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Writer/遥

ボーイッシュ&フェミニンのレズビアンカップルが感じるジェンダーバイアス。「見た目」で決めつけられる違和感

フェミニンな私とボーイッシュな彼女。レズビアンカップルの私たちが日々を過ごすなかで、社会にはまだ「見た目」で二人の関係性や役割を決めつける無意識のバイアスが存在することに気づきました。小さな違和感の積み重ねから見えてきた、私たちなりの気づきと向き合い方を綴ります。

男っぽい、女っぽい。レズビアンカップルが感じた「異性愛的な視線」

フェミニンな私とボーイッシュな彼女。外見が対照的な私たちは、日常のふとしたシーンで「あれ?」と感じる出来事に遭遇します。こうした出来事には、男女の役割に対する固定観念や無意識の偏見「ジェンダーバイアス」が深く絡んでいると考えています。

「男女カップル」と間違えられる? レズビアンカップルの私たちのファッション事情

私と彼女のファッションは対照的です。私は髪が長く、化粧をしているので、フェミニンな印象を持たれることがほとんどです。

一方、彼女は短髪で、メンズアイテムを身につけているため、周囲から「ボーイッシュ」と形容されることが多いです。そんな私たちは、街を歩いていると「男女のカップル」に間違われてしまうことも少なくありません。

しかし、この外見のスタイルと内面のジェンダー表現は、必ずしも一致するものではないと思っています。

ボーイッシュな彼女の方が、いわゆる「男っぽい」と思われがちですが、実際にはそうとは限りません。むしろ、フェミニンな私の方が、彼女よりもずっと勇ましいと感じています。

服装のスタイルだけで、その人の性格や二人の関係性を決めつけることはできません。

ファッションは、あくまで個性を表すもの。私たちレズビアンカップルは「らしさ」の枠に囚われず、それぞれが好きな格好を楽しんでいます。

スマホの契約・内見で話しかけられるのは、ボーイッシュな彼女

外見が対照的な私たちは、日常生活のさまざまな場面でジェンダーバイアスを感じます。特に、スマホの新規契約や賃貸物件の内見など「知識や決断力が必要とされる」場面では顕著です。

店員の方が話しかけるのは、決まってボーイッシュな外見の彼女の方です。

彼女を男性と勘違いしているケースもあれば、そうでないケースもありますが、どちらであっても「契約手続きはこちらの方でよろしいですか?」「この物件の広さはいかがでしょう?」と、なぜか彼女にだけ質問が集中します。

これは「女性(的な外見の人)は、専門的な事柄や高額な契約には疎い/男性(的な外見の人)は〜〜〜得意」という、異性愛カップルに対する無意識の偏見や期待が、レズビアンカップルの私たちにも向けられているということだと思います。

スーパーやアパレルショップでは、フェミニンな私が接客されがち

一方、スーパーでの食材選びやアパレルショップでの買い物といった場面で、店員の方が話しかけてくるのは、決まってフェミニンな私の方です。

先日、私が彼女と一緒にスーパーに行った際もそうでした。彼女が隣にいても、なぜか店員の方は私だけに宅配サービスの案内をするのです。ボーイッシュな彼女には一瞬、目線を配るだけで、顔も体も私の方を向けていました。

これは「家庭の食料品や家事のことは女性(的な見た目の人)が担当するもの/〜〜〜は男性(的な見た目の人)は苦手」という固定観念が根強く残っているためでしょう。「男だから」「女だから」と性別によって役割を決めつけてしまう人が、いまだに多くいることを実感します。

レズビアンカップルを通して見えるジェンダーバイアスの構造

同性同士の恋愛が少しずつ社会に受け入れられつつある今も、社会では「男女のカップル」を基準とした価値観が根強く残っています。そこには、長年にわたって社会が作り上げてきた構造が問題として存在しているのだと感じます。

ジェンダーバイアスは「男らしさ」「女らしさ」を求める社会の名残

「男はこうあるべき」「女はこうであるべき」といったジェンダーバイアスは年々、少しずつ改善されていると感じます。昔よりも、多様な生き方やカップルの形が受け入れられるようになりました。

しかし一方で「男は理性的で機械に強い」「女は気配りができて家庭的」といったイメージは、一部の方々のなかでいまだに根強く残っています。

私たちレズビアンカップルも、ボーイッシュな彼女が “頼られる側”、フェミニンな私が “支える側” と見られることが多いです。けれど現実ではそうとは限りません。

こうしたジェンダーバイアスは、性別によって役割を割り当てる、かつての社会の名残なのだと感じます。

「代表」と「補助」の構図に無意識で当てはめる危うさ

レズビアンカップルであっても「どちらが代表で、どちらが補助なのか」といった構図で見られることがあります。

手続きや契約の場面で、担当者の方が彼女の方だけを「主体」として扱うことも珍しくありません。一見ささいなことのようですが、そこには「一方が決め、もう一方は従う」という力の非対称を当然視する意識が潜んでいます。

この無意識の上下関係は、対等なパートナーシップの価値を損ない、人と人との関係を固定的にしてしまう危うさがあります。

レズビアンカップルである前に「対等な二人」として扱ってほしい

レズビアンカップルである前に、私たちはそれぞれ一人の人間であり、対等な関係です。

外見や性表現によって役割を決めつけられることは、実際の関係性や私たちの意思が置き去りにされてしまうこととイコールです。

どちらかが代表にならなくても、お互いに補い合い、対等な立場で物事を選択できる関係は当たり前に存在します。それは、私たちのような同性同士のカップル・レズビアンであっても異性同士であっても同じです。

日々の家事や細やかな手続きなどで「何が得意か」「どう分担したいか」は、二人が対話を重ねて決めるもので、外部が判断することではありません。

私は一人の人間として「どちらを主体と見るかではなく、二人それぞれに同じだけの尊重とまなざしが向けられること」を望んでいます。

私たちレズビアンカップルのジェンダーバイアスとの向き合い方

日常の小さな違和感に直面するたび、私は受け流さずに気持ちを共有し合い、どう向き合うかを一緒に探ってきました。二人で話し合うなかで、少しずつ私たちなりの意思表示の方法が見えてきました。

ジェンダーバイアスは「その場で一言」だけでも変わる

最近、私たちが意識しているのは「違和感を覚えたその場で、さりげなく一言添える」ことです。

たとえば、契約の場面で店員の方が彼女だけに説明を始めたとき、私は「私も一緒に決めるので、こちらにも説明お願いします」とそれとなく伝えます。私だけが話しかけられたときも同じです。

こうした場面では、強く主張する必要はありません。表情をやわらかく保ちながら、小さく修正するように伝えるだけで、相手も「あ、そうなんだ」と気づいてくださることが多いのです。

こうした一言は、相手を責めるためではなく、自分たちの関係性を正しく伝えるためのもの。積み重ねることで、周囲との距離感やジェンダーバイアスが少しずつ変わるのを感じています。

言葉で伝えづらいときは、態度でそれとなく示す

言葉で伝えるのが難しいと感じる場面では、態度でさりげなく示すこともあります。

説明が彼女だけに向けられているとき、私は自然に彼女の隣へ寄り、視線を合わせるように立つことで「二人で話を聞いていますよ」という姿勢を示します。

スーパーやアパレルショップでも、私だけに接客が集中しそうなら、彼女が商品を手に取りながら私と同じタイミングで店員さんに視線を向けることで、二人が主体であることを示します。

あえて大きなリアクションをしなくても、立ち位置や視線、身体の向きなど、言葉以外のシグナルだけで空気が変わることは少なくありません。声にすると角が立ちそうなときでも、態度を通して「対等な二人」という関係性を静かに伝えることができます。

ジェンダーバイアスに直面する瞬間は、今も少なくありません。だからこそ、外からの視線に左右されず、お互いを尊重し合う姿勢を積み重ねることが、何よりの力になると感じています。

これからも、性別にかかわらず、誰もが対等で心地よい関係を築ける社会になればいいなと願っています。

 

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