交際9年になる同性カップルの私たち。家族にはカミングアウト済みでも、冠婚葬祭となると少し迷いや戸惑いがあります。パートナーとして同伴するかどうか・・・・・・その都度ふたりで話し合いながら、私たちなりに距離感をはかっている途中です。
同性カップルが悩みがちな冠婚葬祭との距離感。私たちの場合
私はレズビアンで、同性のパートナーと暮らしています。自分たちを「ふうふ」だと認識しているものの、社会的には同居している他人同士。婚姻関係はないため、男女であれば夫婦として出席できるイベントや行事をパスすることも。
同性カップルの私たち。お互いの家族とは顔見知りだけど冠婚葬祭は・・・
同性カップルの場合、お互いの家族と顔見知りでも、冠婚葬祭となると男女のカップルとは少し事情が変わってきます。
私たちは、自身のセクシュアリティやパートナーの存在を家族におのおの伝えており、それぞれ友好的な関係を続けています。ただ「家族ぐるみの付き合い」とは距離感は少し異なります。
私はパートナーの父・兄・弟とは挨拶が済んでいますが、彼女の母とはまだ会ったことがありません。いっぽうパートナーは私の母と妹に会っていますが、まだ父とは顔を合わせていない状態です。
また、私もパートナーも、おじやおば、いとこなどの親族にはカミングアウトができていません。つまり、親族のなかに、私たちの関係を知っている人と知らない人がいるということです。
そのため、カミングアウトした相手としていない相手がいる場に私とパートナーが同席する場合、そこで私たちの関係について説明が必要になる可能性があります。これは、呼ぶ側も呼ばれる側も慎重になってしまうでしょう。
とくに冠婚葬祭はどうしても「親族が集まるフォーマルな場」であるため、誰にどこまで共有されているかを考えると、私たちの場合は無理に同席しないほうがいいと感じます。
だからこそ、冠婚葬祭に参加するかどうかは毎回ふたりで相談しながら、家族への配慮と自分たちの心地よさのバランスをとって決めています。
「同性カップルだから呼ばれない・行かない」ではない
私たちの場合は家族との「関係性の深さ」が、冠婚葬祭への出席を考える際の軸のひとつです。
たとえば、葬式の場合は故人、結婚式の場合は主役との交流が深かったときは、同性カップルかどうかに関係なく「行ったほうが自然だよね」と考えますし、逆に面識がほとんどない場合は無理に同伴しないほうがいいと判断します。
こうしたイベントはどうしても「形式」が重視されがちですが、私たちはそこに縛られすぎず「その人との距離感」を基準に考えるようにしています。
これは、まだ婚姻関係にない同性カップルだからこそ選べることなのかもしれません。ただ「同性カップルだから」という理由だけで、出席するか否かを判断しないことが大切だと感じています。(関連記事はこちらNOISE:パートナーシップ制度利用3年目のリアル。同性カップルが「ふうふ」になるのはいつ?)
同性カップルと冠婚葬祭:葬儀のとき、私たちはこうした
つい最近、パートナーの祖母が亡くなり、そのあとに私の祖母が亡くなりました。このタイミングで、同性カップルとして葬儀にどう関わるかをあらためて考えることになりました。
パートナーの祖母の葬儀

パートナーの祖母の葬儀に、私は参列しませんでした。というのも、私は彼女の祖母に会ったことがなく、これまで彼女が語る家族の話を通してでしか知らない関係性だったからです。
パートナー側の家族から葬儀に呼ばれなかったことにも、とくに違和感はなく、それが自然だとふたりで納得していました。実際、葬儀に参加していたのは、彼女の両親、パートナーの兄夫婦やその子どもたち、そして故人と親交のあった友人です。
ただ、香典はパートナーと連名で出し、気持ちだけはしっかり届けるようにしました。
同性カップルだから呼ばれなかったというより、単純に「会ったことがない相手の葬儀に無理に行かない」という、ごく自然な選択だったと感じています。
私の祖母の葬儀
パートナーの祖母の葬儀と同じように、私の祖母の葬儀に、彼女は参列しませんでした。
彼女と祖母は一度も会ったことがなく、私の家族との関係も「挨拶は済んでいるけれど、深い交流まではない」という段階です。そのため、家族側からも自然と私のパートナーを葬儀に呼ぶという流れにはならず、私自身もその判断に違和感はありませんでした。
むしろ、初対面のまま葬儀に参加するほうが、彼女にとっても家族にとっても負担が大きい気がして「今回は私ひとりで行くほうが落ち着く」と素直に思えたほどです。
彼女もその点を理解してくれて、当日は家で私の気持ちを支えてくれました。(関連記事はこちらNOISE:お墓は持たない。同性カップルの私たちが「循環葬」に託すおもい)
■婚姻関係ではない今、同性カップルの冠婚葬祭は「話し合い」が必要
婚姻関係ではない私たちにとって、冠婚葬祭は「無条件で同伴するもの」ではありません。だからこそ、毎回その都度しっかり話し合うことが欠かせません。
たとえば、家族のうち誰にカミングアウトしているのか、故人や主役との関係性、参加者への配慮、そしてお互いの気持ちなど、どれも無視できない要素です。
「パートナーであればこうするべき」という形式に当てはめるのではなく「今回はどうするのが自然かな」「どんな関わり方ならお互いに無理がないかな」と丁寧に確認し合うことで、ふたりにとって納得できる選択が見えてきます。
こうした小さな相談の積み重ねが、同性カップルとしての冠婚葬祭の指針につながると感じています。
冠婚葬祭の服装って・・・ボーイッシュスタイルの私たちの悩み
冠婚葬祭の服装に困るというLGBT当事者は少なくないでしょう。ふだんボーイッシュスタイルの私たちも例外ではなく、スカートやストッキングが前提になっているマナーに戸惑った時期がありました。
マナーと自分らしさのはざまで

冠婚葬祭の場では男女によって正解とされる装いが異なります。また「女性はスカート」という空気は以前よりも薄らいでいるものの、形式を大切にしている方が一定数いる場では、やはり判断に迷ってしまうものです。
こうした冠婚葬祭の服装マナーは、ボーイッシュな服装を好む私やパートナーにとっては長く悩みの種でした。
マナーに従うべきだと頭ではわかっていても、スカートやストッキングはどうしても身につけたくない。しかし、主役やお世話になった人、周囲の人に失礼を働くことは避けたい。そのはざまで揺れていました。
レディースの「パンツスタイル」をチョイス
私もパートナーも、冠婚葬祭の場ではレディースのパンツスタイルを選ぶようになりました。
黒のスラックス、落ち着いた色味のジャケット、装飾を控えた靴など、性別に依存しない基本を整えれば、パンツスタイルでも十分にマナーに沿った装いになります。
本音を言うと、メンズスーツを着てみたいのですが、やはりそこまで大胆になれる勇気はまだありません。そのため、現時点では「自分らしさを守りつつ、場にふさわしい身なり」という中間点に落ち着きました。
いつか、もっと自分らしいスタイルで参加できたらいいと思っています。
これからの冠婚葬祭、同性カップルとしてどう向き合う? 私たちの指針
冠婚葬祭との向き合い方は、同性カップルによって異なります。私たちの場合も、毎回同じ答えというわけではなく、状況によって出席する・しないの判断が変わります。制度の途中にいる私たちが、これからどんなふうに冠婚葬祭と向き合っていくか考えました。
結婚式は「関係性ベース」で参加する予定

私たちが結婚式への参加を考えるとき、いちばんの基準になるのは「私とパートナーの両者がその人と関わりがあるかどうか」です。
私もパートナーも一緒に食事をしたことがある友人や、ふたりとも親交がある相手なら、自然に「行こうか」と話がまとまります。逆に、どちらかいっぽうだけが属しているコミュニティ、たとえば地元の仲間や職場のつながりなどの場合は、基本的に同伴しないつもりです。
私たちの場合、無理に世界を混ぜようとせず、それぞれの関係性を尊重するほうが心地よいと感じているからです。
ちなみに、以前パートナーシップ宣誓をした際にご祝儀をくださったパートナーの友人がいて、その方の結婚式には「ふたりで行きたいね」と話しています。私たちの節目を祝ってくれた人には、ふたりでお祝いを返したいという気持ちが自然に湧きました。
今後も、こうした「つながりの深さ」を手がかりに、参加の仕方を柔軟に決めていくつもりです。(関連記事はこちらNOISE:LGBTであっても心から祝いたい。結婚式に参列してみて思ったこと)
制度が追いつくまで「自分たちのルール」で動けばいいと思う
同性同士の婚姻制度が整っていない今の日本では、同性カップルの立場はどうしても宙ぶらりんになりがちです。
家族として扱われる場面もあれば、ただの「友人」として扱われる場面もある。その揺れ幅のなかで毎回迷わないために、私たちは自分たちなりの線引きがあります。
私たちが決めていることのひとつが「パートナーの “友人” として出席することはしない」です。
形式上は友人として紹介できても、実際には嘘をつくことになり、私たち自身が苦しくなります。さらに、周囲にも余計な気遣いをさせてしまう可能性があります。そうした不自然さを避けるために、この線引きはとても大事にしています。
同性カップルと冠婚葬祭。その距離感はその時々で変わっていい
冠婚葬祭との距離感は、同性カップルにとっての「正解」が決まっているわけではありません。その時々の状況によって変わっていいものだと感じています。
家族へのカミングアウト状況や、相手との関係性、場の空気、そして自分たちの心の余裕、どれも日々変化するものだからです。
以前は参加しづらかった場でも、家族との関係が少しずつ育っていけば「今回は行ってみようか」と思えることもありますし、逆に気持ちが追いつかない時期には、無理に踏み込まないほうが自然なこともあります。
大切なのは、一度決めた方針をルールとして固定しないことだと思います。
同性カップルの婚姻制度が整っていない今は、私たち自身がその都度「今の私たちにとって無理がない選択はどれか」を柔軟に選び直していい。距離が近づくこともあれば、少し離れることもある。
その揺れを前向きに受け止めながら、ふたりのペースで冠婚葬祭との関わり方を更新していくほうが、ずっと健やかに関係を続けられると感じています。

