INTERVIEW
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FTMの俳優がいる。治療の影響で声が出にくくても、できないことはない。【前編】

爽やかな出で立ちで、はにかんだ笑顔が印象的な島内寿珠さんが目指しているものは、俳優。夢を追い、佐賀から上京した島内さんは、やわらかな空気をたたえ、場を和ませる人。自身がFTMだと意識したのは3年前だが、悩みを深めることはなく、すべての事柄をフラットに捉えてきたという。その秘訣と、これまで歩んできた道のりを聞いた。

2023/10/14/Sat
Photo : Yasuko Fujisawa Text : Ryosuke Aritake
島内 寿珠 / Suzu Shimauchi

2002年、長崎県生まれ。幼稚園から小学校に上がるタイミングで、長崎から佐賀に引っ越し、19歳まで佐賀で過ごす。高校時代にFTM(トランスジェンダー男性)の先輩に出会ったことがきっかけで、自身のセクシュアリティを認識し、高校3年生の終わりからホルモン治療を開始。2022年に上京し、現在は俳優を目指して奮闘中。

USERS LOVED LOVE IT! 7
INDEX
01 幼い頃の自分と家族の関係
02 やりたいことと居たい場所
03 初めて意識した男の子との差
04 まだ理解しきれなかった恋愛感情
05 キラキラした「芸能界」という夢
==================(後編)========================
06 “性別” に対する感覚
07 初恋が導いた「FTM」という性自認
08 初めて知った “彼女” との日々
09 お母さんへのカミングアウト
10 「夢」が僕の明日をつないでいく

01幼い頃の自分と家族の関係

長崎から佐賀へ

長崎で産まれ、佐賀で育った。佐賀に引っ越したのは、幼稚園を卒園する頃。

両親の離婚をきっかけに、母の実家がある佐賀に移った。

「お母さんは看護師、お父さんはバーの運営をしていて、生活する時間帯が合わなかったみたいです」

「金銭感覚にも差が生じたみたいで、夫婦ゲンカをしている姿も見ました」

祖母と母、姉と4人での生活が始まる。

「お母さんは忙しそうだったけど、定期的に旅行に連れていってくれて、楽しかった記憶がほとんどです」

「4人で車に乗って、九州を巡ったり山口まで行ったり、今でも覚えてます」

母は、口数の多いタイプではない。

「お母さんは思っていることをあまり表現しない人で、いわゆるツンデレというか(笑)」

「おばあちゃんはすごく明るくて、毎日一緒に寝て、絵本を読んでくれましたね」

「お姉ちゃんはおとなしくて、外に出るよりは家の中で遊んでるタイプでした」

父との関係

父とは、佐賀に移った後も、縁が切れたわけではない。

「引っ越してからも、お父さん方のおばあちゃんの家に行ったり、長崎と行き来してたんです」

中学生になると行き来する機会が減り、このまま一生会わなくなるのかな、と感じたこともあった。

「お姉ちゃんは定期的に長崎に行ってて、『たまには行きなよ』って、言ってくれたんです」

その言葉がきっかけで、高校生になった頃に再び長崎に行くようになり、今でも父との関係は続いている。

「お父さんも口数が少ないタイプで、とにかくやさしい人です。バーのお客さんからも好かれてるな、って感じます」

外遊びが好きな子ども

幼い頃の自分は、とにもかくにも外で遊ぶ子どもだった。

「幼稚園児の頃は何も考えずに、とにかく外でばっかり遊んでましたね」

「両親はゲームを買ってくれたんですけど、僕はゲームをするより外で遊びたい、って子どもでした(笑)」

鬼ごっこにかくれんぼ、スポーツなど、体を動かすことが好き。

「遊ぶ友だちは、ほとんどが男の子でしたね。隣の家のお兄ちゃんとかが仲間に入れてくれて」

「女の子たちは、部屋の中で遊んでる子が多かった気がします」

02やりたいことと居たい場所

小学校で目覚めたサッカー

小学生に上がるタイミングでの引っ越しだったため、転校生という自覚はあまりなかった。

「同級生は知らない子たちばっかりだけど、入学式の次の日には何人かと遊んでました」

「小学生の頃も大体外にいて、勉強するくらいなら外に出たい、って思ってましたね(笑)」

小学校でも、一緒に遊ぶ友だちのほとんどは男の子。
この頃から熱中し始めたのが、サッカー。

「朝早く学校に行って、友だちとサッカーしてから授業が始まる、って日々を過ごしてました」

「自主的に学級委員とかをやるタイプではなかったけど、前に出るほうではあったので、目立ってはいたと思います」

女の子としての在り方

幼い頃から、スカートよりズボン派だった記憶がある。

「髪は長かったんですけど、服は短パンに半袖みたいな感じでした」

「小学4年生くらいになると、周りの女の子がオシャレをし始めるので、僕もしなきゃダメだと思って、スカートをはいたこともあるんです」

数カ月、スカート生活を続けたが、しっくりこなかったため、ズボンに戻した。

「単にスカートを好まなかったというか、ズボンでもかっこいい女性にはなれる、って考えがありました」

当時AKB48が好きだった。その中には、好んでズボンをはくメンバーやショートカットのメンバーもいた。女性でもその在り方でいいんだ、と思えた。

「男友だちからは女の子に見られてなかっただろうな、と思います。いつも一緒に動き回って遊んでたし、女の子にいたずらする側だったので(苦笑)」

女の子のコミュニティ

スポーツ好きが高じ、小学5年生のときに地域の女子バレーボールクラブに入る。

「お母さんは『習い事はしなくていい』って言ってたんですけど、入ってみたかったんです」

初めて女の子だけのコミュニティに入り、思い知らされたことがある。

「年上のお姉さんたちから、バレーボールを強く打ち付けられたりしたんですよね。いじめとはいかないまでも、当たりが強くて・・・・・・」

「仲良くなろうと思って『何してるの?』って声をかけたら、『来ないで!』って言われたこともありました」

「女の子って怖いことするんだな、ってびっくりしちゃったんです」

男友だちの輪の中では、経験したことのないことばかりだった。

「バレーボール自体は楽しいし好きだったんですけど、そのクラブは1年弱くらいでやめちゃいました」

03初めて意識した男の子との差

男の子の中に1人

中学校に上がって、サッカー部に所属する。20~30人の男子の中で、女子は自分一人だけ。

「卒業した先輩に女子部員もいたし、僕自身、性別はあまり意識していなかったです」

「部員の中には、小学生の頃から一緒にサッカーをやってたメンバーもいたので、環境の変化もほとんど感じなくて」

毎日のように練習があり、週末には試合があった。サッカー部は特別強いわけではなかったが、その日々が楽しかった。

「部活以外の時間も、ほとんど男の子と遊んでましたね。同級生の女の子を見ながら、『あの子がかわいい』って、一緒に話したり(笑)」

基本的に男子と一緒にいたが、女子たちから嫉妬されるようなことはなかった。

「男の子と一緒にサッカーをしてることもあってか、仲いいんだろうな、って見られ方をしてたんだと思います。女の子たちからはぶかれるみたいなこともなく、平穏な生活でした」

男女の体格の違い

中学2年生から、少し離れた地域の女子サッカークラブにも所属した。

「学校のサッカー部と女子サッカークラブと兼任して、2つを行き来してました」

兼任したのは、男子に対する羨望があったから。

「同級生の男の子の体格が大きくなってきて、走っても追いつかないし、体をぶつけると自分が飛ばされる側になったんです」

「自分よりちっちゃかった男の子の背が伸びていく中で、自分の身長はこれ以上伸びないのかなって」

「自分の体も大きくなれば対等に競えるのにな、男の子がうらやましいな、って感じましたね」

自分は男の子のようにはなれないんだ、と実感し、少し距離を取りたくなった。

「女の子のチームに逃げたというか、そっちに行くのもいいのかな、って思ったんです」

当時、自分が女性であることに、違和感を抱いたことはなかった。

制服のセーラー服も、校則で決まっているから着るだけで、いいも悪いも意識したことがない。

「ただ、着れるもんなら男の子たちのように学ランがいいな、とは思ってました」

04まだ理解しきれなかった恋愛感情

“好き” の感情

小学5年生のバレンタインデー、同級生の男の子にチョコを渡した。

「お母さんがチョコをつくってくれたので、僕もあげたんですけど、その男の子のことは好きだったと思います」

やさしい子だった。ほかの男友だちのようにからかってくることはなく、いつもやさしく接してくれた。

男女関係なく、誰に対しても穏やかに接する子だった。

「みんなにやさしくできるところに、魅力を感じたんだと思います」

友だち同士で話している時に、「誰が好きなの?」という話題になり、その子が自分を好いてくれていることがわかった。

「でも、まだつき合うって話になる年齢じゃないので、両想いってわかっただけでしたね」

しかし、小学6年生になり、その関係は終わりを迎える。

「別れよう」という話をしたわけではないが、なんとなく自分から距離を置いてしまった。

「確かに好きだったけど、それは恋愛感情というより、友だちとして好きなのかな、って感じた気がします」

「今振り返っても、やさしくしてくれたから仲良くしたくなったんだろうな、って思いますね。恋だったかは、よくわからないです」

男の子とのおつき合い

中学生になってからは、学年が変わるごとに、新しい恋人ができた。

「ありがたいことに相手から告白してもらって、おつき合いに発展してました(笑)」

「でも、毎回僕が振られるんですよ。いつも相手の男の子から『冷たいよね』って、言われてました(苦笑)」

もともと友だちでからかい合っていた2人も、恋人同士になると関係が変わり、労り合うものだろう。

しかし、自分は変わることはできず、友だち関係のままで、ロマンチックなことができなかった。

「男の子と手をつなぐのも、ちょっとイヤだな、って思っちゃったんです」

「キスなんて絶対無理、って思ってたし、実際に相手にも『無理』って、言ってました」

「つき合った子のことは好きだったし、嫌いになったわけでもないんです。でも、その先の行為をする自分が想像できなくて」

その様子を見て、恋人は「俺のことは好きじゃないんだ」と、思ってしまったのかもしれない。

「彼らのことも、恋愛として好きだったかといわれると、わからないんですよね」

「だからといって、女の子としたいって考えは、その頃まだなかったんです」

ただ、ひとつだけ言えることがある。男子と遊ぶより、女子と遊ぶ時のほうがドキドキした。

「男の子といる時と違って、女の子といる時は素が出せないところがあった覚えがあります」

「でも、女の子を恋愛対象として見てたかといわれると、そこまで意識はしていなかったと思います」

05キラキラした「芸能界」という夢

憧れのAKB48

小学生の頃の夢は、AKB48に入ること。

「高学年になった辺りで、真剣に考えるようになりました」

「島崎遥香さんが好きで、自分も彼女みたいに芯があって、やりたいことが明確な人になりたいな、って思ったんです」

AKB48グループのひとつで、福岡を拠点にするHKT48のオーディションが開催された時、母に「受けたい」と話すと、「いいよ」と言ってくれた。

「そのオーディションは不合格だったんですけど、芸能界の夢は持ち続けてました」

「キラキラしている世界に憧れたんですよね。自分もステージに立ちたいなって」

諦めざるを得なかった夢

中学校の学習発表会で演劇を行い、自分も出演した。

「その経験がきっかけで、演じる仕事がしたい、って思うようになったんです」

俳優という明確な目標が定まった。

中学3年生の時に、福岡で芸能事務所のオーディションがあることを知り、受けることを決める。

「そのオーディションでは合格をいただけたんですが、金銭面などの問題で、やっぱり難しいかなって」

「佐賀から通えない距離ではなかったんですけど、高校進学も控えてる時期だったし、お母さんにも『ひと握りの人が成功する世界だから難しいよ』って言われて、辞退したんです」

「ここまでやってできないんだったら、将来もできないだろうから、って俳優の夢はその時に諦めました」

その頃、ドラマ『コード・ブルー』を見て、フライトナースの仕事に興味を持った。

「人と接することが好きなので、看護師や介護士の仕事もいいかもしれない、って思ったんです」

新たな夢を抱き、進学先を探した。

「成績が良くなかったので、行くところが限られたんですが、運良くサッカーで推薦をいただけたんです」

「そこは女子高だったんですけど、福祉科があったので、サッカーもできて介護士にもなれるならベストな進路だと思って、進学を決めました」

 

<<<後編 2023/10/21/Sat>>>

INDEX
06 “性別” に対する感覚
07 初恋が導いた「FTM」という性自認
08 初めて知った “彼女” との日々
09 お母さんへのカミングアウト
10 「夢」が僕の明日をつないでいく

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