INTERVIEW
等身大の「私」を、まだ出会っていない人たちへ届けませんか?
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ゲイとかストレートとか関係なく、違う考え方の人との出会いが糧になる。【前編】

90年代ファッションに身を包み、華やかなオーラを放つ堀江龍順さん。クールな印象だが、ひとたび話し始めると親しみやすい人柄がにじみ、そのトークは軽快。「小さい頃はシャイだったんです」という昔話が冗談にも思えるほど、快活で人懐こい。そんな人間へと成長できたのは、たくさんの愛すべき人たちと出会うことができたから。

2019/09/04/Wed
Photo : Rina Kawabata Text : Ryosuke Aritake
堀江 龍順 / Tatsumune Horie

1990年、石川県生まれ。両親の影響で幼い頃からファッションに興味を持ち、デザイン科のある高校に進学。服飾系の専門学校を卒業した後、アパレル企業に就職。23歳の時、転勤で東京に引っ越し、現在に至る。幼少期から同性に恋愛感情や性的な興味を抱き、さまざまな恋愛を経て、男性のパートナーと交際中。

USERS LOVED LOVE IT! 9
INDEX
01 「好き」と言えることの幸せ
02 自分を形作ってくれた両親の教え
03 「男の子が好き」という自覚
04 「好き」を表現しにくい年代
05 確信に近づく性的指向
==================(後編)========================
06 ゲイの自分を好いてくれた人
07 新たな出会いのための一歩
08 正反対の恋愛観が教えてくれたこと
09 きっかけをくれた母と姉
10 恋愛=1人の人と向き合うこと

01 「好き」と言えることの幸せ

好きだからできる仕事

アパレルの販売職を始めて、そろそろ10年の時が経つ。

「専門学校を卒業してから、そのまま続いている感じです」

「4回くらい転職したけど、仕事の内容は変わらずに販売ですね」

長く続けられているのは、好きなことだから。

「よっぽどしゃべることが好きなのかもしれない(笑)」

「友だちといる時もずっとしゃべってるんで、人と接することとか話すことが向いてるんだと思います」

「LGBTERに応募しよう、と思ったのも、しゃべることが好きだからでしょうね」

そして、しゃべることと同じだけ、ファッションも好き。

「自分がLGBT当事者だと認識してから、もっと服が好きになったような気がします」

弱さを隠すための武装

「学生の頃は、洋服で武装するっていうか、自分の弱い部分を隠すために着ていた感覚が強かったです」

「もともとそんなに心が強いタイプじゃないから、強く見られたい、って願望があったんです」

好きな服を着ることで、強く見られたい、何も言わないでほしい、という気持ちを表していた。

「強く見られたいからこそ、好き嫌いも割とはっきり言ってたけど、世の中の流れと違うことって言いづらいじゃないですか」

特に中学時代は、「これが好き」と主張しにくかった。

周りと違うだけで罪のように、錯覚してしまう時期。

「周りがどう思っても、気にせずに『あれが好き』『これが好き』って言えるようになりたい、って思ってました」

「好きな服を着ることで、自分はこれが好きなんだ、って気持ちを強く持てたんですよね」

純粋な「好き」

今は、ようやくありのままの自分を見せられるようになってきた。

「恋愛でも仕事でもいろんなことを経験して、ちゃんとした言葉で話せるようになった感じです」

「自分の気持ちをちゃんと人に話すことができれば、見た目がどうであれ、相手に伝わるのかなって」

あらゆるものを削ぎ落としながら、現在に行き着いた気がする。

「いままではファッションに頼っていたけど、もう洋服のサポートはいらないだろう、って思えてきました」

今は、ファッションを武装と考えるのではなく、純粋に楽しめている。

「みんなそれぞれに、好きなものがあっていいと思うんですよね」

02自分を形作ってくれた両親の教え

革ジャンを着る小学生

幼少期から洋服が好きで、小学校低学年の頃から、自分が着たいものを着ていた。

「友だちはTシャツにハーフパンツでしたけど、俺は革ジャンとかチェーンがついたTシャツを着てました(笑)」

大人っぽい服を好んだのは、両親の影響。

「お母さんもお父さんも、周りの親よりは派手だった気がします」

中学の入学式、母はフォーマルなジャケットの下に、ブルーのヘビ柄のフレアパンツをはいてきた。

「自分的には普段のお母さんと変わらないから、何とも思わなかったけど、同級生は驚いたみたい(笑)」

「俺が着ていた革ジャンも、お父さんがくれたものでした(笑)」

両親は、着る服を自由に選ばせてくれた。

「特にお母さんは『好きにしなさい』って、育ててくれましたね」

愚痴を吐かない両親

子どもの意見を尊重してくれた母の教えは、3つ。

人の嫌がることをしないこと。困っている人がいたら助けること。人の意見に口出ししないこと。

「『人の意見を受けたら話し合いに発展するし、仲も深まるから、相手のことをちゃんと見なさい』って、よく言ってました」

「母のその考えは、今でも自分のベースになってますね」

一方、父はお酒にだらしなく、家の中で暴れることもあった。

「当時は怖かったけど、今は、人に弱さを見せられなかったんだろうな、って思います」

両親は後に離婚し、父は早くに他界してしまった。

「お父さんは勉強に関して厳しかったけど、『点数さえ取れたら何してもいい』って人でした」

「『犯罪にならない限り、服装で遊んでもいい』って、言ってくれてましたね」

「あと、お父さんもお母さんも、愚痴や他人の悪口を言っているところを、見たことがないんです」

両親ともあまり気にしていなかったのか、自分で解決していたのかはわからないが、ネガティブな会話は少なかった。

そんな両親の在り方が、今の自分を形作っていると思う。

我が道を進む姉

幼い頃の自分は、服装では目立っていたが、極度の恥ずかしがり屋。

「スーパーの開店記念の風船とか、1人でもらいにいけないくらいシャイで(笑)」

逆に、5歳違いの姉は、自信を持って我が道を進むタイプ。

「小さい頃は仲良くなかったけど、何かあれば一緒にいてくれた気がします」

「お姉ちゃんは中高生ぐらいで荒れちゃって、夜中に2階の部屋から外に出て、遊びに行ってましたね(笑)」

時に、ケンカして帰ってくることもあった。

母は自分にはやさしかったが、姉には厳しかった。その接し方の違いに、姉は嫌気がさしたのかもしれない。

「そんな姉の姿を見ていたからか、俺は全然荒れなかったです(笑)」

03 「男の子が好き」という自覚

かわいい文房具

幼稚園児の頃から、女の子向けのアニメやおもちゃが好きだった。

「リカちゃん人形で遊んでたし、セーラームーンのポケットティッシュを大事に持ってました」

「かわいいノートやシャーペンを使って、言葉遣いやしぐさも女の子っぽかったですね」

大人になってから、母に「龍順は女の子になりたいのかな、って思ってた」と、言われたことがある。

同級生から見ても、女の子っぽい男の子だっただろう。

「でも、小学生の時は、周りから茶化されるようなことはなかったんです」

同級生は40人、1学年1クラスしかない小さな学校。

「仲良しのグループとかはあるけど、大体クラス全員で遊ぶ感じでした」

「かわいい文房具を持ってても、どんな服を着てても、何も言われない環境は、今思うとありがたかったな」

「女友だちが多かったから、女子同士の派閥争いみたいなのには巻き込まれたけど(苦笑)」

見つめるだけの片思い

通っていた幼稚園には、好きな女の子がいたような気がする。

「でも、その好きって恋愛じゃなくて、一緒にいたいって気持ちだったと思います」

「その頃から、目が向くのはメンズばかりでしたね」

「小学校に上がる時には、メンズが気になるな、って自覚してたかな」

小学校の同級生の中に、かっこいいサッカー部の男の子がいた。

「その頃の俺は、今から想像できないくらい太ってて、自分に自信がなくて」

「だから、スマートでキレイなその子を見て、単純にかっこいいな、って思ったんです」

「いつしか、好きかも、って思うようになって、中学卒業まで片思いしてました」

しかし、2人をつなぐ共通点がなく、仲が深まることはないまま。

「中学に上がると生徒の数が増えて、より接点がなくなって、遠くから見てるだけ(苦笑)」

「だから、つき合ったらどんな感じだろう、ってずっと妄想してました(笑)」

「手つなぎたいな、キスしたいな、って思ってましたね」

欲していたやさしさ

同性への恋愛感情は、父性への憧れが要因の1つではないか、と今は思っている。

「お父さんからやさしくされた記憶があんまりないから、メンズを無意識に欲してたんだと思います」

「同級生に父性を求めるのもおかしいけど、ただやさしくしてほしかったんでしょうね」

「それがいつの間にか、恋愛感情や性的な興味になっていったのかな・・・・・・」

「でも、当時気になる男の子の条件は、顔がかっこいい・足が速い・鉄棒がうまい、でしたけど(笑)」

04「好き」を表現しにくい年代

「堀江の服やべぇ」

中学に上がると、同級生は40人から150人へと膨れ上がった。

「小学5年生くらいから、ファッションに関する仕事がしたいな、って思うようになったんです」

「だから、中学の時も私服にはこだわってて、『堀江の服やべぇ』って言われたり(笑)」

同級生はジャージを着ている中で、自分だけ派手なダメージデニムや龍の刺繍入りのデニムをはいていた。

「お年玉で買ったり、お母さんに買ってもらったりしてました」

「浜崎あゆみさんが好きで、彼女のファッションからインスピレーションを得ていた気がします」

「あゆが被ってる帽子がかわいい」と、ロシアン帽を買い、被っている時期もあった。

「その服装で文房具を買いに行ったり、コンビニの前にたむろしたり、することは中学生なんですけどね(笑)」

「でも、その服装も相まって、『やべぇやつ』って思われるようになっていって・・・・・・」

心ない言葉のいじめ

中学生になると、「男の子が、かわいい文房具を使うのって変だよ」と、言われた。

「小学生の頃に仲良かった女の子に『持ってこない方がいいと思うよ』って、指摘されたんです」

「いままで築き上げてきた場が終了して、世界が変わってきているんだと感じました」

かわいいものを持つことも個性的な服装も、周囲の感覚と違いすぎたのか、 “変な人” として扱われるように。

「中2の時には、しぐさとかしゃべり方も茶化されるようになって、いじめられました」

体育の授業で男女が分かれる時、男の子から「お前は男子じゃないから」と、言われた。

「女子っぽいことは罪、くらいのテンションでしたね」

「殴られるとか物を壊されるとかはなかったけど、心ない言葉はきつかったな・・・・・・」

「でも、傷つきながらも、反抗してました」

一度、いじめっ子から「お前、あゆが好きなんだろ」と、笑いながら言われたことがある。

笑われる意味がわからず、「好きで何が悪いかわからんけど、お前に迷惑かけたんか!」と、啖呵を切った。

「いじめっ子は逃げていきましたね(笑)」

「この頃に、自分の意見ははっきり言わないと人に伝わらないんだ、って気づいたんです」

小学生の頃は何も言わなくても、周りが受け止めてくれていた。
しかし、中学では自分から発信しなければ、環境を変えて行けなかった。

好きなものを「好きだ」と、言葉にする大切さを知る。

自分と似ている同級生

「いじめられてたけど、友だちはある程度いたんです」

中学3年になると、いじめの規模は小さくなり、再び小学生の頃に仲良かった子たちと話せるようになった。

「あと、同じバレーボール部に、自分と同じような男の子が1人いたんです」

1年の頃に出会い、「なんか似てるね」と、自然と仲良くなっていく。

その友だちは人間関係をそつなく築けるタイプで、いじめられてはいなかった。

「それでも気持ちをわかってくれて、3年間ずっと一緒にいてくれました」

「やさしい言葉をかけてくれるというより、一緒に遊んで楽しませてくれる子でしたね」

「いじめってセンシティブなことだから、余計なことは言えない、って思ってたのかな(苦笑)」

05確信に近づく性的指向

情報源のBL漫画

人間関係に苦戦した中学時代だったが、小学生の頃からの片思いは続いていた。

「サッカー部の子と廊下ですれ違うだけで、うれしかったな」

「健全な中学生男子だから、性的な興味の幅は広がっていきましたね(笑)」

まだインターネットが普及していない時代、情報源は書店にしかない。

「田舎のちっちゃい本屋さんの一角に、BL漫画が並んでたんですよ」

「性的な行為そのものも、ABCとかの順序もよく知らなかったから、恥ずかしかったけど手に取りました」

周囲を警戒しながら棚から引き抜き、表紙が見えないようにレジに出す。

「店員さんの何とも思ってない感じの顔が、かえって恥ずかしかったですね(笑)」

その頃には、同性が好きな自分を受け入れていたように思う。

「不思議と悩んだり迷ったりしなくて、女の人とは結婚しないんだろうな、って思ってました」

女性に反応しない体

中学3年の時、仲が良かった女子の先輩から告白される。

「友だち同士のテンションで『俺も好きだよ』って応えて、つき合うことになりました」

「だから、自分の性的指向を確認したい! みたいな気持ちはなかったんです」

先輩のことは人として好きだったから、つき合ってもいいかな、と思った。
しかし、性的なことを求められると、無理だと感じた。

「性的な行為に移行しそうになるたびに、かわしまくってましたね」

「前々から女子の裸を見ても体が反応しないことはわかってたけど、やっぱりしないんだなって」

先輩から「何もしてこないよね」と言われ、別れることに。

「結果的に自分の性的指向を確認するためのおつき合いになってしまって、申し訳なかったです」

生きにくそうな未来

女性とつき合えないことは確信し、これはこれで仕方ない、と受け止めた。

「当時はゲイって言葉すら知らなかったから、後で考えよう、って思ってました」

「受け入れちゃってたけど、一方で、人に言ってはいけないこととも感じてたんです」

多少は、周囲と馴染んでいきたい気持ちがあった。

男友だちが女の子の話をしている中で、男の子の話をするわけにはいかない。

「バレー部の友だちとも、恋愛の話だけは避けていたような気がします」

「男の人が好きで、性的なことも男の人としたいって、生きにくそうだと思いましたね」

「でも、自分はこのまま生きていかないといけない、って気持ちもありました」

 

<<<後編 2019/09/07/Sat>>>
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06 ゲイの自分を好いてくれた人
07 新たな出会いのための一歩
08 正反対の恋愛観が教えてくれたこと
09 きっかけをくれた母と姉
10 恋愛=1人の人と向き合うこと

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