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Writer/きのコ

映画『ナチ刑法175条』:生存者が語る、同性愛者への過酷な迫害の歴史

ドイツの「刑法175条」による同性愛者達への迫害を描くドキュメンタリー映画『ナチ刑法175条』が、2024年3月23日から公開される。刑法175条はなぜ、どのように同性愛者達を弾圧してきたのか。被害者達はどのような苦悩や孤独を感じてきたのか。今まで注目されてこなかった「ナチスによる同性愛迫害」の事実が、生存者達の生々しい証言で明らかにされる。

ナチスの「刑法175条」による同性愛迫害

ナチスによる同性愛迫害

ドイツのナチスによるユダヤ人迫害、アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所をはじめとする数多くの収容所でおこなわれたホロコースト(絶滅政策)について、聞いたことのない人はあまりいないだろう。

しかし、ナチスがユダヤ人だけでなく、同性愛者をも弾圧していたことを知る人はどれだけいるだろうか?

この映画『ナチ刑法175条』には、今まで明るみに出てこなかった「ナチスによる同性愛迫害」について、生存者の証言をもとに凄惨な事実がありありと語られている。

同性愛を禁じた「刑法175条」

刑法175条は統一後まもないドイツで1871年5月15日に制定された、男性同性愛を禁止する法律だ。

1994年6月11日に撤廃されるまで、120年以上にわたって男性同性愛は非合法なものだった。特にナチスが政権を握った後にこの刑法175条はより厳罰化され、噂話や同性に対する仕草すら同性愛という ”犯罪” の証拠として扱われたという。

この法律によって、多くの男性同性愛者が逮捕され、裁判もなしに収容所へ送られていった。

「刑法175条」によって逮捕された同性愛者

刑法175条によって、約10万人の同性愛者が逮捕され、そのうち1.5万人が強制収容所に送られ、強制労働や医学実験に使われて死亡したといわれる。

そのうち生存者は約4000人。映画『ナチ刑法175条』の製作時点で生存を確認できたのは10人に満たない。

一方で、刑法175条はレズビアンを対象としなかった。レズビアンは「矯正可能かつ生殖機能がある」から “有益” とされたのだ。収容所に送られたレズビアンは5名もいなかったという。

また、ナチスは男性同性愛と並んで中絶をも取り締まった。

つまり「産める人間は生かし、産めない人間や中絶行為は罰する」というこの方針から、ナチスが人間をどこまでも ”道具” や “資源” としてしか見ていなかったということが分かる。

『ナチ刑法175条』は、この法律によって苦しめられた6人のゲイと1人のレズビアンの生々しい証言を通じて、同性愛者を差別する刑法175条の実態について深く掘り下げている。

忘れられた同性愛者

忘れられた同性愛者

これだけ多くの同性愛者が迫害を受けたにも関わらず、この事実は長らく忘れられていた。

本作のインタビュアー兼アソシエイトプロデューサーを務めるホロコースト記念博物館のクラウス・ミュラーは、インタビューを受けている同性愛者達からすると孫の代にあたる。彼は、祖父の代の同性愛者達が受けていた迫害について最初は何も知らなかったと語る。

アメリカユダヤ人委員会が1993年に行った調査によれば、ナチスが同性愛男性を見分けるための印としてピンクトライアングルを着けさせていたということはおろか、ナチス政権のもとで同性愛者が弾圧されていたことすら、知っているのはイギリスでは成人の約半数、アメリカではわずか4分の1だという。

同じように、ナチスのお膝元だったドイツにおいてすら同性愛者への迫害がほとんど知られていないということに、私自身、1人のLGBT当事者として衝撃を受けた。

語りたがらない生存者

『ナチ刑法175条」は、これまで映画で扱われたことがなく、歴史書ですらめったに言及しようとしなかった隠された歴史に斬り込んでいる。

何万人もの人々が迫害され殺害されたというのに、なぜこの事実は記録から抹殺され続けてきたのだろうか。

ひとつには、生存者達自身が語ること・聞かれることを望まなかったから、という背景もあるだろう。彼らだけでなく、戦争を生き延びた人々に、あの悲惨な過去について話したくも聞きたくもない、と思う人は多い。

自分の体験にも他人の体験にも蓋をして生きていきたい・・・・・・という生存者達の切実さを、誰も責めることはできないだろう。

作中では複数の生存者達から、「あの話をするのは簡単じゃない」「これ以上はゴメンだ」といった意見がいくつも聞かれた。生存者の中には、自分の母親にすら収容所での出来事を話していないという者もいた。

収容所の囚人にもいろいろな種類があり、階級があった。その中でも同性愛者は最下層の扱いを受けていたという。

収容所での経験を語る時に生存者の口から出た「恥辱」という言葉から、そこで彼らがどれほど人としての尊厳を破壊され、辱められたかが伝わってきた。

救済されない被害者

生き延びた同性愛者達は、いまだにナチスの犠牲者としての認定を受けられていない。

収容所で受けた暴力によって不具者にされた者も、刑法175条によって何度も逮捕された者も、認定を受けられず補償の要求も却下されている。

またホロコースト博物館には、ミュラーが今回の調査をおこなうまで被害者の中に「同性愛者」の項目がなかったという。

これほどまでに、刑法175条の被害者達は不可視化され、被害者の中のマイノリティとして、補償も救済も拒否されてきたのだ。

生き延びても傷が完全に癒やされることはなく、人生の終盤において今もなお彼らが孤独に苦しんでいることが痛いほど感じられた。

映画『ナチ刑法175条」のスタッフ、評価、公開予定

映画『ナチ刑法175条』のスタッフ

『ナチ刑法175条』の監督はロブ・エプスタインとジェフリー・フリードマン。

彼らは公私にわたるパートナーとして、過去にも『ハーヴェイ・ミルク』『セルロイド・クローゼット』など、同性愛をテーマとした作品を共に作りあげてきている。

※映画『ハーヴェイ・ミルク』
自らゲイを公言し、社会的弱者の権利獲得を訴えたサンフランシスコ市政執行委員ハーヴェイ・ミルクの活動と、その暗殺事件の裁判を記録したドキュメンタリー映画。1984年第57回アカデミー長編ドキュメンタリー賞を受賞。

※映画『セルロイド・クローゼット』
映画史における同性愛の描かれ方を検証するドキュメンタリー。ハリウッド映画の中に隠された同性愛を、100本以上の作品と、映画関係者のインタビューから紹介する作品。

ナレーションはルパート・エヴェレット。
自らもゲイであることを公表しているイギリス人俳優で、映画『アナザー・カントリー』の主演も務めている。

※映画『アナザー・カントリー』
1930年代イギリスのパブリックスクールを舞台に、同性愛や共産主義に傾倒していくエリート学生達の姿を描いた青春ドラマ。

このように多くの同性愛当事者達が制作に関わったことで、この映画『ナチ刑法175条』はますますリアルな重みを感じさせる作品になっているといえるだろう。

映画『ナチ刑法175条』への評価

「ナチ刑法175条」は、以下のように数々の映画祭で高い評価を獲得している。

  • 2000年・第50回ベルリン国際映画祭で最優秀記録映画賞と審査員特別賞
  • サンフランシスコ国際レズビアン&ゲイ映画祭最優秀記録映画賞
  • サンダンス映画祭監督賞

また、日本では2001年の山形国際ドキュメンタリー映画祭でインターナショナル・コンペティション部門に選出されている。

映画『ナチ刑法175条』公開予定

『ナチ刑法175条』は2024年3月23日(土)より、K’s cinemaほか全国で順次公開だ。

今回は、新たに開発されたデジタルリマスター版として劇場公開される。きっと1999年の初公開時と同じように、多くの人の心に衝撃を与え、忘れられない作品として胸に刻まれる作品となるに違いない。

 

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