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Writer/遥

長続きしているレズビアンカップルは希少? 正直「なんとなく」で一緒にいる私

交際9年になるレズビアンカップルの私たちは、周囲から「どうしたらそんなに続くの?」とよく聞かれます。「同性カップルは長続きしない」と言われがちななかで、私たちが感じる違和感や関係のあり方について考えました。

レズビアンカップルの私たちが「長続きですごいね」と言われるたびに思うこと

私がパートナーと付き合って9年になると伝えると、相手から「長く続いてすごい」と言われることがあります。褒めてくれてうれしいと思ういっぽうで、その言葉の背景に「期待」を感じて違和感を抱くこともあります。

「ケンカしないの?」「長続きの秘訣は?」と質問されて

クィアの友人や、異性・同性パートナーのいる友人に、私とパートナーの交際期間について話すと、高確率で「ケンカしないの?」「長続きの秘訣は?」と聞かれます。

もちろん、多くの場合は世間話もしくは純粋な興味で質問してくれていると思うので、ポジティブに受け取っています。

ただ、ふと疑問に感じることがあります。相手は単に関心があってたずねているのか、それとも「長続きする特別な理由があるはずだ」と思っているのか、どちらなのだろうと。

レズビアンカップルを含む「同性カップル」が長く続くことは珍しいと見られがちなことから、そういった質問には驚きや期待が混じっているような気がするのです。

「長続きしているレズビアンカップルはレア」と特別扱いされる不思議

交際年数を重ねるうちに「レズビアンカップルで〇年は長いね」と言われることが増えてきました。

私たちはただ日々を過ごしているだけなのに、まるで希少な成功例のように扱われる。そのたびに、少し不思議な気持ちになります。

レズビアンカップルだから長続きがレアだ、という前提がどこかにあって、私たちはその枠のなかで評価されていると感じるのです。

本当は、長く続くカップルもいれば、早く別れるカップルもいる。それは異性同士でも同性同士でも同じはずなのに、私たちの場合だけ「特別な物語」を見出されがちです。

「長さ」に意味を付けられることへの違和感が、いつも心のどこかに残っています。

「長続き=成功」「別れる=失敗」という空気

「長く続いていてすごいね」という言葉の裏には「続かないとよくない」という空気が漂っているように感じます。

まるで、交際年数が恋愛の成績表のように扱われ「長続き=成功」「別れる=失敗」という図式が当たり前のように存在している。特に同性カップルの場合、その圧力がさらに強く感じられることがあります。

本来、関係のよしあしは年数だけでは測れないはずなのに、結果だけを外側から評価されてしまう。恋愛はもっと流動的で、必要な時期に必要な人とつながるだけのものなのに、「終わったら無意味」のような価値観に縛られるのは違うのでは、と思っています。

レズビアン視点から考える、同性カップルに投影される「幻想」と「現実」

レズビアンカップルを含む同性カップルは、ときに「清廉潔白な存在」として美化されることがあります。しかし、日常を生きる私たちは、そのイメージと現実との間にズレを感じています。

「同性同士の愛=崇高で壊れにくい」という神話

私たち同性カップルは、一部の人から「同性同士の愛は純粋で、崇高で、壊れにくい」そんな幻想を向けられることがあります。差別や偏見を乗り越えて結ばれたふたりだからこそ、絆が強くてその思いが揺らぐことはないはずだ、と。

しかし、実際の私たちの関係は、そんなドラマチックな物語とは無縁です。

仲がよい日もあれば、価値観がすれ違う日もある。ただの人間同士の恋愛ですから、普通に揺れ、普通に迷います。性別が同じというだけで、愛が強固になるわけではありません。

別れたときだけ注目される、妙な構造

SNSを見ていると、同性カップルが別れたときだけになぜか過剰に注目される・・・・・・そんな構造があると感じます。

たとえば、インフルエンサー活動をしている同性カップルが別れると、SNSでは「やっぱり続かなかったんだね」と嘲る声や「このふたりだけは続いてほしかった」と落胆する声があがります。

異性同士のカップルならただの別れ話で済むのに、同性だと「同性同士の恋愛は難しい」という前提を裏付ける材料として消費されてしまうような感覚。

実際には、単に合わなくて別れることもあれば、自然に終わる関係もあるだけで、そこに同性カップルゆえの特別な理由は多くないと思っています。

それでも、同性カップルの別れが「現象」として扱われるたびに、そして恋の終わりにまで説明責任を求められるような空気に、どこか居心地の悪さを感じます。

交際9年のレズビアンカップルの本音

交際9年という時間を重ねてきた私たち。長く付き合ってきたからこそ芽生えた感覚や、自分たちの関係性に対する思いを、ここでは率直に語っていきます。

「なんとなく一緒にいる」が続いているだけ

私たちはお互いを大切に思っているし、愛しているという実感も確かにあります。ただ、その気持ちはいつも劇的に存在しているわけではなく、日々のルーティンのなかで静かに沈んでいることが多いのです。

朝起きて、仕事に行って、帰ってきてご飯を食べて、同じ部屋で眠る・・・・・・その繰り返しのなかで、愛情を感じ忘れる瞬間もあります。

それでも、ふたりでいることが自然で、気づけば今日も隣にいる。私たちの9年は、強い意志や努力で守ってきたというより「なんとなく一緒にいる」がそのまま続いているだけだと感じます。

もちろん、今後もパートナーとともに生きたいと思っていますし、長く一緒にいるために、お互いに心がけていることはあります。

ただ、関係をつなぎとめている中心にあるのは「続けなきゃ」という義務感ではなく、肩の力の抜けた安心感のようなものです。気が付けばそばにいる。

その自然さこそが、私たちの関係を静かに支えているのだと思います。

長続きしているレズビアンカップル=「見習うべき存在」ではない

「○年も続いていてすごいね」「見習いたいな」と言われると、素直にうれしい気持ちはあります。しかし、私たち自身は特別なカップルだとは思っていません。

長く続いているのは、相性やタイミング、そして日々の小さな積み重ねが、たまたま心地よく合ってきた結果にすぎません。

世のなかには、年数にかかわらず、あたたかく豊かな関係を築いている人たちがたくさんいて、その多様さこそ素敵だと感じています。

長続きしているから偉いとか、見習うべきだというよりも、ただの一組のカップルとして「そんな関係もあるよね」と受けとめてもらうほうが気が楽です。

長さだけじゃなくて深さも大切

恋愛はどうしても「何年続いたか」で評価されやすいものです。しかし、私は交際年数とふたりの関係性の質は必ずしも比例するわけではないと考えています。

私たち自身、9年という数字よりも、その間にどれだけ相手の世界に触れ、どれだけ自分らしさや弱さをさらけ出せたか、という関係の「深さ」のほうが重要と感じています。

深さとは、劇的な出来事の数ではなく、ふとした日常のなかでどれだけ心を委ねられるか、どれだけ相手の存在を自然に受け入れられるかという積み重ねです。

関係を測る物差しを「長さ」だけにすると、その密度を見落としがちです。

年数は背景にすぎず、そこでどんな感情が行き交ってきたのか・・・・・・その「深さ」こそが、私たちが関係を築くうえで大切にしたい部分だとあらためて思います。

どんなカップルにも、いずれは別れが訪れる。だから「道のり」を楽しみたい

どんなカップルにも、いずれは別れが訪れます。だからこそ、終わりを恐れるより、別れまでの「道のり」そのものを大切にしたい。そんな思いがあります。

「長く続いている恋愛関係=よい関係」とは限らない

先述したとおり、交際年数の長さは、しばしば「よい関係」の証として扱われます。

「10年続いている(別れずにいられている)」という事実だけで、そのカップルの質まで肯定されてしまうことがあります。

しかし、長さはあくまで結果であって、その内側にある感情や関係性の健やかさとは別のものです。

「関係を長く続けること」自体が目的になってしまうと、不満があっても我慢したり、本音を隠したりと、関係を維持することだけに力が注がれてしまう危うさもあります。

いっぽうで、短い期間でも深く信頼し合い、お互いを尊重しながら過ごしているカップルもいます。

私の身近には「恋人」という枠にとらわれずに、私が心から理想だと思える関係を築いている友人もいます。親友として必要なときに寄り添い、役割を固定せず、軽やかで健やかに続いていくつながりです。

そんな関係を見ていると、よい関係の指標は長さではなく、どれだけ深く、心地よくつながれているかだと感じます。関係性はもっと自由で、多様であってよいと感じます。

出会いも別れも「タイミング」

出会いも別れも、私たちの意志とは関係なく訪れることがあります。

どれだけ仲がよくても、人生の岐路や価値観の変化、あるいは死別というかたちで関係が終わることもある。

永遠に続く関係は、実はどこにも存在しないのかもしれません。長く続くことは素敵だけれど、その一方で別れもまた人生のごく自然な流れなのだと思います。

終わりを恐れるより、今隣にいる相手との時間をどう味わうか、どんな道のりを一緒に歩むか。その過程こそが人間関係の本質であり、かけがえのない部分だと感じます。

そして、いつかどんな別れが訪れたとしても、今一緒に歩いている時間が確かに自分の人生を豊かにしてくれたのだと、静かに誇れる関係でありたいと願っています。

 

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