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性別違和と向き合いながら、1日でも長く歌い続けたい【前編】

大好きな音楽をあきらめきれず、働きながら地元・長野県でライブをスタート。オーディションの失敗や知人の死、活動休止など、何度も立ち止まりながらアーティスト活動を継続してきた。同時に性別違和とも向き合い、MTFを自認。今の目標は、1日でも長く歌い続けること。今日も呼吸をするように、やさしい音楽を奏でる。

2022/03/05/Sat
Photo : Mayumi Suzuki Text : Shintaro Makino
伊藤 ひより / Hiyori Ito

長野県生まれ。3歳のときに「自分は女の子かも」と気づき、学校では男の子たちのいじめの標的になってきた。小学校1年でピアノと出会い、中学では吹奏楽部でフルート、ピッコロの音色に魅せられる。音大進学を希望したが叶わず、一旦は保育士として社会に出るが、ついにアーティストになる夢を実現。ピアノの弾き語りとLGBT支援の講演活動を行なっている。

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INDEX
01 活動拠点は故郷、上伊那
02 3歳の頃から気づいていた性別違和
03 音楽と両親の厳しさが助けてくれた
04 つらいこと、楽しいことがあった高校生活
05 性同一性障害を知ったけれど・・・
==================(後編)========================
06 自分を全否定された悔しさ
07 ライブ活動の休止、そして再開
08 事実上のカミングアウト。性別違和とちゃんと向き合おう・・・
09 歌とLGBT講演の新しいステージに挑戦
10 呼吸するように歌い続ける

01活動拠点は故郷、上伊那

一番、落ち着けるところ

長野県の上伊那に拠点を置いて、シンプルなピアノの弾き語りによるアーティスト活動を続けている。

「上伊那は山がすごく見えて、雪がたくさん降るところです。最近は以前よりは少なくなりましたけどね。夜、クルマを運転していると、シカやタヌキが出てきたり、朝、キジが鳴いていたり・・・・・・。そんな自然が豊かなところです」

性別違和に悩んでいた子どもの頃は、東京に生まれていればこんなにいじめられなかったのに、と恨んだこともあった。

「アーティストになって最初に演奏したのは松本の小さなライブハウスだったんですけど、幸せを感じました」

「一時、メジャーデビューしたくて、オーディションを何度も受けていたこともあるんです。拠点を都会に移すことを考えた時期もありましたね」

しかし、今は地元にいて、あえてそこから音楽を発信することに意味を感じている。

「私にとって大切な場所ですね。やさしい場所で、私を落ち着かせてくれるところ。やっぱり、故郷ですからね」

将来的にメジャーデビューがあるかもしれないが、今は長野県で知ってもらうことをひとつの目標にしている。

母の頑張りを誇りに思う

家族は、父、母、妹、そして犬だ。

「父は、物が捨てられないタイプなんですけど、ものすごくきれい好きなんです。潔癖症といえるかもしれませんね」

自営で接客の仕事をしていた父は、とても真面目でフレンドリー。元気でテンションが高い一面を持っていた。

「話が上手で、講演会なんかもしていましたね。お客さんと電話で話しているのを聞いて、この人、すごいなぁと思ったこともありました」

一方の母親は、せっかちな性格が自分とよく似ている。

「最近、見た目も母にすごく似てきたんですよ。ホルモン治療を始めてから、特に似てきました(笑)」

母は、美容師の仕事を続けている。

「妹の出産でしばらく休んでたんですけど、アシスタントとして復帰して頑張ってます」

母が勤める美容院は、最先端のヘアスタイルを取り入れて発信する、チャレンジングなサロンだ。

「優秀な若いスタイリストがいるなかで、一番年上なのに粘り強く頑張ってます。本当にすごいな、と思います」

両親とも、親としては厳しく育ててくれた。そんなふたりのおかげで、社会人としてのマナーを学べたと感じる。

「彼らが私の両親だったから、人の気持ちを考えられる人間になれたんだと思います」

最初は歌手としてデビューすることに反対だった。

今では新聞や雑誌の記事を切り抜いてくれたり、コンサートの会場に足を運んだりしてくれている。

02 3歳の頃から気づいていた性別違和

性別違和は男の子たちのいじめの対象

性の違和感に気がついたのは、まだ3歳のときだった。

「本当は、自分は女の子なんだと思ってましたね。友だちは女の子ばっかりでしたし、セーラームーンなんかで遊ぶときも、自分から女の子役を希望して、喜んで演じてました」

「女の子グループの空気をまったく読めてませんでしたね(笑)。自分が嫌われていると気がつけばいいのに、気がつかないから、どこまでも追いかけちゃいました」

男の子たちからは、当然のようにいじめられた。

「喋り方も、身振り手振りも女っぽかったんですよ。おかまとか、気持ち悪いとか、いつもいわれてました。弱かったんで、何も言い返すことができなかったですね」

いじめられていること、汚い言葉をぶつけられていることを親に訴えることすらできなかった。

「子ども心に、いっちゃいけないことだと感じていたんだと思います」

入学式で出会ったグランドピアノ

小学校に入っても、状況は変わらなかった。
男の子たちは攻撃してくる敵と認識して、ますます近づかないようになっていった。

そんなときに出会ったのがピアノだ。

「小学校の入学式のときに、体育館にグランドピアノが置いてあったんです。それをひと目、見た瞬間、私、感動してしまったんです」

ピアノを習えば、この楽器に触れるのかな。そう思ったら、いてもたってもいられなくなった。

両親に頼んでピアノ教室に通い始める。

「楽しかったんですけど、先生が厳しい人で。課題の曲は熱心にやらないで、好きな曲や気持ちのいい和音を自分勝手に弾いてました」

最初に買ってもらったのは、中古の電子ピアノ。押すと鍵盤が取れて、中のボタンが見えてしまう代物だった。

「それが私のピアノの原点です(笑)。その後、本物のピアノを買ってもらいました。すごくうれしかったですね」

途中、エレクトーンなども習い、20歳くらいまでレッスンを続けた。

03音楽と両親の厳しさが助けてくれた

つらかった体育の授業

両親は、女性っぽい息子を黙って見守ってくれた。

「かわいいものが好きで、女の子の格好をしたがる男の子、と思ってたんでしょうね」

しかし、小学校の高学年になっても友だちは女の子ばかり。両親は、さすがにこれはまずいと思い始める。

「ある日、男女の友情はありえないって、はっきりといわれました。ときどき、自分のことを『ぼく』といったりして努力をしてみたけど、ダメでしたね」

学校生活で一番つらかったのは、体育の授業だった。

「男女にはっきりと分かれるじゃないですか。体力もなくて運動もできないのに、その時間だけ、ポイっと男子生徒のなかに入れられちゃう。それはもう、死にもの狂いでした」

中学に入ると制服を着なくてはいけないが、それはすんなりと受け入れられた。

「着なきゃいけない、とルールで決まっているものは大丈夫なんです」

ところが、後で聞いた話だが、職員会議では当時「伊藤がスカートを履いてきても受け入れよう」と申し合わせがされていたという。

念願のピッコロでステージに立つ

中学校では吹奏楽部に入り、フルートを担当する。

「中学でもいじめられっぱなしでしたけど、登校拒否にならなかったのは、フルートに没頭できたからだと思います。本当に音楽に助けられました」

フルートのやさしい音色、親しみやすい響き。フルートを演奏することで得られる穏やかな気持ちが、嫌なことをすべて忘れさせてくれた。

「うまくなりたい、という気持ちも強くなって、一生懸命に練習しました」

しかし、本当に演奏したい楽器はピッコロだった。

「ピッコロは息のスピードをフルートよりも早くしないと、きれいな音が鳴らないんですよね」

夢が叶ったのは、中学3年のときだった。県大会の地区予選でパートリーダーに抜擢されると、念願のピッコロでステージに立った。

「演奏したのがプッチーニの『蝶々夫人』だったんです。本来はピッコロのパートがない曲なんですけど、先生があえてピッコロのきれいなパートを作ってくれたんです」

ステージの上で演奏したときは、とにかくうれしかった。しかも、審査員から「ピッコロ、ブラボー!」という評価が与えられた。

「音楽で目立つことの喜びを知った感じでしたね」

今は、あの厳しさに心から感謝

音楽と並んで、つらいいじめから救ってくれたのは両親だった。

「中2のときに、一度、登校拒否になりかけたんですよ。もう、学校に行きたくないって、泣いて頼んだんです」

ところが、両親はそれを許してくれなかった。

「そんな甘ったれたことをいうんじゃない!」と叱りつけ、無理やりクルマに乗せると学校の正門の前に放り出した。

「なかには登校拒否を受け入れる親もいるじゃないですか。もし、そうだったら、きっと私は引きこもりになっていましたね」

両親の厳しさ。それがあったから、今の自分がいる。

「あのときは、大泣きして恨みましたけど、今は本当に感謝してます」

04つらいこと、楽しいことがあった高校生活

ナイフを喉に突き立てた

音楽の素晴らしさに魅了され、県立高校の音楽コースに進学。高校の授業では、合唱がメインとなった。

「歌うのも好きでよかったんですけど、高校1年で変声期がきてしまって。声って性別が出やすいじゃないですか。これが本当にショックでしたね」

自分では、女声パートであるソプラノやアルトをやりたかったが、男声パートのテノールに回されてしまう。

「何度もナイフを自分の喉に当てて、突き刺そうとしました。それくらい、自分の声が嫌いでした」

高校では琴の授業でも悩まされた。

「私、弦楽器が苦手なんです。琴はうまく弾けないうえに、爪をつけるとささくれがひどくて痛いんです。先生、私、弾きたくないっていったんです」

先生の答えは、「弾かなくてもいいけど、留年になるよ」。留年では、琴から逃げたことにならない。

仕方なく、泣きながら琴に向き合った。

女の子と仲がよくて嫉妬される

小・中・高・大学。学生生活で一番、楽しかったのは高校だった。

「クラスの女の子たちと一緒に自転車で通学してました。学校の帰りにマックに寄ったりして、いろいろとバカな話をしてましたね」

一番仲がよかったのは、音楽を一緒にやっていた女の子だった。授業をサボって外でお弁当を食べながら、寄ってきたニワトリにお裾分けしたこともある。

「あんまり女の子と仲がいいんで、男子から本気で嫉妬されることがよくあったんです。自分のカノジョと仲良くしているのが、面白くないって。そんなことを笑い話にしてましたね」

ときには彼女たちの恋愛話を聞くこともあった。そんなとき、性別に関係なく、友人として気持ちよくつき合ってくれていると感じることができた。

「私自身は、正直、恋愛に興味がなかったですね。かっこいいな、かわいいな、と思う相手はいましたけど、それで終わり。告白したことも、されたこともありません」

最初は、「本当にこんなオカマと一緒に歌うのかよ。マジ、きも!」などといっていたヤンキー風の怖い男子が、本当はやさしい男だと知ったのも収穫だ。

「何かを境に変わりましたね。途中から、男子への苦手意識が薄まった感じでした。男はみんな敵っていう意識も少しずつなくなっていきました」

05性同一性障害を知ったけれど・・・

大学でも、またいじめ

高校では、学校でも私生活でも音楽が一番の喜びだった。

「倖田來未ちゃんが大好きだったんです。あとは、浜崎あゆみとかエーベックスのアーティストたちをよく聴いてました。母も好きだったので、その影響もあったかもしれません」

卒業後は音楽大学への進学を希望したが、成績がついていかなかった。県外に出ることになるので、お金のことも気になった。

「本当は音大を出て音楽の仕事につくのが夢だったんですけど、いろいろ考えて諦めました」

次の目標は保育士。

「子どもが好きだったんです。就職もしやすいし、家から通えるというので、親も賛成してくれました」

資格が取れる短大に入学したが、大学生活は考えていたほど甘くなかった。

「高校が楽しかったせいか、雰囲気にぜんぜん馴染めなくて、入学してすぐにやめたくなっちゃいました」

男性保育士が増えてきた時代で、クラスの半分が男子だった。

「チャラいヤンキーに目をつけられちゃって、おかま野郎とかいわれて、いじめられちゃったんです」

これから幼児教育に携わろうというのに、そんな汚い言葉を人に投げることやいじめをすること自体、信じられなかった。

「親に泣いて頼みましたけど、やめさせてもらえませんでした」

性同一性障害かな

楽しくない短大生活を送るうちに知ったのが、長期履修生という制度だった。

「働きながら学校に通って、3年かけて資格を取るという制度なんです。せめてこれにさせてくれ、と頼んでようやく認めてもらいました」

学校で過ごす時間が短くなってストレスが軽減、空いた時間はアルバイトや音楽に当てた。

「音楽の授業もあったんですけど、ほんの少しだけだったんです。音楽に接する時間が長くなったのが最高でした」

自分の好きなファッションを楽しむ余裕も生まれてくる。

「ユニセックスの服を選んで着るようになりましたね。大学の理解がある友だちが、これ着てみなよ、とか、これ似合うよ、っていってくれるのもうれしかったです」

ヒールのある靴を履いたり、ネイルをするようになったのもこの頃だった。しかし、親は、「何をやってるんだ」「気持ち悪いぞ」などと眉をしかめた。

「その頃、親とは意見が合いませんでしたね。関係ないじゃん、といって無視してました」

性同一性障害のことを知って調べるうち、ホルモン治療や手術についての知識も得るようになる。

「主にテレビやネットの情報でしたね。椿彩菜さんの本を読んだりもしました。自分もそうなのかなって思いましたけど、否定したくて蓋をした感じでした」

 

<<<後編 2022/03/12/Sat>>>

INDEX
06 自分を全否定された悔しさ
07 ライブ活動の休止、そして再開
08 事実上のカミングアウト。性別違和とちゃんと向き合おう・・・
09 歌とLGBT講演の新しいステージに挑戦
10 呼吸するように歌い続ける

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