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Writer/Jitian

映画『出櫃(カミングアウト)―中国LGBTの叫び』で見えてきた、中国のLGBTQカミングアウト事情

中国の同性愛者を撮影したドキュメンタリー短編映画『出櫃(カミングアウト)―中国LGBTの叫び』が、来年2021年1月より公開となります。今回、一足先に試写会に参加させていただきました。

映画『出櫃(カミングアウト)―中国LGBTの叫び』あらすじ

「出櫃」とは?

映画のタイトルとなっている「出櫃」とは、中国語で「カミングアウト」を意味する造語です。中国のLGBTQ界隈ではよく使われています。

「出」は日本語と同じで「出る」という意味。「櫃」はクローゼットといった「閉じたところ」という意味があるそうで、閉じたところから出ていく=カミングアウトという成り立ちになっています。

「出櫃」を日本語読みにすると「しゅっぴつ」となるでしょうか。中国語読みすると「チューグイ」となります。なお、「櫃」という字は日本語および繁体字(台湾など)で使われる漢字表記で、簡体字(大陸で使われる文字)で表記すると「柜」となります。

実際、「出櫃」で検索すると台湾でのカミングアウト事情、「出柜」ですと中国国内でのカミングアウト事情がヒットします。この映画をきっかけに、YouTubeなどにアップされているアジア諸国のLGBTQ動画をチェックしてみるのもいいかもしれません。

『出櫃(カミングアウト)―中国LGBTの叫び』あらすじ

映画『出櫃(カミングアウト)―中国LGBTの叫び』では、二人の同性愛当事者と、その親との関係を撮影しています。

一人目は谷超(グーチャオ)さん、26歳。ゲイですが、家族を含めて誰にもカミングアウトせずに生活してきました。しかし、周りから結婚を促されるようになり、セクシュアリティを隠すのに疲れた谷超さんは、父親へのカミングアウトを決意します。映画では、主に父との様子が撮影されています。

二人目は安安さん、32歳。安安(アンアン)さんの場合は、19歳のときに母親にレズビアンであることをカミングアウトしているのですが、10年以上受け入れてもらえず、10年以上経った今もなお平行線を辿っています。一方、安安さんは現在、彼女と二人暮らしをしていて、その生活ぶりは充実したものになっているようです。

映画では、母との様子や、当事者支援団体との話し合いが撮影されています。
※年齢は撮影時のものです。

日本にはない、親子の距離感

映画を観ていて、個人的に最も印象に残ったものが、親子の距離感の近さでした。

子どもが成長しても、距離感が近い親子

前述の通り、映画に出ている谷超(グーチャオ)さんも安安(アンアン)さんも、立派な大人です。しかし、日本ではなかなか見かけないほど、それぞれ二人とも親との距離が近いと感じました。

ゲイである谷超さんが久しぶりに帰省すると、お父さんはわざわざ谷超さんに「これを食べなさい」とおかずをよそってあげます。カミングアウトのときも、谷超さんはお父さんの肩を抱きながら話しました。カミングアウト後も、谷超さんはお父さんの肩を借りて泣きました。

レズビアンの安安さんも、お母さんとセクシュアリティや将来について話し合うとき、二人は終始手を握り合っていました。

小学生くらいならまだ分かるのですが、日本ではなかなか見られない親子の距離感に、軽くカルチャーショックを受けました。

一人っ子政策の影響

親子の近さについて、監督である房満満さんにお話をうかがったところ、一人っ子政策の影響が大きいとのことでした。

一人っ子政策とは、中国の人口政策で、増えすぎた人口を抑制するために、一つの家庭で産める子どもを一人に限定した政策です。実際、谷超さんも、安安さんも一人っ子です。
愛情を注ぐ相手が一人しかいないからこそ、房満満監督のご意見の通り親子の距離感がより近くなっているのかもしれません。

根強い親孝行意識と地方格差

映画を観ていて「親子の距離感の近さ」の次に感じたことは、日本よりもLGBTQへの理解が進んでいないであろう中国で、なぜ二人は親に理解してもらおうとそれほどまでに粘り強く行動し続けられるのかという疑問でした。

親孝行したい子どもと、親孝行して欲しい親

ゲイの谷超(グーチャオ)さんもレズビアンの安安(アンアン)さんも、言葉を尽くして親や親戚にセクシュアリティを説明します。しかし、親にセクシュアリティをなかなか理解してもらえません。その原因は、中国独特の親孝行の意識と「メンツ第一」の価値観にあるようです。

中国での「親孝行」について、房満満監督は「中国人は、親孝行しなければならないという意識がDNAレベルまで根付いている」と説明してくれました。日本でも「親孝行しなさい」などとよく言われますが、日本のこの価値観も元を辿れば中国の儒教に基づきます。しかし「DNAレベル」とまで言えるほど強いかと言ったら、そこまでではないと思います。

この親孝行の意識の強さが、子どものセクシュアリティを受け入れるハードルの高さに直結していると感じました。

都市部と地方の差がかなりありますが、中国では「結婚し、子どもを育てることが幸せ」だという価値観が未だ根強いようです。現行の法律では、中国では同性婚はできないので、「(だから)同性愛者は幸せになれない」という意識が、谷超さんと安安さんの親の方では強いのです。

メンツ命

さらに、親の理解を妨げているものが、地方で特に強い「何よりメンツが大事」という考え方。いわゆる世間体です。結婚し、子どもを育てることが幸せであり、一人前の証でもあるという意識が強いので、子どもがその道から外れると、親の「メンツ」が潰れるというのです。

谷超さんと安安さんの親は、子どもが「普通に」異性と結婚して子どもを授からないと、自分のメンツが潰れるので「普通の人生」を歩んでほしいと、本気で思っています。

映画でも、実際に安安さんのお母さんから同じような発言が飛び出しました。さらに、安安さんのお母さんは「せめて男性と偽の挙式を上げて欲しい」とまで言い出します(お母さんとしては譲歩のつもりです)。これも、表向きには娘が一般的な結婚をしたと見せるためのものです。

親と子どもは別個の存在なのだから、「あなたのせいでメンツが潰れる」と言われましても困るのですが・・・・・・。それに、親のメンツのためだけに子どもは生きているのですか? と、映画を観ながら正直かなり呆れてしまいました。

しかし前述のように一人っ子政策で、他にきょうだいがいるわけではありません。親が「この子がすべて」と、そして子どもも「私が親を幸せにしてあげなければ」と互いに思うが故に、共依存のようになっているのかもしれないとも感じました。

LGBTQそのものへの理解

親孝行やメンツといった価値観もさることながら、中国はやはりLGBTQそのものへの理解度も低いようです。

実際、谷超さんのお父さんは「本気で治そうと思えば、同性愛は治る」と言っていました。谷超さんは「そういうものではない」と言いますが、お父さんには伝わりません。

安安さんのお母さんも、もう子どもがレズビアンであるとカミングアウトして10年以上経ち、安安さんには同棲しているパートナーがいるにも拘わらず、未だに女性は男性と結婚して子どもを産まないと幸せになれないと信じています。

ただ、中国にもLGBTQ当事者支援団体が存在します。映画の中では、安安さんのお母さんが、支援団体のリーダーでゲイの息子を持つ母親からも、娘のセクシュアリティを受け入れるように説得されました。しかし、安安さんのお母さんは聞く耳を持ちません。

LGBTQの理解は日本もまだまだ進んでいませんが、セクシュアルマイノリティとはどういうものなのか、正しい知識を一般に広める必要があると感じました。

それでもカミングアウトする理由

谷超(グーチャオ)さんと安安(アンアン)さんは、親に否定されてもめげずに説明を続ける一方、自分の人生を歩むために新しいことに挑戦し続けます。

それでも受け入れてほしい

親子の近さ、従来の価値観に翻弄されながらもカミングアウトをする谷超さんと安安さん。特に、谷超さんは私と同い年のため、個人的に非常に思うところがありました。

なぜ何度も涙を流しながらも、落ち込みながらも親にカミングアウトを続けるのか。
それは、距離感が近いからこそなのかもしれないと思いました。

親子とは言え所詮他人、すべて分かり合えるわけではないという考え方もあります。私は正直そういう考えなので、親だからといって分かってもらえそうにない限り、わざわざカミングアウトする気は起きません。また、親が一生LGBTQについて理解しそうになくても仕方ないと割り切っています。

しかし、一心同体のような親が、自分の重要な部分を、理解していないどころか知りもしなかったらと思うと、その辛さは計り知れません。

ただ、個人的な考えを谷超さんと安安さんに言うとすれば、一度親から離れてみてはいかがだろうか、ということです。二人は親と離れて暮らしているので、すでに物理的には離れていますが、心理的も「親は自分とは違う、別の人だ」と腹をくくってみてはどうだろうか、と思うのです。

いずれにしろ、カミングアウトした二人の勇気は計り知れないものがあります。その点は心から尊敬します。

ひとり親だからカミングアウトできたのかも

実は、谷超さんも安安さんも片親しかいません。

谷超さんは、数年前に病気でお母さんが他界し、父親しかいません。谷超さんは、他界したお母さんにはカミングアウトできなかったのですが、そのことを非常に後悔しています。
また、安安さんは、お母さんに女手一つで育てられました。

谷超さんの場合は、お母さんに本当のことを言えなかったという後悔が、お父さんへのカミングアウトを後押ししています。しかし、両親から否定されることを覚悟してカミングアウトするより、一人親にカミングアウトする方が、ハードルがまだ少しは低いのではないでしょうか。

もし、谷超さんと安安さんの親が二人とも健在だったら、二人はカミングアウトしないで仮面を被ったまま人生を歩んだかもしれないと思います。

映画『出櫃(カミングアウト)―中国LGBTの叫び』は、2021年1月23日より、新宿K’s cinemaにて上映開始を予定しています。その他、地方での公開も予定されています。
果たして、谷超さんと安安さんのカミングアウトの行方はどうなったのか? 無事、親に受け入れてもらえたのか? ぜひ観に行って、他国のカミングアウト事情をのぞいてみてください。

>> 映画『出櫃(カミングアウト)―中国LGBTの叫び』の公式サイトはこちら

 

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