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Writer/Jitian

トランスジェンダーの名前、呼び方、呼ばれ方問題

トランスジェンダーにとって、名前は日々直面する問題の一つと言っていいでしょう。それと同時に、自分のことをどう呼ぶか(1人称)について悩む機会も少なくないと思います。また、英語圏を中心とした海外のノンバイナリーの場合は、他人からどう呼ばれるか(3人称)がよく問題になりますよね。今回は、自分の経験を通しつつ、トランスジェンダーと名前、呼び方、呼ばれ方(代名詞)について考えます。

トランスジェンダーの改名

ジェンダーアイデンティティが無性の私は、「もし自分の名前が中性的なものだったらなあ」と思ったことが、これまでの人生で何回もあります。

ひと昔前の名前

ノンバイナリーである私の本名は、末尾に「子」が付くものです。字面だけで女性名だと分かります。

親や親戚が、由来や字画などを考えて付けてくれた名前であることは確かです。読みだけが同じ芸能人はインテリ系の人が多く、どことなく知性や品格が感じられるので(笑)、本名は決して嫌いではありません。

しかし、それでも物心がつくにつれて、名前だけで女性だと分かってしまう自分の名前に、だんだんと残念な気持ちになったことは否定できません。今でも、公的書類などに名前を書くたびにもやもやしています。ただ、改名したい、せめて通称名だけでも変えてやろうか、とまで思ったことはありません。

トランスジェンダーが改名するには?

いざ改名すると言っても、色々なアプローチがあります。

最も手っ取り早いのは、読みを変えることです。現状の法制度では、戸籍には名前の読みが登録されていないので、読みだけであれば自分の好きなように変えることは可能です。ただ、最近は字面だけではどういう読みか分からない、いわゆる「キラキラネーム」が増えてきたことから、今後は読みの登録も検討される可能性が出ているそうです。

次に考えられるのは「通称名」を使うことです。例としては、公的でないサービスなどの登録名を自分の好きな名前に変えるといった方法が考えられます。学校や職場などで「通称名」を使えるかどうかは環境によります。

最も難しいのが、戸籍の名前の変更です。
家庭裁判所での手続きが必要になります。

ただ、トランスジェンダーで戸籍名の変更を希望される人は、同じタイミングで戸籍の性別も変えることが少なくないのではないでしょうか。改名の際には「正当な理由」があるかどうかが一つポイントになりますが、トランスジェンダーであることは「正当な理由」の一つであると捉えられます。それと同時に変えたい名前を通称名として使ってきた実績を証明できれば、大きなハードルにはならないと思われます。

自分で決めるニックネーム

LGBTQの交流イベントに参加すると、よく自分で呼ばれたい名前やニックネームを決めますよね。

中性的な名前へのあこがれと、実際に呼ばれたい名前の差

私がLGBTQの交流会といったイベントに積極的に参加するようになったのは、社会人になってからでした。ニックネームを自分で自由に決めて、周りにはっきりと伝えるという経験をしたのも、このときが初めてでした。

学生時代にLGBTQのイベントに数回だけ参加したときには、小中学生のときにマンガを描いていたときのペンネームから採用した、本名とまったく関係のないあだ名「光(ひかり)」を使っていました。これは、小さい頃に漠然と抱いていた中性的な名前に対するあこがれから作ったもので、そこそこ気に入っていました。

しかし、社会人になってから参加した際には、果たして「光」を使うのが自分にとってベストなのだろうかと、少しもやりました。もちろん、まったく新しいニックネームを自分で付けることで、初めて本来の自分が解放される、ありのままでいられるという人もいるでしょう。ただ、私の場合は、この場では本名をきれいさっぱり忘れたい! とまではどうしても思えなかったのです。

苗字だけなら、心の負担が軽くなる

あれこれと考えた結果、私は苗字のみ明示することとしました。そうした理由は2つあります。

第一に、LGBTQイベントに参加している間だけ名前をきっぱり変えるということは、普段の生活では完全にシスヘテロのフリをするというふうに思えました。性別は生活に密接にかかわるものです。私はそうやって割り切ることは、ちょっと違うのではないかと思ったのです。

第二に、社会人として就職した企業は、当時社員50名弱の小さな会社にもかかわらず、たまたま私と同じ苗字の人が何人もいました。そこで便宜上、私は基本的に職場では下の名前で呼ばれました。

そのため、「子」のつく女性的な下の名前と “顔を合わせる機会” が格段に増えていました。LGBTQイベントの間くらいは下の名前と距離を置きたかったのです。苗字で呼ばれる分には “中性” を含めて性別を感じることがないため(私のジェンダーアイデンティティはあくまで無性です)、名前との距離感が一番ちょうどよかったです。

トランスジェンダーの1人称問題 “自分で自分のことを好きなように呼びたい”

自分のことを「俺」と言ったときの、周りのドン引きした様子は、今も忘れられません。

「私」か「僕/俺」で悩むトランスジェンダーは多い

トランスジェンダーにとっては、どういう名前で呼ばれるかだけなく、自分のことをどう呼ぶか、つまり1人称についても頭をもたげることが多いのではないでしょうか。かくなる私もその一人でした。特に、学生時代は1人称を模索する日々でした。

幼少期は「私」と言っていましたが、小学校の半ばで、一時的に「僕」になりました。その後長らく「うち」で定着し、高校と大学では「自分」と言っていました。

今は「私」と言うことが多いです。しかし、それは社会人になって「私」と言うのが、男女関係なくフォーマルな呼び方だから、と妥協できるようになったからにすぎません。社会的なジェンダーアイデンティティを女性と認識したうえで「私」と使うのは、今でも抵抗があります。トランスジェンダー男性(FtM)や、女性の身体をもって生まれてきたノンバイナリーの方の中には、きっと同じような葛藤を抱えている人も少なくないと思います。

逆に、トランスジェンダー女性(MtF)や、身体的には男性のノンバイナリーの方は、学生のうち(特に小学生など、子どものとき)から自分のことを「私」と言ったことによって、「オネェ」「おかま」と揶揄された経験をお持ちの人もいるのではないでしょうか。

しかし、そういった方も、成人すれば敬語として自分のことを「私」と言うことがごく当たり前になり、他人に「何で男性なのに自分のことを『私』って言うの?」と指摘されることもなくなり、気が楽になったという人もいるはずです。

「俺」は絶対に口にしてはいけない

私は、学生時代は正直に言うと本当は自分のことを「俺」と言いたかったです。今もまだそう思っていますし、独り言では「俺」を使うことが多いです。

しかし、外では言わないように気を付けています。というのも、小学校高学年のある日、ぽろっと「俺」と口走って周りにドン引かれたことがありました。男子は特に一様に驚いていました。

当時、私は男子と遊ぶことの方が多かったので、そもそも自分は女子だとあまり捉えられていないだろうと考えていました。しかし、実際はそうではなかったようです。

そのとき、「自分が思っている以上に、周りは自分のことを女子だと思っているらしい」とショックを受けました。また、「自分が自分のことを『俺』って言うことは、周りは予想以上に受け入れられないことなんだ」と学びました。それ以降、私は「俺」と言わないように努力し続けました。幼少期にこういう苦い経験を持っているトランスジェンダーは、やはり少なくないでしょう。

トランスジェンダーの3人称問題

セクシュアリティが多様な海外、国内のLGBTQのイベントの動画を見ていると、ノンバイナリー・LGBTQ当事者に限らず、呼ばれたい3人称(pronoun)を他者が分かるように明示することが多いようです。

英語などでよくあるトランスジェンダーの3人称問題

英語を含む外国語(主に欧米系)になると、1人称は “ I ” のみで済んで楽そうだなと感じます。一方で、外国語では3人称の問題がありますよね。海外のトランスジェンダーアクティビストのSNSのプロフィールを見ると“they/ them” など pronoun(代名詞) が明示されていることが多いです。

1人称は自分で選び取るものです。周りがどう受け取るかまではコントールできなくても、自分で選ぶことは可能です。

しかし、3人称は相手が自分のことをどう認識し、どう呼ぶかという問題です。自分だけではどうにかできないところが難しいです。3人称を指定しているトランスジェンダーを見かけるたびに、自分だったらどうするだろうなといつも考えされられます。

私は今まで、計1か月半ほど英語圏に滞在したことがあります。滞在中でも、カムアウトはせずシス女性として生活したので、周りからは “she/ her” を使われました。しかし、そのときのことを今思い返してみると、“she/ her”を使われたときの感覚は、前職で下の名前で呼ばれていたときと同じでした。訂正するつもりもない分、常にもやもやが残る状態でした。

当時はまだ、ノンバイナリーが “they/ them” を使ってほしいことがあることは、それほど浸透していませんでした。しかし、いつかまた海外に長期間滞在することがあれば、今度は “they/ them” を使ってもらえるよう伝えてみるのも手だなと考えています。

トランスジェンダーやノンバイナリーの代名詞?

今回、“they/ them” が英語圏でどういう風に使われているのか、改めて英英辞典をいくつか調べてみました。

日本の英語の授業で学ぶ通り、やはり一番ポピュラーな使い方は3人称複数を表す場合です。しかし、Oxford Leaner’s Dictionaries には、以下のような表記がありました。

People who are non-binary (= do not identify as either male or female) also often prefer to be referred to as they.

*訳:ノンバイナリーの人(男性とも女性とも自認していない人)も、自分のことを呼ばれる際にはthey を使われることをよく好む。

これは、言語学レベルで、“they/ them” がノンバイナリーを指す単数代名詞として使用されるケースが認められつつあるということの表れでしょう。

もちろん、ノンバイナリーの当事者が全員 “they/ them” の3人称を望んでいるわけではありません。しかし、近い将来、日本の英語教育でも “they/ them” の使われ方の一つにノンバイナリーの人を表す、という項目が追加される日が来るかもしれません。

名前の流行りや言葉の使われ方は、時代によって刻々と変化していきます。名前から読み取れるジェンダーも、日本語の1人称や海外の3人称から受けるジェンダー観も、いずれ大きな問題にならない時代がきたらいいなと、ノンバイナリーの一人として思います。

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