昨今、LGBTQに関するニュースが全国的に取り上げられることが増えてきていると実感しています。10年前までは、政治家や著名人がLGBTQに関して発言をしてもニュースになることなどなかったのではないでしょうか。しかし、LGBTQに関心が向けられるようになったからと言って、LGBTQへの理解が世間的に進んでいるかと言えば、必ずしもそうではないように思います。
LGBT法案の議論に見える「トランスジェンダー問題」への理解度
LGBT法案の「差別禁止」の盛り込みに関する議論は、トランスジェンダー当事者の生きづらさを改めて浮き彫りにしています。
LGBT法案に「差別禁止」は盛り込まれるのか?
2023年になってからというものの、LGBT法案についてのニュースがたびたび報道されています。2023年5月に広島で開催を予定しているG7サミット。サミット開催までにLGBT法案を成立させたいと岸田首相が考えていると言われているためです。
岸田首相の側近の一人である林芳正外相は「日本以外の先進7カ国には、性的少数者に対する差別を禁止する法令や同性婚法、パートナーシップ制度がある」と発言しています。日本以外のG7各国と日本ではLGBTQ当事者を取り巻く状況が異なっているということは、政府も認識しているようです。
一方で、2023年2月28日の衆院予算委員会で、野党から婚姻に関する現行法が差別にあたるのではないかと問われた岸田首相は「同性カップルに公的な結婚を認めないことは、国による不当な差別であるとは考えていない」と答弁しました。
しかし、同性カップルが法的に結婚できない現状は差別だと私は考えます。同性婚が認められていないために、相続や外国人パートナーの在住資格など、法的に結婚している異性カップルであればクリアできることが同性カップルでは認められていません。
このような同性カップルに対する明確な不利益的状況を見ても、岸田首相は差別ではないと言い続けるのでしょうか。
2023年2月4日には、同性愛者に対して差別発言をしたと報道された荒井勝喜首相秘書官をすぐに更迭した岸田首相。世論やポリコレは意識しつつも、LGBTQ当事者の生活が改善するような実効性のある法案の成立には、及び腰のような気がしてなりません。
トランスジェンダーへの理解は道半ば
LGBT法案において特に最近議論を巻き起こしているテーマが、LGBTQ当事者への差別禁止要綱と、「トランス女性」が引き起こす問題です。
男性器をもつ人がトランス女性だと主張して女性トイレや女性更衣室、女性の入浴施設に入った場合、「『男性は退出を』と周りが指摘したくても、指摘することがトランス女性差別になるため指摘できない。それによって女性が性犯罪に遭う可能性が高くなったり、性犯罪・性暴力を受けたことのある女性が、安心して過ごすことができなったりするのではないか」と言われているのです。
「トランスジェンダーの傘」の下に入っている当事者の一人として、また様々なトランスジェンダー当事者に会ってきた身としては、ほとんどのトランスジェンダー当事者は、未治療の状態でジェンダーアイデンティティに従って、トイレや更衣室に堂々と立ち入ろうとすることはないだろうと思っています。
「パス度」が高くない自分が周りから痛い視線を受けることは、身体の性別に従って生活することと同様に苦痛だからです。
一方で、私は身体的には女性で、普段は女性としてクローズドで生活していることもあり、女性が性犯罪に巻き込まれやすくなるような状況には、確かに懸念があります。
性犯罪被害者はそもそも声を上げづらいです。頑張って声を上げたとしても、セカンドレイプを受ける可能性もあります。そのうえ、声を上げることが「差別だ」と言われるようになったとすれば、性犯罪被害者はますます口を閉ざしてしまうでしょう。
差別禁止が盛り込まれたLGBT法案が国会を通ったとしても、性犯罪者には引き続き毅然として対応することが求められます。これは、性犯罪被害者をなくすためだけでなく、トランスジェンダー当事者を守るためにも重要なことです。
「トランスジェンダー枠」を設ければいいわけではない
トランス女性差別の議論で気になることがあります。
たとえば、トイレについては、男女のほかに「オールジェンダートイレ」を用意して、トランスジェンダーは「オールジェンダートイレ」を使うべきだという考えが見られました。これは真っ当な意見のように見えます。
しかし、トランスジェンダーが「オールジェンダートイレ」を使うということは、 ”自分はトランスジェンダーである” と暗にカミングアウトしているようなものです。だから「オールジェンダートイレ」は、実はあまり実用的ではありません。
数年前に「オールジェンダートイレ」がニュースになったとき、この「実用性のなさ」はLGBTQ当事者にはすぐに伝わったと思うのですが、マジョリティにはまだ理解されていないのだな、と改めて実感しました。
では、トランスジェンダー当事者は実際どのように対応しているのでしょうか。
「オールジェンダートイレ」も、男女で区分けされたトイレも使いづらいトランスジェンダー当事者は「だれでもトイレ」を使うことが多いと言われています。しかし、そうすると、一見すると身体的に「健常」な人が「だれでもトイレ」を使っている! と周りから目くじらを立てられることがあるのです。
男女で区分けされたトイレを使うと奇異の目に晒され、「だれでもトイレ」を使うと怒られる・・・・・・。
公共のトイレ使用についてだけでも、残念ながら明快な解決方法は思い浮かびません。トランスジェンダーのこうした生きづらさが多くの人に伝わって、少しでも解消されてほしいと切に願います。
同性婚法制化の必要性は本当に理解されているのか?
昨今の世論調査では、同性婚の賛成派は反対派を上回っている、などとよく耳にしますが・・・・・・。
立憲民主党が「婚姻平等法案」を衆院に提出
議論を呼んでいる「LGBT法案」。前に書いたことを振り返ると、「LGB(性的指向)」と「T(ジェンダーアイデンティティ)」をひとまとめに議論するから問題がややこしくなるのではないかと考えます。
性的指向に関わる問題とジェンダーアイデンティティに関わる問題は、分けて議論すべきです。(そのためにも、性的指向とジェンダーアイデンティティは別のものであるということからまず広く認知されてほしいものですが・・・・・・。)
では、性的指向に関わる問題ではどのような議論が行われているのでしょうか。
2023年3月6日、立憲民主党が、同性カップルでも結婚できるといった内容を盛り込んだ「婚姻平等法案」を衆議院に提出しました。
産経新聞社とフジニュースネットワークが2023年2月18、19日に行った合同世論調査では、過半数が同性婚の法制化に賛成しているとのこと。無党派では3/4以上に当たる76%以上が、自民党支持者でも60%以上が賛成しています。別メディアの世論調査でも、ここ1年ほどのものでは同性婚法制化に賛成している人の割合のほうが高い傾向にあります。
このため、立憲民主党の「婚姻平等法案」提出は好意的に迎え入れられていると、私は思い込んでいました。しかしながら、ふたを開いてみると、どうやらそうでもないようなのです。
同性婚法制化は、実は理解されていない?
立憲民主党が「婚姻平等法案」を提出したニュースについて、SNSやネットニュースのコメントでは国が取り組むべき課題の「優先順位」に対するコメントが多く見受けられました。少子高齢化、物価高といった経済問題など、同性婚法制化より優先すべき課題がほかにたくさんあるはず、というのです。
同性婚が法制化されても、異性カップルが不利益を被るわけではない。
それに、昨今はLGBTや多様性が “トレンド” になっていてポリコレも厳しいから、
同性婚は法制化されてもいいと思う(と言っておいたほうがいい)。
でも、同性婚が法制化されても自分にメリットはない。
もっと多くの人が関係する、優先すべき課題があるはず・・・・・・。
「同性婚に賛成」とはいっても、実際には「消極的」賛成派が大多数を占めているのかもしれません。
同性婚法制化に「積極的」に賛成する人は、今回の法案提出のニュースに対して声高に何かを主張する必要性がないため、法案提出に対してネガティブな意見ばかりが目に付いているという可能性は確かに高いでしょう。
しかし、それを差し引いても、今回のニュースによってマジョリティの「本音」が浮かび上がったなと個人的には感じました。
LGBTQとマジョリティの “距離”
「知識ある他人事層」に、LGBTQの困りごとを自分事として受け取ってもらえるようになるかがキーになると思っています。
LGBTQは別世界の話?
冒頭にも書いた通り、LGBTQに関する全国的な報道が肌感覚で急増している昨今を踏まえると、LGBTQ当事者や、当事者が抱える生きづらさに対する社会的関心は高まっていると言えるでしょう。
個人的には、日々の報道によって「知識ある他人事層」はますます増加しているのだろうと思います。「知識ある他人事層」とは、電通が2020年に発表した調査「LGBTQ+調査2020」のレポートで使われている言葉で、「LGBTQ+を知ってはいるものの自分事化できていない」グループを指します。
前に書いたような、同性婚法制化を優先順位の低い課題だと受け止めている人々は、まさに「知識ある他人事層」なのではないでしょうか。
「自分事」として理解できるかどうかは、経験と想像力しかない
それでは、どうしたら「知識ある他人事層」にLGBTQ当事者の生きづらさを「自分事化」してもらえるのでしょうか? 個人的には、経験と想像力でしか乗り越えられないと思っています。
経験とは、とどのつまりLGBTQ当事者からカミングアウトを受けることです。昔からの友人がある日、重い口を開くことがあるかもしれない。自分の子どもが実はLGBTQ当事者で、顔では笑っていても心では深く思い悩んでいる可能性もあります。身近にLGBTQ当事者がいることを知ると、その人の生きづらさにも目が向きやすくなり、「自分事化」に一気に近付くことでしょう。
ですが、「カミングアウトされるかどうかは自分ではコントロールできない。だから、周りにLGBTQ当事者がいるかどうかなんて分からない」と思考停止してしまわないように、「自分の身近な人のなかにLGBTQ当事者がいるかもしれない」と想像力も働かせてほしいのです。
「LGBTQ+調査2020」では、LGBTQ当事者の割合は8.9%ということでした。すなわち約10人に1人はLGBTQ当事者ということです。
自分の周りにLGBTQ当事者はいないと思っている人には、それは十中八九有り得ない、必ずいるはず、ただ分からないだけ、と伝えたいです。
LGBTQ当事者の一人として言わせてもらうと、「自分の周りにLGBTQ当事者がいるはずがない」という考えを持っている人かどうかは、こちらからは日々の言動で察しがつきます。そういう人に自分のセクシュアリティをオープンにしたいとは思いません。「自分の周りにLGBTQ当事者がいるはずがない」という考えを持っている人は、周りのLGBTQ当事者の存在に気付けない確率が高いと思われます。
LGBTQの存在が「真に」認知され、生きづらさが解消される日は、もう少し先の話になりそうです。
■参考情報
・どうして同性婚(Marriage For All Japan)
・「婚姻平等法案」を衆院に提出(立憲民主党)
・LGBT法案、同性婚法制化…自民支持層の過半数が賛成(産経新聞)
・電通、「LGBTQ+調査2020」を実施(電通)