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Writer/Jitian

「アメリカで性別欄『X』のパスポートを発行」に思うこと

2021年10月27日、アメリカ国務省が、男女どちらでもないことを示す記号として性別欄に「X」と表記したパスポートを初めて発行したと発表しました。このニュースは日本でも重要なトピックとして全国的に取り上げられました。

アメリカのパスポートにおける性別欄の扱い

まずは、今回のパスポート性別欄のニュースがどのようなものだったのか、改めて振り返ります。

訴訟を起こし、ようやくたどり着いたアメリカでの性別欄「X」のパスポート

日本も含め、世界の多くのパスポートの性別欄は男性(M)か女性(F)かの2択です。

この現状に対して、2015年に男女どちらでもない性別として「X」という表記を認めるようアメリカ国務省に訴訟を起こしたのが、今回アメリカで性別欄が「X」のパスポートを初めて手にした Dana Zzyym さん。ノンバイナリーのアクティビストの方です。ちなみに、ノンバイナリーというと若者なイメージがありますが、この方は66歳の高齢者です。

ノンバイナリーとして生活している人が増えてきている現状を踏まえて、アメリカ国務省が「配慮」して行った施策ではなく、ノンバイナリー当事者の訴えによって変わったということは、重要なポイントです。

アメリカでは証明書なしでも任意でパスポートの性別を選べる

現在、アメリカでは証明書なしでも自分の申告した性別でパスポートを発行できるようになっています。「X」についても、システムの変更が終わり次第、誰でも自由に選択できるようになる予定です。

トランプ前大統領のときには、トランスジェンダーがアメリカ軍に入隊したり所属したりするのが厳しくなるような、由々しき事態が起きていました。世界で最も権力のある人物が、トランスジェンダーへの差別意識を制度として世界中に表明することにより、アメリカで、ひいては世界中でトランスジェンダー差別が助長されるのではないかと、トランスジェンダーの一人として不安を覚えていました。

しかし、バイデン大統領に変わったことで、トランスジェンダーの生きづらさも少しずつ解消される方向に変わりつつあることに、まずはひと安心です。

実はほかにもあった、「第3の性」を選べる国や地域

性別欄が男女以外も設けられているパスポート自体は、実はすでに存在していました。

性別欄「X」のパスポートは、アメリカが初めてではない

私も今回調べてみて初めて知ったことですが、実はパスポートの性別欄で「第3の性」が選べるようになったのは、アメリカが初めてではありません。カナダやオランダ、イギリスなどでもすでに認められています。

もう少しすそ野を広げて「公的書類で『第3の性』を認めている国や地域」を探すと、アジアでも意外と広まっています。

LGBTQに寛容なイメージのあるタイや、アジアで初めて同性婚を法制化した台湾だけでなく、階級差別が根強く残っているイメージのあるインドやネパールでも「第3の性」が認められているのです。

ただし、広義の意味でのトランスジェンダーや「第3の性」の呼び方は各地で異なるので、表記は必ずしも「X」ではありません。

世界の実情に目を向けてみると、欧米だけでなく、世界各地で「第3の性」に対する取り組みが、想像よりもずっと進められていることが分かりました。

それに比べて、LGBT差別禁止法を国会に提出することすらままならない日本は、やはりジェンダー意識が遅れていると言わざるを得ません。

アメリカでの性別欄「X」のパスポートは、性分化疾患の人向けのものではない

今回アメリカで初めて性別欄が「X」のパスポートを受け取った Dana Zzyym さんは、性分化疾患でありノンバイナリー自認の方ですが、性分化疾患かつノンバイナリー自認でないと性別欄が「X」のパスポートを発行できないというわけはありません。生まれの性別や証明書の有無に関係なく、誰でも希望する性別を選べます。

そもそも、性分化疾患の方のジェンダーアイデンティティは必ずしもノンバイナリーやクィアなわけではなく、男女どちらかで定まっている人が多いです。そのことを考えると、自分の意思とは関係なく身体の性別で他者にジェンダーを決められるのは、やはりおかしいと感じます。

身体の性別が男女どちらなのかということが、社会的にも必ずしも重要ではなくなってきているのではないでしょうか。

「Xジェンダー」が英語として認知されたわけではない

英語圏では、男女どちらでもないジェンダーアイデンティティは、変わらず “non-binary” と呼ばれているようです。

“X gender” が世界的に使われるようになった?

日本では、男女どちらでもないジェンダーアイデンティティのことは「Xジェンダー」とよく言われていますが、これは和製英語です。英語圏で「Xジェンダー」と言っても、まず理解してもらえないと思っていたほうがいいでしょう。

ただ今回、アメリカのパスポート性別欄で、第3の性の表記として「X」が採用されたのは、「X」の持つ意味を、日本の「Xジェンダー」と似たように解釈した結果だと、私は考えています。

英語圏での「X」は、日本語で言うところの「○○」や「ほにゃらら」のように、そこに入るものが何か分からないときに代用される文字でもあります。男女どちらでもない、いわば性別が分からないというという状態を表すアルファベットとして最も適していたのが「X」だったということなのでしょう。

“Non-binary” と ”gender non-conforming”

今回のアメリカのパスポート性別欄のニュースを英語の記事で読むと、アメリカ国務省の対応は “Non-binary” や ”gender non-conforming” 向けのものである、ということが書かれていました。

”gender non-conforming” とは、ジェンダー規範に ”conform” (従う)ことをしない、ジェンダー規範に異議を唱えるスタンスの人を指す言葉だそうです。

また、”gender non-conforming” の人は、必ずしもジェンダーアイデンティティが男女どちらかではなかったり、トランスジェンダーだったりするわけではないようです。あくまでも、例えば「化粧やスカートは女性のもの」「男性が外で働き、女性は家を守る」といったジェンダー規範に疑問を持っている、従わないということなのです。ジェンダーニュートラル、ジェンダーフリーをもっとアグレッシブにした印象を受けました。

自分のジェンダーアイデンティティに関係なく、ジェンダー規範に異議を唱えているからというだけで、パスポートというかなり重要な公的書類の性別欄を「X」にするというのは、なかなか考えにくい気がします。

しかし、いずれにしろ、証明書がなくても自分の申告だけで性別欄の表記を選べるので、ジェンダー規範に従いたくない(公的書類という「他者」によって男女どちらにカテゴライズされたくない)から性別「X」を選ぶ、という選択も可能なことには変わりありません。

アメリカでの性別欄「X」のパスポートが日本へもたらす影響

全国的なニュースとして取り上げられただけでも、日本にも大きな影響があったと言えるでしょう。

LGBTQが、世の中の大きな関心事の一つになってきている証

アメリカで性別欄「X」のパスポートが発行されたニュースは、LGBTQコミュニティだけではなく、全国的なニュースとして新聞や地上波の番組でも取り上げられていました。そのこと自体が、幅広い視聴者がLGBTQに関心を向けている証でもあります。

加えて今回、男女どちらでもないジェンダーアイデンティティの存在や「Xジェンダー」という言葉が、巨大な影響力を持つアメリカという国で認められたという後ろ盾をもって、今まで「第3の性」「Xジェンダー」「ノンバイナリー」など考えもしなかった日本人の頭の片隅に少しでも入り込んだということは、とても大きなことです。

日本でも公的書類に「第3の性」を

日本においても最近、何気ないアンケートの性別欄で、「男女」以外に「その他」「無回答」といった3つめの選択肢が設けられていることが増えたように感じます。もしくは、性別欄はあるものの、任意回答として回答しなくてもいい項目になっていることもあります。これは、性別欄を設ける意義や男女のみで分ける性別二元論を見直している人が増えているということの現れでしょう。

性別を問われることそのものに嫌悪感や違和感を強く覚えている人の中には、こういった対応はあまり意味がないと捉える人もいると思います。しかしながら、私自身はこの変化を「過渡期の変化」としてひとまず歓迎しています。実際に私は、できる限り3つめの選択肢を選んだり、性別を回答しないようにしています。

ただ、やはり公的書類では性別欄が「男女」しかありません。医療では性別が「男女どちらか」という情報は重要なので仕方ないと思うものの、ちょっとした自治体への申請などでも性別欄が当然のように存在していると「これ、情報として要るのかな?」と、どうしても疑問を感じます。

こういった昔からの名残で、当たり前のようにある公的書類の「男女どちらかのみの性別欄」や「性別欄の必要性」そのものの見直しが進んだらいいなと、今回のニュースを見て強く思いました。

あらゆる差別や生きづらさの解消は、まず当事者の存在を認知することから始まります。ノンバイナリーを含む「LGBT」以外のセクシュアルマイノリティの認知が広まるのも、そこまで先の話ではないかもしれません。

 

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