「女の子らしい服装をしなさい」と母親に諭されても、頑なにスカートを履かなかった少女時代から早20年。自分がレズビアンであると気づいてから、私のファッション選びはどのように変化したのか、自分自身の転機と共に記録してみた。
ピンク色とスカートが嫌いな子ども
「好きじゃない」理由を説明できなかった少女時代
私は幼少期、ほとんどスカートを履かない子どもだった。
写真に残っているのは、ピアノの発表会や入学式などの特別な日のワンピース姿のみ。そういう日にはワンピースを着るもの、という刷り込みがあったので、仕方なく着ていたような記憶がある。
そういったハレの日以外は、保育園時代も小学校時代も、私はスカートやワンピースの着用を避けていた。他に避けていたのは、ピンク色の服や靴、フリルやリボンなどの装飾品。
当時、女子児童のランドセルは赤かピンクが主流だったけれど、私は渋いえんじ色のランドセルを選んだ。可愛らしい色を選ぶのがよっぽどいやだったらしい。
気がつけばいつもジーンズにスニーカーを履いて、ブルーやイエローのTシャツを着て、周囲の男の子と似たような服装をしていた。
特に洋服にこだわりがあったわけではないはずなのだけど、とにかくピンク色やスカートは「いやだ」「好きじゃない」の一点張り。当時は、自分がそれらの服を着たくない理由を説明できる言葉が見つからなかった。
いわゆる “女の子らしい服装” をさせたかった母親は、かなり手を焼いていたとあとから知った。
ファッションへの違和感は、自分がレズビアンだから?
私が進学した中学校、高校は、住んでいた地域ではほぼ唯一の私服校。
その学校を志望した最初のきっかけは、「制服のスカートを履きたくない」という思いからだった。
入学式では制服風のスカートを履いたものの、翌日からは意気揚々とパーカーにジーンズというスタイルで登校した。苦手なスカートを履かずに済んで、シンプルに嬉しい気持ちだったことを覚えている。
しかし当時、私服校ならではの文化なのか、女子生徒の間で「なんちゃって制服」を着るのが流行していた。
数人から数十人で示し合わせて、制服風のブラウスとスカート、カーディガンを着て登校するという、おそろいでのコーディネート。合唱コンクールの日に「クラス全員で着よう」と声がかかることもあれば、「明日このメンバーでなんちゃって制服着ない?」と、特に理由もなく友達同士で約束が交わされることもあった。
私はそれらの声かけを、ほぼすべて無視した。
理由は、自分ではあまりはっきりとわからなかった。ただ純粋に、「どうして好きじゃない服を着なきゃいけないの?」と思ったのだ。
クラブ活動のメンバーで制服コーデをしようと言われた翌日、全く無視してジーンズをはいてきた私に、周囲の目はなんとなく冷たかった。進んで異端になりたいわけではなかったのだけど、そのときの私にはどうしても「みんなに合わせる」ことが苦しかった。
長い間ずっと、そういった自分の感情をうまく説明できなかった。
そして高校を卒業してすぐの春、自分がレズビアンかもしれないと気づいたとき、今までのファッションに関する頑なな感情の原因が見えたような気がした。
「もしかして、私がスカートを履きたくないのはセクシュアリティのためだろうか?」
その気づきは私に妙な自信を与え、スカートを買い与えようとする母親とそれを固辞する私の間で、しばしば激しい口論が繰り広げられるきっかけにもなった。
「その服は私のセクシュアリティに合わない」という主張は、しかし母にはなかなか理解してもらえなかった。
レズビアンならではのファッションとは?
自分がレズビアンかもしれないと気づいた18歳の頃から、私はファッションに迷いを感じはじめていた。
「私らしいファッション」がわからなくなった20代
私自身は、自分のことを女性だと感じている女性、つまり「シスジェンダーの女性」である。
しかし、世の中にはXジェンダーやダブルジェンダー、ノンバイナリーなど、「自分の性別について」だけでも非常に多様なセクシュアリティがあることを知った。
つまり、私がシスジェンダーの女性だからといって、ピンク色やフリル付きの可愛らしい服を無理に好きになる必要はないのだ。私は私らしくいられる服装をすればいいのだ、と改めて確信したのだ。
ただ、その「私らしい服装」が何なのか、全く見当がつかない。
スカートやワンピースが苦手なことは、20代になっても変わらない。
中高生の頃に着ていたようなパーカーやジーンズを着続けられたら楽だけれど、同い年の友人たちはショートパンツやロングスカート、オフショルダーのトップスにパンプスなど、大人っぽい服装をするようになっていた。
私も大人っぽいファッションを目指したほうがいいのだろうか、と悩みはしたものの、アパレルショップをうろついたところでどのアイテムもピンとこない。
結局、大学生になっても私のファッションはあまり変化することなく、ほとんどジャージに近い格好で実家と大学を往復する日々が続く。
レズビアンならではのファッション分類
誰かとお付き合いするという経験に恵まれなかった大学生時代、私はぼんやりと「レズビアンらしいファッションって何だろう?」と考え始めていた。
調べたところ、レズビアンの中でも「ボイ」「フェム」「中性」という分類があるらしいことがわかった。
「ボイ」はボーイッシュ、すなわち少年らしい服装やメンズライクな服装を好む人。
「フェム」は女性らしいヘアメイクやファッションを好む人。
「中性」はユニセックスな格好を好む人。
調べて思ったのは、「私、どれでもないのでは?」ということ。
基本的にパンツスタイルでカジュアルな服装が多いけれど、特別ボーイッシュだったりメンズライクだったりするわけではない。
スカートも履かないしヘアメイクにも興味がなかったので、フェムというわけでもなさそう。
では中性なのか? と言われれば、それもちょっとしっくりこない。
ピンク色もスカートも避けていたけれど、顔立ちや体型がもともとフェミニン寄りだったため、いくら服装をカジュアルにしても“中性”という印象にはならなかった。
おしゃれって難しい、自分に似合う服がわからない、何を着ればいいかわからない・・・・・・。
絶望しかけていた私に一筋の光が見えたのは、新卒で就職した後のことだった。
レズビアンとしてのファッション転機
自分を記号化してしまった「オフィスカジュアル」
私が入った会社の服務規定は「オフィスカジュアル」だった。
オフィスカジュアル、今まで聞いたことのない言葉である。困惑している私含む新入社員たちに、先輩社員は「私は全部あそこで買ってるよ!」と某大型量販店の名前を挙げてくれた。
しばらくスーツで新入社員研修に通う間、私は先輩社員の服装をそれとなくチェックして「オフィスカジュアル」を学び、先述の大型量販店に服を買いに行った。
スラックス系のパンツを、ベージュ、ネイビー、グレーの3本。
Vネックのカットソーを、ネイビーとベージュの2枚。
ストライプ柄のレギュラーカラーシャツを2枚。
ダークネイビーのノーカラージャケット1着。
シルバーのフラットシューズを1足。
これらのアイテムを組み合わせて、週5日会社に通い続けた。
会社の中で浮くこともなく、服装について感想を言われることもない。
「スカート履かないの?」なんて言ってくる人もいない。
誰にも余計なことを言われないファッションの形を知った私は、すっかり安心しきっていた。
ただ、入社して1年が経ち、私はだんだん気づき始めた。
クローゼットの中にかかっているのは、「オフィスカジュアル」の服ばかり。
休日に着たいと思えるような、「自分らしくて好きだと思える」服は、1着も持っていないということに。
“女の子らしい”というレッテルを押し付けられるファッションがいやで、ずっと避けてきたのに、気づけば自分の服装には「OL」と呼ばれる記号がしっかりと貼りついていたのだ。
「着物」との出会いが、レズビアンとしてのファッションを変えた
再びファッションに迷い始めた私を救ってくれたのは、「着物」だった。
ふとしたきっかけで着付け教室に通ってからその魅力に目覚め、私は少しずつ着物にハマっていった。
不思議なことに、着物の形をしていると、苦手だったフリルやリボン、ピンク色なども素直に「可愛い」と思えた。
どんな体型の人であっても、すべて同じシルエットに集約されていく着物は、不必要に女性性を強調しないファッションに思えたのだ。
クールな着こなしが好きな人も、甘々なファッションを好む人も、しっとりと大人っぽい和の装いをする人も、着物のシルエットはすべて同じ。
それは私の目に、非常に画期的なファッションスタイルとして映った。
SNSでおしゃれな着物コーディネートをしている人を検索しまくり、その画像を集めては眺め、妄想を膨らませる日々。
自分でも着てみよう! と勇気を出して着物を購入し、へたくそながらもコーディネートを考えて着付け、街へと繰り出すことを繰り返していると、だんだん自分の中に変化が表れてきた。
着物だけでなく、普段の洋服選びも楽しくなったのだ。ピンク色の着物を着たり、レースの帯を締めてみたりして、今まで避けていた“女の子らしい”着物スタイルに挑戦したこともあった。
鏡に映った自分の姿を見て、「可愛いって、悪いことじゃないんだな」と自然に思える自分が嬉しかった。
無理にボーイッシュな服装を目指したり、フェミニンな服装を避けたりする必要はない、その時々で好きな服を着ていいんだと思えたことで、私のレズビアンとしてのファッションにも変化が訪れた。
しばらく経って私は会社を退職し、「オフィスカジュアル」の服はすべて処分した。
自分の好きな服を買って、新たな気持ちで第二の人生を始めようと思ったのだ。
セクシュアリティを意識しないファッション
レズビアンとしての恋活を応援してくれた
“女の子らしい” 装いに苦手意識がなくなると、試しにスカートやワンピースを買ってみる機会も少しずつ増えていった。
ロング丈のフレアスカートであれば比較的違和感なく履けること、ピンク色は着物だけに取り入れて普段の洋服では身に着けないことなど、自分らしく装えるファッションのルールも見えてきた。
ファッションに自信が持てるようになると自己肯定感も上がり、「いつデートがあっても大丈夫!」という気持ちになれた。
私がレズビアンとして恋活をスタートさせたのは、その頃だ。
初めてお付き合いをすることになった女性とのデートの日、私は意気揚々と着物を着ていった。
お相手は、「フェム」タイプの女性が好きだという、「ボイ」の女性。せっかくだから、可愛いと思ってもらいたい・・・・・・! という思いから、私は一生懸命コーディネートを考えた。
チェック柄の着物にピンクの帯、レースの和装小物、足元は編み上げブーツ。
自分らしいと思える範囲内で、精一杯「可愛い」に寄せたその日の着物コーディネートを、彼女は「すごく可愛いよ」とほめてくれた。
自分のファッションを「可愛い」と評されてこんなに嬉しかったのは、初めてだった。私は、この日のデートが成功したのは、まちがいなく着物を着ていったおかげだと信じている。
着物は、私のレズビアンとしての恋活を力強くサポートしてくれたのだ。
自分を「レズビアン」だと規定しないことで、ファッションの縛りから自由に
最近はユニセックスなデザインの服が増えていることもあり、私が悩んでいた当時よりも、女性が選べるファッションの幅はぐっと広がったように感じる。
今の私は、自らのセクシュアリティを意識しすぎることなく、そのときの気分によってレディースやメンズ、ユニセックスのデザインを選び、使い分けている。
以前悩んでいた、レズビアンのファッションならではの「ボイか、フェムか、中性か?」問題も、今では全然気にしていない。
私自身は、ボイでもフェムでも中性でもない、どこにも当てはまらない自分が気に入っている。
ジェンダーやセクシュアリティを表明する手段としてファッションスタイルを決めるのも素敵だけれど、私の場合は、ジェンダーやセクシュアリティに囚われずにファッションと向き合えるようになったことで、自由に服を選べる楽しみを知った。
これからも変わらず、「可愛い」も「カッコいい」も自由に選べるファッションスタイルを貫いていきたい。