私はレズビアンで、女性パートナーと暮らしています。そんな私には、既婚のバイセクシュアルの女友達がいます。異性と結婚した彼女は、LGBTコミュニティのなかで「居場所がない」と感じることがあるそうです。彼女の体験談をもとに、その疎外感の背景を考えていきます。
レズビアンの私と、既婚バイセクシュアルの女友達。同じLGBT当事者なのに「違う」?
レズビアンの私と、既婚者でバイセクシュアルの友達。彼女と親交を深めるなかで、同じLGBT当事者でも置かれている立場や感じる孤独は違うのだと、あらためて実感しました。
異性婚で「LGBTであること」が不可視化されがちなバイセクシュアル
異性と結婚したバイセクシュアルの友達は、周囲から一般的な異性愛者として扱われているといいます。
一見すると彼女とその夫は「男女カップル」であるため、異性愛者同士の夫婦とみなされることがほとんど。しかし、彼女は女性とも男性とも交際した経験があるバイセクシュアルです。結婚によって性的指向が変わることは、まずありません。
それでも、自身のセクシュアリティを近しい人にカミングアウトすると「でも男性と結婚したんだし、もうLGBTじゃないでしょ」という反応が返ってくるそうです。
そのひとことで、バイセクシュアルとして生きてきた経験がなかったことにされたように感じると、彼女は語りました。そして、理解されない苦しみを避けるために、バイセクシュアルであることを隠し続けるうちに、LGBT当事者としての自分は周囲の視界から少しずつ消えていくようだと。
こうした不可視化が孤独感につながっているのだと、彼女の話を聞きながら思いました。
女性を愛した過去があっても「選んだ結果」だけでジャッジされる
バイセクシュアルである彼女は、男性だけでなく女性とも真剣に交際していた過去があります。
それは一時的な迷いでも、なかったことにできる経験でもありません。それでも現在の異性との結婚という「結果」だけを切り取られ「結局は異性愛者だったのだ」と受け止められてしまう場面が、多々あるそうです。
過去の選択や感情の積み重ねが省略され、ひとつの結論だけで語られることに、私は違和感を覚えます。
人生は直線ではなく、複数の経験が重なり合って形づくられるものです。その過程ごと尊重されないことが、彼女にとってどれほどつらいことか。想像するだけで、思わず胸が痛くなりました。
既婚バイセクシュアルが感じる、LGBTコミュニティでの疎外感
既婚者という立場にあるバイセクシュアルの友達は、LGBTコミュニティのなかでも居心地の悪さを感じることがあるといいます。
LGBT当事者の交流の場や、友達・恋人づくりを目的としたLGBT向けマッチングアプリでは、既婚者であること自体が警戒の対象になり「なぜここにいるのか」と理由を求められることも少なくないようです。
LGBT当事者の友達を求めて参加しているだけでも、恋愛や浮気を目的としているのではないかと疑われてしまう。その視線にさらされるうちに、交流すること自体をためらうようになったと彼女は語ります。
同じLGBT当事者であっても、立場の違いによってコミュニティからこぼれ落ちてしまう。そうした疎外感にも悩んでいるようです。
LGBTコミュニティで既婚バイセクシュアルへの風あたりが強いのはなぜ?
既婚者のバイセクシュアルが感じる居心地の悪さは、私の友達に限ったことではありません。同じような悩みをほかのバイセクシュアルの方からも聞いたことがあります。なぜ、既婚者のバイセクシュアルへの風あたりはこんなにも強いのでしょうか。
結婚ができることへのうらやましさ

LGBT当事者が既婚バイセクシュアルに向ける感情のなかには「結婚ができる」という事実へのうらやましさが含まれているのでは、と私は考えています。
いまだ同性婚が認められていない現代の日本で、異性婚という制度にアクセスできるバイセクシュアルは、レズビアンやゲイにとって「選択肢を与えられた存在」として映ることがあります。
愛する人との結婚は喜ばしいことだとはわかっているのに、どうしても「結婚したくてもできない自分」と比べてしまう。そんな時期が私にもありました。
誰かをうらやむこと自体は悪いわけではありません。ただ、その感情が行き場を失うと、個人への攻撃として表出することもあります。だからこそ私は、その感情の矛先を人ではなく制度や社会構造に向け直すことが大切だと感じています。
バイセクシュアルがうらやましく見えるのは、その人たちが「選択肢を持っている」からではなく、私たちが選択肢を奪われているから。問題は個人ではなく、同性婚を認めない社会の側にある。
その前提を意識すると同時に、愛する人と結婚できないことで、自分がどれほど傷ついているのかに気づくことも、大切だと考えています。
バイセクシュアルをマジョリティと捉えるLGBT当事者もいる
LGBT当事者のなかには、既婚のバイセクシュアルを「マジョリティ側の人」と捉える人もいます。「異性を好きになる」「異性と結婚できる」という面においては、確かにマジョリティの要素をもっているといえるかもしれません。
ただし、その一面だけで語ってしまうと、両性に惹かれるというバイセクシュアル固有のあり方が見えなくなってしまいます。
また「LGBTの友達がほしい」という既婚者のバイセクシュアルに対して「マジョリティ側なのに、なぜマイノリティ側に来るの?」と、戸惑いや警戒を抱く当事者も少なからず存在します。
「マジョリティに見えること」と「マジョリティであること」は必ずしも一致するものではありません。結婚という制度にアクセスできるかどうかは、その人がどんなセクシュアリティであるか、どんな葛藤を抱えているかをすべて語ってはくれません。
また異性と結婚していても、セクシュアリティに関する悩みや葛藤がなくなるわけではありませんし、同じ文脈で話せる相手を必要とする気持ちは自然なものです。
自分のなかにある不安や偏りに気づき、制度と個人を切りわけて考えること。そして相手の背景におもいをはせること。
それが、同じLGBT当事者同士で関係を築いていくための第一歩だと、私は感じています。
既婚バイセクシュアルの友達の悩みを聞いて。LGBT当事者と安心して交流するには?
既婚者のバイセクシュアルである友達の話を聞くうちに、私は「安心してつながれる場所」の大切さをあらためて考えるようになりました。彼女の悩みをきっかけに、私たちは無理のない、より穏やかな交流のあり方について話し合いました。
オールジェンダー・オールセクシュアリティのオフラインイベントに参加する

オールジェンダー・オールセクシュアリティを対象にしたオフラインイベントは、既婚者のバイセクシュアルにとって参加しやすい場のひとつとしてあげられます。
こうしたイベントの多くは、LGBT当事者だけでなくアライも参加できます。特定のセクシュアリティを前提とせず「尊重する姿勢」を共有できる人が集まる場なので、あらゆるセクシュアリティの人が心地よく参加できます。
当事者・非当事者という区分をいったん脇に置き、人としてフラットに関われる環境は、既婚のバイセクシュアルにとっても安心感につながるのではないでしょうか。同性パートナーがいるレズビアンである私も、こうした場で属性よりも「個人」として接してもらえる心地よさを感じてきました。
交流の目的も出会いに限らず、雑談や情報交換、表現活動など多様です。まずは同じ空間に身を置き、安心できる距離感で関係を築ける点も魅力だと思います。
少人数・テーマ型のコミュニティを探す
既婚者のバイセクシュアルの場合、大人数が集まる場では、どうしても属性や立場が先に見られてしまい、安心して話せないと感じることがあるといいます。
とくに友達づくりと恋人づくりの両方を目的としたイベントでは、参加動機をめぐる誤解が生まれがちです。すでにパートナーのいるバイセクシュアルが、友人を求めて参加していても「浮気目的では」「なぜ来ているのか」と、ほかの当事者から警戒されることもあります。
恋愛や性的関係を前提とした場では、無意識に相手を「恋愛市場」の文脈で判断してしまう人が多いからかもしれません。
そんなときは、少人数でテーマが明確なLGBT向けイベントを探すのも一案です。
「創作」「読書」「仕事」など関心ごとを軸に集まる場であれば、セクシュアリティやパートナーの有無が主題になりにくく、自然な関係を築きやすくなります。
人数が限られているぶん、背景を丁寧に知る時間も生まれやすく、説明や自己防衛に追われずにいられる。そうした場こそが、長く安心してつながるための土台になると感じます。
ただし、イベントの募集要項や参加条件には必ず目を通してから、自分にマッチしたイベントに参加するのがおすすめです。
居場所は「属性」より「関係性」で選ぶ
既婚のバイセクシュアルが居場所を探すときは「どの属性の集まりか」よりも「どんな関係を築けそうか」に着目するのがよいかもしれません。
たとえば、SNSで自分と近い価値観や関心を発信している人と少しずつ交流し、無理のない範囲でつながりを深めていく方法もあります。
最初から「LGBT当事者かどうか」ではなく、日常の延長線上で関係を育てられる点が安心材料になるでしょう。
また、習い事やワークショップ、勉強会など、共通の目的がある場も選択肢としてあげられます。料理教室や語学、創作系の講座など、活動を通じて自然に会話が生まれる環境では、結婚やセクシュアリティが主題になりにくく、人となりを知ってもらいやすくなります。
相手が自分にとって「安心できる相手」かどうかは、肩書きや属性ではなく、会話の端々や距離感の取り方に表れます。
少しずつ関係を重ねながら「ここまでなら話せる」「この人とは一歩近づけそう」と自分の感覚で距離を測っていく。こうした積み重ねによって、自分にとっての居場所をつくれるのだと思います。
きっとつながりは広げられる。「わける」よりも「結ぶ」方へ

既婚のバイセクシュアルの友達の話を聞くなかで、私は「わける」よりも「結ぶ」関係のあり方を考えるようになりました。
「バイセクシュアル」「既婚者」といった属性や肩書きだけで距離を決めてしまうのではなく、目の前の人が何を大切にしているのかに耳を傾けること。その積み重ねが、安心できる関係を少しずつ育てていくのだと思います。
すぐにわかり合えなくても対話を重ねることで、つながりはきっと広げていけると、私は感じています。



