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Writer/Jitian

東京オリンピックとLGBTQ

東京オリンピックが、紆余曲折を経て2021年8月8日、予定通りに閉幕しました。LGBTQに関するスポーツニュースを取り上げている “Outsports” によれば、2021年8月4日時点で、LGBTQであることを公表して参加しているオリンピックアスリートは178人にのぼると言います。今回は、東京オリンピックを切り口にLGBTQや性の多様性について考えたいと思います。

にわかにLGBTQアスリートが増えたわけではない

「LGBTQ当事者が増えた」と捉えられてしまう問題は、スポーツ界に限った話ではありません。

LGBTQアスリートは “流行り” で増えたわけではない

前述のOutsportsによれば、東京オリンピックに出場しているLGBTQアスリートの数は、2021年8月4日時点で前回のリオデジャネイロオリンピックの3倍以上と、過去最多記録を圧倒的に更新しました。

こう言われると、LGBTQ非当事者で、LGBTQを他人事だと思っている人は、もしかしたら「LGBTが最近流行っているから、当事者を名乗る人が増えたのではないか」と考える人もいるかもしれません。しかし、決して流行りでも、LGBTQ当事者が増えたわけでもありませんし、これが絶対的な数でもないことは明らかです。

今までもLGBTQのアスリートはたくさんいたはずなのですが、単にカミングアウトしていなかっただけなのです。今回カミングアウトした人の中には、コーチなどの周りの人だけは言っていたけど世間に広く公表していなかった人や、まったく口外していなかった人もいるかもしれません。今のLGBTQムーブメントを受けて、勇気をもって世間に広くカミングアウトするアスリートが増えたというだけのことなのです。

アジアやアフリカを中心に、まだまだいるはずのLGBTQアスリート

今カミングアウトしている人の数が、今回参加しているLGBTQアスリートの数と一致するわけではないことにも留意しておかなければなりません。まだカミングアウトしていないLGBTQアスリートが確実にいるはずだということです。

現状、カミングアウトして参加しているLGBTQアスリートは欧米諸国が中心です。日本では、LGBTQ当事者は犯罪者扱いこそされないものの、先日もLGBT法案の制定が見送られるほど、まだまだ発展途上で、言いづらいと思っている人も少なくないと思います。また、国や地域によってはLGBTQ当事者であると犯罪者になったり、弾圧されたりするところもあります。

こういった国や地域に住んでいる人々は、たとえ有名アスリートでも、いやむしろ有名アスリートだからこそ、カミングアウトが難しく、まだまだ埋もれているということを考慮する必要があります。

カミングアウトは決して “正義” ではありません。しかし、カミングアウトしたLGBTQアスリートがこの5年で3倍以上に増えたという事実は、LGBTQ当事者の一人としてもやはり喜ばしいことです。

東京オリンピックでのLGBTQに関する「レガシー」

LGBT法案を見送った日本ではありますが、この東京オリンピック・パラリンピックを通して今できる範囲でのLGBTQ支援は確実に行われています。

プライドハウス東京

LGBTQだけでなく様々な多様性を掲げ、差別を徹底的に禁じているオリンピック。そのなかで、LGBTQに関する最も顕著な取り組みは「プライドハウス」だと思います。

「プライドハウス」とは、2010年から夏季・冬季オリンピックをきっかけにLGBTQの理解を広めることなどを目的に始まったプロジェクトです。これまでのオリンピックでも各地でこのプロジェクトが取り組まれてきました。

東京オリンピック・パラリンピックにおいては、「プライドハウス東京」というプロジェクトが進められています。現在、東京・新宿に常設施設としてプライドハウス東京の施設があり、展示などを行っております。現在は新型コロナウイルスの急激な感染拡大で、都心への外出はなかなか難しいですが、状況が落ち着いたら訪れてみたいですね。

また、直接施設に出向くのは難しくても、Twitterなどの公式アカウントでLGBTQ、オリンピック、パラリンピックやスポーツに関する情報を随時発信しているので、まずはそちらをチェックしながら支援するという手もあります。

多様性をうたった東京オリンピック開会式・・・・・・?

関係者の過去のモラルのない言動などをめぐって、前日まで(いや、開催後も)スキャンダルが絶えなかった東京オリンピック開会式。あまり芳しくない “話題性” もあったからか、開会式の中継番組の視聴率は、日本国内では50%を超えたといいます。まさに、私自身も「ここまで問題だらけで、いったいどんな開会式になるんだ?」という興味本位で、テレビでリアルタイムで視聴しました。

そんな、多くの人から注目された開会式の国歌斉唱の場面。歌手のMISIAさんがレインボーに彩られたドレスで登場し、国歌を高らかに歌い上げました。MISIAさんは、紅白歌合戦でダンサーにドラァグクイーンを起用するといった取り組みも今までしてきていて、アライであることは言うまでもありませんが、その姿勢を東京オリンピック開会式でも示してくれました。しかしながら、あんなにファンキーな国歌は初めて聞きました(笑)。

全体的には、LGBTQというより「男女」の性別や年齢・世代の多様性の方が感じられた開会式。また、火消しやジャズピアノなど様々なパフォーマンスはあったものの、全体としてまとまりに欠けるなと思ったのは、恐らく私だけではないでしょう・・・・・・。

東京オリンピックに参加しているLGBTQアスリート

東京オリンピックに参加した中でもLGBTQアスリートとして話題になった2人は、やはり欧米の選手でした。

トーマス・デーリー選手(イギリス)

まずは、男子シンクロ高飛び込みで金メダルを獲得した、イギリス代表のトーマス・デーリー選手。

デーリー選手は、自身のYouTubeチャンネルで選手村を好意的に紹介する動画が日本国内でも話題になり、2021年8月7日時点で360万回以上再生されていますが、一方でオープンリーゲイでもあります。27歳と若いですが、すでに男性パートナーと結婚していて、子育てもしています。

実際、他の動画では「海外のお菓子を食べてみた」など、自身の競技に関係ない動画にパートナーと一緒に映っている姿を確認できます。なお、日本のお菓子を試食した動画もあるのですが、抹茶味は苦手なようです(笑)。

日本国内では、選手村の動画のことや金メダルのことばかりが取り上げられ、ゲイで家族をもつ側面はあまり注目されていないような気がします。日本でも、若くしてファミリーシップを築く同性愛当事者の有名人が増えれば、ロールモデルを見た子ども世代を中心に意識も大きく変わるのではないでしょうか。

レーベン・ソーンダーズ選手(アメリカ)

続いては、陸上女子砲丸投げで銀メダルに輝いた、アメリカのレーベン・ソーンダーズ選手。ソーンダーズ選手はオープンリーレズビアンでもあります。

ソーンダーズ選手は、表彰式の際に「政治的な抗議活動」を行ったとしてニュースになりました。腕をクロスし「抑圧された人々」への連帯を示しました。しかし、オリンピックでは、表彰式の際に抗議活動を行うことは禁じられています。

その後、ソーンダーズ選手の調査が行われているところでしたが、ソーンダーズ選手の母親が亡くなられたことから、現在調査は中断されています。

黒人、女性、レズビアンという何重ものマイノリティの中で、世界で活躍するレベルに到達するほどスポーツを続けてきたのは、想像を超えるハードさだったのではないでしょうか。それを思うと、あまり厳しい処分にならないといいなと思っています。

先駆者となったトランス女性アスリートのローレル・ハバード選手

たくさんのLGBTQアスリートが参加している中で、一番注目されたのはやはりローレル・ハバード選手ではないでしょうか。

オリンピックに参加した初のトランス女性アスリート

今回のオリンピックで「LGBTQ当事者であること」「トランス女性であること」が最も注目されたのは、ウエイトリフティング女子87キロ超級に出場したニュージーランドのローレル・ハバード選手でしょう。

そもそもとして、トランスジェンダーのアスリートは、規定に沿えば自身のジェンダーアイデンティティでオリンピックに参加できます。トランス女性の場合は、男性ホルモンのテストステロンの値が一定以下であることや、4年以上移行した性別であることを公言していることなどが参加規程です。4年以上という年月を考えると、「何としても試合に勝ちたいから」という理由でジェンダーアイデンティティを偽って出場する選手が出て来る可能性は極めて低いと言えます。

シスジェンダーの人の中には、達成したい目標があれば性別を偽ることもいとわない人がいるのではないかと考える人も少なくないでしょうか。しかし、普段ノンバイナリーであることを隠してシスジェンダーのフリをして生きている私からすれば、ジェンダーアイデンティティを偽って生きることがどれだけ苦痛で耐えがたいことか、想像に難くありません。

残念ながら記録なし。それでもトランス女性アスリートを誹謗中傷する人たち

今回、ローレル・ハバード選手の挑戦は、残念ながら失敗して記録なしに終わり、その後引退を表明しました。LGBTQ当事者やアライからは健闘を称える声が聞こえたものの、この結果についても「(トランス女性が)参加してはいけないことを証明するのを楽しみにしてたのにw」といったような誹謗中傷も残念ながら散見されました。

ハバード選手は、成功しても失敗しても差別にさらされることを承知のうえで、様々な葛藤や思いもありながら参加したのだろうと思うと、改めてその勇気に賞賛を送りたいです。

有利なのではと思われると、途端に目を向けられやすいマイノリティアスリート

今回のローレル・ハバード選手の参加について異議を唱える人がいる構図について、中京大学スポーツ科学部の來田享子教授は、「パラアスリートが義足などによって健常者のアスリートのパフォーマンスを超えたときに問題視されるのと似ている」と指摘しています。

また、スポーツはそもそも色々な不平等性をはらんでいることも、元アスリートや専門家が指摘しているところです。

経済的に裕福な国や地域の方が、道具や環境が恵まれていて、レベルの高い選手が育ちやすい。一方、紛争や治安の悪さで、スポーツをやりたくても練習どころではない人もいる。
性差だけではなく、人種や遺伝子などによって生じる体格やポテンシャルの差もあるが、それを理由に不公平とは言われない。

言われてみればどれもそうだよなと思うことばかりですが、どれも大きな問題として取り沙汰されていないと思います。

また、マイノリティが有利になると思われると「不公平だ」という意見が出やすいですが、例えばトランス男性が男性としてスポーツするとなった場合にはなかなか「不平等だ」という意見は周りから出てこないのではないでしょうか。

今までは、身体的性別から生じる性差を理由に、ほとんどのスポーツにおいて男女で分けることがごく当たり前のこととして行われてきました。しかし、こういった様々な面での “公平性” を踏まえ、「競技を性別で分けるのは正しいことなのか?」という投げかけも出てきています。

今回の東京オリンピックが、保守的と言われてきたスポーツ業界のあり方が見直される契機になっていることは確実でしょう。パラリンピックも引き続き注目していきたいです。

◆参考情報
・At least 182 out LGBTQ athletes are at the Tokyo Summer Olympics, more than triple the number in Rio(Outsport)
https://www.outsports.com/olympics/2021/7/12/22565574/tokyo-summer-olympics-lgbtq-gay-athletes-list

・プライドハウス東京
https://pridehouse.jp/

・トランスジェンダー選手の五輪出場「オリンピックは排除ではなく、迎え入れる場所だ」。専門家はこう見る(ハフポスト)
https://www.huffingtonpost.jp/entry/transgender-athletes-olympics_jp_60ea5c3fe4b00edbf383e71c?ncid=other_twitter_cooo9wqtham&utm_campaign=share_twitter

・五輪史上初、男性から女性に性別変更の選手出場…一部女子選手からは不満の声(読売新聞)
https://www.yomiuri.co.jp/olympic/2020/20210802-OYT1T50336/

・抗議行動禁止の表彰台で両腕交差、女子砲丸投げ銀メダリスト「抑圧されている人々が出会う交差点」(読売新聞)
https://www.yomiuri.co.jp/olympic/2020/20210802-OYT1T50317/

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