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Writer/Sogen

台湾のゲイ小説『孽子(げっし)』が語ったLGBTと親との関係

台湾ゲイ小説界の古典的名著『孽子(げっし)』は1983年に出版され、以来、台湾のみならず、アジアにおいて数多くのLGBTの若者に勇気を与えてきました。作者は、出版当時の時代背景にあった「中国対台湾の問題」「儒教の価値観との対立」「親子問題」に焦点を当て、LGBTとしての生き方、当事者が人生の中で経験する挫折や幸せを描きました。本文では、私自身のカミングアウトストーリーも踏まえて、書中にあるテーマについて模索したいと思います。

台湾の代表的なゲイ小説『孽子(げっし)』

約8年前、私は台湾の国立劇場で初めて孽子(げっし)の舞台劇を観ました。その時に感じられた切なさや感動を今でも鮮明に覚えています。触発され、それからさまざまなゲイ小説を読み始めたのです。

台湾のゲイ文学を切り拓いた作品『孽子(げっし)』

『孽子』は、1983年に初版がリリースされました。当時、台湾はちょうど38年間にも及ぶ世界的に最も長い「戒厳令」の時期。いわゆる「鎖国・監視状態」にありました。中国との対峙が深まる中で、台湾政府は戒厳令を敷き、国民の集会、言論、出版、旅行などの権利を禁じていました。

当時、すべてのメディアや情報にフィルターがかけられ、「台湾独立」や「非主流な考え」が禁じられ、場合によっては発信者が逮捕されることもありました。そうした時代に、孽子は大胆にもゲイをテーマにした台湾文学として初めて表舞台に出ました。戒厳令が解除されるにつれ、1990年代以降はゲイ小説が多く発表され、今では『孽子』はゲイ文学における古典的名著として広く認識されています。

ゲイ小説『孽子(げっし)』のあらすじ

『孽子」は、中国語の言葉で「罪の子」を意味します。英語では “Crystal Boys” と名付けられています。タイトルは、「ゲイを『罪』や『滅ぼし』とみる考え」「水晶のように傷つけられる少年たちのこころのありよう」が込められていると、私は解釈しています。

主人公でゲイの李青(りせい)は、退役した軍人である中国人の父親と台湾人の母親の間に生まれた青年です。母親は、李青がまだ小さい頃、他の男性と駆け落ちしたため、父親と弟と3人で暮らしてきました。

高校生になった頃、李青は学校で男子生徒と性関係を持ったことが問題になり、退学させられました。事実を知った父親は激怒し、李青は家族から勘当されます。父親は元々、息子にも国家に奉仕する軍人になってほしい願望があったため、息子がゲイであることを恥ずかしく思い、とても受け入れることができなかったのです。

家を追い出された李青は、新公園(現在の台北市にある二二八公園)にたどり着きます。公園には社会や家族から拒絶されたゲイたちが多く集まっていました。李青は、そんな状況から自分の生き方を模索していきます。

戒厳令の時期にゲイ小説『孽子』が出版できた理由

厳戒令のさなか、なぜゲイ小説が出版できたのかーー これにはさまざまに推察されています。ひとつには、小説の中で「情欲」や「ゲイ特有の性行為」などの描写があまりなかったことが挙げられます。当時、セックスや同性愛が強調されたものは反感を買いやすく、禁じられていました。2点目として、誰もが共感できる「家族」「親孝行」に焦点をあてたことが挙げられます。

作者は情欲にとらわれず、当時、主流だった価値観、倫理観という思想の部分を直接突きました。そして、それらに感じた矛盾と登場人物がどのように向き合うのか、彼らのこころの内を細やかに描きました。本書は、「ゲイ」や「セックス」などタブーとされていた話題を大々的に取り上げず、思想や価値観の対立に着目したことで、厳戒令が敷かれた時代にも関わらず、世の中に受け入れられたのではないかと、多くの評論家が分析しています。

台湾のゲイ小説『孽子(げっし)』は、LGBTに何を伝えようとしたのか

作者・白先勇(はくせんゆう)と主人公・李青(りせい)にある共通点

作者・白先勇氏は、主人公・李青と同じように中国国民党の軍人である父親を持ちます。ゲイ当事者として感じられた葛藤を物語に込めたのだと思われます。中国は現在も同性愛を禁じており、中国人の親を持つ多くのLGBT当事者にとって、カミングアウトは大きなリスクを伴う行為です。もちろん、当時の時代背景を鑑みれば、台湾人の親であっても反対することも多かったと容易に想像できます。

LGBTと儒教の価値観の対立

また、作者はLGBTが直面する「儒教の考えとの矛盾点」も描きたかったのです。中国も台湾も儒教を基本思想として持っている国です。儒教とは、古代中国の孔子が中心に広めた信仰です。その中には、「親孝行」「代々血統を継ぐ」という考えがあります。

男であるならば、家業を継ぎ、子どもをもうけ、家族の伝統・名を引き継いでいくことが当然視されています。その結果、男尊女卑のような風潮が昔は根強くあったわけです。

特に李青は長男として次世代へ血統を継ぐ義務を負っていました。基本的に、長男は跡を継ぐ第一候補です。長男が継げない場合は、次男がいれば次男へと次の候補へ対象が移ります。つまり同性愛者としてカミングアウトすることは、血統を継がないという最大の親不孝であり、ある意味、家族と決別するという意思表明でもあったのです。

「罪の子」に果たして罪はあるのか

作者は李青という主人公を通じて、さらに「家族を求め・父親を求める」心境も描きました。家族から勘当されてもなお、家族を思うこころ。父親と和解したいと願うこころ。新公園という新天地へ移り、自分だけを頼りに生きる人生を始めてからも、李青はやはり「家族」と「父」を求め続けました。作者はあるインタビューで、そうした心境の描写を通じ、「罪の子は決して罪の子ではない。我らは誰もと同じように愛を持ち愛を必要とするということを伝えたいのだ」と言いました。

台湾人の父へのカミングアウト

台湾人の父親を持つ私

私の父は台湾人ですが、幸い反同性愛などの固定観念を持っていませんでした。私の父は、ゲイ小説『孽子(げっし)』作者の父親とは異なり、商売人だったため、あくまでビジネスを優先に考え、政治的な立場などをあまり気にしなかったタイプでした。正確にいうと、少なくとも私のセクシュアリティに対する否定的な感情を表には出さない人でした。

ただ、幼い頃から「君は跡を継ぐんだから」と、しばしば言われた覚えがあります。「長男なのだから、弟よりしっかりと勉強するんだ」「良い成績を取るんだ」「弟に譲るんだ」とも、よく言われたものです。

軍人と比べるとカミングアウトしやすい相手かもしれませんが、私にとって父はやはり同性がゆえに、カミングアウトしにくい相手でした。同性として、「なぜ男色へ走ってしまったのか」と思われそうで、人格までを否定される恐怖が常々ありました。

父へのカミングアウトを決意

ただ私は愚直なのか、家族に一生嘘をつき続けることができませんでした。一か八か、賭けてみることにしたのです。とは言っても、母や兄弟にカミングアウトするハードルとは異なり、父へ面と向かって話す勇気はありませんでした。

私は手紙を書くことにしました。手紙の内容は詳細に覚えていませんが、当時、日本で大学に通っていたため、父へのありったけの気持ちを込めたカミングアウトレターを、海をまたいで送ったのです。

ごめんなさい。
私はどうも女性のことが好きになれません。
どうか理解してください。
父のことを愛しています。

翌年の夏休み、私は台湾の実家へ戻りました。父から「読んだよ、一時の迷いかもしれない。今の性的指向を絶対だと思わない方がいい」と言われました。強烈な反対でもなく絶対なる賛成でもない、中立的な答えでした。当時は少なくとも、ゲイであることを拒否されなかったため、私はほっとしました。

父は若くして亡くなった

突然のことでした。3年前、父は転倒し、その結果脳出血などに伴い亡くなりました。手紙を書いて以来、父との話題は恋や愛情以外のことのみ。やはり気まずかったのだと思います。ただ父は、やはり私のことを本当に愛してくれていたと思います。亡くなったあとに父の周辺資料を整理していた時、一枚の手書きの用紙を見つけました。そこにはびっしりと私の人生設計案やキャリアプランが書いてありました。父なりに、私の将来を考えてくれていたのです。

それを見た私は感情を抑えきれず、思わず泣いてしまいました。確かに、同性愛の部分は完全に受け入れてくれなかったのかもしれませんが、父からは存分の愛を受けました。

今ではこう思うのです。同性婚が認められない国も多々ある中、今後、私の将来がどうなるかはあまり予想がつきません。しかし、私の父のような無条件な愛をもって、自分の「家族」「居場所」を作っていきたいと思っています。

今後に目を向けて – 世界各地にいるLGBTの若者たちよ

ゲイ小説『孽子(げっし)』の作者が世界のLGBTへ贈った手紙

作者・白先勇氏は台湾のLGBTの若者をおもい、主人公・李青宛ての手紙として発信しました。家から追い出されたLGBTに対するメッセージ、一部抜粋です。

「今は父親が怒りの真っただ中にいるから難しいかもしれない。ただいずれは、その怒りも止み、あなた同等、あるいはそれ以上の悲しみを味わうはずです。やっぱり努力して父親と話し合ってみてください。時間はかかるかもしれないが、必ず理解してくれると思います。あなたは父親があれほどまでに愛した子だったのだから。成功、幸せを祈ります」

家族それぞれに事情があると思います。中々うまくいかないこともあるでしょう。また、私は幸いなことに、家から放り出されることなく、父には静かに受け入れてもったため、私には読者の皆さんに「がんばって家族を説得せよ」と言える立場にはありません。ただ、父が亡くなってから家族とつながっていられることが、いかに大事なのかを身に染みて感じました。

生まれ育った家族にせよ、大人になってからの新しい家族にせよ、自分のなごむ居場所を持ちたいものです。

ゲイ小説『孽子』出版から30年が経った今

『孽子(げっし)』の初版がリリースされて、すでに30年もの歳月が経ちました。あれから、テレビドラマ、舞台劇へと展開され、実に台湾文学の一角を担う作品・テーマとなっています。数年に一度、舞台劇として国家劇場で必ず演出されます。そして、台湾はすでに同性婚も認められています。

李青が求めていた「自由」は、今ようやく手に入りつつあります。李青のような若者はもう暗闇の中、自力で模索する必要はない。新たに自分の家族を作ればいいのです。今だからこそ、私は『孽子 (げっし)』を読んだり、舞台を観てみる価値があると思います。LGBT、あるいはアライとして家族や親との関係性を深く考えさせられる一品です。

◆参考情報
台灣解嚴30年: 平民生活的記憶
傳統秩序的眷戀 – ≪孽子≫的含蓄與倫理痕跡
【孽子回家番外篇】白先勇給孽子們的一封信
同婚後「孽子」三月重返舞台 白先勇:連看11場都掉淚

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