NOISE ライター投稿型 LGBT情報発信サイト
HOMEすべての記事 私が「性自認」ではなく「ジェンダーアイデンティティ」を使う理由

Writer/Jitian

私が「性自認」ではなく「ジェンダーアイデンティティ」を使う理由

LGBTQ当事者としてアンテナを高く張っていなくても、多様性やLGBTQについてのニュースをよく耳にするようになるにつれて、「性自認」という言葉も一般的に使われるようになりました。しかし、私はいくつかの理由により「性自認」ではなく「ジェンダーアイデンティティ」とカタカナ語を使用するようにしています。

性自認? ジェンダーアイデンティティ?

皆さんは「性自認」という言葉に対して、どのような印象を抱いていますか? また、「性自認」とはどのようなものだと認識していますか?

「性自認」は「心の性別」?

そもそも、日本で現在よく使われている「性自認」とは、どのような意味を持つ言葉なのでしょうか。

この疑問を解消すべく、私はまず手持ちの国語辞典(『新明解国語辞典』第八版、三省堂、2020年)を開いて「性自認」という言葉を探してみました。しかし、なんと「性自認」は辞書には載っていませんでした(ちなみに、後述する「性同一性」もありませんでした)。

「性自認」という言葉は社会的に広く浸透していると思っていただけに、国語辞典の編纂者にはもしかしたら性の多様性がまだ認知されていないのかもしれない・・・・・・と少しばかりショックを受けました。

気を取り直して、「性自認」がインターネットでどのように説明されているのか、改めて探しました。

次に記載する説明は、東京都のものです。

性自認とは、自分自身の性別を自分でどのように認識しているかということで、「心の性」と言い換えられることもあります。

また、NHK for SchoolというNHKの子ども・学生向け教育ウェブページには、次のように記載されていました。

心の性(自分の性別、生きていく性別、性自認)
「自分の性別は○○だ」「自分は○○の性別で生きていくんだ」と、自分で深く実感している(認識している)「性別」のことです。(中略)心の性にも、実は色々あるんです。

このような説明をご覧になって、皆さんはどのように感じましたか? 別に違和感はない、自分が認識している定義とは異なる、など色々な捉え方があると思います。

「ジェンダーアイデンティティ」に含まれる「帰属意識」

ところで、この「性自認」という言葉はどこから “来た” ものなのでしょうか。

「性自認」は、英語の “gender identity”(ジェンダーアイデンティティ)という言葉を日本語に訳したものになります。この “identity” に含まれるニュアンスが重要なポイントだと私は考えています。

“identity” をロングマン英英辞書で引いてみると、次のように説明されています。

the qualities and attitudes that a person or group of people have, that make them different from other people
(ある人や集団が持っている、他の人とは異なる資質や態度)

「ある集団」、すなわち自分とは関係なく「男性」「女性」などといったジェンダーの集団がすでに存在していて、自分もその中の一員だと感じられること(帰属意識)が “gender identity” だと、私は考えています。

一方、先ほど引用した説明にもあった通り、「性自認」は「心の性」とも言い換えられやすいです。しかし、「性自認」は「心の性」であると広く理解されることによって、最近特にトランスジェンダーへの差別的な感情が拡大している気がしています。

現在議論されている「LGBT法案」に対する社会的な認識を見ると、トランスジェンダーに関するデマが持ち上がっています。法案に差別禁止要綱を加えると、たとえば身体的に男性の人が「自分の性自認は女性だ」と主張すれば、身体的に女性の人だけが立ち入れるとされているプライベートな空間(トイレや公衆浴場など)にも入れるし、管理人は立ち入った人物を注意などすることができない(性自認を否定することになり、差別になるから)、といったものです。

このようなデマが広まる理由は、まさに「性自認」という言葉が独り歩きして、「自分自身の性別を、自分でどのように認識しているかという個人の認識を、公的なプライベート空間、ひいては社会がすべて受け入れなければならない」と、誤った捉えられ方をしている証ではないかと私は考えています。

現在広く認知されている「性自認」という言葉を使うことは禁止すべきだ、とまでは言いません。ですが、トランスジェンダー差別を生むような解釈や誤解を正しつつ、社会全体がトランスジェンダーについてより理解を深める必要があると思います。

性「自認」に含まれるニュアンス

「性自認」を文字通り解釈すると、どのような問題が発生するのでしょうか。

自他ともに認めることが「自認」

”gender identity” に含まれている「帰属意識」というニュアンスが、「性自認」には含まれていないということが、私が「性自認」をなるべく使わない理由のひとつです。しかし、今回様々な言葉の定義を改めて調べてみて、「性自認」という言葉が含む別の視点を新たに発見しました。

「自認」を、前述の手持ちの辞書で調べてみると、次のように書かれていました。

(他者からの評価と同じように)自分でもそうであることを認めること。
(「自認」、『新明解国語辞典』第八版、三省堂、2020年、672ページ)

前に書いた通り、東京都やNHK for Schoolの説明では「自分がどう思っているか」がポイントでした。「自認」を単に「自分で認めること」と定義するものもありますが、他者の視点も含められる場合があるようです。

「性自認」を文字通り解釈すれば、トランスジェンダー差別は解消される?

性「自認」には他者からの評価も欠かせないと解釈すると、前で触れた「トランスジェンダー差別にまつわる問題」は、ある意味では解消されるかもしれません。先ほど触れた、トランスジェンダー差別に関してよく取り上げられるデマをもとに考えてみましょう。

「自分の性自認は女性だ」と主張する身体的に男性の人が、女性のプライベートな空間に立ち入ろうとしても、周りが「あなたは女性ではないので、入れません」と反論すれば、立ち入ろうとした人物の「性自認」は成立しないことになります。「性自認による差別」を禁止したとしても、そもそも周りから認められていなければ、性自認として成立していないから、指摘したとしても差別になりません。

しかし、これは裏を返せば、「性自認」を文字通り解釈することは、トランスジェンダーがより生きづらくなることにつながりかねません。たとえば、ホルモン治療や性別適合手術(SRS)を受けて、外見を含めて女性として生活することに順応していたとしても、勤め先の会社から「あなたは元々男性として入社したんだから、会社は女性として生活するあなたを受け入れられない。以前と同じように男性用のトイレを使ってほしい」と言われてしまえば、社内では女性という性自認が成立していないということになってしまいます。

どの程度治療をしているか、戸籍の性別を変更しているか否かにかかわらず、他者から “全面的に” 受け入れてもらえなければ性自認として成立しないのであれば、トランスジェンダーの生きづらさは非常に根深いものになってしまうでしょう。

「性自認」にとって代わる? 「性同一性」

「性同一性」と聞くと、どうしても疾病のイメージが拭えず・・・・・・。

「性自認」と「性同一性」

「性自認」や「トランスジェンダー」という言葉が浸透する前でも、「性同一性障害」という言葉なら知っている、という人は少なくなかったのではないかと思います。この「性同一性障害」は、英語の ”Gender Identity Disorder” の訳です。つまり、「性自認」という言葉が広く使われるようになる前、 “gender identity” の日本語訳は「性同一性」だったのです。

「自分は、○○というジェンダーのグループの一員である」と “同一視” しているという意味では、「性自認」より「性同一性」のほうが帰属意識を表現できている言葉だなと、個人的には感じます。

ただ、やはり「性同一性」という言葉を聞くと「性同一性障害」がどうしても思い浮かぶのが実情です。日本では「性同一性障害」もまだよく使われますが、WHOは、2018年の「国際疾病分類」最新版(ICD-11)において、出生時に割り当てられた性別への違和は「病気」や「障害」ではないと宣言しています。「私の性同一性は・・・・・・」と言葉にすると「この人、性同一性 “障害” なのかな?」と捉えられてしまうのではないかと思うと、モヤモヤしますね。

ノンバイナリーでも使いやすい日本語を!

先ほど紹介したNHK for Schoolのパンフレットには、以下のような説明も記載されていました。

「(男女の)どちらでもない」と深く実感している人、「わからない」と感じる人もいます。

私は、「男性」「女性」だけでなく、「中性」なども含めて、どのジェンダーのグループにも帰属意識を感じない、「どちらでもない」タイプの一人です。この「どこにも帰属意識がない」ことをできるだけ簡単に説明するべく、LGBTQ差別がないと信頼できる場では、自分はノンバイナリーであると伝えています。

言い換えると、一言で言い表せるからノンバイナリーだと言っているだけで、私は別にノンバイナリーに “深い” 帰属意識があるわけではありません。

同様にクエスチョニングも、自分にしっくり来るセクシュアリティを見つけるまでの「一時滞在場所」、セクシュアリティを決めたくない場合の「簡易的滞在場所」であって、クエスチョニングに “深く” 帰属意識を感じている人は果たしてどのほどいるのか、個人的には疑問が残ります。

帰属意識を的確に表せる日本語、さらには帰属意識の有無や程度の強さも超えて包括的に “gender identity” を表せる日本語に出会えるまで、もうしばらくの間、私は「ジェンダーアイデンティティ」という表現を使い続けるつもりです。

■参考情報
東京の人権課題:14 性自認(東京都総務人権部)
いろいろな「性」について知ろう!(NHK for School)
“identity” (Longman Dictionary of Contemporary English)

 

RELATED

関連記事

ロゴ:LGBTER 関連記事

TOP