トランスジェンダーやノンバイナリー当事者にとって、自身の自認する性別で日常を過ごすことは、自己の肯定やリスペクトに繋がる重要な意味を持つ。この記事で指す性別は、身体的な性別(セックス)ではなく、社会的文化的な性別(ジェンダー)である。トランスジェンダー女性を「男性」「彼」と呼ぶことは、意図の有無にかかわらず差別的行為に値する可能性がある。
ミスジェンダリングはなぜ起きるのか
性自認とは異なる不当な扱いを「ミスジェンダリング」という。LGBTQの権利向上を訴えるフェミニストの中でも、ミスジェンダリングによる論争は絶え間なく行われている。ミスジェンダリングを回避するためにも、個々が正しい知識を得て、アライ(支援者・応援者)としてサポートを行うことが大事なのだ。
無意識の決めつけ
ミスジェンダリングが起こる場面は、オンライン、オフラインにかかわらず、数多く目にする。相手にとって不快な呼び方をすることは深刻な問題として認識されるべきであるのに、現状絶え間なく起こっている。では、なぜミスジェンダリングは止まらないのだろうか。
日本語では「ちゃん」「くん」呼びのような性差表現が存在するため、相手の性別を無意識のうちに判断する場面がある。骨格や背丈、肉付き、声の高さなど見える部分で性別を認識することで、ミスジェンダリングが行われる。例えば、ショートヘアで筋肉質な人を男性とみなしていても、その人の自認する性が異なっていれば、ミスジェンダリングとなる。
「身体的な性」ではなく「心の性」を尊重することが、当たり前の共通認識として浸透されるべきなのだ。
書類上の性別 ≠ 本人の性別
日本で戸籍上の性別を変更するには、以下6つの要件をクリアする必要がある。
(「性別の取扱いの変更」家庭裁判所)
1. 20歳以上であること
2. 現に婚姻していないこと
3. 現に未成年の子がいないこと
4. 生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること
5. 他の性別の性器の部分に近似する外観を備えていること
上記要件を踏まえると、未成年の子どもがいる場合は、性別変更までに何年も待たなければならなかったり、手術を受けるために離婚をしなければならないことも。また、性別適合手術を望まないトランスジェンダー当事者も存在する中で、4の手術要件は大きな壁である。
法律上の性別を変更していない、もしくは変更できない当事者たちは、履歴書や日常的に記載を求められる書類上の性別欄が「男か女か」の二択である日本で、生まれ持つ性を選択せざるを得ない場面に出合う。このような状況下で、書類上の性別が必ずしも本人の望む性別ではないことを念頭に置くべきだ。
根底にあるミスジェンダリング
最近、Twitter上でトランスジェンダー排除問題について論争が繰り広げられている。TERF(ターフ)と呼ばれるトランスジェンダー排除を推進する(自称)フェミニストの言論を覗いてみると、ミスジェンダリングに基づいた差別的批判が行われているように受け取れる。簡単にいうと、「生まれ持った性別が女性である人しか女性として認めない、仲間として受け入れない」と主張している人たちだ。
「トランスジェンダー女性は女性ではないから、女性スペースを使うべきではない」といったミスジェンダリングが行われている。さらに「トランス女性を女性スペースに受け入れることで、性被害が多発する」と、トランスジェンダーと犯罪者を混合させるような恐ろしい意見も多く見られる。
まず根底にあるミスジェンダリングを見直し、個々の尊重を率先する。そして、男女でスペースを分けるのではなく個室を設ける等、一人一人のアイデンティティを大切にしつつ、状況に応じた社会的理念に基づく対応を検討すること。現代社会で必要なことは、既存のルールに合わせるのではなく、全ての人権を配慮した新しい解決策を考えることではなかろうか。
ミスジェンダリングされたトランスジェンダー、ノンバイナリー当事者の苦悩
意図のないミスジェンダリングだとしても、多くの当事者たちは深く傷ついている。生まれた時の身体的な性別や名前で呼ぶことは、相手に本当の自分を隠すよう促してしまう可能性があり、深刻な問題であることを誰もが知るべきだ。
デッドネーミング
名前を勝手に変更して使用したり、トランスジェンダーやノンバイナリー当事者の以前の名前を許可なく使うことを「デッドネーミング」という。もし、シスジェンダーの人が自分の名前を間違えられたら、失礼だと思う人や、違和感を抱くに違いない。
デッドネーミングやミスジェンダリングは、相手のアイデンティティを否定することにつながり、基本的マナーの大いなる欠如でもあるといえる。このようなことはあってはならず、同じ一人の人間としての敬意を示すべきである。
心の傷
Self and Identityの調査によると、32.8%もの回答者がミスジェンダリングによるスティグマを抱えたという結果が出た。さらに、大半のトランスジェンダーやノンバイナリー当事者が、ミスジェンダリングを経験している。彼らにとって、自身のアイデンティティは重要な意味をなすことは言うまでもないが、このような経験によって傷つけられた自尊心は、メンタルヘルスの不調として著しく現れるだろう。
Journal of Adolescent Healthでは、ミスジェンダリングを経験した当事者のメンタルヘルスは悪化するが、一方、正しい性別や名前で会話をすることで、うつ病や自殺率のリスクが軽減されるという研究の結果が出た。
差別や嫌がらせの経験
このように個々へのリスペクトに欠ける言動は、彼らのメンタルヘルスを悪化させるだけでなく、差別や嫌がらせの原因にもなり得る。最近、トランスジェンダーコミュニティの権利向上に向けた運動やアクティビストが増えてきてはいるものの、現状、問題の深刻性は深く根付いている。
2015年の米国調査 US. Trans Surveyによると、回答した77%のトランスジェンダー当事者が、幼稚園から高校卒業までの間で、嫌がらせや不当な扱いを受けたという結果が出た。中でも、言葉の暴力と好きな服装を着させてくれなかった経験を持つ当事者が圧倒的に多いようだ。
ミスジェンダリングを深めるNGな言動
トランスジェンダーやノンバイナリーの人々は多く存在するものの、間違えた認識やカミングアウトのしづらい環境により、「レアな存在」として扱う人が目立っている。意図しないミスジェンダリングによって、悪気がなくとも相手にとって不快な反応をしてしまうことも。そこで、ミスジェンダリングの際に遭遇する不適切な言動を紹介する。
プライベートなことについては聞かない
プライベートなことを質問しないことは、トランスジェンダーやノンバイナリー当事者に限らず、全ての人に共通する礼儀だ。例えば、性行為や身体のことについて聞かれたら、どう思うだろうか。悪気なく好奇心で聞かれたとしても、自分が話したくない、もしくは知られたくない内容についての話は、誰もが不快に思うだろう。
自分に置き換えて考えると、どの質問が違和感であるかが分かるはず。またそのような話題が会話の中で出てきた時、対象者である当事者に会話を託そうとせず、周りが話題をそらしたり、相手に不快であることを柔らかく伝えられるといいだろう。
間違えても大ごとにしない
不注意でミスジェンダリングをしてしまった際によく見受けられるのが、その場で言い訳をすること。意図せずに性別や名前を間違えて使ってしまった場合、罪悪感や羞恥心を抱えるかもしれない。そして「そんなつもりはなかった」「頑張って慣れようとしているけど、間違えてしまう」と弁解しようとする。
確かに相手に意図的でないことを示すことで、責任を免れたいのかもしれないが、返ってその間違えに注目を浴びることとなり、当事者をより不快にさせてしまう。
間違えたことで、様々な感情を抱えるかもしれないが、なるべく相手や周りの注意を向けぬよう、素早く訂正し、会話を続けることがベストである。周りはその間違いに対し便乗しないなど、あくまでその場の話の流れを乱さないことが大事だ。
個々がサポートできること
もしミスジェンダリングをした可能性があるのであれば、二度と起こらないよう心がけ、その深刻性について広めることが大事である。小さな行動がトランスジェンダーやノンバイナリーコミュニティのサポートとなる。
ミスジェンダリングを回避する
性別や名前を間違われないで生きていくことが普通だと考える、シスジェンダーに属する人々は、今見る「当たり前の世界」について再思考すべきだ。仮に自分が同じような扱いを受けたらどう感じるか、日常的にアイデンティティを間違えて認識される辛さなど、想像力を膨らませて考える必要がある。
そして、ミスジェンダリングを防ぐためにできることを考えるべきだ。以下、トランスジェンダー、ノンバイナリー当事者が周りにいることを踏まえ、注意する点だ。
・勝手な思い込みをしない:相手の性別を勝手に判断しない。
・聞く:まず始めに自分の呼び名を伝え、なんと呼んだらいいか聞くことを習慣化させる。
・正しく使う:そして相手が伝えた名前で呼ぶ。
・性差を含む用語を避ける:「彼氏」「彼女」など、男女の表現を要する単語を使う代わりに、「恋人」「パートナー」と中性的用語を使うよう務める。
・間違えても深く謝らない:ミスジェンダリングしてしまった時、相手に深くお詫びをすることで、相手に罪悪感を与える可能性がある。自然に謝り訂正し、会話を続ける。
・練習する:相手の名前を入れた文を独り言や心の中で、練習する。
知識を身につける
トランスジェンダーやノンバイナリーという言葉は知っていても、当事者に出会った時、どのようにサポートすればいいのか困惑する人はいるだろう。正しい知識を持ったアライになることで、当事者が安心して一緒に過ごせるだけでなく、周りを教育することもできる。
本、漫画、映画など、身近にある様々な媒体を使って現状を知ることはできるし、YoutubeやTwitterなどのSNS上で当事者が発信する情報も溢れている。Zoom等のオンライン勉強会などもまた有効な手段である。
さらに重要なことは、当事者でない人たちが、そこで得た知識や感想をSNSでシェアしたり、周りに話すことである。トランスジェンダー、ノンバイナリー当事者が自身のアイデンティティについて調べる機会は多いが、シスジェンダーが同じように関心を寄せることはあまりないだろう。当事者ではない人が周知することは、コミュニティ外に広まる可能性や、知ろうとする人が増えるきっかけにつながる。
ミスジェンダリングは、トランスジェンダーやノンバイナリーコミュニティだけの問題ではない。「当事者ではないから声を上げない」のではなく、「当事者ではないからこそ声を上げ、周知する」ことに大きな意味を持つ。この記事を読んでシェアするだけでも良い。たった一つの行動が社会を変える第一歩なのだ。