先日、東京オリンピック・パラリンピック組織員会会長であった森喜朗氏が、日本オリンピック委員会(以下、JOC)の臨時評議員会での女性差別的な発言をしたことが話題になりました。実は、発言の撤回をする謝罪会見で、LGBTQ当事者として見逃せない発言がありました。今回は、森氏の謝罪会見を通して多様性と国際社会の注目度について考えます。
森前会長が「両性」発言に至るまで
差別発言の謝罪会見で、森氏は一体何と言ったのでしょうか。
差別発言から辞任までの流れ
まずは、森前会長の差別発言が報道されてから辞任に至るまでの流れを振り返ります。
2021年2月3日に開かれたJOC臨時評議員会にて、森氏は、「女性が多い会議では女性が次々と発言をするので時間がかかる」などと発言しました。これが非難を浴び、森氏は翌日4日にこの発言を撤回する謝罪会見を開きました。
ただ、この謝罪会見においても、記者からの質問を遮るなど、記者を下に見た態度が散見され、はっきり言って火に油を注ぐこととなりました。
謝罪会見時には、会長職の辞任については否定していました。しかし、世論の高まりや、オリンピックスポンサー企業や国際オリンピック委員会も森氏の言動に対する批判コメントを出したことなどを受けて、結局12日に辞任しました。
今回、私がこの中で注目するのは、4日に開かれた記者会見での質疑応答の一部です。
謝罪会見での問題発言
謝罪会見の問題部分は次の通りです(かっこ内は私の補足です)。
―― 女性登用について基本的な会長の考えをうかがいたいのですけれども、会長はそもそも多様性のある社会を求めているわけではなくて、ただ文科省がうるさいから、登用の規定が定められているから(女性を登用しなければならない)と、そういう認識でいらっしゃるのでしょうか。
いや、そういう認識じゃありません。女性と男性しかいないんですから。まあもちろん両性ってのもありますけどね。どなたが選ばれたっていいと思いますが、あまり僕は数字にこだわって、何名までにしなきゃいけないということは一つの標準でしょうけどね、だからそれにあまりこだわって無理なことはなさらない方がいいなってことを言いたかっただけです。
―― 昨日の文科省のうるさいからというのは、数字が(決められていて面倒だ)という意味ですか。
うるさいからというのは変で、ガバナンスが示されてみんながそれを守るために、皆さん苦労しておられるようです。私は今どこの連盟にも関係しておりませんのでね、それは色んな話は色々入ってきますから、その話を総括して、会議の運営は難しいですよっていうことを(JOC会長の)山下さんに申し上げたんです。
この質疑だけでも性差別の観点で言いたいことはありますが、私はこの中でも「女性と男性しかいないんですから。まあもちろん両性ってのもありますけどね」という発言に注目しました。
「両性」の検証
謝罪会見の中で出た「両性」というワード。これはいったい何を意味していたのか、いくつかのパターンを考えてみました。
なぜ「両性」と言ったのか
森氏は、「両性」と言う前に「女性と男性しかいない」と言い切りました。しかし、それだと男女以外のジェンダーアイデンティティをもつ人のことを除外してしまうと考えて、「女性と男性しかいない」のフォローとして取ってつけたように「両性というのもいる」と言っているように聞こえました。
ただ、この「両性というのもいる」がフォローになっているようで、当事者からすれば全然フォローになっていないどころか、むしろ墓穴をさらに掘ったのではないかと感じます。
性分化疾患のこと?
私が森氏の発言を聞いて最初に考えたのは、「『両性』とは、性分化疾患(DSD)を指しているのか?」ということでした。
性分化疾患とは、身体的に男性・女性のどちらかに形成される(性分化)過程が、生まれつき染色体やホルモンが原因で典型的に進まないことを指します。ジェンダーアイデンティティとは別の話なので、性分化疾患はLGBTQに含まないというのが現在の一般的な考えです。
性分化疾患の方の中には、例えば男性の身体でありながら女性型に発達するといったことが考えられます。しかし、男女両方の身体的性質が外見上、見受けられるから両性だというのは、当人のジェンダーアイデンティティを無視しており、差別的でしょう。
トランスジェンダーのこと?
「両性」とい言葉が性分化疾患を指していない場合、次に私が考えたのは狭義のトランスジェンダーでした。
性分化疾患は生まれついた性質による身体的状態のことでしたが、そうではなく、ホルモン治療や性別適合手術によって、外見上男女両方の身体的性質が見られる人のことを指しているのではないか、と考えたのです。
例えば、ホルモン治療によって望む性別の身体的特徴(乳房が膨らんでいる、筋肉質である、声が低い、など)を獲得しているが、生殖器官を摘出していない状態の人です。
しかし結局のところ、これも性分化疾患と同様に、当人のジェンダーアイデンティティを無視して外見だけで両性だと決めつけているため、やはり差別的です。
Xジェンダーのこと?
最後に考えた可能性がXジェンダーでした。ちなみに、私自身がXジェンダー当事者なのに、なぜXジェンダーについて言及したとすぐに思いつかなかったかというと、「Xジェンダー」という言葉が世間に全く浸透しておらず、森氏も知らないだろうと思ったからです。
しかし、「両性」とはXジェンダーのことを指すと考えても、結論から言うと森氏の発言はおかしいです。Xジェンダーは、中性(男女の間)、無性(ジェンダーアイデンティティがない)、不定性(ジェンダーアイデンティティが揺れ動く)、両性(男性であり女性である)の4つにざっくり分けられると言われていますが、この中で両性について言及したとなると、他の3つは忘れ去られたということになります。
つまるところ、ジェンダーを男性、女性、両性の3つだけと考えるのは難しいので、森氏が「両性」と発言したことはLGBTQに対して理解が足りないと言わざるを得ません。
オリンピック憲章で定められていること
オリンピックの運用の基準となる「オリンピック憲章」には、差別に関してどのようなスタンスを取っているのでしょうか。
徹底的な人権尊重と差別禁止の姿勢
オリンピックでは多様性を非常に重要視しています。オリンピック憲章(2020年版)のオリンピズムの根本原則の第5条には、以下の通り書かれています。
【このオリンピック憲章の定める権利および自由は人種、肌の色、性別、性的指向、言語、宗教、政治的またはその他の意見、国あるいは社会的な出身、財産、出自やその他の身分などの理由による、いかなる種類の差別も受けることなく、確実に享受されなければならない】
一部では、森氏が辞任に追い込まれたのはやりすぎだとか、企業がいちいち口出しをすることかと思う人もいるかもしれません。しかし、今では国際的に影響力を持つ大企業が、リーダーの差別にだんまりを決め込むことは有り得ません。黙っていては、差別を容認した企業だと思われかねないからです。
常に勉強が必要
前の章で、森氏の発言を聞いて、最初私はXジェンダーのことを森氏は知らないだろうと思ったと書きました。実際のところ、森氏が知っているか否かは不明です。しかし、改めて考えてみると、知らないでは済まされない立場にいたと思います。
森氏は2014年から約7年間、東京オリンピック・パラリンピック組織員会会長を務めました。この長い間、今回の問題となった女性差別や、LGBTQ、人種など、様々な差別に対して勉強して理解を深める必要があったはずです。実際、そういった機会も設けられたことでしょう。しかし、結果として考えや価値観を変えられずに政治家時代同様に失言を重ね、今回辞任に至りました。
差別とは、大抵の場合は無知からもたらされます。しかし、今や世界から注目されるリーダーに「知らなかった」「そんなつもりはなかった」という言い訳は通用しないでしょう。
「ポリコレがうるさい」では済まされない時代
今回の東京オリンピック・パラリンピック組織員会の前会長の森氏の騒動で、世界がどれだけ多様性や差別に敏感になっているか、よくわかったことと思います。
世界が多様性や差別を注視している
オリンピックという世界中の人が関わることであるだけに、今回の森氏の件は国内だけでなく、海外のメディアの動きもよく報道されました。特に、各国の大使館が声を上げたことについては、この件が世界中から非難されているなという印象を受けました。私自身、トップが差別的であるか否かがこれほど重要視されるのだなとびっくりしました。
具体的な行動に注目
今回は日本国内で起きたことだったため、日本のスポンサー企業も声明を発表しました。
しかし、例えば昨年2020年に勃興したBlack Lives Matter問題で、これほど人種差別についてNOの声明をはっきり示した日本企業やメディアが果たしてあったでしょうか。むしろ、試合の中で考えを訴え続けた大坂ナオミ選手に不快感を示した人も少なくなかったこともあり、企業側は傍観していたように感じます。
しかし、これからはただ差別に加担しないだけでなく、差別をなくすために具体的に行動する姿勢が評価されます。外国では、黙っていると了承したと見なされるとも言います。
今回一度起きてしまったことは、今後も引き続き、日本は国際社会から注視されるでしょう。もしまた差別問題が発覚した際、差別に対して周りがどういうスタンスを示すか、どのような行動を取るか、あるいは取らないか、私自身もより一層注目したいです。
今回問題となったJOC臨時評議員会で、森氏が組織委員会の女性は「わきまえている」と発言したことに対して、SNSでは「#わきまえない女」というハッシュタグがトレンド入りしました。
これと同じように、「両性」などとジェンダーアイデンティティをごちゃごちゃにした発言がされたことについても、LGBTQ差別やSOGIハラについても、わきまえない立場でいたいものです。