個人的なことは政治的なこと」

「個人的なことは政治的なこと」。これはフェミニズムの基本的なスローガンとされています。この言葉が意味するのは、個人に関わることは、法制度や社会環境と切り離せないということです。

実際、トランスジェンダーの「社会的な死」という個人に降りかかる問題は、「特例法」のような法制度、福祉制度や社会環境に起因していました。トランスジェンダーの「社会的な死」に向き合うためには、法制度や社会環境のような「政治的なこと」に向き合う広い視点が必要になってきます。

しかし現在、社会的、政治的なことの情報や意見を手に入れる一般的な媒体、ネット空間は、差別や偏見が散見されます。特に、トランスジェンダーに対するネット空間での差別や偏見は、これまでみてきたように、数多くあります。それどころかトランスジェンダー個人を攻撃する姿勢がみられ、逆にトランスの「社会的な死」を助長させることに繋がっています。「個人的なことは政治的なこと」という意識が、今、失われているのです。

MTF活動家、研究者のケイト・ボーンスタインは20年以上も前に、「ネット空間は、肌の身体とは異なった性表現ができるために、性差の規範を変えるのではないか」と記しました(ボーンスタイン『隠されたジェンダー』,筒井真樹子訳,新水社,1994,168-169)。

しかし、彼女が夢見た電子の世界は、日本においてヘイトと差別に渦巻く世界になっています。トランスジェンダーを「社会的な死」に追い詰めないためには、「個人的なことは政治的なこと」であるという意識をもう一度もって法制度や社会環境を見直していく必要があります。


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