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父に教わった山歩きが生き甲斐に変わった。トランスジェンダーの道は1つじゃない【前編】

「10代の頃は、ただただ闇の中を歩いていた」と、佐藤有希子さんは話す。長く抱えてきた違和感の正体に気づいたのは、21歳のとき。立ち寄った書店でトランスジェンダーに関する記述を目にしたことがきっかけだった。手術をして本来の自分を取り戻したいという気持ちを常に抱えてきた。そんな佐藤さんが「トランスジェンダーの数だけフェーズがある」という考えに至ったのは、つい最近のこと。

2020/05/13/Wed
Photo : Mayumi Suzuki Text : Sui Toya
佐藤 有希子 / Yukiko Satoh

1978年、埼玉県生まれ。アウトドア好きな父に連れられ、子どもの頃から近所の山を登っていた。24歳のときに性同一性障害の診断を受けたものの、両親の理解を得られなかったことから手術を諦め現在に至る。2016年から趣味でロング・ディスタンス・ハイキングを始めた。その縁があり、2019年から地域おこし協力隊として長野県に移住。

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INDEX
01 山に登る
02 密かな想い
03 女子は入れません
04 初恋の苦み
05 現実的な未来
==================(後編)========================
06 21歳、トランスジェンダー
07 羨望と嫉妬
08 2度の転職
09 趣味を仕事に
10 いまの自分が正解

01山に登る

憧れの3大トレイル

2016年から、ロング・ディスタンス・ハイキングと呼ばれる長距離の道歩きを始めた。

登山のように、山の制覇を楽しむのではなく、長い距離をひたすら歩くことを楽しむ旅だ。

自分のようなハイカーにとって、アメリカのアパラチアン・トレイル、パシフィック・クレスト・トレイル、コンチネンタル・ディバイド・トレイルの3大トレイルは憧れそのもの。

2018年に意を決し、半年間かけて、そのうちの1つを歩いてきた。

大自然の中を1人で黙々と歩いていると、時に、瞑想状態に陥ることがある。

目はしっかり前を向きつつも、思考は心の深い場所へ向かっていく。

異国の道を一歩一歩踏みしめながら、自分との対話を重ねた。

先へと続く道を歩きたい

埼玉県西部に生まれ育ち、子どもの頃から山が身近にあった。

「父がアウトドア好きで、幼稚園に入る前から、山に遊びに連れて行ってもらっていました」

「最初はハイキングのような感じで、慣れてきたら登山をするようになりましたね」

行くのはいつも、家から電車で気軽に行ける近所の山。

歩いて山頂を目指すトレッキングが主で、沢登りやクライミングのような技術が必要な山登りをしたことはない。

「当時は楽しさ半分、イヤイヤ半分だったんです、山登りにつれて行かれるのが(苦笑)」

「とにかく登りがつらかったんですよね」

「でも、山頂に着いたらお弁当が食べられるし、山を降りたらジュースやアイスを買ってもらえるんです」

「それにつられて毎回出かけてました(笑)」

家族で山登りをするとき、よく行くコースがあった。

スタート地点から山頂まで登り、同じルートを帰って来る、いわゆる「ピストン」と呼ばれるコースだ。

その山にはトレッキングコースがいくつもあり、山頂に出た後、尾根を伝って長く歩ける縦走コースに出ることもできた。

「あるとき、父親が『ここから一人で縦走してくる』って言い始めたんですよね」

「『お前らは先に電車で帰ってろ』って言われて・・・・・・」

「母と一緒にしぶしぶ帰ったけど、自分もそのコースを歩いて遠くまで行ってみたいと、強く思ったことを覚えてます」

家族の印象

父は絵に描いたような亭主関白で、「昭和の父」を体現するような気性の持ち主だった。

少しでも口答えをすると、ものすごい剣幕で怒られる。

「女の子だったけど、げんこつが飛んでくることもありましたね」

そんな父とは対照的に、母は楽天的な性格。

人にも物にもあまり固執しないタイプで、強く主張はしない。

「色々と悩みがあったと思いますが、それを表には出さずに、さらりと受け流してましたね」

兄弟は7歳上の兄が1人。

やさしい性格でよく面倒を見てくれたが、もちろん、同級生と遊ぶほうが楽しいに決まっている。

「一緒に遊ぼうとして、兄たちの輪に入っていくと、邪魔者扱いされるんです」

「こっちは遊んでほしいから、食ってかかるんですけど。いつも、ポイってつまみ出されてました」

02密かな想い

ピアノは断固拒否

幼稚園では、希望すれば、クラブ活動に参加することができた。

用意されていたのは、サッカーとピアノと、お絵描きのクラブ。

「本当はサッカークラブに入りたかったんです。でも、男の子ばかりだったから、母に遠慮して言えなくて・・・・・・」

クラブの見学会のとき、母はピアノの教室を見に行こうとした。

「自分ではよく覚えてないんですけど、母親の袖をつかんで、泣きながら止めたそうです(苦笑)」

ピアノを弾くことに対して、これっぽっちも興味が湧かなかった。
クラブの参加者が、女の子ばかりだったのも嫌だった。

「ここに入れられたらこの世の終わり、みたいな気持ちでした(笑)」

「絵を描くことも好きだったので、結局、お絵描きクラブに入ったんです」

女の子に囲まれた!

家の近所の友だちは男の子ばかりで、野球やサッカーなど、外遊びをすることが多かった。

幼稚園では男女分け隔てなく仲良くしていたが、ある日突然、クラスの女の子たちに囲まれたことがある。

「ボス格の女の子を中心に、漫画みたいに徒党を組んで、ザッザッザッとこっちに向かってきたんです」

「言いたい放題言われて、嫌な思いをしたことを覚えてますね」

悪いことをしたわけでもないのに、勝手に言いがかりをつけられている。

そう考えると無性に腹が立った。

ボス格の女の子に向かって冷静に言い返す。

「何て言い返したかは記憶にないんです。きっと、自分があまりに冷たい口ぶりだったから、怖かったんでしょうね」

「その日を境に、言いがかりをつけられることはなくなりました」

自分はいつか男になる

幼稚園には制服があり、ブラウスの襟が男の子と女の子で異なっていた。

「男の子は角襟で、女の子は丸襟だったんです」

「しょうがないから、丸襟のブラウスを着てたんですけど、角襟がいいなって思ってました」

自分が女の子という認識はあった。両親や先生から、女の子として扱われていたからだ。

しかしその一方で、自分は特別な存在で、成長したら男になると思っていた。

「言ったら大ごとになると思ったので、誰にも言いませんでした」

「波風立てたくなかったんです」

とにかく、遠慮しがちな子どもだったと思う。

旅行に出かけるとき、母から「ワンピース着ない?」と言われると、断れなかった。

「かわいいワンピースは好きじゃないけど、それを着せたいっていうのは、親の愛じゃないですか」

「おばあちゃんやおじいちゃんも一緒に出掛けるから、きれいな服を着て喜ばせたいという気持ちもありました」

愛されていることはうれしかった。

しかし、ワンピースを着て出かけると、足元がスースーして落ち着かない。

体中がムズムズして、早くズボンにはき替えたいと思った。

03女子は入れません

学級会は面倒くさい

小学校に入学してからも、相変わらず外遊びばかりしていた。

「学校が終わった後、家にランドセルを置きに帰って、また校庭に集合するんです」

「ファミコンで遊ぶより、外遊びのほうがずっと楽しかったですね」

クラスでは前には出たがらないタイプ。

何かトラブルが起きても、様子を見ているような子どもだった。

「学級会とかで、議論が白熱することがあるじゃないですか。どうせ最後は多数決になるのに、話し合いで決めましょうっていう雰囲気が面倒くさかったんです」

「指名されたら意見を言うけど、基本は黙ってましたね(笑)」

議論が長引くと、休み時間がどんどん削られていく。

20分休憩が10分になり、5分になり・・・・・そうなると、もう校庭には遊びに行けない。

「1秒でも長く外で遊びたかったんです」

「だから、学級会は好きではありませんでした」

入れなかった野球部

ドッジボールや縄跳び、鉄棒など、皆で外遊びをするときが一番楽しかった。

足は遅かったが、スポーツにも興味があった。

「小学校には3年生以上が入れるサッカークラブがあって、そこに入りたかったんです」

「でも、3年生は男子しか受け入れてなかったんですよね。女子は4年からと言われ、ムカついてそっぽを向いて・・・・・・」

「地域の野球クラブもあったんですけど、どうしても入りたいって言えませんでした」

中学校入学後、意を決して野球部に入ろうと決めた。

しかし、顧問の先生のところに行ったところ「男子だけだから」と入部を断られる。

「友だちのお姉ちゃんに誘われて、仕方なくソフトボール部に入りました」

「練習は楽しいけど、コートが小さいし、球は大きいし、バットは細いし・・・・・・って、不満だらけで(苦笑)」

「モヤモヤしたまま、結局、3年間ソフトボール部を続けました」

04初恋の苦み

女の子を好きになるのは自然なこと

小学校のとき、同じクラスの女の子を好きになったことがあった。

「そのときは、まだ恋愛感情がわからなかったんです」

「めちゃくちゃかわいい子だったので、友だちとして仲良くしたいな、って感じでした」

中学生になり、隣のクラスの子を好きになったときは、すぐに「これは恋だ」と気づいた。

内側から熱いものが湧き出てくる感覚があったからだ。

「自分としては、すごく自然にその子を好きになったんです」

「だから、自分はおかしいんじゃないか、って思うことはありませんでした」

「でも、周りと違うことは明らかだったから、悩みの正体がわらからずにものすごく悩んで、誰にも相談できませんでしたね」

その子とは、2年生のときに運良く同じクラスになり、徐々に親しくなっていった。

親友と呼べる関係にまでなったものの、大人になるまで、想いを打ち明けることはできなかった。

秘密のノート

「当時は、誰にも言えない想いを、ノートに殴り書きしてました」

「妄想とかを思いつくまま書いて、パタンってノートを閉めるみたいな(笑)」

「自分を否定するようなこともたくさん書いたし、自分は何者かという迷いも書きましたね」

第二次性徴の真っただ中。
性的なことにも興味津々だった。

「兄の部屋に行くと、毎週新しいアダルト本が置いてあったんです。男子の習性なのか、必ずベッドの下に隠すんですよ(笑)」

兄が部屋にいないときに部屋に忍び込み、それを引っぱり出す。

男性が見る本だとわかっていたが、ドキドキして、ずっと見ていても飽きなかった。

「その頃、もう生理が始まってました。胸が膨らんでくるし、手足は細いままだし・・・・・・」

「男性のような姿になることはできないんだな、って考えると、目の前が暗くなりましたね」

自分のこれからを想像しようとしても、上手く想像できなかった。

「学校で、将来の夢を書かされることがあるじゃないですか」

「何も思い浮かばなくて、仕方なく『本屋』って書いてました(苦笑)」

05現実的な未来

軽音楽部が生きがいだった

中学生の頃からXジャパンが好きで、バンドをやりたいと思っていた。

「YOSHIKIになりたかったんです(笑)」

「高校は、軽音楽部があって、英語が勉強できる高校を選びました。女子高だったんですけど」

憧れの軽音学部に入り、ドラムを叩く毎日。

部活の仲間とは冗談を言って笑い合えたが、クラスには馴染めなかった。

「孤立するわけでもなく、ハブられるわけでもなく。かといって、とびきり仲のいい友だちができるわけでもなく」

「淡々と周りに合わせていた感じです」

学校内に、比較対象の男子がいなかったことは救いだった。

「女子校という響きには抵抗があったけど、いい選択をしたなと思います」

「もし共学に通っていたら、ここまで人生を送れたかどうかわかりません」

将来は何になりたい?

高校時代、女の子から告白されたことがあった。

「周りの子から『言いなよ』ってズイズイ押されて、女の子が顔を真っ赤にしながら歩いて来たんです」

「『言いなよ』って言ってた子たちは、教室をバッと飛び出して行って、その子と2人きりにされました」

嫌な気持ちはしない。
しかし、女の子が好きということが、外に洩れてはいけないと思った。

「ごめんね」と伝え、自分は違うと線を引いた。

「その頃には、もう将来を諦めてました・・・・・・」

「男性として生きたいって考えるよりも、現実的な進路を考えなければいけない時期に差しかかっていたんです」

英語を勉強していたため、英語を使える仕事をしたいと思った。

しかし、「じゃあ、英語を使って何をするの?」と先生に聞かれ、何のビジョンも持っていないことに愕然とする。

悩んだ末に選んだのは、自分の理想の姿から最も遠い職業だった。

「キャビンアテンダントになる」という道だ。

 

<<<後編 2020/05/16/Sat>>>
INDEX

06 21歳、トランスジェンダー
07 羨望と嫉妬
08 2度の転職
09 趣味を仕事に
10 いまの自分が正解

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