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Writer/雁屋優

雁屋優の書架 1.『ふれる社会学』を入口にLGBTQを知る

LGBTQについて知りたいと思ったとき、皆さんは何をするでしょうか。スマホで検索する、図書館で本を探す、関連イベントに足を運ぶ・・・・・・。情報を得るにはさまざまな手段があり、それぞれに難易度の違いがあります。先ほど挙げた手段は、後になるにつれ難易度が高くなります。本記事では検索してNOISEに来てくださった皆さんに、おすすめの書籍を紹介していきます。

『ふれる社会学』を手に取る

『ふれる社会学』は社会学の入門書であり、大学の教科書です。社会学専攻ではない他学部の学生にも入りやすいように書かれているので、人文社会科学系のバックボーンを持たない方にもおすすめです。

『ふれる社会学』詳細

今回、紹介するのは『ふれる社会学』(ケイン樹里安、上原健太郎編著、北樹出版、2019年)です。社会学の入門書であり、大学の教科書となっているこの本を最初に選んだ理由は、この本が、何かに対するしっかりした問題意識を持っている人だけでなく、普段何となく物事を見ている人も対象に、その物事の示すものを考えるきっかけをくれる本だからです。

15章からなる本書の最初、第1章は「スマホにふれる」から始まります。スマホは生活必需品と言われるほど、生活の多くを占めています。道に迷ったらGoogleマップを起動する、就職活動の連絡はスマホに来るし、エントリーもスマホから、といった具合なので、生活に深く根付いたスマホの話から始めてくれる本書は、比較的入りやすいと言えます。

『ふれる社会学』著者紹介

本書は、総勢12人の社会学者が分担執筆され、それをケイン樹里安さんと上原健太郎さんが編著者としてまとめた書籍です。総勢12人みなさんを紹介するのは難しいため、編著者の2人を紹介させていただきます。

ケイン樹里安さんは、「ハーフ」はじめ海外ルーツの人々、それからよさこい踊りをテーマに研究されていた社会学者の方です。私は、日本にも人種差別があると、この方の文章で知ったという経緯があります。2022年5月に、ご病気で亡くなられています。

上原健太郎さんは、沖縄の若者の就労問題をテーマに研究されている社会学者の方です。「地元」や「若者」、「労働」といったキーワードに関心のある方は上原さんの他の文章を読んでみるのもいいでしょう。

目次をめくってみる

本を手に取ったら、私はまず目次を読んでみることにしています。どういう構成でこの本ができているのか、気になるからです。「スマホ」や「飯テロ」に始まり、「レインボー」や「障害」といった言葉があり、そして、中身が予想できない「魂」に関する章があります。

「レインボー」や「障害」には、セクシュアルマイノリティであり、障害がある私自身の当事者性や、文筆業をしている身の上から元々関心がありますし、「魂」の章は何の話をしているか、予想もつかなくて、知的好奇心を刺激されたことを覚えています。

「レインボーにふれる」。LGBTQを問い直す

『ふれる社会学』の9章に、「レインボーにふれる」という章があります。

東京レインボープライドの様子から

本章は、東京レインボープライドの様子の描写から始まります。2022年現在では東京以外の都市での開催、もしくは開催の決定があるレインボープライドですが、本章が執筆された当時の2019年は、また少し様子が違ったことでしょう。

東京に限らず、レインボープライドに行ったことがない、見かけたこともない読者にも、それがどういう場所であるのかを詳細に説明し、その上で、何か引っかかると思わせる描写は見事です。

セクシュアルマイノリティ、LGBTQと呼ばれる人々のことを説明した上で、説明に終始するのではなく、「レインボー」にまつわる状況について考えを深められる章です。

本章の最後は、次のように締めくくられています。

“「LGBTブーム」を超えて、多様な性をもつ人たちがつねにその生を保証されるために、どうしたらよいのか。手放さずに考え続ける必要がある。”(『ふれる社会学』80ページより)

「レインボー」の意味や背景を知り、向き合い、考え続けることができるか。本章からはそう問われているのかもしれません。

「レインボー」からLGBTQを考える入口へ

本章は、特に次のような人におすすめです。

・「レインボー」のグッズや装飾を見かけたり身につけたりしたことはあるけれど、その意味や歴史的背景はよくわからない。
・企業の掲げる、「レインボー」を用いた取り組みに何だか違和感がある。
・そもそもLGBTQの意味するところを詳しく知らないので、入口を知りたい。

「レインボー」の意味や歴史的背景、企業と「レインボー」についてはもう知っている、という方には復習のような意味合いを込めて読んでみてほしいです。また、フェミニズムとLGBTQの関係にもふれています。

執筆者紹介

本章執筆者の中村香住さんはメイドカフェにおける女性の労働をテーマに研究する、社会学者です。秋葉原などで、「ご主人様」「お嬢様」と呼ばれ、メイドさんにお出迎えされ、チェキやオムライスへのメッセージなど、オプションのある食事、メイドさんとの交流を楽しむ空間がメイドカフェです。

「レインボーにふれる」の後のコラムでは、中村さんご自身の言葉で、メイドカフェでの女性の労働を研究テーマに選んだ理由を綴られています。こちらも非常に興味深く、おすすめです。

そして、少し難しくなってしまうのですが、中村さんの論考で私がおすすめしたいのは、『現代思想 2021年9月号 特集 <恋愛>の現在―変わりゆく親密さの形―』(青土社、2021年)に収録されている、「クワロマンティック宣言――「恋愛的魅力」は意味をなさない!」です。

クワロマンティックという聞き慣れない言葉から、今まで私が知っていたけれど、名付けられなかった関係性を定義するきっかけになった論考です。

社会学ってどんなもの?

ここまででたくさん出てきた、「社会学」という言葉。社会学とは、何なのでしょうか。それがLGBTQとどんな関わりがあるのでしょうか。

雁屋優と社会学との出会い

少し、私自身の話をさせてください。私は生物学専攻で大学を卒業した、いわゆる理系の人間です。大学の一般教養科目でしか、人文社会科学系の学問にふれたことはありませんでしたし、自分の専攻にしか興味のない学生でした。

そんな私が、大学卒業後に社会学と出会い、関連書籍を読むようになったきっかけがあります。『私がアルビノについて調べ考えて書いた本――当事者から始める社会学』(矢吹康夫著、生活書院、2017年)に出会ったことです。

私自身が髪や目の色が薄く、弱視を伴うこともある遺伝疾患、アルビノの当事者であったことから、この書籍を手に取り、読むに至りました。

この書籍を読み終えたとき、私は、今まで自分の外見が特殊であったり、視力が低かったりするせいで起きていると思っていた数々のことが、そのような人々を想定しない「社会」によっても起きている側面があることに実感を持てたのです。

わかりやすく言うと、「私の困難は、私だけのせいじゃない」と思えたのです。

LGBTQと社会学

この話は、どこかLGBTQの話にも似たようなものがあります。例えば、同性間でパートナーシップを望んでいる人が、異性間のパートナーシップと同じだけの法的な保護や権利を得られないのは、日本で同性婚が法制化されていないからです。

他にも、トランスジェンダーの方々の性別移行に関する法律の「子なし要件」や、パートナーを作らずに生きる人々のセーフティネットが脆弱であることなど、さまざまな問題があります。

これは、その人達がLGBTQであるから生じる問題のように見えますが、実際には違います。LGBTQにまつわる問題が生じるように、社会が作られていることそのものが問題なのです。その人のセクシュアリティには何の責任もありません。

このような考え方で個人や社会を分析していく学問が社会学です。近年よく目にする言葉である「生きづらさ」にもアプローチすることが可能ですし、『ふれる社会学』を読むとわかる通り、かなり幅広いものを研究対象にしている学問です。

LGBTQは、社会と密接に繋がっている

『ふれる社会学』を通じて、LGBTQから社会に目を向けるきっかけとなることを願っています。

LGBTQは社会と切っても離せない

「LGBTQやセクシュアルマイノリティなんて、個人的なことじゃないか」といった言葉を口にする方がいます。たしかに、どのようなセクシュアリティかは、さまざまな要素はありますが、その人自身のことです。しかし、セクシュアリティによって、困難が生じたり生じなかったりすることには、社会が関係しています。

異性間の結婚は法的に保護され、家族として認められます。しかし、日本では、同性間のパートナーシップは法的な保護もなく、家族として扱われることもありません。同性間の結婚が法制化されている「社会」であれば、このようなことは起きません。

トランスジェンダーの人々が性別移行を行い、戸籍上の性別を変更する際の、「子なし要件」も、当然、「社会」によるものです。個人的な問題と過小評価するのは不適切です。

複雑に絡みあうLGBTQと社会と、他のトピック

先ほど少しふれましたが、LGBTQの人々の権利獲得の運動はジェンダー平等を目指すフェミニズムと無関係ではありません。男女同権を目指すところから、ジェンダー平等を目指す方向へシフトしていくところに、LGBTQの人々の存在は欠かせなかったでしょう。

『ふれる社会学』は気になるトピックの箇所から読んで、少しずついろいろな章を読んでいくといった楽しみ方も可能です。LGBTQや「レインボー」から、他の章の内容にも関心を持ってみると、世界の見え方が変わります。

「レインボー」からLGBTQを考える

本記事では、『ふれる社会学』を紹介させていただきました。「レインボーにふれる」の章以外も興味深く、ぜひ手元に置いて、何度でも読み返したい本です。

私の個人的なおすすめは、「観光にふれる」と「「障害」にふれる」、「「魂」にふれる」です。どの章もおすすめしたく、絞りこむのに苦労しました。

「レインボー」って何なのか、そもそも何のためにパレードしたりグッズを作ったりするのか。

「レインボー」に納得のいく人も、いかない人も、今一度、「レインボーにふれる」ことから始めて、LGBTQについて、考えてみませんか。

 

■今回ご紹介した本
『ふれる社会学』
ケイン樹里安、上原健太郎編著
北樹出版

 

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