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Writer/Jitian

徐々に不穏な空気に飲まれる! LGBTQもテーマになっているフィリピン映画『アバウトアス・バット・ノット・アバウトアス』

文学部の大学教授と教え子である男子大学生が、教授の恋人(同性)の秘密を巡って探り合う会話劇、フィリピン映画『アバウトアス・バット・ノット・アバウトアス』。2026年1月17日からシアター・イメージフォーラムほかにて全国上映されるのに先駆けて、試写会にお邪魔してきました。

まさか!? の展開に引き込まれる映画『アバウトアス・バット・ノット・アバウトアス』

映画のタイトルを直訳すると「私たちのことだけれど、私たちのことではない」。一体どういう意味なのでしょうか?

ゲイのキャラクターが主人公の映画『アバウトアス・バット・ノット・アバウトアス』あらすじ

©️The IDEAfirst Company, Octobertrain Films, Quantum Films

舞台は、コロナ禍になって久しい、フィリピンのとあるレストラン。英文学科教授で小説家のエリクソン(エリック)は、数か月ぶりに教え子のランスロット(ランス)と会食します。

数か月前、エリックはランスの世話を焼くあまり、周囲から「教授と学生の ”一線” を越えているのでは?」と思われるほどに近しい関係にありました。というのも、ランスは母の再婚相手から暴力を受けていたようで、エリックはランスを放っておけなかったのです。

エリックとランスの関係を周囲から疑われる理由は、もう一つありました。エリックはゲイで、実際にマルコスという同性の恋人がいたからです。ただ、マルコスは精神的に不安定で、エリックの元から去ってしまいました・・・・・・。

エリックはランスを助けたかっただけで、ロマンティックな関係ではないと断言し、自分たちは悪いことをしていない、と強く信じています。ですが、マルコスが精神的に落ち込んだ背景の一つに、エリックとランスの距離がとても近かったことは、やはり関係があるようです。

映画の冒頭ではぎこちなかったものの、少しずつ食事と会話を楽しんでいる様子のエリックとランス。ですが、話題が「マルコスが去った理由」になると、だんだんと雲行きが怪しくなっていきます。エリックとランス、そしてマルコスの間に、一体何が起こっていたのでしょうか?

映画『アバウトアス・バット・ノット・アバウトアス』が成立しているのは、脚本・演出と、2人の演技の賜物!

©️The IDEAfirst Company, Octobertrain Films, Quantum Films

映画『アバウトアス・バット・ノット・アバウトアス』のポイントは、約90分の上映時間、エリックとランスの2人による、レストランでの会話が終始繰り広げられることでしょう。

2人はレストランの席から移動しませんし、ほかに目ぼしいキャラクターも登場しません。

試写会のお話をいただいたときには「ワンシュチュエーションで90分間、2人がただただ会話するだけなんて、どうやって映画として成立しているのだろう?」と、疑問に思っていました。

ですが、実際に観てみるとまったく見飽きることなく、2人の世界にどんどん引き込まれていました!

そして、なんといっても「2人の会話だけ」という難しいシチュエーションをものにしている、エリック役のロムニック・サルメンタ、ランス役のイライジャ・カンラスの演技が素晴らしい!

『アバウトアス・バット・ノット・アバウトアス』を見はじめたときと、最後に抱くエリックとランスへの印象は、きっとまったく変わっているはずです。

あらすじを読んで「キャラクターには2人だけじゃなくて、マルコスもいるのでは?」と思った方は、映画の中でマルコスがどう登場するのか? それとも、そもそも登場しないのか? ぜひ映画を観て確認してください。

遠いようで身近な社会問題が生々しく盛り込まれた映画『アバウトアス・バット・ノット・アバウトアス』

エリックとランスの醸し出す雰囲気が、観客に「じっとりと湿った感触」をもたらすのかもしれません。

映画『アバウトアス・バット・ノット・アバウトアス』で得るリアルな手触りは、会話劇だからこそ

©️The IDEAfirst Company, Octobertrain Films, Quantum Films

映画『アバウトアス・バット・ノット・アバウトアス』は、前出のように、エリックとランスの会話シーンだけでほとんど構成されています。そのため、基本的に回想シーンはなく、観客は2人の話から過去の衝撃的な事件を想像することになります。

「普通」のミステリー映画やドラマなら、真相を明らかにするために回想シーンは必須でしょう。「百聞は一見に如かず」という言葉のとおり、過去に何が起こっていたのかは、説明するよりも目にしたほうが理解できますし、臨場感もありますよね。

でも、なぜか映画『アバウトアス・バット・ノット・アバウトアス』では、会話劇だからこその「リアルさ」が感じられました。過去の凄惨な事件を、当時の映像で見返すより、当事者が振り返って語るほうが、ゾクゾクと恐怖を感じるのです。

しかも、エリックやランスが語る内容は、説明口調のようには感じられません。言い換えれば、言葉数が決して多いとは言えないのです。

説明口調にならずに、でも回想シーンも入れずに、過去に起こったことをキャラクターに説明させる・・・・・・。この脚本のすごさは、実際に物語を書いたり、映画やドラマ作品を制作したりしたことのある人であれば、一層感じられるはず。

実際、私は仕事でウェブ掲載のマンガ原作となる小説を書くときに「説明くさいし、長ったらしくて不自然だな」と、自分の書いた文章によくげんなりしています(苦笑)。

だからこそ、映画『アバウトアス・バット・ノット・アバウトアス』の素晴らしい構成に、とても感銘を受けました。脚本が欲しい!

困難な境遇にも負けない、健気なランス?

©️The IDEAfirst Company, Octobertrain Films, Quantum Films

映画『アバウトアス・バット・ノット・アバウトアス』を通して、キャラクターに対する印象がより大きく変わるのは、おそらくエリックよりランスではないか、と私は思っています。

映画の冒頭では、ランスは「虐待を受けながらも真っ直ぐに育ち、エリックやマルコスからの辛口批評もしっかりと冷静に受け止める、芯の強い作家志望の学生」という印象を受けました。

中盤で語られる、最近継父から受けたという暴力や、幼い頃に受けた性被害によるトラウマを聞いたときには、ランスに同情さえ感じますし、SNS世代が陥りやすい危うさも。

ですが、映画が進んでいくにつれて、エリックにもランスに対しても「いい人だと思っていたけれど、あれ? ちょっと??」と違和感を覚えるところがちらほら出てくるはず。

私の場合は、最終的にランスに対して「底が知れない」「自らの選択によって、きっとこの先、つらい人生を送ることになるだろう」と思いました。

ランスは一体どんな選択をしたのでしょうか? そして、本映画のタイトル『アバウトアス・バット・ノット・アバウトアス』(私たちのことだけれど、私たちのことではない)とは、どういう意味なのでしょうか?

きっとこのタイトルの「意味」を知ったら、観客のだれもがゾッとするはず! ぜひ映画館で背筋が凍る体感をしてください。

映画『アバウトアス・バット・ノット・アバウトアス』から見る、フィリピンのLGBTQ事情

大学の英文学科教授エリックと、英語で小説を書いているランスが自然に繰り広げる、英語とフィリピノ語(タガログ語)が絶妙に混じった会話は、とてもオシャレに聞こえます。

スマートだけれど気取らない英会話は、英語が公用語だからこそ

©️The IDEAfirst Company, Octobertrain Films, Quantum Films

フィリピンの国語は「フィリピノ語(タガログ語)」です。ですが、エリックとランスはフィリピノ語と同じくらい、英語でも会話します。

これは、2人が英文学科所属だからだと思っていましたが、そもそもフィリピンではフィリピノ語と英語が混ざった会話はそこまで珍しくないようです。フィリピンが20世紀前半にアメリカの支配を受けていたことや、フィリピンでは150以上もの言語があるので共通語として英語が重要なのかな、と思います。

私自身も大学で英文学科に所属していたこともあり、とても興味深かったです。簡単な表現が使われているので、中学英語のリスニング感覚で粋な英会話を楽しんでください。

フィリピンのゲイ・LGBTQ事情

©️The IDEAfirst Company, Octobertrain Films, Quantum Films

映画『アバウトアス・バット・ノット・アバウトアス』では、キャラクターのセクシュアリティも重要な要素です。エリックとマルコスは、若い頃はクローゼットのゲイとして身を潜めていましたが、小説家や教授としてのキャリアを築き上げた現在はオープンにしています。

1994年にフィリピンでアジア初のプライドパレードが開催されたり、2014年ギャラップ社の「LGBTにとって暮らしやすい国ランキング」では、フィリピンがアジア圏で最上の22位(日本は50位)であったり、LGBTQコミュニティの活動は活発です。

一方、アジアでは台湾・ネパール・タイで同性婚が認められるようになりましたが、フィリピンでは認められていません。エリックやマルコスのように、オープンリーゲイになってもキャリアを失うことはないのかもしれませんが、いわゆる「LGBTQ差別禁止法」のような法整備はまだまだ道半ばとのこと。

ですが、医療現場で同性カップルが差別を受けるようなことはあってはならないとする法案が提出されるなど、少しずつですがLGBTQ当事者が生きやすい社会へ変化しているようです。

LGBTQに比較的寛容なほうなのではないか? と思っていただけに、日本とあまり変わらなさそうな状況に、少し意外だなと感じました。

私は受験世界史に関わる仕事もしているので、近世以降のフィリピン史をざっくりと把握していますが、フィリピンについて知っているとこの映画をより楽しめるかもしれません。

ちなみに、ランスのセクシュアリティはどうなのでしょうか?

フィリピンでのLGBTQ事情を感じつつ、洗練されたイヤミスを味わいたい方に、映画『アバウトアス・バット・ノット・アバウトアス』はおすすめの作品です。

2026年1月17日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開です。

 

■作品情報
『アバウトアス・バット・ノット・アバウトアス』
公式サイト:https://someonesgarden.org/aboutusbutnot/
監督・脚本:ジュン・ロブレス・ラナ
出演:ロムニック・サルメンタ、イライジャ・カンラス
配給:サムワンズガーデン
© The IDEAfirst Company, Octobertrain Films, Quantum Films

■参考情報
フィリピノ語(東京外国語大学言語モジュール)
フィリピンにおける英語使用の現状:英語の国際化の流れを踏まえて(本田吉彦、鈴木邦成)
Philippines’ Right to Care Act could propel LGBTQ+ rights(Eco-Business)
世界の同性婚(NPO法人EMA日本)
男女平等ランキング・アジアトップのフィリピンで性的マイノリティの人権確立を目指す政党「ラドラド」とは?(@DIME)

 

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