トランスジェンダーとして生きていると、性別違和にばかり目が行ってしまう。こうした状態をありのまま受け止めることは大切だが、ままならない現実を見つめるばかりでは心が真っ黒になるだろう。だからあえて、トランスジェンダーの幸せのひとつ―性別多幸感を考えてみたい。
トランスジェンダーの「性別多幸感」って?
性別多幸感とは? 『Gender Euphoria』を読んでみる
性別多幸感という言葉、聞いたことがあるだろうか。私自身トランスジェンダーのノンバイナリーだが、「性別違和」は聞いたことがあっても多幸感は聞いたことがなかった。
だが英語圏では、ここ数年で徐々に使用が広がっているらしい。定義をひとつ紹介しよう。
2022年に刊行された本『Gender Euphoria: stories of joy from trans, non-binary and intersex writers』の編著者Laura Kate Dale―ローラ・ケイト・デールによると、性別多幸感とは
「出生時のジェンダーから飛び出すことで経験する、強い幸福感(私訳)」
だそうだ。Lauraは続ける。
性別違和こそが、トランスジェンダーの条件だとする考えがある。
しかし全てのトランスジェンダーが性別違和を感じているわけではない。
ならば、トランスジェンダーの条件は何か。
もしあなたが、出生児に割り当てられたジェンダー以外の自身を
周囲に認めてほしいと思い、そう思った時に多幸感をもつのなら、
それこそあなたがトランスジェンダーである証だ
トランスジェンダーだからこそ
本では、性別多幸感を得たトランスジェンダーの経験が多く載っている。その中のいくつかを紹介してみよう。
・トランスジェンダー男性がプロムキングに選ばれたとき
・ノンバイナリーで子どもを産んだ人が、産後にブラを着けることをやめたとき
・トランスジェンダー女性が、それまで嫌いだった自身の声を、ジェンダーアイデンティティを否定しないものに感じたとき
こうしたエピソードを読みながら、これまで私自身が性別多幸感を得た瞬間を思い出していた。
性別多幸感という言葉は全く知らなかったが、そうした幸福な瞬間は確かに経験したことがある。胸をつぶした自分の姿を初めて鏡で見たとき、「○○ちゃん」ではなく「○○さん」と呼ばれたとき、自分がノンバイナリーだと受け入れたとき。
どの瞬間も、自分のありのままを認め愛すことができた貴重な時間だった。
トランスジェンダーに性別多幸感を忘れさせる環境
私はなぜ性別移行をしたかったか
性別多幸感に関する自分の記憶がよみがえるのと同時に、あることに気付いた。
私はこの本を読むまで、経験した性別多幸感をすっかり忘れていたこと。
性別移行を始めた当初の動機は、より自分にしっくりくる服装や振る舞い方を探りたい、他者からもノンバイナリーだと認識されたい、という性別多幸感を感じるためだった。しかしいつの間にか感じたはずの多幸感は薄れていった。
それというのも、いまも私の心を占める真っ黒な存在、つまり性別違和が意識の大半を占めるようになったからかもしれない。
編著のLauraも言っている。「性別違和ばかりが性別移行の動機だと思われて、性別多幸感は置き去りにされてきた。そして、性別違和による不快感や悲惨な状況ばかりが注目されてきた」と。
Lauraの言うとおりだ。
私が性別移行をする理由は、いまや当初の目的だった性別多幸感の追及ではない。性別に関する異和感を少しでもゼロに近づけるための手段となっている。
トランスジェンダーが性別多幸感をもてる機会は・・・
性別違和という、人生の不幸な面に頭が支配されていたのかもしれない。それはなぜだろう。
理由としてまず思い浮かぶのは、性別多幸感よりも性別違和を感じる時間の長さだ。
戸籍の性別をはじめ、就職や教育、家庭、医療など人生の重要な局面から、街を歩いたりサービスや商品を購入するといった日常的な場面まで、トランスジェンダーは自身のジェンダーアイデンティティとは異なるジェンダーを強要されやすい。また、メディアやポップカルチャーにおいてもトランスジェンダーは性別違和とセットで語られてきた。
性別違和への注目は常に感じる。一方で、性別多幸感を味わう機会は断片的だ。幸せを感じた次の瞬間、性別違和に転落することだってありうる。
こうした状況が、性別多幸感よりも性別違和に意識がより注がれる理由ではないのだろうか。
性別多幸感が忘れられたら、トランスジェンダーはどうなる?
多幸感を感じることのない不幸な人たち?
トランスジェンダーの自分には性別違和という不幸しか経験できないのではと、思い詰めることがある。
もちろん頭ではわかっている。私には幸せになる権利があるし、性別多幸感という幸せを感じた事実もある。しかし繰り返しになるが、こうした事実は簡単に忘れてしまえることでもある。
それはやはり、この社会に原因があると私は思う。
社会は私たちに性別違和を感じさせる機会を多分に与えてくる。これは、トランスジェンダーは不幸であるというスティグマを、間接的に貼っているとも言えるだろう。
私は不幸な存在にしかなりえないのだと。
トランスジェンダーであることは、幸せなことでもある
私たちは差別を受けていて、不幸を感じる場面は確かに多い。だかしかし、不幸なだけの人間では決してない。
トランスジェンダーだから経験した幸せもたくさんあるのだから。
その証明として、私の性別多幸感の話をさせてほしい。
私は高校生の頃、演劇部に入っていた。女の子の枠から唯一飛び出せる部活の時間は、何よりの楽しみだった。
高校は女子高だったため、自動的に私の性別を決めつけた。制服はもちろん、着替え、修学旅行の部屋割り、保健体育の授業・・・・・・。例を出したらきりがないが、一番いやだったのは「女の子しかいない空間」という前提認識だった。
当時トランスジェンダーやノンバイナリーという言葉は知らなかったが、自分が女の子に当てはまらない存在であることはわかっていた。かといって、男の子になりたいわけでもない。どちらにもなれない自分は「宙ぶらりん」な存在だと思っていた。
そんな学校生活でも、演劇部は自分らしくなれる唯一の空間だった。役の性別が限定されることなく、みんなが好きな役を演じられ、私は男の子の役を演じることができたのだ。
男の子役を演じることは、女の子の枠を飛び越えるきっかけを私にくれた。しかも男の子の役を演じるだけで、私が男の子であることを求められるわけではなく、「宙ぶらりん」な私にぴったりであるように思えた。
たくさんの幸せな瞬間があったが、特に忘れられないのは役の衣装をまとったまま廊下にくりだしたときのこと。
私はガムテープで胸をぺたんこにし(健康に良くないので勧められないが)、その上にだぶだぶのTシャツとズボンを身にまとい、髪の毛はショートという出で立ちだった。かなり気に入っていたこの格好は、部内で披露したことがあるだけだったため、内心かなりドキドキして歩いていた。
そこに私の知り合いではない生徒が2人、通りかかった。いつからかわれても対応できるように言い訳を準備して、通り過ぎようとした。
しかし聞こえてきたのは「かっこいい~」という言葉だった。
この言葉に、私は思いがけず救われた。女の子にも男の子にもなれなくても、自分のなりたい「かっこいい人」に、私はなれると思えたのだ。
性別多幸感を語りあいたい
性別多幸感を語って抵抗する
性別多幸感を得た記憶を思い出し、私はトランスジェンダー=不幸という方程式をくつがえせるのではないかと思っている。
その方法として広めたいことが、私たちトランスジェンダー自身が性別多幸感について語りあうこと。私たちがどういうときに、トランスジェンダーである自分に幸せを感じるのか。なぜそこで幸せを感じるのか。
私たちが語りあうことには、不幸のスティグマを直接はね返せる力があるのではないだろうか。
語りあうことは一見すると個人的な行為で、特別な力があるとは思わないかもしれない。しかし、私が内面化していたような「トランスジェンダーである自分は不幸にしかなりえない」という自身の認識は揺るがせると思う。だから、あなたと多幸感を語りあいたい。あなたがどんな性別多幸感を感じたことがあるのか、トランスジェンダーである自分をどう感じているのか。
一緒に、スティグマに抵抗しよう。
トランスジェンダーのあなたが、あなたらしくあることの喜び
最後にALOKの詩を紹介する。
ALOK(アロック・ヴァイド・メノン)は、アメリカの作家、コメディアン、パフォーマンスアーティスト。ジェンダーノンコンフォーミングでトランスフェミニンな人物だ。
ALOKのウェブサイトにのっている『Gender Euphoria(性別多幸感)』という詩に感銘を受けたので部分的に私訳し、共有させてもらう。
この写真(ライター注: ALOKがフェミニンな性表現をしている様子)を掲載するのは、
この服を着て体験したストリートハラスメントについての詩を添えてからにしようと思っていた。
でもなぜ他人の憎悪によって、この服、つまり自分自身を定義しなければならないのだろうか・・・
そのことで失われるのはトランスであることの喜びだ。
・・・自分は今、喜びについて考えている。
・・・自分をおとしいれようとする人たちがいるとわかっているのに、
・・・なぜ(トランスジェンダーは)前に進み続けられるのだろうか。
・・・自分たちには、押し付けられた基準や境界線によって人生を定義したり
生きたりする必要がないことの喜びがある
・・・この喜びを打ち消されることなく、道を歩けるようになりたい。
そしてあなたとわかち合いたい。
ありのままの自分でいることの喜びを。