INTERVIEW
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自分がXジェンダーでクエスチョニングと知った時は、安心感2割、不安8割だった。【前編】

ピンと胸を張り、待ち合わせ場所に颯爽と登場した伊藤りえさん。まとっている落ち着いた雰囲気は、学生時代の部活で培ったものだと教えてくれた。社会人1年目ながら、しっかりと将来を見据えている伊藤さんだが、未来を描けるようになったのはごく最近のこと。自分自身のことは、まだわかり始めたばかり。セクシュアリティに戸惑い、悩んだ過去があるから、気づけたことが財産。

2018/11/13/Tue
Photo : Mayumi Suzuki Text : Ryosuke Aritake
伊藤 りえ / Rie Ito

1994年、東京都生まれ。性自認はFTX(不定性)、性指向はクエスチョニング。3姉妹の末っ子として生まれ、両親に厳しく育てられる。小学生で始めたトロンボーンは、現在も継続。大学在学時、1年間台湾に留学し、中国語の習得に励む。2018年3月に大学を卒業し、4月から人材派遣会社に勤務。

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INDEX
01 厳しく大事に育てられた幼少期
02 環境がもたらした性格の変化
03 初めて打ち込めたもの=トロンボーン
04 “人の意見を聞くこと” を学んだ部活
05 思い描いた理想は中性的な存在
==================(後編)========================
06 新しく見つけた熱中できるもの
07 初めて抱いた恋心と苦悩
08 「クエスチョニング」という言葉の衝撃
09 会社を変えていきたいという思い
10 知らない世界を知ることが1つの財産

01厳しく大事に育てられた幼少期

ちゃっかり者の末っ子

3姉妹の末っ子として産まれた。

2人の姉と比べて、両親には野放しに育てられた気がする。

「姉たちは習い事もいろいろしてたんですけど、私は公文だけでした」

「3歳くらいから小学3年生まで、公文に通い続けていましたね」

「公文で小学校6年間の算数は終わらせたので、学校で困ることはなかったです」

両親から「勉強しなさい」「宿題やったの?」と言われることはなかった。

「基本的には、言われなくても自分でやる性格ですね」

つかず離れずの姉妹

2歳ずつ離れている3姉妹は、賑やかな幼少期を送った。

「昔は一緒におままごとしたり、リカちゃん人形で遊んだりした記憶があります」

「今は、友だちみたいに仲がいいってわけではないですね」

仲が悪いということもなく、適度な距離を保った関係を築いている。

「ケンカとかもしないけど、下の姉には逆らえないところがあります(苦笑)」

次女である下の姉は、末っ子の自分が生まれたことで、母親に甘えられない時期があったようだ。

姉が小学校に上がった頃、突然母親に甘えるようになった。

「もともと私は甘えん坊で、母にべったりだったんですよ」

「でも、母に甘え始めた姉を見て、私は卒業しなきゃって思ったんですよね」

「下の姉に我慢をさせてしまった自覚があるので、頭が上がらないです」

絶対的存在だった父

「父には、箸の持ち方を特訓されました」

母にも指摘されることはあったが、厳しいと感じたのは父親のしつけだった。

「今でも、靴の脱ぎ方で注意されます(苦笑)」

「父はまさに亭主関白で、家事をしているところは見たことがないです」

家庭内の実権は、父親が握ってきた。

「父は悪人ではないし、暴力的なこともしないですけど、筋を曲げないんですよね」

「母が言うには、20年前と比べたら丸くなったらしいんですけど、私からしたらまだまだ厳しい(苦笑)」

母親は3歩下がってついていくタイプではないが、基本的には父親の意見を尊重していた。

「両親の構図を見てきた分、私の中で男には絶対負けない、って気持ちが強いです」

「小さい頃から、自分と同等レベルの男の子と張り合ってしまうんですよ(笑)」

同じ成績の女の子は、すごい子なのだと素直に認められた。

しかし、男の子が相手だと、絶対に越してやる、と思った。

「今でも、男性と同じ土俵に立つなら、負けたくないですね」

02環境がもたらした性格の変化

同級生に注意する秀才

小学生の頃の自分は、成績の上位にいた。

「当時はメガネをかけていたのもあって、同級生から『がり勉』って言われたこともありました」

「悪口ではなかったし、私も『うるせぇ!』って言い返してましたね(笑)」

勉強に打ち込むだけではなく、外で活発に遊ぶ子どもでもあった。

「小学校は6年間1クラスしかなかったので、同級生全員で仲良くしてました」

「男の子たちと一緒に、バレーボールをすることが多かったです」

「みんなのことを仕切っちゃう子でもありましたね」

「ルールを守らない子に『先生に怒られるよ!』とか言うタイプ(笑)」

計画委員という、生徒会のような委員会に立候補した。

「学校の行事を取り仕切る計画委員は、絶対に譲らない、って思ってました」

「一番上になりたいわけではなくて、トップを支えるサポーターの位置が好きだったかな」

父が勧めた中学受験

中学受験に向けて、小学4年から塾に通い始める。

「父が教育熱心で、『高校受験より中学受験をさせるべきだ』って人だったんです」

「塾の友だちとは仲良かったし、勉強も嫌ではなかったです」

しかし、一度だけ、塾の受付のおばさんに「受験したくないです」と相談したことがある。

「そう感じた理由は思い出せないけど、ぽろっと出ちゃったんでしょうね」

受付のおばさんから母親に、相談の内容が伝わった。

母親は中学受験に反対していたため、「やめたいなら、やめてもいい」と言ってくれた。

「ただ、父の考えとの兼ね合いもあったので、結局受験しました」

「今となっては、続けておいて良かったですけど」

うまく作れなかった友だち

進んだ私立中学は共学で、中高一貫。

ひと学年の人数は240人程度。

「小学校の同級生は30人くらいだったので、一気に人が増えましたね」

「だからか、中学に入ってから、どういうテンションでいけばいいかがわからなくて、友だち作りに苦しみましたね」

知らない子ばかりが集まった教室で、人とどう接していいか、わからなかった。
「当時の私は中心人物ってタイプではなかったから、馴染むのも時間がかかりました」

中学生にもなると、同級生が人の悪口を言っているところに、遭遇してしまうこともあった。

「小学生と中学生では、性格が変わりましたね」

「もともと活発だったはずなのに、中学に入ってから暗くなっていって・・・・・・」

03初めて打ち込めたもの=トロンボーン

吹奏楽との出会い

小学4年生の時、トロンボーンを始めた。

「小学校の吹奏楽クラブに入ったんです」

2人の姉も吹奏楽クラブに入っていたため、自分も入るものと当然のように思っていた。

「リコーダーが好きだったので、形状が似ているクラリネットがやりたかったんです」

「でも、同じ計画委員だった男の子が、先に『クラリネットがいいです』って立候補して、決まってしまいました(苦笑)」

音楽の先生から「伊藤さんはトロンボーンね」と言われた。

「上の姉がトロンボーンをやっていたからか、入る前から私の楽器は決まっていたらしいです」

「私もクラリネットがやりたいです」とは、主張しなかった。

「クラリネットが別の子に決まった時は、そっか、って感じでした」

「どの楽器も触れたことがなかったので、何をやっても初心者ですしね」

伝統ある厳しい部活

中学でもトロンボーンを続けようと思い、吹奏楽部に入った。

中高合同の吹奏楽部は、入部時に同意書を書かされる。

「やむを得ない状況がない限り、退部いたしません」と。

「創部90年近い歴史のある部活で、部則も学内で一番厳しいんですよ」

「上下関係もはっきりしていて、基本的に高3の引退まで辞めちゃいけません」

「ただ、先輩がやさしい方々ばかりで、良くしてもらったので、楽しかったです」

クラスではなかなか友だちができなかったが、部員とは仲良くなれた。

「クラスでは塞ぎがちだったので、部活が救いでしたね」

部活の人間関係が安定すると、クラスでも友だちができ始めた。

「入学した頃は戸惑ったけど、学校に行きたくない、ってことはなかったですね」

ひたすら基礎練の日々

経験者として吹奏楽部に入ったが、小学生の頃とは勝手が違った。

「小学生の時に使っていたトロンボーンは、初心者用の管が細いものだったんです」

「中学のトロンボーンは管が太くて、全然音が出せませんでした」

かすれた汚い音しか出せず、先輩からも「初心者?」と見られる。

その状況が悔しくてたまらなかったが、見返すには練習するしかなかった。

「最初の1カ月は、腹式呼吸しかやらせてもらえなかったです」

「ようやくまともに音が出せるようになったのは、秋ぐらいでしたね」

地道な練習の中で、部活を辞めようと考えたことはなかった。

「負けず嫌いだから、途中で投げ出すのは自分の中でタブーなんです」

「同期に初心者の子が多かったので、『一緒に成長しよう!』って団結していましたね」

04 “人の意見を聞くこと” を学んだ部活

新入部員との衝突

高校に上がる時。

中学から通っている内部生に、高校受験した外部生が加わり、ひと学年430人程度に増えた。

もちろん吹奏楽部にも、高1の新入部員が入ってくる。

「中学3年間バリバリ吹奏楽をやってきて、自信がある子が入ってくるんです」

「ただ、新しく入ってくる子たちは、うちの吹奏楽部の伝統や規則に慣れないんですよね」

吹奏楽部の生徒は膝丈のスカート、第一ボタンは閉める、指定外の靴下ははかないという規則があった。

楽器の練習中は、休憩時間を取らないというルールもあった。

外部生たちは、「制服をちゃんと着たら金賞が取れるわけじゃない」「休憩時間取らないのは効率が悪い」と訴えた。

「私は疑問に思わずに在籍していたので、なんで外部生は反抗的なんだろう、って感じていました」

「でも、一度話し合ってみると、外部生の言うことも一理あるなって」

「今の部則は視野が狭いことがわかって、私も辞めたいな、って思うようになっちゃったんです」

違う意見を受け入れること

伝統を重んじる内部生と、疑問を投げかける外部生の間で、板挟みのようになってしまった。

「結局、馴染めなかった外部生たちは、部活を辞めてしまったんです」

「外部生の子が1人だけ残ってくれて、私たちもダメなところは改善していこう、って流れになりました」

ひと学年上の先輩たちは過激で、反抗する人には、先輩後輩問わず攻撃していた。

その姿を見て、自分たちの学年は、いろんな考えの人を受け入れていきたいと思うようになった。

「私たちが最高学年になった時は、『しっかり注意するけど排斥しない』という方向性で動きました」

結果的に、その年は退部者が1人も出なかった。

顧問から「あなたたちの年は、部内の空気が良かった」と評価も得られた。

後輩からも「厳しかったけど、やりやすかった」と言ってもらえた。

「違う環境で育てば衝突もあるけど、どっちが正しいわけでもないから、妥協していかないとうまくいかないですよね」

同期はみんな根がやさしく柔軟だったから、改革できたのだと思う。

注意する立場として

最高学年になり、副部長になった。

部長には、誰からも好かれるような人柄のいい子を立てた。

「私は口うるさく規律を正すポジションに立って、全員に平等に接するように意識しました」

外部生の意見に心が揺れたこともあったが、服装の乱れは心の乱れと考えた。

「『吹奏楽部員として、せめて学内ではちゃんと制服を着て模範的な生徒でいよう』って言っていました」

「ルールを守らない子がいても、『あの子嫌い』って感情は持たないようにしました」

規則を破る後輩には、「最終的にはあなたが決めることだけど、1人が破ったら、全体に広がることを自覚してね」と伝えた。

部活内で厳しくする分、「学校の外に出たら好きにして」とも話していた。

「中高6年間で、精神年齢が上がりました(笑)」

「妥協しながら最善策を考えていくことの訓練になったし、吹奏楽部の経験で人格形成されたんじゃないかな」

05思い描いた理想は中性的な存在

ピンクのフリフリと男の子の服

「小さい頃は、よくピンクの服を着てたんですよ」

下の姉が水色で、自分はピンクを着させられることが多かった。

抵抗感を抱くことはなかった。

小学校中学年から、髪を短くし、男の子のような服を着るようになった。

男の子たちと一緒に遊びまわった。

「同級生はピンクのフリフリを着ていて、羨ましいな、って思ったこともあります」

「でも、自分が着たいかって言われると、そういうわけではなかったんですよね」

性別に違和感を抱くわけではなく、単純に好みの問題だった。

髪をベリーショートにした日

高校生になると、友だちが化粧をし始めた。

乗り遅れないように、髪をボブくらいまで伸ばし、化粧をして、服装にも気を使った。

「でも、だんだん辛くなってきたんです」

「見た目は女の子だけど、中身まで女の子らしくなるわけではないから、ギャップが苦しくて」

そんな時、たまたまネットで、男装をしている女子の写真を見かけた。

女子でも男性の格好をし、髪を短くしてもいいのだと知る。

2011年3月11日、東日本大震災が起こった日は、ちょうど髪を切りに行った日でもあった。

「東京にいたので、地震で大変ではあったんですけど、その日にベリーショートにしました」

「一生忘れられない日になりましたね」

服もメンズのものばかりを買うようになった。

周りに合わせず、初めて自分の着たい服を着た。

周囲の友だちは、「いいじゃん」と外見の変化を受け入れてくれた。

恋愛と縁遠い自分

メンズの服が着たかった。しかし、女子の制服を着ることに抵抗はなかった。

「母に『あなたは男になりたいの?』って聞かれたことがあります」

「私の中では、別に男にはなりたくない、ってはっきりしていたんですよね」

メンズの服を着て、髪の毛をツンツン立てていたが、男子になりたいわけではない。

中性的に見られたい、という気持ちが強かった。

恋愛らしい恋愛とは、縁遠かった。

「小学生の時は、みんなが『かっこいい』っていう男子を見て『私も好き』って便乗してました」

「中高は部活が恋人みたいな感じで、好きな人はできなかったですね」

大学生になり、友だちの友だちという男性からアプローチされた。

「会ったことがなかったんですけど、LINEで『今朝バス停にいたよね』って送ってくるんです」

「ドン引きしちゃって、『あなたのことは好きじゃないから』って断りました」

自分が性的対象に見られることは、避けたかった。

そして、自分から恋に落ちることもなかった。


<<<後編 2018/11/15/Thu>>>
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06 新しく見つけた熱中できるもの
07 初めて抱いた恋心と苦悩
08 「クエスチョニング」という言葉の衝撃
09 会社を変えていきたいという思い
10 知らない世界を知ることが1つの財産

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