この記事は、漫画『作りたい女と食べたい女』の本編の内容を含みます。物語の詳細を明かすことは避けるよう注意していますが、新鮮な気持ちでこの作品に出会いたい方は、『作りたい女と食べたい女』を読んでから、この記事をお読みいただけると幸いです。
食事を中心に展開する、2人の女性の物語。漫画『作りたい女と食べたい女』
『作りたい女と食べたい女』は、グルメ漫画であり、GL(Girls Loveの略。女性同士の恋愛を描いた作品を指す)漫画です。
漫画『作りたい女と食べたい女』基本情報
漫画『作りたい女と食べたい女』(略称は『つくたべ』)は、ComicWalkerというサイトで連載されている、ゆざきさかおみさんによる漫画です。2022年8月現在コミックは2巻まで刊行されています。
ごはんを作るのは楽しいけれど、たくさん食べられないからと、作ってみたいものがありながらも作れずにいた、料理好きの女性、野本さん。そんな野本さんが、マンションのお隣のお隣に住む女性、春日さんとエレベーターで偶然一緒になったことから、物語は始まります。
たくさん食べたい春日さんと、作りたい野本さん。ごはんを作って一緒に食べる2人の関係性が次第に変化していくのが魅力的な漫画です。
優しくも厳しい漫画『作りたい女と食べたい女』の世界観
漫画『作りたい女と食べたい女』の舞台は現代日本。ComicWalkerでの連載開始は2021年ですが、新型コロナウイルスの感染拡大は描かれていません。『作りたい女と食べたい女』のすごいところは、野本さんと春日さんがごはんを食べるグルメ要素をメインに置きながら、現代日本で女性を取り巻く現状についても、しっかり扱っているところです。
非正規雇用のお給料は低く、女性であればさらに低くなっている現実、生活費が高い事実、女性が料理をすることへの勝手な意味づけなど、現代日本の問題をしっかり描き出しています。
ただ2人の女性がおいしい料理を味わって終わり、ではなく、2人の生きる現代日本、ひいては読者が生きるこの社会についても考えさせられる漫画に仕上がっています。
ごはんから、広がる世界
社会について、と言っても、やはりこの漫画のメインはおいしいごはんです。ごはんを起点に、2人の女性の過去、現在、未来へと話が広がっていきます。ごはんを食べることは、人間が生きる上での基本なので、そこからいろいろなテーマが生まれてくるのは自然なことなのかもしれません。
「女性だから、小食だろう」といった思いこみも描かれており、現実で見覚えのあるシーンに、読んでいる私も深く頷いてしまいました。
漫画『作りたい女と食べたい女』はジェンダーのトピックが感じられる
漫画『作りたい女と食べたい女』を読んで、「これだ!」と思った理由の一つに、ジェンダー(社会や文化によって形作られる、性別による役割や待遇の違い)のトピックを「特別」なものとしてではなく、「自然にそこにあるもの」として描いていたことが挙げられます。
ジェンダーのトピックは、そこにある
ジェンダーのトピックというと、女性の働きやすさ(賃金、産休や育休の取りやすさ)や、男性育休の普及、女性差別などを思い描くのではないでしょうか。この漫画に登場する女性差別は、少しもやっとするものから、関係を絶つことを決意させるものまで、幅広いです。
好きで料理をしているのに、料理を頑張っている理由を「男のため」と解釈されてしまうこと、女性の賃金が低いこと、居酒屋で女性に絡んでくる男性がいること、男尊女卑の家庭のなかで女性だからと食事の量を減らされること。
一つひとつに抗議していたらきりがないくらい、たくさんのもやっとする現実があることを、うまく描いています。残念ながら、それらは当たり前に存在する現実です。
同性に好印象持たれる服装を検索できない・・・
セクシュアリティに関連する話では、野本さんが春日さんとのお出かけの際に、どんな服がいいか、インターネットで検索するシーンがあります。同性の春日さんによく思われる服装を知りたいのに、検索結果に並ぶのは、「モテ」「彼氏 デート」と男性によく思われる服装のおすすめ記事ばかりでした。
結局、野本さんはインターネットに頼るのをやめ、自分で服装を考えて春日さんとのお出かけに臨みます。これも、「素敵なファッションを見せたい相手は異性に決まっている」という偏見が社会にあるからこその現象です。セクシュアルマイノリティや、友人に素敵なファッションを見せたいと考える人は、想定されていないのです。
漫画『作りたい女と食べたい女』で描かれる、ごはんに関する女性差別
この漫画のメインであるごはんからも、ジェンダーのトピックを感じ取ることができます。女性だから小食だろうと決めつけられること、料理のうち出来のいいものは男性陣に、形の崩れているものなどは女性陣に振り分けられる家庭。そして、夜中のキッチンでおいしいものを食べるしかなかった少女時代。居酒屋で食べ方に口出ししてくる、迷惑な男性。
ごはん一つ取っても、女性の周りはこんなにも多くのもやもやすることで溢れています。生活のなかに存在する女性差別の数々に、自分の経験や聞いた話が重なりました。
レズビアンだと自覚するプロセスを丁寧に描く
野本さんが自身のセクシュアリティを自覚する過程を丁寧に描いているのも、この漫画の素晴らしいところです。
レズビアンであることを肯定する瞬間
実家の母親に、「早くいい人見つけなさいね」と言われてげんなりしていたり、春日さんを眺める表情が食べっぷりを好ましく思っているだけではなさそうだったりした野本さんですが、体調を崩した日の夜をきっかけに、自身がレズビアンであることを肯定的に捉えられるようになります。
それまでは、「もしかしたら自分は女性を好きになるのかもしれない・・・・・・」と思いつつも、未だ社会に根強い異性愛規範やレズビアンへの偏見から、野本さんが自身のセクシュアリティに肯定的になれずにいたことも回想されています。
自身のセクシュアリティを知り、それを肯定的に思えるようになるまでの野本さんの揺らぎに、いつかの自分自身を重ねて、野本さんを心から応援したくなりました。
レズビアンとして生きることを模索し始めた野本さん
自分がレズビアンであることを肯定的に捉えられるようになったからと言って、劇的に野本さんの日常が変わったわけではありません。でも、他のレズビアンの人の書いた文章を読んでみたり、ハッシュタグを追ってみたり、今まではしていなかったことをするようになりました。
野本さんは、自分のセクシュアリティ、ひいては自分を深く知る旅路の第一歩を、おそるおそる、踏み出したのです。いきなりプライドパレードに参加したり、SNSに書いたりするほどの行動は取れないけれど、少しずつ知ろうとしている野本さん。
自身のセクシュアリティを受け入れ始めたばかりの、不安定で、怖がりながらも進んでいく様子は、私自身に覚えがあるどころの話ではありません。興味がありながらも、ビアンバーに行くのを数年ためらっていたり、レインボープライドを見に行ったことすらなく、今年ようやく行く勇気を出す予定を立てたりしている私自身も、すぐには積極的になれない、セクシュアルマイノリティの一人ですから。
女性の生きづらさとセクシュアルマイノリティの生きづらさは深く関係している
最初、漫画『作りたい女と食べたい女』は、グルメだけでなく、女性の生きづらさも描く漫画なのだと感じました。読み進めていくにつれ、野本さんのセクシュアリティの話が出てきて、はっとしました。女性の生きづらさは、セクシュアルマイノリティの生きづらさと無縁ではないことを、知っているはずなのに、私は忘れていたのです。
異性愛規範、ロマンティック・ラブ・イデオロギー(恋愛至上主義)、結婚は当然するものだという価値観。挙げればきりがないほどに存在するそれらは、社会から女性と扱われる人々のなかにある、多様なセクシュアリティや人生、価値観を侵食し、「こうあるべき」と強いてくるのです。
それらが苦しめるのは、レズビアンを自認する人々だけではありません。恋愛やセックスを望まない人々、結婚を望まない人々、他人と関係性を築くことを望まない人々・・・・・・。押しつけられる「ふつう」にはまらない人々が、生きづらくなっているのです。
女性が生きづらい社会は、セクシュアルマイノリティにとっても生きづらい社会になりうるし、その逆もまた然りです。それは、社会でいつの間にか作られた型にはまらない、はまれない人々を切り捨てて進んでいく社会ですから。
漫画『作りたい女と食べたい女』が教えてくれる、一人として同じ女はいないということ。
今後の展開にも期待が高まるところです。
ごはんも、人生も、人それぞれ
漫画『作りたい女と食べたい女』は、ごはんを通して、女性2人がともにあること、女性を取り巻くもの、マイノリティ性とともに生きることを丁寧に描いている、素敵な漫画です。作者のゆざきさかおみさんは、そのことをかなり強く意識しているようで、差別的な表現が含まれるときには、注意書きを加えるなどの配慮をしています。
この漫画『作りたい女と食べたい女』のいいところは、深く読むのも、ライトに楽しむのも、楽しみ方としてありとされていることです。「これってこういうことだよね」と深い知識がある上で読むと世界が広がるけれど、知識がなくても「こういうことがあるんだ」と関心のスイッチを入れ、知りたい! と思うきっかけになってくれるのです。多くの人々に届けるのに、この特徴は強みです。
楽しみ方も人それぞれであるからこそ、人によって注目する場所も違い、漫画『作りたい女と食べたい女』の話題は尽きないのかもしれません。性自認は女性ではない私ですが、社会的には女性と扱われているので、描かれている現実に共感する部分も多いです。
漫画『作りたい女と食べたい女』の今後の展開に期待
『作りたい女と食べたい女』は現在も連載中で、ComicWalkerで更新されています。最初の数話と最新話は無料公開されているので、読んでみて気になった方はコミックを購入してみるのもいいと思います。
「一人として同じ女はいない」は、春日さんが、生理で苦しむ野本さんに言った言葉です。誰一人として、同じではないのです。それでもともにあるとはどういうことなのか、春日さんと野本さんの結論を見届けたいので、私はこれからも連載更新をチェックし、コミックを購入する予定です。
■今回ご紹介した本
『作りたい女と食べたい女』
ゆざきさかおみ 著
KADOKAWA