カミングアウトや自己紹介のとき、わたしはいつも「自分のセクシュアリティをどうやって言おう?」と緊張してしまいます。それは、わたしがノンバイナリーで、レズビアンだからです。一見矛盾している、ふたつのアイデンティティ「ノンバイナリー」と「レズビアン」を同時に自認してよいのか迷うことがよくあります。
わたしはそもそも女性がすきなのか?
わたしはずっとなんとなく、レズビアン自認を避けていました。そもそも自分が女性をすきなのか自信がなかったからです。まずは、今のレズビアン自認に至るまで、自問自答したプロセスを書き出してみようと思います。
レズビアンと言いづらい
わたしがレズビアンを自認しづらかった理由のひとつは、男性もすきになったことがあったからだと思います。
ただ、ほとんどのときは女性に惹かれやすいことや、男性へ惹かれても長く続かず、すぐに飽きてしまうことなども自覚していました。男性を恋愛・性愛対象に入れるのは「しっくりこない」と感じていたのです。
特に大学に入ってからは、男性たちの多くがわたしを「異性=女性」として見てくることに嫌気がさして “最近もう男性に惹かれなくなったな、この感覚に名前はないかな” と漠然と考えていました。
もしかして、あの「すき」は勘違いだった?
半年前、インスタのリールをだらだら眺めていたとき。「Am I a lesbian? Masterdoc (わたしはレズビアンなのか?)」という、30ページくらいのドキュメントに偶然出会いました。
そのドキュメントには、どうしてわたしたちが「女性なら男性をすきになるはず」と無意識に信じてしまうのかが丁寧に書かれていました。読んでいくと「男性に対する『すき』は、ほんとうに『すき』なの? 社会にそう思いこまされてない?」と繰り返し問われます。
社会に「女性は男性をすきになる」と思い込まされているかもしれないサインの例として挙げられているのは、次のようなものです。
・アイドルや遠くに住んでいる男性、先生など、付き合えなさそうな男性のみに惹かれる。
・相手の男性が好意を返してきたらすぐに冷めてしまい、逃げたくなる。
・「もし相手が女性だったら楽なのに」と考える。
・よく「女友だちといるときのほうが楽しい」と思う。
わたしにとってほとんど全部、図星でした。
わたしは女性が相手だと、ものすごく「ハマって」しまい、できるだけ長く一緒にいたいと思うのに、男性が相手だとひとりの時間がほしくなることばかり。
もしかしたら今まで「すき」だと思っていた男性に対する感情って「男性をすきにならなきゃいけない」という社会からのプレッシャーから来た勘違いだったのでは? と考え始めました。
レズビアンでも「女性らしさ」がすきとは限らない
ほかにもレズビアン自認をためらっていた理由は、わたしのすきになるタイプにも関係があります。
わたしは「女性らしい女性」をすきになることが極端に少なく、だいたいすきになるのは「中性~男性的な雰囲気の女性」。ときどき「わたしはほんとうに女性がすきなのか?」と思うこともありました。
女性がすきなら「女性らしさ」がすきなのではないか、という前提がなんとなくあったからです。
でも友人と話していたとき「中性~男性的な雰囲気の女性」がタイプのレズビアンもいるという話になりました。「女性は女性らしくあるべき」という社会から押しつけられるルールからの「ずれ」自体が、魅力的にうつるときがあるということです。
なぜかわたしは、レズビアンだったら「女性らしさ」をすきにならなきゃいけない、と思いこんでいたけれど、どんなタイプの女性がすきでもレズビアンって言っていいんだ、と当たり前のようなことに気づきました。
もしかしたら、わたし自身が中性~男性的な雰囲気なので、「相手は女性らしい女性でなければいけない」「異性愛っぽい関係を築かないといけない」と謎の考えにとらわれていたのかもしれません。
「レズビアン」に乗っかれない
「わたしは女性がすきなんだ」と思いながらも、レズビアンを自認するのが難しい最後の理由。それが本題の、わたしのノンバイナリー性です。
ノンバイナリーだもん

しつこいようですが、わたしは女性ではなく、基本的にはノンバイナリーとして生きていきたいと思っています。レズビアンが「女性をすきな女性」であるなら、ノンバイナリーのわたしがレズビアンであるはずはないと思っていました。
わたしは女性ではない気がする
女性として見られるのが嫌だ
でも男性になりたいわけではない
という感覚は、小学生くらいのころからあったような気がします。高校で「ノンバイナリー」という言葉に出会ったときは、迷いなく「わたしじゃん!」と思いました。
ノンバイナリーという広義の概念は
・女性でも男性でもない人
・女性でも男性でもある、中性でも男性でもある、中性でも女性でもある、など二つの性別を自認している人(Double Gender)
・女性と男性という2つの性別だけが認められている社会に、違和感を持っている人
・ときと場合によって性別が変わる人(Gender Fluid)
とされ、性別という感覚がない人(Agender)なども含むことがあるようです。
ノンバイナリーとしてのわたしの感覚
わたし自身は、「女性ではないが男性でもない」「女性として呼びかけられると嫌なときがあるな」というふわふわした感覚でした。だから、ノンバイナリーの定義が広いのはありがたく、すんなり自認して5年ほどがたちました。
言葉を知らなかったけれど性別に違和感があった時期も含めると、だいぶ長くノンバイナリーを自覚していたので、やっぱり「わたしは女性がすきな女性です」とは言いづらく感じていました。
フェム×フェムばかりのレズビアン作品
レズビアン自認をしづらかった理由はほかにもあります。
それは、わたしみたいなレズビアンが出てくる作品が少なかったことです。日本の百合(GL)漫画やドラマで出てくるレズビアンの多くは、「女性らしい女性同士」のカップルです。
「中性」はギリギリ見かける気もしますが「男性っぽい女性」やボイ(男性的なレズビアン)、「女性性に違和感を覚えている人」がレズビアンとして登場することは本当に稀です。
ボイ×ボイ、中性×ボイカップルの漫画など、もっとバリエーションがあってもいいはずなのに。
自分の女性性に違和感があり、中性~男性的な性表現で暮らしているわたしは、多くの百合作品にどうしてもついていけず、なんとなくなじみがありませんでした。そのため、当時もっていたレズビアンにまつわるイメージに、共感しづらい時期が長く続きました。
わたしみたいな人もレズビアンコミュニティにいる?
自分の性自認や性的指向を矛盾なく説明できず、どのコミュニティにいても自分を受け入れてもらうのが難しいと感じている人は結構多いと思います。そんなとき、どうやって言葉にしていけばいいのでしょうか。
漫画『ボールアンドチェイン』のけいと

百合作品に違和感を抱えながらも、日本の漫画を漁っていて見つけたのが『ボールアンドチェイン』でした。
主人公のひとり「けいと」は、社会的には女性として扱われることが多いけれど、性自認に揺らぎを感じています。しかし、けいとが婚約している男性は「僕にとってけいとさんはやっぱり女性だよ」と、けいとを女性に当てはめようとしてきます。
彼と喧嘩している間、けいとは、はるかという女性と仲を深めていきます。
1巻の終わりには、けいととはるかがGold Fingerという実在する新宿二丁目のレズビアンバーで踊るシーンがあります。それを読んだとき、ふと「今までもレズビアンコミュニティにノンバイナリーってずっといたよね?」と思いました。
実際、わたしが以前新宿二丁目のレズビアンバーに行ったとき、ノンバイナリーの人と隣でお喋りしたことがありました。
レズビアン・バイセクシュアル・クィア女性向けのマッチングアプリをのぞいたときも、自己紹介欄でノンバイナリーやジェンダークィアのラベルを選んでいる人をたくさん目にしました。
今さらな気もしますが、レズビアンコミュニティにノンバイナリーがいることはよくあることなのかもしれないと思った瞬間でした。そうしてだんだんと、レズビアンコミュニティに居場所感をもち始め、わたしにとってのレズビアンのイメージも広がっていく心地がしました。
でもやっぱり自己紹介としては矛盾している?
ノンバイナリーがレズビアンコミュニティに居場所を感じうる可能性には納得しても、だからといって「レズビアンであり、ノンバイナリーである」と言っていいのかについては、もう少し検討したほうがいいと思う人もいるかもしれません。
レズビアンは「女性をすきな女性」であって、定義が広いとはいえ、ノンバイナリーが「女性ではない」のなら、その2つのセクシュアリティは両立しないという意見もありそうです。
わたし自身「ボールアンドチェイン」を読んだ後も長らく、どう自己紹介するか迷っていました。
パートナーとの関係性が「レズビアン」?
ある日、パートナーと一緒に芝生で寝転んでいたとき。ふと「この人になら女性としてみられてもいいや」と思う自分に気づきました。
パートナーとの関係性のなかで「レズビアンである」という意味合いです。
普段はノンバイナリーとして生きていたいけど、パートナーには「女性の恋人」と思われてもいいし、ふたりの関係性を誰かに「レズビアンカップル」と呼ばれてもいい。それなら「レズビアンカップルの片割れとして生きるレズビアン」という意味で「レズビアンです」と自己紹介できるかもしれないと思いました。
紆余曲折ありましたし、パートナーの存在に自認を頼っている部分もありますが、ようやく「ノンバイナリーでありレズビアンである」自分が見えてきました。
わたしはノンバイナリーでレズビアンです
いろんなレズビアンたちがいていい

最近ようやく、ノンバイナリーの定義が、「女性でも男性でもない」だけでなく、「女性/男性」のみにあてはまらないさまざまなジェンダーを含みうると、認知され始めてきました。
同じように、レズビアンにもいろいろいていいんじゃないか、今までもいろいろな人がレズビアンコミュニティで生きてきたんじゃないか、と思います。
自分は女性をすきな女性だと思っていたけど、トランスジェンダー男性の異性愛者と自認し始めた人がいたり。
性別移行前のトランスジェンダー女性とパートナーになり、移行後もパートナーであり続ける女性がいたり。
初めて女性をすきになったクエスチョニングの人がいたり。
以前男性とお付き合いしたこともあるけれど、今は女性がすきだと感じている人がいたり。
自身はノンバイナリーで、女性やノンバイナリーに惹かれる人がいたり。
今までだって、レズビアンコミュニティはさまざまな人によって成り立ってきたのではないかと感じます。
矛盾? も楽しみたい
同時に、レズビアンコミュニティ内で、トランスジェンダー女性やバイセクシュアル・パンセクシュアル女性などに対し、差別的な排除が起こった歴史や起こっている現状もあります。レズビアンバーで「Girls only night」と書かれていると、わたし自身、入りにくいこともあります。
だからこそ、もっといろんな人がレズビアンであるとか、レズビアンコミュニティに居場所がほしいとか、言えるようになったらいいなと思います。
余談ですが、最近は、わたしの性自認と性的指向が一見矛盾していることが、とてもクィア的に感じられて、気に入っています。
その矛盾やずれが、クィアであることの楽しさなのかなと思ったり。でも説明するのが難しくて疲れたり。同時に、自分のことに向き合う時間がとりわけ長いことが楽しみだったりします。
「このセクシュアリティは、こういう人だけのもの」と思わずに、「ずれ」や矛盾、それぞれの感覚を話したり聞いたりできる場が増えたらいいなと思います。
ほかの人の「ずれ」た自己紹介も聞きいてみたいです。
■参考情報
・『Am I a Lesbian? Masterdoc』
・漫画『ボールアンドチェイン1』南Q太 著(マガジンハウス)


