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38歳からのリスタート。MTFを隠さず働き、生活する【前編】

時折、冗談を交えながら、楽しそうに話す佐藤美貴さん。「子どもの頃は友だちができなかった」という言葉を疑いたくなるほど、明るくてエネルギッシュな人だ。母のスリップをこっそり着た幼少期、口紅を塗ってうっとりした中学生時代を経て、20年以上も本当の自分を隠して生きてきた。結婚、子育て、離婚・・・・・・人生経験を積んだ後のリスタート。その勇気と覚悟に、花束を贈りたい。

2020/10/15/Thu
Photo : Taku Katayama Text : Sui Toya
佐藤 美貴 / Miki Sato

1979年、北海道生まれ。2歳上の兄をモデルケースに、幼い頃から様々なスポーツに勤しむ。高校卒業後に上京し、25歳で結婚。2児をもうける。生活のすれ違いが原因で38歳のときに離婚し、それをきっかけに、自分のセクシュアリティと向き合い始めた。女性ホルモン治療を経て、現在は女性として社会生活を送っている。

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INDEX
01 よくできた兄とダメな弟
02 母がいない隙に
03 バカにされたくない
04 友だちの作り方
05 父が直したビデオデッキ
==================(後編)========================
06 居候との生活
07 子どもたちの「お父さん」
08 MTFの自分と向き合う
09 カミングアウト、それぞれの反応
10 子どもの頃から私は私

01よくできた兄とダメな弟

ターニングポイント

小学校高学年から中学校3年まで、母の化粧道具を使って、家族が留守の間、こっそりと化粧をしていた。

化粧の手順など何もわからないから、ファンデーションを適当に塗り、真っ赤な口紅を引くだけ。

鏡を見て、色づいた自分の顔にうっとりしていた。

「化粧を落とすとき、ティッシュに化粧品の色がつくじゃないですか」

「そのティッシュを新しいティッシュでくるんで、ゴミ箱の下のほうに隠したり、トイレットペーパーで口紅をぬぐってトイレに流したりしてました(笑)」

20代半ばで結婚し、38歳のときに離婚。それをきっかけに、生き方も、仕事も、全てが変わった。

「離婚した後にホルモン治療を始め、LGBTフレンドリーの会社に転職しました」

「女性の姿で人と接することに慣れていなかったから、ぎこちなさが抜けるまで1年くらいかかりましたね」

「今は、この姿でどこに行っても恥ずかしくありません」

自由人の父と働き者の母

北海道で生まれ育った。

両親とも教育熱心ではなかったが、母からは「人に迷惑だけはかけるな」と口を酸っぱくして言われていた。

父は、子どもにあまり干渉せず、自分の好きなことに打ち込むタイプ。

「父は電気工事の技術者で、勉強が大好きだったんです。家でもずっと技術系の本を読んでいる、ちょっと変わった人でしたね」

休みの日、父はあまり遊びに連れて行ってくれなかったが、それには理由があった。

「小3のとき、父の会社のキャンプに連れて行ってもらったんです」

「北海道は、海辺でキャンプをするんですよ。砂浜にテントを張って、バーベキューやキャンプファイヤーを楽しみました」

夜中になり、辺りは真っ暗になった。

大人たちは飲んで騒いで楽しそうだったが、子どもはすることがない。

退屈して、1人で波打ち際に近づいた。

「大きい波がザブーンってきて、驚いて後ろに退いたんです」

「真後ろではキャンプファイヤーの火が燃えていて、避ける間もなく、火の中に落ちました」

幸いにも、火が消えかかっていたため、大やけどはしなかった。

おそらく、母に大目玉を食らったのだろう。
それ以来、父と2人で出かけることはなくなった。

「母は、家のことを全てやってました」

「朝5時に起きてお弁当を作り、仕事に行って、夜も遅くまで起きてましたね」

「毎日3〜4時間しか寝てなかったと思いますが、それでもイライラして子どもに当たったりはしないんです」

「もちろん、叱るときは叱るけど、冗談もしょっちゅう言う」

「大人になってからますます、母のことを尊敬するようになりましたね」

自慢の兄

2歳上に兄がいる。

「兄は、優しい顔立ちで、人当たりがいいんです」

人と仲良くなるのが苦手だった自分とは対照的に、兄はいつも友だちに囲まれていた。

「とりあえず、兄についていって、兄の友だちと一緒に遊んでました」

「よくできた兄とダメな弟みたいな感じで、いろんな人からよく比べられましたね。それは、すごく嫌でした」

狭いアパートで家族4人暮らし。4畳半の部屋を兄弟2人で共有していた。

「当時は兄のことが大好きで、自慢に思ってたんです」

「小6くらいまで、兄にくっついて寝てました。気持ち悪い、って蹴飛ばれた記憶があります(笑)」

02母がいない隙に

憧れのスリップ

幼い頃、大きくなったら、自分は女の子になるんだろうと思っていた。

「小学校に入る前、家に誰もいないときに、母の服をこっそり着てたんです」

「レースのついたきれいなスリップ。肌ざわりが良くてドレスみたいで、憧れてました」

留守番を任されるたびに、タンスからスリップを引っ張り出して、素肌の上にそれを着た。

見つかったらどうしようという不安と、憧れの服を身にまとった興奮で、心臓がドキドキ高鳴る。

誰かが帰ってくる前に、きれいに畳んでタンスに戻した。

「ある日、母が予定より早く帰って来たんです」

「玄関の鍵を回す音を聞いて、慌ててスリップの上から自分の服を着ました」

「着膨れしていて不自然だったんでしょうね。『ちょっと服を脱いでみなさい』って言われて・・・・・・」

「『何やってるの!』ってものすごく怒られて、こういうことをやっちゃいけないんだと気づいたんです」

バラエティータレント

当時、「ミスターレディ」や「ニューハーフ」と呼ばれる人たちが、テレビで活躍し始めていた。

興味を持っていたものの、そういう番組を、母の前で堂々と見ることはできない。

「母がお風呂に入った隙を見計らって、そういうタレントさんが出ているバラエティー番組にチャンネルを変えるんです」

「お風呂から上がる音がしたら、また元の番組に戻して、素知らぬ顔をしてました」

テレビ越しに、色々なタレントの話を聞き、自分は成長しても女の子にはなれないと思うようになる。

男性が女性になるには、ニューハーフになるしかないと思ったのだ。

03バカにされたくない

虚勢を張って生きる

小1から中3まで、ほとんど友だちがいなかった。

すぐにカッとなるタイプで、人と揉めてばかり・・・・・・。

「住んでいたのが、ちょっと荒れている地域だったんです。弱みを見せるといじめられるから、虚勢を張って生きてました」

誰かがコソコソ話をしていると、自分の悪口を言われているように感じた。

「私のことを話してるって確証はないのに、突っかかっていくから、同級生からは面倒くさい奴だと思われてたと思います」

「それくらい、思い込みが激しかったし、傷付きやすかったですね」

虚勢を張っていたのは、見た目のことをからかわれた経験があるからだ。

「体が小さくて、ヒョロヒョロしていて、ちょっと内股気味だったんです」

「『くねくねしてる』って言われたのが悔しくて、無理やりガニ股で歩いたりしてました」

体が小さく見た目が弱そうなこともあり、同級生と言い合いになると、タイマンだと言われ「学校が終わったらに来い!」と呼び出されることも多かった。

日々、バカにされないように一生懸命。

周りとどう関係を築いていけばいいかわからず、常にイライラの塊を抱えていた。

友だちはいないのか?

あるとき、「いつも家にいるけど、遊ぶ友だちくらいいないの?」と母親に言われる。

何気ない声掛けだったのかもしれないが、ショックだった。

「親に心配をかけないように、無理して近所の子の家に遊びに行ってた時期もありました」

「その子がゲームしているところをただ眺めるだけ。退屈でしたね」

小学校の通知表には、毎学期、「落ち着きがない」「授業中に後ろを向いている」などと書かれる。

「後ろの子にちょっかいを出して、先生から『いいかげんにしろ』って怒られてたんです」

「人との接するのが苦手なくせに、意地っ張りでおとなしくもしていられない・・・・・・。大人から見れば、ある意味一番たちの悪いタイプだったかもしれません(苦笑)」

04友だちの作り方

家以外の居場所を探して

中3になり、学校でも家でも、受験という言葉が盛んに飛び交うようになる。

高校には行けなくてもいいと思っていたため、勉強する気はおきなかった。

「母に小言を言われるのが嫌だったから、家以外の居場所を探してました」

「手当たり次第、遊んだことのある同級生に電話をかけたんですけど、当然ながら相手にしてもらえませんでしたね」

そんな中、1人だけ遊んでくれる友だちがいた。

小5のとき同じクラスになり、たまに話をするようになった同級生。

「ゲームの話で意気投合して、彼の家に遊びに行くようになったんです」

「人のお願いを断らない性格で、私の迷惑な誘いにも、『いいよ』って言ってくれました」

孤独からの脱却

中学校の同級生で、今でも連絡を取り続けているのは彼だけだ。

「彼とは別々の高校に進学したんですけど、方向が同じだったので、電車の中でよく会ってました」

「放課後や週末に連絡を取り合って、たまに遊ぶようになりましたね」

受験で大変な時期でも、うっとおしがらずに接してくれた人。

「彼には本当に感謝してます」

彼と友だち関係を築けたことで、人との付き合い方が少しわかるようになる。

そのおかげで、高校では仲のいい友だちを作ることができた。

「やっと、1人じゃなくなったって気がしました」

05父が直したビデオデッキ

成長期

子どもの頃から、自分は周りの男の子とどこか違うと感じてきた。
それを悟られないように、兄がすることは何でもマネした。

兄と一緒の道を歩めば「大丈夫」だと思っていた。

「兄の影響で、小3からアイスホッケーを始めました。高校も兄と同じところに進学して、同じハンドボール部に入ったんです」

体の成長が遅く、中1のときの身長は141cm。

しかし、毎年8〜9cmずつ伸び、中3のときは160cmに達した。
それと同時に、体重も10kgずつ増え、たくましい体つきに変わっていく。

「中3から徐々に声変わりが始まって、最初はすごく嫌でした」

「体毛が薄かったし、ヒゲも濃くならなかったから、それだけは救いでしたね」

変わらぬ憧れ

高校生になっても、ニューハーフへの興味は変わらず、母に隠れてバラエティー番組を見ていた。

新聞のテレビ欄に目を凝らし、ニューハーフのタレントが出演する番組を毎日チェックする。

兄が高校を卒業して家を出ると、4畳半の部屋を1人で使えるようになった。

「父は機械いじりが好きで、粗大ゴミ置き場から、色んな電化製品を拾ってくるんです」

「テレビもビデオデッキも拾ってきて、直した物を私にくれました」

録画ができるようになり、見たい番組を後から見られるようになる。

「録画した番組は、見たらすぐに消してました。ビデオテープを上書きして、絶対にバレないようにしたんです」

ニューハーフへの憧れは変わらず、すすきのの店で働こうと思ったこともあった。

「高3のとき、親とケンカして、家出をしました」

「家にはもう戻らないつもりで、自転車ですすきのまで行って、そういうお店がないか探したんです」

まだインターネットがなかった時代。
何も情報を得られず、お店はついに見つからなかった。

 

<<<後編 2020/10/22/Thu>>>
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06 居候との生活
07 子どもたちの「お父さん」
08 MTFの自分と向き合う
09 カミングアウト、それぞれの反応
10 子どもの頃から私は私

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