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Writer/酉野たまご

ランジェリーでの「性表現」問題―エッセイ『かわいいピンクの竜になる』を読んで

LGBTQ+であると名乗ってはいても、自分のことを完全に把握できているとは限らない。私自身、長年ずっと解決できていなかった「性表現」に関する悩みがあった。今回は、ある本との出会いと私の悩みの一部始終について、紐解いていきたい。

エッセイ『かわいいピンクの竜になる』との出会い

表紙にひとめぼれしたエッセイ『かわいいピンクの竜になる』

それはまさに、ジャケ買いならぬ、表紙買いだった。

『かわいいピンクの竜になる』というタイトルに、ピンク色の翼を持った少女の、一見ファンシーなイラスト。

ただ、よく見ると少女は棘のあるバラを身にまとい、鋭い爪と竜のようなうろこを光らせて、にこりともせず空をにらんでいる。

歌人であり小説家である川野芽生氏の、ファッションに関するエッセイ集である。

表紙を見ただけでも心惹かれていた上、ちょうど最近、ファッションにも短歌にも興味のアンテナが向いていたため、迷うことなくその本を購入した。

エッセイ『かわいいピンクの竜になる』で主なテーマとなっているのは、筆者の敬愛するロリィタファッションについて。

お人形やプリンセスを連想させるようなファッションスタイル、「ロリィタファッション」との出会い、憧れのブランドに初めて足を踏み入れた日のこと、短歌の賞の授賞式や敬愛する作家の記念イベントにて大好きなドレスを身にまとったこと・・・・・・。

自身の作品についての紹介もありつつ、主軸となっているのは筆者の「人生」と「ファッション」がどのような関係にあるのか、という内容であった。

エッセイとしてはやや硬い印象の文語体で、読み始めは少しとっつきにくかったものの、カタカナのファッション用語があふれる彩り豊かな文章にいつしか引き込まれ、ページをめくる手がどんどん加速していった。

エッセイ『かわいいピンクの竜になる』に込められた、「性表現」に対する葛藤

読み進めていくうちに、大きな主題がこの本の根底にあることがわかった。

それは、男か女かという二極化したジェンダー規範から自由になりたい、「女の子」や「女性」ではなく、性別とは関係ない存在として扱われたい―その痛切な願いを叶えるためにファッションを選ぶという、筆者の「性表現」についての葛藤だった。

性別を超えたファンタジックな存在として、妖精や貴族の少年、お姫様を連想させるファッションに身を包んでも、周囲からは「女性的な服装をしている」と見られてしまう。

かと言って、異性から性的な視線を向けられることを避けるために、装飾の少ないシンプルな服や目立たない服を着ると、自分らしさが制限されてしまう。

そういった数々の葛藤を胸に抱えながら、ロリィタファッションに身を包む筆者の思いに、いつのまにか強い共感をおぼえている自分がいた。

特に心をつかまれた、エッセイ『かわいいピンクの竜になる』のとある章

エッセイ『かわいいピンクの竜になる』を読みながら、「そのようなファッションへの考え方もあるのか」と驚いたり、「こういう悩みは自分にもおぼえがある」と気づいたり、個人的にさまざまな発見があった。

中でも特に私の心に残ったのが、ランジェリーに対する筆者の愛憎を綴った章である。

この本と出会ったとき、私はどのようにファッションと向き合うべきか、自分らしい性表現とは何かについて、個人的に考える機会が多くなっていた。

ただし、ファッションに関してはあれこれ考えを巡らせていたものの、ランジェリーについては完全に盲点だった。

基本的には自分と、それを許した相手にしか見せない個人的なものだけれど、だからこそ、ランジェリーも立派なファッションの一部だ。

どのようなランジェリーを選ぶか、また選ばないかという点に、譲れない思いや曲げられない主張がにじみでる気がする。

ここではエッセイ『かわいいピンクの竜になる』の内容をふまえながら、私のランジェリーに対する複雑な感情と、個人的な結論について述べていきたい。

「女性らしさ」を強調するランジェリーと、性表現の葛藤

エッセイ『かわいいピンクの竜になる』で綴られる、ランジェリーに対する思い

エッセイ『かわいいピンクの竜になる』の筆者である川野芽生氏は、自分の性別を規定したくないと考えており、また、自分自身について、他者に恋愛感情や性愛感情を抱かない、アロマンティック・アセクシュアルであると述べている。

だからこそ、川野氏のランジェリーに対する感情は非常に複雑なものだ。
レースや刺繡、リボンといった可愛らしく華やかな装飾には心惹かれるものの、いわゆる「女性らしい」シルエットを強調するための機能には、つい嫌悪感を抱いてしまうという。

一般的に女性向けとされているランジェリーには、体に負荷をかけないよう、支えたり、保護したりするという役割がある。また、不用意な視線にさらされることを防ぐための役割をも担っている。

ただ、男女というターゲット層の違いで明らかに異なるその機能面は、自分自身の体の性を強く実感したくない人にとっては、モヤモヤの原因となってしまうこともある。

実際、川野氏はランジェリーの役割そのものに「自分の体は生まれ持って卑猥なものである」と指摘されているような感覚をおぼえたという。

ファッションでどんなに「性別を超えた存在」として性表現をしたとしても、ランジェリーが「女性としての体を保護する」あるいは「女性としての体のシルエットを強調する」機能を発揮していると思うと、いたたまれない気持ちになってしまうことは想像に難くない。

シスジェンダー女性であっても、ランジェリーでの性表現には悩む

筆者・川野氏のランジェリーに対する愛憎は、私自身にもおぼえがあるものだった。

私はシスジェンダーの女性で、自分の体の性に違和感があるわけではない。

それでも、特に10代から20代前半までは、自分が女性らしいと見なされ、女性として扱われることが非常に苦手だった。

自分でも説明のつかない感情だったのだけれど、「女性らしい」とされる性表現に強い抵抗があり、スカートを履かせたがる母親と何度も衝突したほどだ。

なるべく体のラインが出ないオーバーサイズの服を着て、スカートではなくパンツを履き、中性的に見えるような、せめて女性的に見えすぎないようなファッションをいつも心掛けていた。

学生時代に演劇活動を始めてからは、自ら進んで、男役や少年役を演じることを希望した。せめて舞台の上でだけでも、自分の性とは異なる性表現をしたい、女性ではない存在として扱われたいという願望があったのだ。

そして、男役や少年役を演じる際には、自分のバストラインを隠す作業が必要だった。

さらしや専用の下着を買う余裕はなかったため、ただ胸の上に薄手のタオルを巻き、ガムテープでぎゅうぎゅうと押さえつけるという、かなり荒療治な矯正をほどこしていた。

無理やり押さえつけた胸では十分に息を吸うことができず、激しい動きのある舞台では過呼吸寸前になることもあった。

それでも平坦になった自分の体を鏡で見ると、誇らしい感情が芽生えた。

いつもの自分とは違う、制限から解放された存在になったような思いに、呼吸の苦しさも忘れるほどだった。

その頃の感情の名残があるためか、大人になってからも、私はランジェリー全般に対して苦手意識を持っていた。

花で飾られたランジェリーと、性表現との折り合い

では、エッセイ『かわいいピンクの竜になる』の川野氏は、どのようにランジェリーと向き合っていったのか。

そのきっかけとなったアイテムが、PEACH JOHNの「花のブラ」シリーズという商品である。

まるで花そのものを身にまとったかのような、個性的なデザインのランジェリー。植物の妖精を連想させるような個性あふれる装飾は、不思議と異性への目配せを感じさせず、着る人自身のこだわりを反映しているかのように見せてくれる。

川野氏はそのデザインに「性別を超えた存在」としての性表現が叶えられる可能性を感じ、長年PEACH JOHNのランジェリーを愛用し続けたのだという。

実は私も、発売当時にこのランジェリーの写真をSNSで見て、ついスクリーンショットを保存していた。

異性へのアプローチではなく、自らの美しさを表現するためのデザインに、純粋に心惹かれていたのだと思う。

「欲しい」という気持ちはあったものの、私の場合は川野氏と異なり、実際に「花のブラ」シリーズを手に取ることはなかった。

あまりに美しく華やかなそのランジェリーを試着する勇気が、どうしても出なかったのだ。

結局母親に見立ててもらった適当なランジェリーを身に着けていた当時の私は、自分の意気地のなさを不甲斐なく思った。

ランジェリーに対する葛藤を解決しなければ、自分らしい性表現は叶えられないと、そのときすでに気づき始めていたのかもしれない。

「ランジェリーを手放す」ことで叶えた、私らしい性表現

「女性としての性表現」に馴染めない自分

私自身のランジェリーに対する苦手意識は、一体どこから来ているのか。

LGBTQ+であるとはいえ、自分が「女性である」ことがいやなわけではない。

現在は特に、自分の「女性らしい」体つきを好ましく思ってくれる同性のパートナーもいて、他者の視線を気にする必要もそれほどなくなった。

しかし、自分が「女性である」という事実を受け止めることと、「女性としての性表現をする」ことは、私の中では全然別物なのだ。

ランジェリーへの複雑な感情は、おそらくその “部分” に起因している。

ただ見ている分には、可愛らしくて美しい装飾品だとは思う。でも、自分がそれを着けている姿はどうしても好きになれなかったのだ。

「バストアップ」という概念からの解放

そもそも、自分の胸に下着を着けなければならないという習慣自体が私には馴染まなかった。

ワイヤーの入った下着を装着すると、服の下で常に存在が気になってしまう。長時間経つと、痛みが出てくることもある。

「お店でちゃんとサイズを測って、合うものを探せば痛くないよ」と、周囲から言われたものの、ランジェリーショップに何度も足を運ぶのも気がひけたし、他人に体の寸法を丁寧に測られるのにも抵抗があった。

それでも我慢して着用を続けていたのは、「バストアップしなければいけない」という思い込みのためだった。

同性の友人も、母親も、そしてTVや雑誌やSNSでも、皆口をそろえて「バストアップしたほうがいい」「加齢とともに形が崩れると大変なことになる」と言い聞かせてきた。

それらの声を鵜呑みにして、渋々ながらに痛いランジェリーを着け続けていたのだけど、あるときふと気がついたのだ。

私は「バストアップ」なんてしたいと思ったことはないのに、一体何のためにこんな我慢をしているのだろう?

私の体は本来、私だけのものだ。
私の体の形がどうなろうと、加齢に伴う自然な現象なのであれば、抗う必要なんてないのではないか?

いざ気がついてみると、霧が晴れたような感覚になった。

そして私は、今まで持っていたすべてのランジェリーを処分した。

自分の体つきを気にしないことで叶った、私なりの性表現

私のランジェリーとの向き合い方は、「カップ付きのタンクトップを着る」という形に落ち着いた。いわゆる、ブラトップと呼ばれるものである。

「女性らしい」シルエットを強調するランジェリーの一切を手放して、最低限の機能しかないシンプルな下着を身に着けると、とても身軽になったような感覚をおぼえた。

ワイヤーによる痛みや肩こりもない。
レースの模様の美しさやリボンの可愛らしさに気後れすることもない。

もしトップスから透けて見えたら、あるいは肩紐がのぞいてしまったら、と心配する必要もない。

ランジェリーを着けることをやめたら、自分の体つきを意識する機会も減り、不思議と人前で堂々と振る舞えるようになった。

胸を押さえつけて男役や少年役を演じていた頃のように、「女性としての性表現」から自由になったような感覚になれたのかもしれない。

「ランジェリーと性表現」問題の後日談

「垂れたバスト」も美しい

あるとき、SNSでエッセイ漫画を見かけた。

その漫画では、女性は高価なランジェリーを身に着けるべきか、という問いを掲げた上で、「知り合いのとても美しい女性が大手量販店のブラトップを着けていて、それでいいんだ、と勇気をもらえた」という内容が描かれていた。

ちょうど私がランジェリーを手放した頃に出会った作品で、とてもタイムリーだったこともあり、嬉しい驚きがあった。

また別の日には、南Q太氏の漫画『愚図な女ばかりじゃないぜ』のあとがきにて、これまたタイムリーな記述を目にした。

古いレコードジャケットに載っていたラテン系女性のシルエット、その垂れたバストの形がとても印象的で、自分もそうなりたいと憧れたという内容だった。

私自身も無意識に刷り込まれていた「バストが垂れてはいけない」という思い込みを、こんなにも軽々と超えられる人がいたのか、と衝撃を受けた。

今や「バストアップ」の呪縛から解放された私は、かつての南Q太氏が憧れたラテン系女性の姿を思い浮かべ、「確かにそれもいいな」と身軽な心持ちで思った。

■エッセイ『かわいいピンクの竜になる』との出会い

この本で川野氏の葛藤を知ったことにより、長年感じていた自分の悩みの原因がわかったような気がした。

私は異性から女性的に見られることがいやで、ランジェリーが苦手だったのかもしれない。

思い返すと、ランジェリーとの向き合い方を変えてから、今まで異性に対して抱いていた謎の緊張感が薄らいでいたのだ。ランジェリーを着けることで、自分が女性であることを過度に意識してしまい、必要以上に異性からの視線を気にしてしまっていたのだろう。

ランジェリーは確かに美しい。

でも、ランジェリーの値段や持っている数で、その人の価値が落ちたり、揺らいだりすることはない。

美しく可愛らしいランジェリーを選ぶ人も、女性性を強調しない下着を選ぶ人も、どんな選択にも平等に、その人らしさが表れていて、それぞれが尊い。

ランジェリーに対する思い込みを捨てることで、私は自分らしい性表現に一歩近づくことができた。

自分の体の性に違和感のある人も、そうでない人も、今の自分の性表現にモヤモヤする部分があるのなら、その思いをぜひ大切にしてほしいと思う。

 

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