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Writer/Jitian

岡山家裁が手術なしでトランスジェンダー男性の性別変更を認めたけれど

2024年2月7日、トランスジェンダー男性の臼井崇来人(うすい たかきーと)さんが手術なしでの性別変更を申し入れた裁判で、岡山家裁は申し立てを認める判断を下しました。2度目の申し立てで認められたことは喜ばしいことだと思う一方で、世間からの「風当たり」はより厳しくなっています。

性別変更「手術なし」でも認める判断 岡山家裁

戸籍の性別変更に関する裁判所の判決や、崇来人さんのことについては、以前も取り上げました。

戸籍の性別変更に関する、これまでの流れ

今回の裁判の内容を確認する前に、戸籍の性別変更に関してこれまでどのようなことが起こっていたかを振り返りましょう。

昨年の2023年10月に、崇来人さんとは別のトランスジェンダー男性が、戸籍の性別変更申し立ての際に求められる要件のうち、手術要件と呼ばれる2つについて憲法違反だとして訴訟を起こしました。これに対し、最高裁が生殖不能要件については違憲だとする判決を言い渡しました。

このニュースも大変大きな話題となりましたよね。手術要件や当時の世間の反応については、私がそのときに書いたNOISE記事『戸籍性別変更時の要件に違憲判決。トランスジェンダーへの差別感情が強まる?』を参照ください。

この2023年10月の裁判とは別に、崇来人さんも実は2016年に「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」が、憲法13条に違反するとして訴訟を起こしています。しかし、このときは「特例法は、現時点では憲法違反とまでは言えない」と、訴えは棄却されていました。

なお、崇来人さんを含むトランスジェンダー当事者を含めた北海道放送のドキュメンタリー番組が、テレビ番組の賞を獲っています。番組を見ると、崇来人さんがなぜ手術を受けない選択をしているのかといった背景をより深く知ることができます(YouTubeで見られます!)。その番組についても以前のNOISE記事『トランスジェンダー当事者を扱ったドキュメンタリー番組「性別は誰が決めるか ~心の生をみつめて~」によってトランスヘイトは収まる? 深まる?』にまとめているので、読んでみてくださいね。

今回の判決について

2023年10月の判決結果を受けて、同年12月、崇来人さんは性別適合手術を受けていなくても戸籍の性別を女性から男性に変更することを認めるよう、岡山家裁に申し立てしました。

今回の判決では、手術要件のうち不妊化要件が無効とされ、申し立てが認められることとなりました。

2023年の裁判でも、手術要件のうち、もう一つの外観要件は高裁に差し戻しとなりましたが、今回も外観要件については特に触れられていないように思います。ですが、崇来人さんは性別適合手術を受けないまま、戸籍の性別変更が容認されるものと思われます。

噴出する、トランスジェンダーへの差別意識

トランスジェンダーの人たちに対するネット上などの攻撃は激化しています。今回の判決後、さらに公衆浴場についてのデマばかりが目に付きました。

公衆浴場のルールは変わりません!!

今回の判決について、SNSなどでは心配の声やトランスヘイトのようなコメントで溢れ返っています。

顕著なのが、公衆浴場のデマ。「今回の判決で、男性器を有する “自称” 女性の人が、公然と女性の公衆浴場に立ち入れるようになる!」と認識している人が非常に多いのです。

しかし、今回の判決によって、厚生労働省が発表している「公衆浴場での『男女』は身体的特徴で判断する」というルールが変更されたわけではありません。

NOISEで私は何度もこのことについて書いています。しつこいとは思いますが、くり返し声を上げないと伝わらないのだと改めて感じました。

トランスジェンダー当事者の性別変更に関するニュースが出るたびに、この公衆浴場に関するデマも何度も流れています。マスメディアは、性別変更のニュースと一緒に、このデマを払しょくするよう努めてほしいものです・・・・・・。

パートナーシップ制度に法的な効力はありません!

公衆浴場のデマとは別に気になったコメントがありました。

崇来人さんがパートナーである女性と結婚を望んで今回申し立てを行ったとすれば、自治体のパートナーシップ制度を利用して、法的な結婚度同等の権利を得れば事足りるのではないか? といった疑問です。

しかし、日ごろから性の多様性についてアンテナを張っている人であれば、この疑問はおかしいと感じることと思います。

第一に、これも何度も言っていることですが、各自治体のパートナーシップ制度を利用しても、法的な結婚と同等の権利は得られません。

公営住宅に入居できるようになったり、入院しているパートナーのもとに家族として面会を許可してもらうための証明となったりなど、パートナーシップ制度を利用することによるメリットはたしかにあります。

しかし、これらは法的に保証された権利ではなく、言ってしまえば自治体からの「お気持ち」のサービス。戸籍が作られることもないため、配偶者としても認められませんし、相続も対象外です。

パートナーシップ制度はどの地域でも利用可能ではありません!

第二に、そもそも崇来人さんがパートナーシップ制度を利用できる地域にお住まいなのかは分かりません。

全国のパートナーシップ制度の状況をまとめたウェブサイト「みんなのパートナーシップ制度」によれば、2024年2月9日現在、岡山県の市町村でパートナーシップ制度を導入している自治体の数は、岡山県全体の1/3に留まっています。

「制度を利用できない自治体に住んでいるなら、利用できるところに引っ越せばいいじゃん」と思う人もいるかもしれません。

しかし、法的な結婚は日本のどこに住んでいても戸籍上異性カップルであれば可能である一方、同性パートナーシップ制度は一部の地域に限られる・・・・・・。この非対称性もおかしいと思います。

崇来人さんが戸籍上の性別を男性に変更し、女性のパートナーと法的に結婚できるようになると、生活の質が向上し、より安心して暮らせるようになるでしょう。

「男性・女性として生きる」とは何か

シスジェンダーの人は、普段考えることはほとんどないと思います。

日々遭遇する性別での区分け

今回の裁判に関するニュース内に「崇来人さんが普段は男性として生活している」などと書かれていることに対し、SNSで「男性として生活するとはどういうことなのか」と疑問を投げかける投稿を見つけました。

投稿者は恐らくシスジェンダーで、普段、性別をはっきりと意識する場面がないから、このように感じているのだろうなと思います。

トランスジェンダー当事者の読者なら言うまでもないと思いますが、特にクローズドで生活しているトランスジェンダー当事者にとっては、書類の性別欄、服装や言動などの性表現など、日々の生活のあちこちで性別を意識させられる場面があると思います。

私が生活のなかで「性別」に遭遇した例

クローズドのノンバイナリー当事者である私の例ですと、会社員時代、同じ部署の女性社員から「今度、部署内で女子会をやるんですけど、来ませんか?」と誘いを受けたとき、ほんの一瞬だけですが戸惑いました。

声をかけられた刹那、自分は社会的には女性だと認識されているため、女子会に誘われているのだな、と逡巡したのです。

ほかの同僚が皆参加するようだったので、社内に居場所をなくさないために参加しました。それなりに楽しめましたし、社員同士の仲を深める有意義な時間ではありました。ですが、心のなかで「自分はここにいてもいいのか?」「社員の親睦を深める会の参加者を、ジェンダーで分ける必要性は何なのだろう?」と疑問が頭から離れませんでした。

崇来人さんの場合、「日常生活ではジェンダーアイデンティティに則った生活を送れている」ということは、性表現は男性として振る舞っていて、崇来人さんのことを知っている周囲の人からそれを咎められることがない、ということだと推察されます。

崇来人さんは、訴訟を起こした際にお名前と顔を出しているので完全にセクシュアリティをオープンにしていると思います。それでも戸籍上の性別は、裁判当時は女性。

前述の通り、パートナーと法的には結婚できませんし、公的な書類を提出するときには女性だと申告しないといけません。そのたびに「自分は、法的には男性ではないのだ」と突き付けられるストレスは、いくら慣れていたとしても、日々蓄積するものです。

今は、トランスジェンダー認知・理解の過渡期

私自身も考えさせられた出来事

私は仕事や交友関係上、トランスジェンダー当事者と接する機会が多いほうだと思っていますが、そんな私でも「ウッ」と感じたことがありました。

先日、公共施設で知人のトランスジェンダー女性と会いました。その方は性別不合(性別違和/性同一性障害)の診断を受けたことがなく、治療も行っていませんが、普段からレディースの服を身に着け、メイクをしており、会社ではカミングアウトをして女性として仕事をしているとのこと。

これは完全な私の主観になりますが、背もさほど高くなく華奢なものの、やはり肩や背中など、骨格は男性の形をしていて、パス度は微妙、といった感じです。

その女性とお手洗いに行ったとき、彼女は迷わず女性トイレに入っていきました。そのときに「治療もしてなくて、性別不合の診断も受けていないのに、自分のジェンダーアイデンティティに従ってお手洗いを使うのか?」と、ドキッとしてしまったのです。

その公共施設は古かったこともあり、周囲に「だれでもトイレ」は見当たりませんでした。また、彼女の性表現は明らかに女性であったため、男性トイレに行ったらそれはそれで騒ぎになる可能性もあります。

幸い、彼女が女性トイレに出入りする間、私以外にはだれも女性トイレにいなかったので、何事も起きませんでした。

トランスジェンダーが受け入れられつつある過程

私はクローズドのノンバイナリーで、普段は戸籍の性別である女性として生活を送っているので、普段は女性トイレを使用します。

また、ジェンダーアイデンティティはノンバイナリーであるものの、性被害に遭う可能性はシスジェンダー女性と変わらないので、女性の性被害問題はLGBTQへの差別と同じくらい敏感なほうだと思っています。

そのため、知人の未治療・未オペのトランスジェンダー女性が女性トイレを使用したことが、しばらく頭から離れませんでした。でも彼女は、ただトイレを利用しただけだと思います。

皆さんはどう感じましたか?

今後もこのような事案はたくさん出てくると思います。ですが、個々の事例で話し合いなどの調整を重ねることで知見が社会に蓄積され、トランスジェンダー当事者の存在がより可視化されていけば、社会の受け止めも変わっていくでしょう。

まずは私自身が、トランスジェンダー当事者に向ける眼差しを見直さなければ、と思う今日この頃です。

■参考情報
「「手術なしでも性別変更を」トランスジェンダー当事者の申し立てを認める 岡山家裁津山支部」(KSB)
みんなのパートナーシップ制度

 

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