今月10日に増補新版として発売される『女ふたり、暮らしています。』は、シングルでも結婚でもないけれど「人生のパートナー」として同居しているふたりの女性、キム・ハナとファン・ソヌのエッセイ集です。読み進めると、クィアなわたしにとっての「理想の暮らし」がなんとなく形を帯びてきました。
いろいろな「暮らしのスタイル」を試してきた
わたしは今まで転居することが何度かあり、いくつかの「暮らしのスタイル」を経験しました。
高校時代の寮生活
高校生の頃は、北欧に留学してインターナショナルスクールに通っていたため、寮生活をしていました。
基本的に5人部屋が8つ。シャワーやトイレは部屋にあり、キッチンは寮にひとつで、40人くらいの共同生活。
一緒に住んでいる友人たちとすぐに会ってしゃべれることや、一緒に料理を楽しめることなどは寮生活のすきなところでした。ルームメイトにシナモンロールの焼き方を教えてもらったり、眠れない夜に夜食をつくってあげたり。寮生活でなければ経験できなかったことがたくさんありました。
一方で、1部屋5人は多すぎるなと日頃から感じていました。
たとえば、わたしのルームメイトのひとりは、眠るのがとても早かったので、まだわたしがシャワーも浴びていない時間に部屋の電気が消されることがよくありました。逆に、朝起きるのが早いルームメイトがガサゴソしていて、わたしも起きてしまったり。
ルームメイト同士がけんかしていると、部屋全体が気まずくなることもあって、もう少し少ない人数だったらもめごとも減るかな・・・・・・と思っていました。
つかの間のひとり暮らし
高校卒業後は、1ヶ月だけのひとり暮らしです。
寮生活とはうってかわって、部屋は自分だけのペースで使えるし、音楽もかけ放題。最初はのびのび生活していましたが、だんだんとさみしくなっていきました。
自分は内向的な性格だと思っていたので「ひとり暮らしは絶対にうまくいく!」と楽観的に始めたのですが、実際は「気を許せる人とは一緒にいたい」タイプだったようです。
せっかくひとりの空間があるのに、友人の家に遊びに行ってばかりで、ひとりで夕飯を食べた日はほとんどありませんでした。
ルームシェアがいいかも?
5人は多すぎるけど、ひとりはさみしい。
2~4人でルームシェアをするのが、自分には一番向いているかもしれないと考え始めました。
そこで、大学に入ってから何度か友人たちを誘って、ルームシェアを検討しました。しかし「ルームシェア可」の物件がそもそも少なかったり、友人たちと予算の感覚が合わなかったりして、結局どれも頓挫してしまいます。
クィアなパートナーとの暮らしってどうかな?
ルームシェアが実現できないことに打ちひしがれていたとき、パートナーと暮らすのはどうだろう、という考えがうっすらと浮上してきました。
クィアなパートナーと住むのは難しい?

わたしは長らく「パートナーと住むのは難しいかな」と、なんとなく考えていました。
不動産で物件が見つからなかったり、物件探しの際にマイクロアグレッションを受けたりして、嫌な思いをしたというエピソードを、クィアカップルからよく聞いていたからかもしれません。
パートナーシップなどの公的な書類がない状態で、クィアカップルがカップルとしてどれほどの物件が候補にあがるのか、想像がついていませんでした。
また、メンタルヘルスの問題も気にかかっていました。ふたりで暮らし始めたら、関係性がより閉じてしまい、アップダウンのあるわたしのメンタルの状況が、パートナーのメンタルヘルスにも影響しすぎてしまうのではないかと考えていたのです。
長期旅行で「ふたり暮らし」に安心感
パートナーとの暮らしに感じた不安は、だんだんと変わっていきました。
NOISE記事「【北欧のクィア生活】デンマーク、ノルウェーにパートナーと3週間住んでみて」で書いたように、今年の夏休みにしたパートナーとの旅行がきっかけです。ふたり暮らしによって、むしろメンタルがよくなったり、落ち着いたりするような気がしてきました。
旅行に行く前は「ふたりでいることに疲れちゃうときもあるかな」と不安に思っていましたが、いざ行ってみると、わざわざ「ひとりの時間」をつくる必要性を感じることはありませんでした。
同じ空間で別々のことをすることもあれば、共同作業をすることもある。一緒に本を読んだり、大学の課題をやったり、料理をしたり。生活をともにすることの現実が少し見えてきたのです。
いつかはパートナーと小さなアパートの一室で暮らしたいな(できれば猫も)、と考えつつ、でもそのアイデアはまだぼんやりと頭に留めているという感じでした。
そんなときに出会ったエッセイ集が『女ふたり、暮らしています。』です。
エッセイ『女ふたり、暮らしています。』がうらやましい
互いを「人生のパートナー」としているキム・ハナとファン・ソヌのふたり暮らしについて、本人たちが赤裸々に綴ったエッセイ集の『女ふたり、暮らしています。』。ふたりの暮らしには、クィアなパートナーといずれ暮らしたいと思っているわたしにとって、うらやましいポイントがたくさんありました。
『女ふたり、暮らしています。』のデカい本棚と猫4匹

『女ふたり、暮らしています。』は、キム・ハナとファン・ソヌがそれぞれ別々のテーマでエッセイを書いてまとめたものですが、同じ喧嘩についてふたりがそれぞれの言い分を書いていたりなど、内容が重なりつつ視点が違うものも多いです。読んでいくと、ふたりの暮らしが立体的に見えてきます。
エッセイにはところどころ、ふたりの生活を映した写真も載っています。
そのなかで目を引いたのが、デカい本棚の写真です。本を持ち寄り、ふたりの書斎を「結婚」させたというその本棚には、同じ本も多く並んでいるといいます。ふたりがお互いに本をおすすめし合い、貸し合っているというエピソードも出てきます。
わたしも普段、パートナーと本を貸し合ったりするのですが、ふたりで本を持ち寄ってひとつの本棚を埋められたら、お気に入りの本屋さんに来たような気分になりそうです。
そして『女ふたり、暮らしています。』でうらやましいのは、4匹の猫の存在です。ソファの上でのびたり、キッチン台の上を闊歩したり。写真にとらえられた猫たちの気ままな姿が隣にある暮らしは、猫好きのわたしにとって最高の生活に見えます。
4匹の猫は、もともと2匹ずつふたりに飼われていたようですが、今までのひとり(と2匹)の生活が引き継がれつつ、合わさるようなふたり暮らしは無理なくおくれそうです。
『女ふたり、暮らしています。』の仲よく暮らすこと。けんかをすること。
エッセイには、ふたりのけんかのエピソードが何度も出てきます。持ち物の多いファン・ソヌに、きれい好きのキム・ハナがキレる話は、ミニマリストで断捨離しまくるわたしにとって、とても共感できる内容でした。
ふたりがたくさんけんかすること。そこもわたしの「うらやましいポイント」です。けんかして仲直りを繰り返した方が、よりお互いのことを理解できるのではないかと思うからです。
実際、わたし自身もパートナーや友人と言い争いをしたり、緊張感のある対話を重ねるなかで、むしろ仲よくなってきた感覚があります。
たとえば以前、クィアであるとカミングアウトしたのに、パートナーを「彼氏」と想定して話してくる友人に「やめてほしい」と言ったときのこと。
批判的なことを言うことで、友人と距離ができてしまうかなと悩みましたが、でも、言わないでいると、友人への心理的距離はひらいてしまうと考えました。
すると、それからは友人がわたしのパートナーを「彼氏」と想定することをやめてくれましたし、わたしや友人のセクシュアリティについて、それまでより少し詳しく話すこともできました。むしろ、ちょっぴり仲が深まったような気がします。
考え方や性格の違いなどから不穏な空気が流れても、毎回ちゃんと話し合って仲直りをするような『女ふたり、暮らしています。』的な関係性は、同居人として安心感があります。
わたしもパートナーとそんなやり取りをしていければと思います。
エッセイ『女ふたり、暮らしています。』のふたりを取り巻く人々
『女ふたり、暮らしています。』のなかで、クィアなわたしにとって一番うらやましいと感じたのは、ふたりの交友関係や家族との関係性です。
ファン・ソヌとキム・ハナが暮らす場所の近くに住んでいる、友人たちとの交流のエピソードもたくさん出てきます。友人たちが長期間家を空けるときに、家を訪ねて観葉植物に水をやったり。エレベーターにごはんだけのせて届けて、おすそわけをしたり。忙しいときに、お互いの家の猫や犬の世話をしたり。
ふたりとたくさんの友人たちとの関わりは、まるでひとつのコミュニティのようで、わたしもクィアフレンズたちと『女ふたり、暮らしています。』のようなやり取りを日常的にしたいなと思います。
また、ふたりはお互いの両親ととても仲がよいらしく、ファン・ソヌのお母さんがキム・ハナのためにキムチを送ってくれるというエピソードもありました。
クィアなパートナーと付き合っているわたしにとって、家族との関係性はずっと頭の奥にある悩みの種です。相手の家族と仲よくなれるのか、どうやって紹介されるのか、不安がつきまといます。
もちろん、どちらの家族がなんと言おうと、パートナーとの人生を諦めるつもりはありませんが、家族ぐるみで仲よしのふたりの関係性は理想的に見えます。
エッセイ『女ふたり、暮らしています。』から考えるクィアなわたしの将来の暮らし

安定したふたりの関係性や、友人たちとの関わりがゆるやかに存在する暮らしのよさが『女ふたり、暮らしています。』には詰まっています。
エッセイ『女ふたり、暮らしています。』に出会うまでは、パートナーとのふたり暮らしを同棲としか想像できていませんでしたが、友人のクィアカップルと近くに住んだり、ご近所さんに猫シッターを頼めるような仲になったりする、ゆるいコミュニティ暮らしも楽しそうです。
それがクィアコミュニティであったらなおのこと。新宿二丁目のように、クィアが飲み、集う街があるのもいいですが、クィアが生活する街があればいいかもしれません。
『女ふたり、暮らしています。』のようにパートナーと猫とデカい本棚と暮らしながら、同じ街でクィアな人たちともつながれるような生活をおくれたら最高です。
■作品情報
エッセイ『女ふたり、暮らしています。』
著者:キム・ハナ、ファン・ソヌ
翻訳:清水知佐子
出版社:CEメディアハウス

