2021年1月21日、朝日新聞に掲載された広告に、衝撃を受けました。『“ 女性初 “
が、ニュースなんかじゃなくなる日まで』これまで、「女性初」という言葉を聞くたびに、私のなかでもやもやとした気持ちが渦巻いています。
世界と日本のジェンダー事情
冒頭で紹介した広告は、MEISON ABLE(メゾンエイブル)がおこなっているジェンダー格差をなくすための活動について記載されたコピーです。このコピーを見て腑に落ちたというか、納得がいったのです。「女性初」「男性初」と、大きく報道される現代社会のジェンダーについて、LGBT当事者が考えてみました。
女性初のWTO事務局長が誕生?
近年は女性の社会進出が進み、「女性初」との報道を目にする機会も増えました。世界では、2021年に入ってから、アメリカ副大統領とパートナー、そして、WTO事務局長と立て続けにジェンダーレスのニュースが舞い込んできています。
ジュネーブ/ワシントン共同通信は、世界貿易機関(WTO)の次期事務局長として、ナイジェリアのオコンジョイウェアラ元財務相の就任が、確実視されていると報道しました。承認されれば、WTO初の女性事務局長が誕生します。
また、WTO事務局長にアフリカ出身者が就任するのも初であることから、大々的に報じられました。
そして、世界、日本で話題となった、近年の「女性初」「男性初」の報道はほかにもあります。
アメリカ女性初の副大統領と男性初のセカンドジェントルマン
2020年のアメリカ大統領選挙の結果、2021年1月20日に女性初のアメリカ副大統領が誕生しました。カマラ・ハリス新副大統領は、就任が決まったときの演説で、「ジェンダーは関係ない」と語りました。そして、「私が最後ではない」とも。
この演説は、ジェンダー差別に苦しんだ多くの人々の心に響いたことでしょう。私もカマラ・ハリス氏の力強い言葉に、大きな感銘を受けました。
また、もう1つ注目を集めたのが、カマラ・ハリス新副大統領のパートナーであるダグ・エムホフ氏。女性初の副大統領が誕生したということは、男性が副大統領の配偶者となるのも初めてです。アメリカ初のセカンドジェントルマンとして、大きく報道されたのです。
日本では2016年に女性初の東京都知事が選出
日本はというと、2016年に女性初の東京都知事として、小池氏が選出されました。実は、女性が初めて都道府県知事に就任したのは、2000年の大阪府知事・太田氏でした。
首相に女性が選出される国が増えるなか、日本では2021年2月時点で、都道府県知事に戸籍上の女性は2人だけ。ジェンダーレス社会へは、まだまだ遠いと言わざるをえないでしょう。
「女性初」「男性初」の違和感の正体
「女性初」「男性初」とのニュースは嬉しい反面、違和感を抱く人もいるのではないでしょうか?
私はLGBT当事者として、ジェンダーレスの社会を目指しているのに、性別を大きく取り上げることに違和感があります。ここでは、そんな違和感の正体について考えてみました。
性別を2つに区別することへの違和感
まずは、「女性初」「男性初」という言葉自体に対する違和感です。男性・女性と区別することは、ジェンダー差別、そしてLGBT差別になるのではないでしょうか。
さまざまな性があるなか、男性と女性の2つに分けることは無理があるように思います。そもそも、性の多様性が認知され始めている社会で、報道機関が大々的に男性・女性と区別することがおかしいのではないでしょうか。
また、本当の性別を隠して生活している人も少なくないでしょう。生まれたときの性別で生活しているトランスジェンダーが、「男性初」あるいは「女性初」と言われる苦痛は、計り知れません。
違和感として考えられる1つの理由は、性別を2つに分ける言葉として、「女性初」が使用されているためです。
「女性初」と報道されることへの違和感
違和感の正体の2つ目は、性別に注目して報道される点にあります。
本当にジェンダーレスと言いきれる社会なら、冒頭の広告が訴えるように、「女性初」との報道は不要です。本来であれば、就任そのものに関して報道されるところを、性別ばかりがクローズアップされていることに、違和感を覚えるべきでしょう。
性別・出身地・セクシュアルが、突出した状態で報道される社会に、疑問の目を向けていかなくてはいけません。
ベルギー副首相がMtFであることは報道されなかった
実は、ベルギーの副首相は、MtFであるとカミングアウトしています。しかし、ベルギーの副首相がトランスジェンダーであることは、ベルギー国内でほとんど報道されなかったと言われています。
2020年10月にベルギーで新内閣が発足し、副首相としてペトラ・デゥスッテル氏が任命されました。「ベルギーでMtF初の入閣」と、外国メディアで取り上げられるなか、ベルギー国内で特段の話題にならなかったことは、各国が見習うべき点です。
「MtFの副首相」ではなく、「優秀な副首相」として扱われることの大切さは、LGBT当事者なら理解してもらえるのではないでしょうか。
「女性初」「男性初」の言葉からLGBT差別を考える
確かに、「女性初」「男性初」という言葉、そして2つの性別に分けることへの違和感は拭いきれません。しかし、「初」という言葉の裏には、ジェンダー格差のあったこれまでの社会が変化しているという事実があります。この変化がジェンダーレス、ひいてはLGBT差別のない社会に、必要な段階であると私は考えています。
「女性初」「男性初」「トランスジェンダー初」の報道が、なぜLGBT差別がなくなることにつながるのかを考えてみましょう。
ベルギーではなぜ「MtF初」と報道されなかったのか
ベルギーの副首相、ペトラ・デゥスッテル氏が、ベルギー国内でMtFであることを強調して報道されなかったのには理由があります。公用語が3つ、2つの民族、そして移民が入り混じるベルギーは、多様性を尊重する国柄だからです。
内閣も、平均年齢44歳で、性別・人種にとらわれない人選を実現しています。そのなかに、MtFの副首相が入っても、なんら違和感がなかったのでしょう。国民もメディアも、彼女の入閣に疑問を持つことなく、ただの1人の人間として見ている点を、日本も含めた海外メディアは見習わなくてはいけません。
「女性初」「男性初」の報道が増えるとどうなるのか?
「女性初」「男性初」との報道は、その業種や業績において、ジェンダーレスが進んでいることを意味します。性別や人種を超えて、新しい活動の場を広げていく人が増えることに繋がるでしょう。そして、特定の性別・民族を、クローズアップして報道する意味がなくなり、将来的には「女性初」などという言葉が使われなくなります。
これは、LGBT差別にも関係することです。ジェンダーレス社会になれば、トランスジェンダーはもとより、LGBT全体が認知され、住みやすい社会に近付くでしょう。だからこそ、「女性初」「男性初」との報道は、忌むべき言葉ととらえずに、LGBTの社会進出に必要な段階であると、私は考えています。
LGBTがクローズアップされない社会を目指す
ベルギーの副首相のように、取り立てて珍しくもないと判断されれば、性別やセクシュアルは報道すらされません。性別や出身地、セクシュアルがクローズアップされない社会こそ、私たちが目指すものなのではないでしょうか。
各市区町村がパートナーシップ制度の導入を始めたことにより、近年LGBTへの関心が高まっています。「LGBTである」ということを強調して取り上げる報道や、エンターテインメントも増えていくでしょう。しかし、いつかはLGBTという言葉すら、使われなくなるような社会になることを祈っています。
LGBTの社会進出を目指して
大手企業のなかには、LGBTフレンドリーを掲げる会社もあります。LGBT当事者自らが、周囲にカミングアウトをして生活するのは、まだまだ難しい世の中です。企業のほうから、「LGBTでも仕事での差別はしない」と言ってくれることは、非常に心強く思います。
しかし、LGBTの社会進出は、まだこれからという段階です。ここでは、日本でのジェンダー格差と、LGBTの社会進出について考えてみました。
ジェンダー格差はなくなってきている?
「女性初」「男性初」と報道される日本の実情を残念におもう一方、ジェンダー格差がなくなってきていることも実感します。
しかし、世界経済フォーラムによると、男女格差を数字に示したジェンダー・ギャップ指数において、日本は153か国のなかで121位でした。他国のジェンダー格差がなくなってきていることに加えて、日本の格差改善が進んでいない事実が浮き彫りになりました。
LGBT差別を減らすためにも、ジェンダー格差問題は注目すべき問題です。
日本におけるLGBTの社会進出はまだまだこれから
日本では、芸能界でLGBTを公言する人たちの活躍が目立っています。LGBT当事者のメディア露出が増え、LGBTが認知・理解に繋がる機会が多くなることは、とても喜ばしいことです。
しかし、カミングアウトせずに働いている人が多いのが、現実ではないでしょうか? 私自身、勤めていた会社で、カミングアウトしたことはありません。隠さずに生活したいですが、もし差別されたらと考えると怖さのほうが勝ってしまいます。
国会議員では、2013年に尾辻かな子氏が、日本初の同性愛者を公言した国会議員となりました。その後、複数名の議員がLGBTであることを公言して公務に就いています。ニュージーランドでは、LGBTをオープンにしている国会議員が10%に達したとのことですから、日本国内でのLGBTの社会進出は、まだまだこれからと言わざるをえないでしょう。
「女性初」「男性初」「LGBT初」と報道されない社会へ
特定の性別をクローズアップして報道することに、違和感を覚えます。「女性初」「男性初」との言葉の裏には、ジェンダー問題をはらんでいるのではないでしょうか。この言葉自体が、戸籍上の性別と、外見上の性が異なる人に苦痛を与える差別的な表現にも思えます。
しかし、ジェンダーレス社会に近付くには、性別を超えた社会進出が欠かせません。その過程において、「女性初」「男性初」という言葉が使われるのは、ある程度許容しなくてはいけないのではないでしょうか。その先に、LGBTへの差別のない社会が待っていることを願って。