以前の記事(NOISE「戸籍性別変更時の要件に違憲判決。トランスジェンダーへの差別感情が強まる?」)でもお伝えしたように、2023年に「戸籍の性別変更に必要とされている要件のうち、生殖不能要件は違憲である」と最高裁が判決を下しました。それ以降、トランスジェンダー男性が性別適合手術を受けずに戸籍の性別を変更する事例が、実際に何件か報道されています。
生物学的な性は、2つだけなのか?
「性の多様性」が語られるとき、多くの場合その「性」とは「社会的な性別」、すなわちジェンダーと言い換えられるものが多いように思います。
やまないトランスヘイト
性別違和(性別不合/性同一性障害)の診断を受けて、性別への違和感を和らげたいと思っているトランスジェンダー当事者の人々の実態は、ひとくくりにして語れるものではありません。身体的にも金銭的にも大きな負担がかかる性別適合手術は、やはり全員が全員「簡単に」受けられるものではないはずだからです。
そういった背景を考えると、トランスジェンダー男性が性別適合手術を受けずに戸籍上の性別を男性に変更することが可能になり、より安心して生活できるようになりつつあることは、トランスジェンダー当事者の一人として喜ばしいことだと感じています。
しかしながら、トランスジェンダーに関するニュースが全国的に報じられるようになっている一方で、トランスジェンダー当事者やアライを「攻撃」するトランスヘイトも、SNSを中心にあとを絶ちません。
SNSでトランスヘイトを目にしてストレスを感じているトランスジェンダー当事者やアライの人たちも、多いのではないでしょうか。
トランスジェンダー当事者やアライの人々を「性自認 “至上” 主義者」として非難する人たち。
「性の多様性」が語られるときには、ジェンダー(社会的な性別)に重点が置かれていることが多い一方で、「性自認 “至上” 主義者」を批判する人たちのSNSを確認すると「自然科学」、すなわち生まれ持った生物学的な性別を重視していることがうかがえます。
生物学的な性別は、性染色体が「XX」の女性、「XY」の男性しかいないのだから、まさに男性にも女性にも帰属意識のない私のようなノンバイナリー当事者など、有り得ない! という考えを持っているのだろうと思います。
しかし、生物学的な性別は、明確に2つだけに分けられるものなのでしょうか?
テストステロン濃度の “多様性”
性染色体に焦点を当てた性の実態としては、性分化疾患がよく挙げられると思います。ですが、今回は別の例としてテストステロン(男性ホルモン)に注目してみましょう。
アメリカの科学アカデミー(National Academy of Sciences)の発行する論文雑誌に掲載された調査結果によれば、唾液中のテストステロンの濃度が、男女ともに大きな個人差があることが分かりました。
たとえば、特に濃度の高い男性は、特に濃度の低い男性に比べると4倍近く差があります。また、なかには、男性よりも数値の高い女性もいるのです。
テストステロン濃度の例だけでも、生物学的な性別を「男/女」と二元論的に区別することが果たして「正しい」のか、少々疑念が生じませんか?
変化し続ける性別
歴史的に見ても、生物学的な性別が変化していることをご存じでしょうか。男性の有するテストステロンの量自体が、長い年月をかけて減りつつあると考えられているのです。
以前のNHKスペシャルで放送された内容によると、初期ホモサピエンスの男性は、それ以降の男性と比べてテストステロンの量が多かったことが、頭蓋骨の形から推測されているといいます。その理由として考えられることは、生活スタイルの変化です。
先史時代、狩猟・採集を主として生活を営んでいた人間は、狩りのために筋肉が必要であり、その影響でテストステロンの量が増えていきました。
ですが、やがて人間が集団生活を行うようになった過程で、攻撃的な性格になりやすいテストステロンが集団生活の障害となるため、テストステロンの量が多い男性は淘汰されたのではないか? と考えられているのです。
私は、これらの調査結果を知って「生物学的な性別は、男女の2つのみである」という概念にかなり疑問を感じました。みなさんはどう思いますか?
トランスヘイトが懸念する「性自認 “至上” 主義」
性の多様性への理解が広まっているからといって、今までのルールがすべて覆るわけではないはずです。
「自称」トランスジェンダーへの懐疑的な目が引き起こすトランスヘイト
記事の冒頭でも触れた、戸籍の性別変更に関する要件変更の動き。
最高裁の判例を受けて広がりつつある、性別適合手術を受けていないトランスジェンダー男性による、戸籍の性別変更申し立て。しかし、外見要件(性器の外観が、移行する性別に近似していること)は高裁に差し戻されたため、現状ではトランスジェンダー女性が性別適合手術なしで戸籍の性別を変更することは実質認められていない状態です。
しかし、この最高裁の判決を受けて、性別適合手術を受けていないトランスジェンダー女性も、いずれは「女性」のみが立ち入ることが許されている女性用更衣室や、公衆浴場の「女湯」に入れるようになる、と考えている人が少なくありません。
ですが、現状そのようなことは許されていません。いわゆるLGBT理解増進法が昨年施行されたことを受けて、厚生労働省が公衆浴場では「身体的特徴」に基づいて対応することを求める通知を出しています。
この通知に対して「トランスヘイトだ」とする言説を私自身は見たことがありませんし、私自身もこの通知には異論はありません。また、この通知を変えるべきだ! 性自認こそすべてだ! と声高に主張するというストリームも起こっていません。
身体的特徴をもとに区別する公共スペースのルールは、今後も変わらないと思われます。
「性自認 “至上” 主義者」の持つイメージと、実際のトランスジェンダー当事者の生活
2024年6月4日にNHKのEテレで放送された番組『虹クロ』では、トランスジェンダー男性だと自認している高校生2名が匿名で出演しました。
学校では一部の先生にカミングアウトしたうえで、教職員用のトイレを使ったり、着替える際は保健室を使ったりなど、女子生徒としてではなく、かといって男子生徒と同じでもない個別な対応をとっているといいます。
この事例を聞いて、これがトランスジェンダー当事者の「リアル」ではないか、と私は感じました。
生物学的な「男/女」のみの性別を重要視して、トランスジェンダー当事者やアライを「性自認 “至上” 主義者」として非難する人々は、あたかもトランスジェンダー当事者がこのような特別な配慮や移行段階を飛び越えて、性自認に沿って男性として生活することを声高に主張している! と捉えているように感じます。
ですが、実際のトランスジェンダー当事者は、性別違和と実際の生活との間で折り合いをつけているのです。社会的な性別移行の過程も、あくまでも “少しずつ” であることがほとんどです。
「特別」が「普通」になるまで
今は、性の多様性への理解が広まっている過渡期だと考えています。
「特別」扱いにモヤモヤ
先ほど紹介したEテレ『虹クロ』では、トランスジェンダー当事者である高校生たちが、学校側から個別に対応されていることについて、「ありがたいけれど微妙」とも発言していました。一人だけ個別に扱われていることに対して、思うところがあるようです。
周りと違う対応をされていることに居心地の悪さを感じて、本当は「普通」に生活したい、と願う気持ちは分かります。
ですが、シスジェンダーが大多数≒普通である社会自体は、おそらくこれからも変わらないでしょう。そのなかで少数派のトランスジェンダーが、シスジェンダーとまったく同じ「普通」を享受することと、性自認に合わせた生活を両立させることは難しいのではないか?・・・・・・これが、今の私の正直な気持ちです。
かといって、今回番組に出演したトランスジェンダー男性の高校生たちのように、未来のトランスジェンダー当事者の学生たちも、同じような居心地の悪さを感じ続けないといけないのか? というと、それも切ないですよね。
「特別」が特別でなくなるまで
性の多様性が認知されるようになって、Eテレ『虹クロ』に出演した高校生のように、学校側から個別に対応してもらえているトランスジェンダー当事者の学生が、テレビで発信できる時代になりました。
思い返してみれば、ひと昔前である私の高校時代では、性の多様性やLGBTQなど、もちろん世間的に認知されていませんでした。まして、このような個別対応を学校側に求めるなど、到底思いつきもしませんでした。
そう考えると、今はまさに性の多様性が広がって、トランスジェンダー当事者への「特別」な対応例が少しずつ可視化されている「過渡期」なのではないでしょうか。
トランスジェンダー当事者への対応が「当たり前」のことではないから「特別」扱いをされているように感じてモヤモヤを抱くことは、もうしばらくの間は続くかもしれません。
ですが、今回TV出演したトランスジェンダー当事者の高校生たちのように、勇気をもって発信してくれる人が少しずつ増えることで、いつか「特別」な対応ではなく、「当たり前」。
すなわち「普通」のこととして社会に馴染むのではないか・・・・・・。トランスジェンダー当事者の一人としては、前向きに考えたいですね。
■参考情報
・Gender differences in financial risk aversion and career choices are affected by testosterone(PNAS)
・ジェンダーサイエンス(1)「男X女 性差の真実」(NHK)
・“男女別”“LGBTQ+特別扱い” 学校生活のモヤモヤ(NHK Eテレ)