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Writer/酉野たまご

井上涼作品とEテレ『びじゅチューン!』に描かれるLGBTの世界

アニメーションクリエイターとして知られている井上涼氏。彼が政策を手掛けている映像作品には、LGBT当事者としての思いがさりげなく込められているように見受けられる。
今回はその一例として、YouTubeにアップロードされている映像作品とNHK Eテレの番組『びじゅチューン!』についてご紹介していきたい。

シュールさがクセになる・・・井上涼氏の映像作品とは?

意外な出会いのきっかけは、結婚式のための動画だった

最初に「この動画知ってる?」と教えてくれたのは、大学のサークル活動で知り合った友人だった。

そのとき見せてもらったのは、YouTubeにアップされていた『ハヤシフサイ』というタイトルの動画である。

「友人である林夫妻の結婚式のために作りました」と冒頭でテロップが表示され、その動画が結婚祝いのためのアニメーション映像らしいということがわかった。

どうして他人の結婚祝いの動画を見せてくるんだろう? と思ったのもつかの間、アニメーションのシュールさ、オリジナルソングのあまりにもゆるい歌詞とメロディに、私はすっかり釘づけになってしまった。

林夫妻らしきキャラクターがぬるぬるとした動きで踊る謎のダンス、林夫妻と一緒に踊るタコのような生物(?)、「指輪 指輪よ 指輪さん」と繰り返される妙にキャッチーなフレーズ・・・。

ただの結婚式のムービーとは思えない、異様なまでの個性を感じて、私はその動画の制作者である井上涼氏を追いかけることにした。

アニメーションや音楽制作を手掛けるアーティスト・井上涼

井上涼氏は、アニメーション制作・作詞・作曲・歌唱などを自ら手掛け、オリジナリティあふれる映像作品を生み出しているアーティストである。

森永乳業のモッツァレラチーズのTVCMや、YouTubeにアップされているUHA味覚糖「ぷっちょ」とのコラボ動画などで、その活躍を目にしたことのある人もいるかもしれない。

可愛らしいキャラクター造形と、やや不自然な動きのアニメーション、やわらかな井上涼氏の声がほぼ全役柄(と、歌)を務めている映像作品は、見ているとだんだんクセになってくるシュールさが特徴的だ。

井上涼氏とその作品に出会った直後は、オリジナリティあふれる世界観と楽曲の面白さに魅了され、深く考えずにYouTubeで動画作品を見まくっていた。
私も、私に動画の視聴を薦めてくれた友人も、井上涼氏本人のパーソナリティについてはまったく知らずにいた。

井上涼氏がLGBT当事者であると知ったのは、最初の出会いから半年ほど経ってからのことである。

『ゲイの歌2005』-井上涼氏が示したカミングアウトの形

衝撃を受けたカミングアウト

ある日、いつものようにYouTubeを開いて、まだ視聴していない井上涼氏の作品を探そうとした。

アップロードされている動画をざっと眺めていると、そのうちの一つにふと目がとまった。
タイトルは『ゲイの歌2005』。

ハッとして、数秒間動きが止まってしまったことを覚えている。

意を決して動画を再生すると、まるで何かの記者会見かのようにカッチリとしたスーツを身に着けた井上涼氏本人が現れた。

いつものようなアニメーションではなく、井上涼氏本人が描いた絵を手に持ち、紙芝居形式でめくっていくスタイルの映像だった。そして、映像の中で井上涼氏は「いきなりですけれども 私はゲイです」とカミングアウトを行ったのだ。

唐突なスーツ姿、ポップとは言い難いタッチの絵、歌詞が聞き取りにくいほど何重にもコーラスを重ねた歌による『ゲイの歌2005』は、いつも見ていた映像作品と比べるとかなり尖っており、あまりとっつきやすい動画とは言えなかった。
しかし、その動画は私に、今までに見てきた映像作品の何倍もの衝撃を与えた。

不特定多数の人に「私はゲイです」と自己開示をした姿はもちろん、多くの人に面白がられるような動画ではなく、自分にとって納得のいく動画にしたかったのだろうと思えるシュールさ全開の作風は、かえって井上涼氏本人の覚悟を感じさせた。

「今まで怖くて言えなかったけど もう隠さない」「『ゲイだから仕方ない』と いろいろ諦めるのがイヤになったのです」といったフレーズの一つ一つが心に刺さった。

堅苦しいスーツ姿で緊張感を演出しておきながら、「Say ゲゲッゲゲゲゲイ!」と繰り返すだけの歌詞が延々と続くなど、視聴しているこちらが腰砕けになっていくような動画の構成も、井上涼氏なりのユーモアと自身のセクシュアリティに対する誇りなのだと思えた。

当時、自分は同性愛者かもしれない、と気がついたばかりだった私は、自分自身を受け入れてもいいんだよ、と『ゲイの歌2005』に背中を押してもらえた気がした。

自分にとって「LGBT当事者の先輩」的存在となった井上涼氏

『ゲイの歌2005』と出会ってからほどなくして、井上涼氏が「やる気あり美」というLGBT関連のクリエイティブチームに所属していることを知った。

自分が好きなアーティストがLGBT当事者だったと後から知るのは初めての経験で、ふつふつと湧き上がる喜びを感じた。

カミングアウトをするにあたって、井上涼氏自身にどれほどの葛藤があったかは想像することしかできない。
しかし、LGBT当事者として活動する井上涼氏は、好きなアーティストというだけでなく、私にとってLGBTの先輩でありロールモデルのような存在になった。

まだ10代だった当時の自分にとって、こんな生き方もある、こんな自己表現の形もあるのだと教えてくれた井上涼氏の存在は、とても大きなものだった。

そして、井上涼氏の作品に対する視点も変化した。特にLGBTを謳っていない映像作品であっても、随所にLGBT当事者としての思いが込められているのであろう部分を発見できるようになったのだ。

Eテレ『びじゅチューン!』をLGBTの視点から見てみると

大人気の番組シリーズEテレ『びじゅチューン!』とは

井上涼氏の作品の中で最も知名度が高いのは、おそらくNHK Eテレで放送中の番組シリーズ『びじゅチューン!』だろう。

世界の美術品を1分半程度のアニメーションと歌で紹介するというコンセプトだ。井上涼氏の持ち味を活かしたユニークな映像作品が数多く放送され、オリジナルグッズなども展開されている。

現在はNHKのYouTubeアカウントでも『びじゅチューン!』のアニメーション動画が公開されており、いつでも好きなときに視聴することができる。

もちろん、あくまでテーマは美術品の紹介なので、大々的にLGBTについて描いている作品はそれほど多くない。

それでもLGBT当事者の視点から見ると、時折「これは!」とアンテナに引っかかる部分を見つけることができるのだ。

性別不明の恋愛を描いた『風神雷神図屏風デート』

まず私が気になったのは、『風神雷神図屏風デート』という映像作品である。

『風神雷神図屏風デート』は、誰もが一度は目にしたことのある『風神雷神図屏風』をテーマに、可愛らしくデフォルメされた風神と雷神が職場に内緒でこっそりデートをするというストーリーが描かれている。

このアニメーションを一目見て、私はドキッとした。
風神と雷神の性別がわからなかったのだ。

神様なんだから当たり前だ、と思われるかもしれないが、風神と雷神が身に着けている衣装はスカートのような形に描かれ、表情や仕草にもやわらかさが感じられる。そうかと思えば、会社勤めをしているシーンでスーツを着用した二人の姿は、ガッチリとした体つきでサラリーマンとしての風格が漂っている。

きっと、井上涼氏は意図して性別を描き分けないようにしたのではないかと思う。性別不明の風神と雷神が楽しげにデートを繰り広げる様子は、非常に風通しがよく、自由な世界観を感じさせるのだ。

「表向きは仕事仲間 その実隠れて待ち合わせ」「風と雷巻き起こし 今だけ 立場はファーラウェイ」という、社内恋愛を描いたような歌詞にも、大っぴらに付き合っていると公表しづらいLGBTならではの心理が反映されているように思えてくる。

新しい家族の形を示す『納涼シアター』

もう一つ例として挙げたい作品が、『納涼シアター』だ。

元ネタは『納涼図屏風』という美術品で、ひょうたんで緑のカーテンが作られた軒下にゴザを敷き、夕涼みをする三人家族が描かれている。

『納涼シアター』は、夕涼みをする三人の様子を「プロジェクターで映画を見ている風景」として描いており、子どもがひょうたん型のプロジェクターを手に「今日はぼくが選んでいい日だ 映画」と語るフレーズから歌が始まる。

そして、アニメーションの後半では、成長した子どもが新しい家族と共に、幼少期と同じように映画を見る様子が描かれる。

成長した子どもがパートナーと映画を見るシーンの歌詞は、「父も母も知らない新作 彼とあはは」となっている。きっとこの二人はゲイカップルなのだろう、とはっきり想像できる歌詞なのだ。

さらに、終盤で登場する「ぼく」の娘は、グリーンの髪色も小麦色の肌も「ぼく」や「彼」に似ていない。作中では明言されていないが、おそらく娘は血のつながっていない養子で、「ぼく」と「彼」の二人で育てている子どもなのだろう。

ある家族の姿を描いた元の美術品から、新しいもう一つの「家族の形」を描き出した、LGBTの視点から見ても素晴らしい映像作品だと思う。

井上涼作品を通じて、未来への種まきを。

子どもにEテレ『びじゅチューン!』を見てほしいと思う理由

Eテレ『びじゅチューン!』は平日の夕方にNHKで放映されているため、小学生くらいの年齢の子どもが目にする機会も多いのではないだろうか。
元々子どもを対象にした番組シリーズなのだろうけど、私自身、LGBT当事者としてぜひ多くの子どもに『びじゅチューン!』を見てほしいと思うのだ。

そもそも『びじゅチューン!』では美術品を擬人化して描くことが多いため、登場するキャラクターの性別があいまいなケースは非常に多い。

女性・男性という二種類の性別にとらわれなくてもいい、恋愛の形や家族の形はいろいろある、といった感覚を、説教臭くなく伝えられる『びじゅチューン!』は得難い存在だ。

『びじゅチューン!』と出会った子どもたちが、奇想天外な歌やアニメーションを楽しみながら、美術品を通じて性別にとらわれない世界観を知っていってくれたらいいな、と個人的に願っている。

井上涼氏と出会って広がった興味

Eテレ『びじゅチューン!』以外にも、井上涼氏をきっかけに興味を持ったコンテンツはいくつかある。

クリエイティブチーム「やる気あり美」にて井上涼氏が制作を手掛けた『確信』というアニメーション動画もその一つだ。

恋する10代のLGBTに向けた優しい視線を感じられる内容で、カミングアウトをしていない友人にもおすすめしまくっているほど好きな映像作品である。

見やすくとっつきやすい映像作品を通じて、友人や知人に少しでもLGBTへの知見を深めていってもらいたいと思い、未来への種まきのつもりでせっせと布教活動にいそしんでいるのだ。

また、「やる気あり美」のメンバーが主催しているポッドキャスト番組『そうだ!ゲイにカミングアウト』を毎週聴いたり、番組に送ったお便りを読んでもらって歓喜したりと、井上涼氏が携わっていない分野にも興味の幅は広がっていった。

これからも、一視聴者として井上涼氏の作品を楽しみつつ、広がった興味の輪を活かして新たなLGBT関連のコンテンツにアンテナを伸ばしていきたいと思う。

 

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