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「パンセクシュアルと公表して良かったよ」って、いつかあいつに伝えたい【前編】

冷たい雨の降る日、息を切らせながら、待ち合わせ場所に現れた内山直弥さん。走ってきたのだろうか。「公園の中を突っ切ってきました」と笑うその額には、汗が光っていた。 小学生の頃から、空気を読むのが得意だったという。しかし、大人になったいま、空気を読むばかりでは、何も変えられないと知った。内山さんを動かした恩師の言葉や親友との関係、LGBT当事者として生きる上での「覚悟」について、じっくり話を聞いた。

2019/09/21/Sat
Photo : Rina Kawabata Text : Sui Toya
内山 直弥 / Naoya Uchiyama

1990年、神奈川県生まれ。幼少期から5歳上の姉の言動を見て育ち、要領よく立ち回ることが得意だった。「目立たない」ことを信条に、小学生の頃から中の中というポジションをキープ。しかし、高1のときに自分が本気で生きてこなかったことを思い知らされる。浪人時代を経て大学に進学し、大学卒業後は看護の専門学校へ。看護師として1年働いた後、フリーの編集者・ライターに転身した。

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INDEX
01 空気を読んで生きる
02 バランサー
03 身の丈
04 本気を出す
05 初めての感情
==================(後編)========================
06 パンセクシュアルという言葉
07 当事者たちの困惑
08 矢面に立つ覚悟
09 自分のタイミング
10 親友へ

01空気を読んで生きる

60点の生き方

5歳上の姉がいる。

小さい頃から、姉を慕う一方で、反面教師にしていた部分もある。

「思春期のとき、姉ちゃんは毎日のように親とケンカしてたんです」

「それを見て、ここまで怒鳴られるのは面倒くさい、って思ったんです」

「僕はそうならないぞ、っていう勝手な使命感がありましたね」

家でも学校でも、親に迷惑をかけないように、いい子を演じていた。

テストは毎回、60点台をキープ。
回答がわかっても、あえて埋めないことがあった。

「私立の中高一貫校に進学したんですが、その学校では、成績順にクラスが分かれていました」

「僕の定位置は、一番下のクラスのトップ」

「先生に目を付けられない、ちょうどいい位置を確保してたんです」

「内山は大丈夫だろう」と放っておいてもらえるのが、一番楽だった。

目立たないことで、自分で勝手に築いた城を守っていたのかもしれない。

「いい子」でいること

両親は、作法に厳しい人だった。

小さい頃から、箸の使い方や言葉遣いなどを厳しくしつけられてきた。

「親戚が集まったときに、同年代の従兄弟たちが騒いでいても、僕と姉ちゃんだけは親の隣に座っていました」

「親たちの話を聞いてなさい、って言われてたんです」

行儀良くしていれば、帰るときに「よくできたね」と褒めてもらえる。
お菓子も買ってもらえた。

「姉ちゃんは、そういう締め付けが我慢できなくて、思春期に爆発したんだと思います」

「僕は逆に、空気を読むのが得意になりました」

マンションの子どもたち

住んでいた小さいマンションには、同年代の子どもがたくさんいた。
姉より年上の子もいれば、自分より年下の子もいる。

小さい頃は、年齢に関係なく、みんなで誘い合って遊んでいた。

「よそのお兄ちゃんたちと遊ぶときは、けっこう危ない遊びもしてました」

「屋上からマンションのパイプを伝って降りてくるとか・・・・・・」

「非常階段から、自転車置き場の屋根に飛び移って、歩いたり走ったりしたこともありましたね(笑)」

親の目を盗んで、やんちゃを繰り返した。

02バランサー

ヒエラルキーの真ん中

幼稚園では、活発でリーダーシップを取るタイプだった。

「ほかの子より身長が早く伸びて、体格もよかったんです。みんなのボスとして、何をするときも先陣を切る感じでした」

しかし、小学校に上がってからは、立ち位置を意識するようになった。

「だいたい、足の速い子がクラスを牛耳るじゃないですか(笑)」

「僕は、ずば抜けて足が速くはないけど、遅すぎもしませんでした」

「ヒエラルキーの真ん中にいて、上の子と下の子をつなぎ留める役割でしたね」

目立つグループとも、大人しいグループとも、分け隔てなく仲がいい。

どちらかにいられればいい、と思っていた。

「小学校のときの通信簿を見ると、先生からのコメント欄に『上手くやっています』って書かれていて(笑)」

「小さい頃から、上手く立ち回れる子だったんだと思います」

自己満足

小学生のとき、読書感想文が学校新聞に載せられそうになったことがある。

先生に怒られるのは嫌だったが、表彰されたり褒められたりするのも嫌だった。

「全力で拒否しました」

「本を読んでパッと書いただけなのに、それを載せられて恥をかかされるのは嫌だ、って言ったのを覚えてますね」

人から期待されることが好きではなかった。

「期待してるよ」と言われても、応えられる自信がない。

「落胆されるのが怖かったんです。自分が満足できればそれで良かった」

「人の評価をあまり気にしてなかったんですよね」

二分の一成人式

小学校中学年のとき、パソコンゲームの「特打」にハマっていたことがある。

ウィンドウズにもともと入っている、タイピング練習用のゲームだ。

「速く打てるようになると、成績が上がっていくんです」

「1人で黙々と挑戦して、成績が上がっていくことに喜びを感じてました」

小4のときに、タイピングができることを知った先生から「文章を書いてみない?」と声を掛けられる。

二分の一成人式で披露する、芝居の脚本を書いてみないかという誘いだった。

「小学生で『この脚本、誰が書いたの?』って気にする子は、いないじゃないですか」

「特に目立つこともないと思ったので、やってみます、って返事をしました」

ほかのクラスの脚本は「楽しかった林間学校!」などと、児童が声を合わせて発声し、暗転を挟んで、林間学校のシーンを再現する・・・・・・といったものがほとんどだった。

しかし、そういう芝居ばかりでは面白くないと感じた。

「全部のシーンを、暗転せずにつなげたいと思ったんです」

「ただし、小さい体育館のステージでは、表現の幅も狭まります」

「考えた結果、ステージの端から端まで1人ずつ歩かせて、セリフを言わせることにしました」

芝居は大成功。

「二分の一成人式は、いい経験でした。創作って楽しいなと思いましたね」

「卒業文集には『将来は小説家になりたい』って書きました」

03身の丈

教育方針

中学は受験をして、中高一貫の共学校に進学した。

家の近くの公立中学校が荒れていたため、両親から受験を勧められたのだ。
姉が私立に行っていたこともあり、自然と私立を目指す流れになった。

塾の先生たちには、「今のレベルより、ちょっと上のところに受かればいいね」とよく言われた。

しかし、両親からは「身の丈に合ったところを自分で選びなさい」と言われる。

「うちの親は、礼儀作法には厳しかったけど、勉強にはそれほど厳しくなかったんです」

「成績の善し悪しよりも、自分の考えをしっかり持った子になりなさい、っていう感じでしたね」

「受験シーズンになると『願書の出し方を教えてあげるから、自分で書いてみなさい』って言われました」

姉の変化

2人目の子どもということもあり、自分のときは、両親も多少の慣れがあっただろう。

姉は、自分よりも数倍厳しく育てられていたはずだ。

「姉ちゃんは、何かに縛られるのが一番嫌いなんです」

「校則の厳しい学校に通ってたし、フラストレーションが溜まってたんでしょうね」

「親もさらに縛ろうとする空気があったので、思春期も相まって、爆発したんです」

高校を中退した後、姉はバンドギャル(ヴィジュアル系バンドの熱心なファン)になった。

髪の色がピンクになったり金色になったり、見た目がめまぐるしく変わっていく。

「明治神宮前の橋に、バンギャが集まるんです」

「姉ちゃんはそこを牛耳ってました」

「当時、姉ちゃんのバンギャ名を知らない人はいなかったんですよ」

そんな姉も、10代が終わる頃には高卒認定を取り、短大に行って自立した。

「途中ちょっとやさぐれたけど、根は真面目なんだと思います」

柔道部とバレー部

進学した中学校では、書道部に入ろうと思っていた。
小学生のときからずっと、書道を習っていたからだ。

しかし、自己紹介のときに「書道部に入ります」と言った瞬間、担任の先生の目つきが変わった。

「担任の先生が、柔道部の顧問だったんです」

「当時80kgあったので、先生から『いや違う。お前は柔道部だ』って、その場で勧誘されました(笑)」

断るわけにもいかず、柔道部に入部したが、男子部員は4人しかいなかった。

「団体戦では、先鋒→次鋒→中堅→副将→大将の5人が必要なんです」

「必然的に、1試合目は相手チームが不戦勝で勝つことになりました」

高1のとき、部員の少なさから、柔道部は廃部になった。

その後、バレーボール部に誘われて入部。

しかし、バレーボール部も、3年生が引退すると一気に部員が減った。

「2年生がいないので、1年生の誰かがキャプテンをやらなきゃいけなかったんです」

「適任者がいなくて、顧問の先生から『内山がやれ』って言われて、渋々キャプテンを務めることになりました」

体育館の事情から、中等部と合同で練習していたが、部員を上手くまとめきれなかった。

先生からは怒られ、部員からは何かにつけてキャプテンのせいにされる。

「最終的に、心が折れてしまい、部活を辞めることにしました」

04本気を出す

外の世界

部活の練習がなくなると、放課後や週末は暇だった。
何か刺激が欲しかったが、何をすればいいかわからない。

時間を持て余していたときに、家族から「バイトをしてみたら?」と言われた。

学校の校則で、アルバイトは禁止されていたが、「バレなきゃいいんでしょ?」と言われた。

初めてバイトの面接を受け、レストランのキッチンとして働くことになる。

「自分はいままで、狭い世界で生きてきたんだ、って思いました」

「ただ、当時は外の世界に人脈を広げていく勇気がなかったんです」

「バイト先でも、なるべく目立たないようにしてました」

なんで本気出さないの?

高3のとき、大学受験をしたが、偏差値の低い学校にしか受からなかった。
妥協できず、浪人をさせてもらえるように、両親に頼み込んだ。

浪人すると決めたとき、頭にパッと流れてきた言葉があった。

「お前、なんで本気出さないの?」

高1のときに、担任の先生に言われた言葉だった。

「一度だけ、模試で1位を取ったことがあったんです」

「目立っちゃいけないと思って、次のテストでは手を抜いたんですよね」

「そのときに言われた言葉でした」

60%の力で生きることが、いつの間にか当たり前になっていた。

あとの40%は、ただ捨てているだけか?

もったいない、と思った。

「一度でいいから本気を出そうと思って、東大を目指すことにしました」

「予備校で国立専門のクラスに入り、1年間、受験勉強に本気で取り組んだんですよね」

「人生初の冒険だったと思います」

初めての悔しさ

浪人時代は、朝6時に起きて、夜11時くらいまで机に向かっていた。

センター試験の前日、塾で過去の問題集をコピーしていたら、先生から「それ、香川大学の過去問だよ」と指摘された。

「ガチガチに緊張してたんですよね(笑)」

「もう、いっぱいいっぱいだったんです」

1年間、本気で努力したが、東大には受からなかった。

私立の難関校にも受からず、結局、中堅の大学に進学することになった。

「そのとき、自分のために初めて泣きました」

「本気を出すと、悔しさを感じるんだ、ってそこで気づいたんです」

あのとき、先生に「なんで本気出さないの?」と聞かれなければ、東大を目指すことはなかっただろう。

いまのように、自分のセクシュアリティを隠さずに、仕事をすることもなかったと思う。

「先生の言葉がなかったら、いまの自分はなかったな、って思います」

05初めての感情

憧れの人

大学生になるまで、好きになる対象は女性ばかりだった。

男性を初めて好きになったのは、大学1年生のとき。

「僕は1年浪人しているので、2年生の子たちと同い年だったんです」

「所属したテニスサークルの2年生に、向井理に似ている男の子がいたんですよね」

「テニスサークルは全部で12個あったんですけど、その中でもずば抜けてかっこいい子でした」

最初は彼のことを、同性として、憧れのまなざしで見ていた。
誰にでもオープンで、気取らない性格だったからだ。

「女の子には紳士的な態度で接するし、ノリのいい男子にはノリ良く接するんです」

「自分みたいに大人しい男子としゃべるときは、真面目に話を聞いてくれました」

「その人柄に惚れたんですよね」

恋愛感情

彼に対しての想いが、恋愛感情だと気づいたのは、サークルの合宿がきっかけだった。

「サークルの合宿で、風船を割って、中の紙に書いてある指令をこなすっていうゲームをしたんです」

「彼がたまたま、『班長とディープキス』っていう紙を引いたんですよ」

「彼の班の班長は、僕でした」

「その罰ゲームをしてから、悪くないな、と思っちゃったんですよね(笑)」

まさか、そんな感情になるとは思っていなかった。

自分はバイセクシュアルなのかもしれない。
それも悪くないな、と思った。

「彼に想いを告げる勇気はなかったですね」

「友だち関係を壊す勇気はなかったですし、サークル内で噂になるのも怖いと思って・・・・・・」

目立ちたくない一心で、感情をひた隠しにした。

モラトリアム期

大学4年の夏、専門学校への進学を考え始めた。

「恥ずかしい話ですが、まだ社会に出たくなかったんです」

「でも、現実から逃げるためだけに、高い授業料を払うのはもったいないですよね」

「これから何を学べばいいか考えました」

専門学校に入るとしても、既に願書が打ち切られているところが多い。
焦っていたときに、大学病院で看護師をしているゲイの人と知り合った。

「うちの大学病院直属の専門学校は、願書の期限までまだ1週間あるよ」

そう言われて、急いで願書を提出した。

一般入試を受け、無事に合格。

しかし、専門学校は、入ってからが大変だった。

「大学生が、4年間で国家試験を受けるのに対して、僕たちは3年間で同じ量の勉強をこなさなければいけないんです」

「実習に行きながら国家試験の勉強をして・・・・・・」

「最後の1年間は、地獄のような忙しさでしたね」

 

<<<後編 2019/09/24/Tue>>>
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06 パンセクシュアルという言葉
07 当事者たちの困惑
08 矢面に立つ覚悟
09 自分のタイミング
10 親友へ

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