結婚して、出産して、家を買って、老後を迎えて――。そのような世間一般的な人生を送らないことが予想されるLGBTQのライフプランニングを、ゲイのFP(ファイナンシャルプランナー)さんが解説してくれている本があります。『にじ色ライフプランニング入門――ゲイのFPが語る<暮らし・お金・老後>』(永易至文著、にじ色ライフプランニング情報センター、2012年)です。
ライフプランをALLYでもLGBTQ当事者でもない人に相談するの、割ときつい
先々のお金のことを考えましょう、と保険会社の広告は言います。FPさんの相談も割と手軽に受けられるようになりました。でも、LGBTQ当事者には、まだ壁があるのです。
LGBTQの私には今一つピンとこないライフイベントの数々
高校までの家庭科や大学の講義で、ライフプランニングと言われ、将来のお金のこと、人生のことを考える時間がありました。しかし、ライフプランニングと言われたところで、結婚も出産もする気がない私には、示されたライフイベントの例は何一つ当てはまらなかったことを思い出します。
社会人になっても同じでした。さあ、将来のお金のことを考えましょう。そう言われてもお給料から天引きされているあれこれが何のためのものなのかも怪しいし、将来年金がいくら貰えるのかも見当がつかない。そんなあなたのために、FP(ファイナンシャルプランナー)さんに相談するという手段があります。
最近は無料でFPさんの相談を受けられることもあります。そこで、試しに私もお願いしてみました。とてもいい方が担当になってくれて、お金のことも詳しくなれて、有意義な時間でした。しかし、当然のように出てくる、「結婚や出産といったライフイベント」という言葉には、正直げんなりしました。
FPさんに理想のライフプランを伝えるのは難しい
ライフプランを考えていくには、ある程度、自分のセクシュアリティを開示する必要があります。開示しないままだと、自分の理想とは程遠いライフプランが出来上がってしまうからです。しかし、LGBTQへの理解が進んでいるとは言い難い現在、それはかなりハードルの高い行為です。
FPさんに相談に行って、当たり前のように、子どもの教育費、住宅ローン、老後資金の話をされた、というような話は耳にします。私はその際にはっきりと、「結婚も出産も育児もしないで、一人で生きていくのに最適なお金の話をお願いします! 親の手も借りたくないし助けたくもないです!」と言えたのですが、これを言える方ばかりではないのもわかります。
私の場合は、結婚も出産も育児も考えていない、一人で生きていきたいという理想を伝える際に、セクシュアリティを伝えなくても、話が通じるということも大きかったと思います。恋愛感情を抱かない、他人に性的に惹かれないアロマンティック/アセクシュアルであると説明せずとも、「そういう生き方を望んでいます」で済んだのです。
LGBTQには、カスタマイズされたライフプランニングが欠かせない
同性のパートナーとの暮らしを望んでいたり、パートナーに遺産を相続してほしいと考えていたりする場合は、現状では異性同士のカップルと違った対応や準備が必要になります。
つまり、世間一般的なライフプランニングでは、LGBTQ当事者のニーズには応えきれていないのです。そのようなことをしっかり知りたいと思い、情報を求めていた際に出会ったのが、『にじ色ライフプランニング入門――ゲイのFPが語る<暮らし・お金・老後>』(永易至文著、にじ色ライフプランニング情報センター、2012年)です。
ゲイのFPさんが綴る、お金の話
本書では、ゲイのFPである永易至文さんがゲイの方の話を中心に、LGBTQの方々の、お金の話を綴っています。
LGBTQのお金の話、本当のところ
子どもを望まないセクシュアリティや生き方の場合、子どもの教育費を用意する必要はないので、一生に使えるお金は、子どもを望む人より多いとされ、市場として注目されているといった話から始まります。本書は2012年に出版されているので、10年ほど前の話ですが、今に通じるものも、多くあります。
タバコを止める、もう一つの財布を作る、などの今からでもできそうなアドバイスから、セクシュアリティ特有の話もあって、身近に感じられました。著者の永易至文さんがゲイであることもあり、ゲイの実情を多めに反映しているのですが、これはゲイ以外のセクシュアリティの人々にも役に立つと思えることがありました。
セクシュアリティは人生に直結する
セクシュアリティは人生に直結するものです。結婚する/しない、子どもを望む/望まない、など多くのことが自身のセクシュアリティや人生観によって選択されています。現在、日本では同性婚は法制化されていませんので、異性同士のカップルしか結婚はできません。
しかし、将来同性婚が法制化されたら、法律婚をしたいかどうか、もしくはそれまで待たずに同性婚が法制化されている国への移住を考える、など、現在結婚ができないとしても、考えておきたいことは数多くあります。
セクシュアリティはたしかにその人の一属性でしかありませんが、人生でとても重要な事柄に強くつながっています。
「老いるゲイ」は、LGBTQとして老いていくことができるようになったからこその問題
本書の冒頭では、「老いるゲイ」について書かれています。初めて読んだときには、「ゲイが不老なわけもないし、何を当たり前のことを言っているのだろう?」と思いました。しかし、ここには、過去の悲しい現実が記されています。
若いうちはゲイとしての生活を謳歌し、そして、一定の年齢になったら、ゲイを「卒業」し、異性と結婚する――。それが当然だった時代もあったのです。ある程度の年齢になったら、「世間一般の求める生活」をしなければならず、それゆえに、ゲイとして老いることは難しかったのだそうです。
本書ではゲイの方の話を中心に書かれていますが、他のLGBTQ当事者についても、近いことが言えるのではないでしょうか。「卒業」しなくていいんだと考えるLGBTQ当事者が増えたことで、老後の問題が発生したのです。その意味では一歩前進といえるのではないでしょうか。
老後のことを考えるのを楽しいとは思えない私ですが、自分のセクシュアリティを曲げずに人生の終わりを迎える選択が可能になりつつあることは、喜ばしく思います。
LGBTQに役立つヒントがいっぱい
ゲイ以外の他のセクシュアリティの人々にも役に立つ情報が多く、これらをカスタマイズしていくことで、自分の理想のライフプランを作れそうです。
ゲイの方だけでなく、LGBTQ全般に言えることも多い
例えば、病気をしたときに誰に連絡が行くのか、といった「緊急連絡先」問題は、本書の出版から10年が経った現在でも大きな問題となっています。同性婚が法制化されていないために、同性のパートナーを病院が家族として扱ってくれない、実家と疎遠なのに実家に連絡されてしまって嫌な思いをした、などの話は、LGBTQ当事者には容易に想像できる、もしくは既に経験した話なのではないでしょうか。
そのような事態についても、備えておかなければなりません。「法的に家族ではないので」と意識を失ったパートナーに面会させてもらえないなんて、悲しい話ですから。
同性婚法制化の必要性、一生独り身プランも考えるきっかけに
LGBTQ当事者にとって、ライフプランニングが大事なのは事実ですが、ライフプランニングをやればやるほど、そういった自助努力では補いきれない部分があることを実感します。
遺産相続のページなどを読んでいると、やはり同性のパートナーに遺産を相続させるのは難しいと感じます。法律婚の権利が得られないことで、生活にも困難が生じるし、経済的にも不利になるのです。
一人で生きていく人のことはほとんど想定されていない制度設計で、少し呆れてしまいました。
今すぐに同性婚の法制化や一人で生きていくことが可能な制度の構築が必要です。
しかし、本書を元にざっくりとでもライフプランを立ててみることで、一生独り身プランを何とか実現したい! と、モチベーションが上がりました。そのために自分がしておくこと、社会制度の不備は何か、など、考えることは多いのですが。
LGBTQのまま老いていくこと。親の介護や看取りから、パートナーと自身の死まで
ライフプランを考えるということは、親の看取りやパートナー、自身の死について考えることにもなっていきます。
最期まで添い遂げることは、できません!
これは同性カップルに限ったことではありませんが、基本的にお互い最期まで添い遂げることはできません。本書にも、「かんたんに「千の風」にはなれません」とあります。亡くなった私をお墓に入れてくれるのは誰でしょうか。パートナーがいる方も、パートナーかあなたのどちらかは相手に先立たれてしまいます。
一人になることは、どのようなセクシュアリティの方にも存在する可能性です。本書でも、できる限りの手は紹介されていますが、公的なサービスが不足していることは否めません。
親のことを考える
本書では、親の介護、看取りについてもふれていて、介護を乗り切るコツもあって、介護をされる方にはとても心強いことが書かれています。介護を抱えこまないで福祉サービスをどんどん活用するのは、介護する相手を嫌いにならずに看取るためにも大切なことだと思います。
しかし、セクシュアリティをめぐって、もしくは別のことで、気まずくなり、親やきょうだいと疎遠、関わりたくないという方もいるでしょう。そのような方向けの、身内を「捨てる」方法についてはふれられておらず、そこが少し残念でした。
LGBTQの人々にも、老後はある
今を生きることも大事ですが、老後に備えることも大事です。LGBTQの人々が、自身のセクシュアリティを大切にしながら生きるためには、やはりお金のこと、法律のこと、その他諸々必要な知識を知らねばなりません。
LGBTQのまま老いていくことは、世間一般的な老い方よりも、苦労が多いことはたしかです。同性婚の法制化も、先の選挙の結果を見るとまだまだ先かもしれません。正直に言えば、あまり明るい話題がありません。
しかし、あなたの人生は一度きりです。本書をヒントに、自分自身の人生について、考えてみませんか。
■今回ご紹介した本
『にじ色ライフプランニング入門――ゲイのFPが語る<暮らし・お金・老後>』
永易至文著
にじ色ライフプランニング情報センター