家庭裁判所から名の変更申立許可の審判通達が届いたのは、11月24日。奇しくもセクシュアルマイノリティかつ改名経験者であるフレディ・マーキュリーの命日に、ノンバイナリーのぼくは戸籍名の変更に成功した。今回はFTM/MTF以外のトランスジェンダーが改名に成功した事例として、ぼくが実際に行った手続きや提出した書類を、できる範囲で詳細に語っていく。
※これ以降、ぼく自身のことを「ノンバイナリーのトランスジェンダー」と称するが、ノンバイナリー当事者が全員「トランスジェンダー」を自認しているわけではないことを、一応断らせておいてほしい。また、ぼく自身の性自認・性表現はあくまで「ノンバイナリー」だけど、便宜上「Xジェンダー」という単語も文中に含めた。こちらについても、同様である。
ノンバイナリーのトランスジェンダーであるぼくの名前の決め方
ぼくが改名を決意した経緯は、以前の記事の通り。はじめに、改名する通称名をどのように決めたのか述べていこうと思う。というのも今回ぼくの申立がわりにすんなり通った理由に、どうやら「名前そのもの」も影響したようなのだ。
「ぼくの思うノンバイナリーのトランスジェンダーっぽい」名前の由来
ぼくが通称名として使用していた名前は、出生時の名前と響きも意味も印象もさほど変わらない。判例を調べたところ、「改名によって社会生活等に混乱を生じないか」というのも大きなポイントになるようだ。だからもし使用したい名前をまだ決めていない人は、その辺りも含めて考えた方がいいのかもしれない。
ぼくの例をもう少し具体的に述べてみよう。ぼくの出生時の名前はいうなれば「チカコ」みたいな、パッと見ただけで「女性」であることがわかるものだった。そして通称名は最後の1音だけ変えて、まさに「チカゼ」のような、男女どっちとも取れるニュートラルなものに決めた。
難読な名前でも、意味を説明できれば大丈夫かも
変えた1音に当たる漢字も、「女性らしい」印象のものからジェンダーレスな印象なものにした。おのずと難読な名前になってしまったのだけれど、ぼくの場合は元々の名前もわりに難読だったので、まあいいかと気にしなかった。
一般的に「奇妙な名前」や「難読な名前」は、戸籍名変更申立が許可されにくいらしい。でも、ぼくは“意味”を優先した。出生時の名前が持つ雰囲気から、それほど遠ざからないようにしたかったのだ。名付け親の父とは疎遠だけど、名前の持つ意味自体は気に入っていたから。
それが思っていたより良い方向に働いたらしい。この次の記事で詳しく書くが、面接時に「名前の意味」を問われたのだ。そのときにきちんと答えられたことも、成功に繋がったんだと思う。そのため、もし一発で読めない名前を希望していたとしても、そこに込めた意味を説明できれば、大丈夫かもしれない。まあ、現代は珍しい名前も増えているし、「難読」を理由に通らないってこと自体がもうあんましないのかもだけど。
周囲の人たちがすぐに慣れるような名前を選ぶと◎
通称名を考えたときに(とはいっても思いついたのが何年も昔だからあんまり記憶が定かじゃないんだけど)意識したことは、繰り返しになるけれど “意味” と “響き” と “印象” の3点だった。だって、ぼくの名前を実際に口にするのは、ぼく以外の他人だ。友人やパートナーなど、周囲の人がすぐに慣れる名前を意識した。
これまでとかけ離れた名前じゃないから、みんなやっぱりすぐ馴染んでくれた。そのため、「日常会話での使用実績」がとても作りやすかった。なにげない普段のLINEの中でも、友人たちやパートナーはぼくのことを「チカゼ(的な名前)」と呼んでくれる。以前の名前と間違われることも、ほとんどなかった。
通称名はそこまでのことを考えて決めたわけじゃなかったけれど、「周囲の人たちの慣れやすさ」は実績を作る上で大きかった思う。
もしまったく違う名前を希望しているのなら、たとえば入学時とか、入社時とか、そういう環境が変わるタイミングで使い出すのがベストかも。それだったらみんな自然に、そっちの名前に馴染んでくれるだろうし。
そして、使用期間つまり使用実績は長いに越したことはない。ちなみにぼくは、通称名を使用していた約8ヶ月前からの証跡を提出した。
ノンバイナリーのトランスジェンダーのぼくが改名のために用意した書類
ノンバイナリーであるぼくが、家庭裁判所に実際に「通称名の使用実績」として提出した書類について紹介してみる。一部発行にお金がかかったから、その費用も含めてまとめてみた。
仕事関係の書類の名義を改名予定のものへ
ぼくの戸籍は「女性」であり、現在シス男性と法律婚をしている。そしてフリーランスの物書きであるぼくは、正規雇用の会社員である彼の扶養に入っている。それゆえに、通称名の使用実績でもっとも重要視される(と巷で囁かれている)「公共料金の明細」が提出できない。それらはすべて、パートナーの名義になっているから。
だから公的な場──つまりは “仕事先で「チカゼ(的通称名)」を使用していますよ” という実績が、かなり重要だった。幸いにもすべてのクライアントさんが快く協力してくださった。
◎通称名の使用実績として提出した書類
・契約書の契約名
・発注書の受注者の名前
・請求書の請求元の名前
・郵便物の宛名
これらすべてを通称名にしていただくようお願いした。特に効力を発揮するのが、クライアントさん側が作成する「契約書」と「発注書」。自分が発行する「請求書」よりも、この2つの方が “仕事相手も通称名を認識している” アピールになる。
それからクライアントさんとのメールのやりとりでも、通称名を使用した。こちらは申立ての際に、印刷して資料にした。
トランスジェンダーでなくても、性同一性障害(GID)の診断はおりる可能性がある
ぼくは精神疾患があってメンタルクリニックに通っているから、性同一性障害(GID)の診断書は、主治医に書いてもらった。一般的にはジェンダークリニックで取得するみたいだけど、もし何かしらのメンタル系の持病を抱えていて、かつそこで性同一性障害の診断をしてもらえるんなら、それで大丈夫。
あと、それこそ以前も書いたんだけど、ノンバイナリー、Xジェンダー等の人たちにも性同一性障害──GIDの診断はおりる可能性がある。FTMないしMTF、つまりトランスジェンダー女性、トランスジェンダー男性じゃなくても診断書が出される場合があるということだ。そのため、諦めずに受診してみてほしい。ちなみに診断書の発行には3000円ほどかかった。
保険証を通称名表記に! 改名前でも、トランスジェンダーは保険証の名義を変えられる
GIDの診断書があれば、改名前でも保険証の名義の変えることができる。ぼくの場合は通称名を表に、戸籍名と性別は裏面に記載してもらうことができた。ただ、所属している保険組合によって記載の仕方は違うようだ。
ぼくが見聞きした範囲内だと、表面に戸籍名・通称名両方記載されてしまう場合もあるらしい。なんのための通称名だよと腹立たしくなるだろうけど、これもトランスジェンダーが改名の申立てをする際、「公的な身分証明書に使用されている」証拠としてめちゃくちゃ有効だから、やっておいて損はない。
加入している保険組合に問い合わせした際、オペレーターの人の知識不足で断られてしまう場合もあるらしいが、「2017年に厚生労働省が通達を出している」と言えば変えてもらえる。ぼくの場合も最初に問い合わせた際は戸惑われたし、「戸籍は男性に変更するんでしょうか」と謎な質問を繰り出されてイラッときた。
そして保険証の名義を変更すると、あらゆる公的機関のカードの名義も変えることができる。具体的には病院の診察券・図書館の貸出カードなど。それからショップのポイントカードなんかも通称名で作成できるから、申立ての際に必要な使用実績が作りやすくなる。でも、改名前にまた保険証を変えなきゃいけなくなるから、二度手間ではあるんだけどね。
友達やパートナーとの日常会話のLINEや郵便物も、通称名に
私生活での通称名の使用実績も、もちろん大切だ。ぼくの場合は手始めにすべてのSNSの名義を変えた。特に重要なのが、本名で登録するFacebookだ。ほとんど使っていないけどFacebookの名義は真っ先に変更したし、「改名した」という宣言もついでにポストした。
ぼくは私生活においては本当に仲の良い友人たちにしかカムアウトしていないので、「ただの知人」に勘ぐられるのではとヒヤヒヤしていたが、意外と平気だった。「なんで変えたの?」と噂にはなっているみたいだけど、すべての改名を望む人がセクシュアリティが理由なわけじゃないから、「そんなことあるんだ〜」くらいの認識で終わるっぽい。
とにかく、このような流れで私生活でも通称名を浸透させるよう努めた。LINEで実際にぼくの通称名が使われているやり取りを抜き出したスクショを集め、それから友人たちに「ハロウィンカードを通称名で送って」とむちゃぶりをして回り、使用実績を作った。時期的に年賀状は無理だったから、致し方ない。イースターカードとかクリスマスカードなんかも、口実としてはいいかも。
あとはすべての通販サイトの名義も「ぼくが思うノンバイナリーらしい」名前に変更した。楽天、Amazon、Qoo10、iHerb、メルカリ・・・・・・などなど。郵便物の伝票や納品書も、通称名の使用実績としてみなされる。このへんは知人へ改名を知らせるよりもハードルは低いだろうから、先にやっておいたほうがいい。
トランスジェンダーの改名に必要な書類!
・戸籍謄本
・収入印紙
・郵便切手
・申立書
これらはトランスジェンダーが改名を申立てる際、もっとも基本的なものだ。
戸籍謄本は450円、収入印紙は800円、そして郵便切手200円~1500円ほど。郵便切手の金額は地域によってバラつきがあるから、以下のサイトで確認してみて。ぼくの場合は400円程度だった。
【全国版】改名手続きで家庭裁判所に提出する郵便切手金額一覧
https://www.osaka-everest.com/yuken-japan/
そして要といえる申立書。以下でダウンロードできる。個人的にはWord版でダウンロードしてPCで記入するのがおすすめ。手書きだと人によっては読みにくいかもだし、今時「手書きの方がより気持ちが伝わる」ってこともないだろう。
・申立書(Word版)
https://www.courts.go.jp/tokyo-f/vc-files/tokyo-f/D26-2-3.doc
・申立書(PDF版)
https://www.courts.go.jp/vc-files/courts/file2/2019_nanohenkou_m.pdf
実際にぼくの書いた申立書の文面は、次の章に記載する。
ここまで書いたすべての書類を用意して、10月28日に家庭裁判所に申立てを行った。
ノンバイナリーのトランスジェンダーであるぼくが書いた申立書
ぼくの知りうる限り、ノンバイナリーやXジェンダー等のトランスジェンダーの人って、戸籍名変更を申し立てる際にはFTM /MTFとして振る舞うのが一般的だと思う。だけどぼくの場合、「ノンバイナリー」だと申立書にそのまま書いた。
ノンバイナリーのトランスジェンダーであるぼくが書いた実際の改名の申立書
以下、ノンバイナリーのトランスジェンダーであるぼくが書いた実際の申立書になる。もちろん「チカコ」は以前の名前、「チカゼ」は今の本名に当たる。
改名理由に「ノンバイナリー」「女性から無性へのトランスジェンダー」と正直に書いた理由
ぼくは身長150センチ程度だし、どちらかといえば華奢だし、鍛えて筋肉を付けたりなどはしていない。ホルモンもやっていないし、普段は化粧をして過ごす人間だ。男性的な見た目を目指していないし、「FTMです」「トランスジェンダー男性です」と言い張るには無理がありすぎた。
第一、提出する仕事関係の書類に「チカゼ」というペンネームが思いっきし記載されている。検索したら一発で、ここNOISEもTwitterもnoteも出てくるし、そこに書かれている内容と齟齬があったら逆に心証も良くない気がした。それだったらいっそ正直にいこうと思って、はっきりそのまんま「ノンバイナリーで、女性から無性へのトランスジェンダーです」と書いてしまったのだ。半ばヤケクソだったんだけど、これも結果的に功を成した気がする。
改名の目的「ノンバイナリーのトランスジェンダーらしくない」名前によって被る精神的苦痛についても言及
現在ぼくは、来年の2月にタイでの胸オペを予定している。そのためにパスポートを作る必要があるから、それまでに「チカゼ(的名前)」を本名として認めてくれないと困る──これを戸籍名変更の目的として、緊急性を強調する書き方をした。
パスポートに通称名を記載することはできるけど、戸籍名が変わったら二度手間になるしそのぶんお金も余計にかかる。それに「渡航の目的」が「戸籍名変更の目的」である性別違和の緩和だから、ぼくの心と身体の剥離により説得性をもたせられたんじゃないか。(そしたらトランスジェンダーで性別違和がなかったりSRS及び胸オペ等々を望まない人は改名できないのかよ、とちょっと腹立たしくなったけど)
また、「現在の困りごと」として、「女性らしい」名前から受ける実際の精神的苦痛を述べた。メンタルクリニックで診断された「うつ病」の原因はもっと複合的なものだし性別違和が主ではないんだけど、「主じゃない」ってだけでそのひとつであるのは本当だから、嘘はついていない。
ノンバイナリーやXジェンダー等のトランスジェンダーが改名準備で注意すること
ノンバイナリーのトランスジェンダーであるぼくが改名にあたり使用実績の書類を集めるときに、「これやっときゃ良かったな」「やっといて良かったな」ってことがいくつかあった。最後にこちらでその注意点をまとめておく。
改名申立てで提出する書類は、すべてコピーやスキャンでデータを取っておこう
これは実際に申立に行ってから、はじめて思い至ったこと。家裁の窓口で書類を提出する際に、職員さんに「申立ての許可が降りるか否かに関わらず、こちら返却できなくなっちゃうんですけど、大丈夫ですか?」と訊かれてしまった。
聞くところによると、これも地域(それぞれの家庭裁判所)で異なるらしい。書類を返却してくれるところもあるし、ぼくの行ったところみたいに返却してくれないところもある。申立てに行ったのが家裁の窓口が閉まるギリギリの時刻だったのと、ぼくがADHD傾向持ちで一度整理した書類を再度バラしたのちに即座に元通りにできる自信がなかったことから、やむなくそのまま提出した。
もしこれで通っていなかったら、申立書を作り直すことはもちろん、実績を1から集め直さなきゃならなかった。それを想像するとまじでゾッとする。重要な書類はすべてコピー及びスキャンしてデータを取っておく、という基本的な準備は必ずして。本当に。
ノンバイナリーやXジェンダー等のトランスジェンダーは、改名理由を手紙に書こう
実は先に記した書類の他に、ぼくはもうひとつ特殊な書類を用意した。NOISEで書いた『ノンバイナリーのぼくは、ニュートラルな「名前」がほしい』という、最初に言及したエッセイを印刷したものだ。これを面談の際に担当の職員へ追加書類として手渡し、裁判官に読んで頂くようお願いした。
おそらく申立書だけでは、現在の名前がもたらす苦痛や、ノンバイナリーやXジェンダー、トランスジェンダーが持つ生きづらさを、理解してもらえない。文字数が制限されるし、何より「ノンバイナリー」「Xジェンダー」といった、FTM /MTF以外のトランスジェンダーがこの世に存在していること自体、まだまだ世の中に浸透していない。今回の改名の手続きで、それをとくと思い知らされた。
だからこそノンバイナリーやXジェンダーの方は、自分の言葉で書いた手紙か何かを用意したほうがいいかもしれない。ぼくの生の声が届いたことも、申立申請の許可がすんなり降りた要因のひとつである気がしている。
トランスジェンダーFTM/MTF やそれ以外すべての人がこの通りにすればいい、というわけじゃない
次回で、ぼくが実際に受けた面談の様子や、そのときに思ったことを語ろうと思う。そちらでも改めて詳しく書くつもりだけど、「この通りにすれば必ずしも申請が通る」というわけではない。
あくまでこれは “ぼくの場合” 。ここに書いた情報は、「参考」として受け取ってほしい。でも、できうる限りの情報提供はしたいと思っている。だから改名を考えているすべてのトランスジェンダー、特にノンバイナリーやXジェンダー等の人は、次の記事まで読んでくれたら嬉しいな。