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Writer/Jitian

BL小説の枠を超えた作品『箱の中』

さまざまなメディアで、BL作品が大々的に取り上げられることが久しくなった現在。今回は、約20年前に発表された「BL小説」の枠に収まらない、超重めな文学作品『箱の中』を紹介します。

「まとも」な小説を探して見つけたBL小説『箱の中』

自分に合うBL作作品を見つけることは、結構骨の折れる作業です。

「肌色注意」「やおい」であふれるBL作品

私は中学生のころ、自分がシスヘテ(シスジェンダー/ヘテロセクシュアル)ではないと明確に自認するタイミングと前後して、BLやGLといったシスへテではない恋愛作品を手にするようになりました。

しかし、BL作品を読み漁る際、個人的に問題がひとつあります。

このジャンルはいわゆる「肌色注意」の作品が多いのです(多様性が重視される現代社会において「肌色」という言葉はNGとなりつつありますが、そこは今回脇に置いてください)。個人が発表するR18のイラストなどによく付けられる警告タグのようなもので、「裸=肌色が多めの作品」という意味です。

また、かつて、既存作品の男性キャラクターを使ったBL二次創作は「やおい」とも呼ばれていました。「ヤマ(山場)なし、オチなし、意味なし」の略で、「起承転結のない自己満足の趣味作品なので、あまり期待しないでください」という意味です。

しかし、個人の作品だけでなく商業BL小説やマンガでも、キャラクターの掘り下げやストーリーの起承転結などはそっちのけで、すぐに性交渉のシーンに移るものが少なくありません(1ページ目からいきなり性交渉していることも・・・・・・)。

BL作品が日の目を浴びるようになって、今や「やおい」が死語になりつつある一方、エンタメコンテンツがあふれかえるなかで、むしろオリジナルBL作品でも「ヤマなし、オチなし、意味なし」が多すぎるのでは? と感じています。

個人的観測では、BL作品というジャンル自体「肌色注意」な「やおい」作品が少なくなく、そうでないものを探そうとすると、まあ~苦労するのです(苦笑)。

文学作品のような読み応えのあるBL作品はないものか・・・・・・と探していて出会った作品が、数々のBL小説を手掛けてきた木原音瀬先生が書かれた「ダ・ヴィンチ」誌上でBL界の芥川賞作とうたわれたこともある『箱の中』でした。

BL小説『箱の中』あらすじ

主人公のアラサー男性・堂野崇文は、仕事とプライベートと、充実した生活を送るサラリーマン。しかしある日突然、電車内で痴漢の疑いをかけられて逮捕され、世界が一変します。

堂野は痴漢など身に覚えがありません。冤罪だったのです。

堂野は犯していない罪を認めることができず、無実を主張し続けて最高裁まで争いましたが、反省の色がみられないということで実刑判決を受け、10カ月間刑務所で服役することとなってしまいました。

刑務所のなかで、人権を無視されたような生活を送る日々・・・・・・。堂野の精神が音を立てて壊れていきます。

堂野と同じ雑居房のなかには、堂野より少し年下の喜多川という男性がいました。殺人罪で服役中だという、背が高く、仏頂面で無口な喜多川。何を考えているのかよくわからない不気味な人物でしたが、ある日、心細くて泣いていた堂野を喜多川が慰める行動を見せたことにより、堂野はだんだんと喜多川に心を開いていきます。

実は、喜多川は幼少期からネグレクトという言葉ではすまされないほど、壮絶な生い立ちを経験していました。まともな教育も受けていないからか、自分の人生が周囲に比べてハードモードだと自覚することすらなく、純粋な子どものような内面を持っていたのです。

やがて喜多川は、堂野から生まれて初めて「愛情」を受けたことで、堂野のことを恋愛対象として好きになります。

無知が由来して、堂野に対して思うままに、暴力的とも言える愛情をぶつける喜多川。傷つき混乱しながらも喜多川を放っておけない堂野・・・・・・。しかし、堂野はやがて出所し、喜多川と別れます。

ほどなくして喜多川も出所しましたが、堂野からは一切連絡が来ません。どうしても堂野を忘れられない喜多川は、当てもなく堂野を探します。一方、堂野はすでに就職先の女性と新しい家庭を築いていました。

果たして、喜多川は堂野を見つけられるのか?

「BL小説」だと思って読んだら火傷するほど重い『箱の中』

『箱の中』は、冒頭からとても暗い話が続きます・・・・・・。

痴漢冤罪、虐待、性暴力・・・重いテーマの数々

『箱の中』を読み始めて最初に感じた印象は「めっちゃ重いな・・・・・・」でした。

堂野の痴漢冤罪に始まり、刑務所での人間扱いされない生活、喜多川の虐待、性暴力、喜多川が出所後に住み込みで働いている職場環境、弱者を食い物にする人々・・・・・・。

書籍紹介のあらすじを読んで多少覚悟していたものの、読み応えがある一方でどの場面をとっても、つらい気持ちになることが多かったです。

一応(?)BL小説なので、ところどろこ性交渉のシーンもありますが「普通」のBL小説をイメージしていたら違和感を覚えるかもしれません。例えば、喜多川が堂野を襲う場面では、堂野が襲われながらも性的に感じることで、最終的には謎の多幸感に包まれるようなファンタジーではなく、堂野が心身ともに傷ついている様子が伝わってきます。

BL小説が好きな読者には『箱の中』をとてもおすすめしますが、ある程度の重さを覚悟のうえ、ご自身の心身が健康なタイミングでお手に取ったほうがいいと思います(笑)。

約20年前のBL作品から感じるギャップ

私が読んだ、講談社文庫から2012年に出版されている文庫『箱の中』は、かつて存在した蒼竜社のホリーノベルズというレーベルから2006年に発表された小説『箱の中』『檻の外』をまとめたものです。

私がBL作品を読み始めたのもちょうど2006年頃なのでよくわかるのですが、その頃のBLは今よりもファンタジー色がより強かったように思います。シスヘテの男性同士が「なぜか」男性に惹かれる作品ばかりで、ゲイだと自認しているキャラクターは極めて稀だったのです。

しかし現在のBL作品は、ゲイ当事者をキャラクターに据えたものが主流になりつつあると個人的に感じています。

LGBTQ当事者の存在が知られるようになって、世間が思うよりゲイ当事者が少なくないと知られ、異性愛・同性愛にかかわらずリアリティや必然性が求められるようになったのかな、と考えています。

たとえば、現在テレビ東京で放送されているマンガ原作のドラマ『40までにしたい10のこと』は、主人公と相手役が両方ともゲイで、女性には性的な興味を抱かないことが、序盤にはっきりと描かれていました。

この潮流のなかで『箱の中』を読むと、ゲイ当事者ではない(ゲイだと自認していない)キャラクター同士のBLに少し「古めかしさ」を感じるかもしれません(少なくとも堂野はシスヘテだと思います)。

ただ、『箱の中』は重たいテーマのなかで2人の関係性が必然的に描かれているので、BLによくあるファンタジー感がなく、納得して読めると思います。

「BL」というファンタジーから「男性同士のリアルな恋愛作品」へ

日本のエンタメは、BLやGLという「ファンタジー」が世間に普及するフェーズから、さらに階段を1つ登ろうとしているのかもしれません。

エンタメコンテンツがあふれかえる世の中で、クリエイターができること

ここで突然の自分語りなのですが(笑)、私はウェブマンガの原作小説を書くという仕事を最近しています。

小さいころの夢はマンガ家でしたが、画力に限界を感じて早々に挫折しました(笑)。ご縁があってこの仕事をいただいたときには「これは夢が叶ったと言ってもいいのでは!?」と、うれしくなりました。

しかし商業作品なので、自分が書きたいものを書くわけにはいきません。担当者とのアイデア出しの際には、LGBTQに絡めたアイデアも出してみたのですが、箸にも棒にも引っかからず、結局シスヘテのラブコメディに落ち着きました・・・・・・。

地上波のドラマや全国放映の映画なら、コンプライアンスを考慮してLGBTQを含めた多様性を「描かなければならない」こともあるかもしれません。しかし、私が書くのは世の中にごまんと出回っている、娯楽として軽い気持ちで読むウェブマンガ作品です。

読者のほとんどは暇つぶしにマンガを読むシスヘテで、コンプラなど考えたくない人たちでしょう。そう考えれば仕方ないことなのですが、やっぱり今も悔しい気持ちは少し残っています。

以前のNOISE記事〔「陰キャ」なFTMと「陽キャ」ギャルの交流を描いたマンガ『佐々田は友達』〕では、LGBTQ当事者を描いた話題のマンガ『佐々田は友達』を紹介しました。

LGBTQを「嫌味なく」描いた作品をヒットさせることがいかに難しいか・・・・・・。作者のスタニング沢村先生には尊敬の念を抱くばかりです。

同性同士の恋愛作品にリアリティを

これまでの記事で何度も書いてきましたが、ここ数年でBL作品が「日陰」扱いされるのではなく万人向けに発信されることが本っっっ当に多くなりました。

2006年、同性愛がタブー視されている世界に絶望していた自分に「20年近く経つと、世の中だいぶ変わってるぞ!」と伝えたいくらいです。

そして今は、先ほど書いたように、世の中はそこからさらに「リアルな同性愛」を求めていると思います。

同性愛者は「この世に存在しないファンタジーなキャラクター」ではなく「地に足をつけて生活している市民のひとり」だと世間全体に浸透しつつあることが、日本のエンタメ界でも当たり前の認識となってきているのかな、と感じます。

第2次トランプ政権の影響で大企業のDEI施策が後退し、日本でも保守系政党が支持を得るなど、最近になってもLGBTQ当事者として残念に思うことはたくさんありますよね・・・・・・。

それでも、エンタメの力は止まらない! 止めてはならない! そしていつか商業作品でLGBTQを取り上げたい! と、端っこで携わる身として改めて思います。

 

■作品情報
木原音瀬『箱の中』
講談社文庫、2012年
https://www.kodansha.co.jp/book/products/0000206036

 

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