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Writer/チカゼ

クィアのわたし。自分のことくらい好きに呼ばせてくれ

Xジェンダーやノンバイナリー、トランスジェンダー、クロスドレッサーなど、すべてのクィアが抱えている幼いころからの悩みの種のひとつとして、「自分をなんと呼んだらいいか」問題が挙げられるんじゃないか。わたし自身、幼少期から一人称についてずっとモヤモヤし続けてきた。

この息苦しさは、いったいどこから来るのだろう。なぜ自分のことを呼ぶ言葉すら、わたしたちは自由に選択できないのだろう。

一人称を訂正する大人たち

生まれたときの身体のかたちによって、性別は自ずと割り振られてしまう。わたしは自分のことを「女」だなんて一言も言ったことがないのに、周囲の大人たちはわたしを「女」として扱う。わたし自身のことなのに、わたしに決める権利はどうやらないらしい。

女の子なんだから

大人たちはわたしが少しでも「女の子」の規範から外れると、もっともらしく叱ってきた。「女の子」なんだから足を閉じなさい、「女の子」なんだからお父さんのビールを注ぎなさい、「女の子」なんだから「ぼく」じゃなくて「わたし」と言いなさい・・・・・・こんな具合に。胸の底で理不尽さを覚えながらも、反論する言葉を持たないわたしは、ただ口をつぐむことしかできなかった。

わたしが「ぼく」という一人称を使用していたのは、小学校高学年のときだった。それまではずっと、自分のことを名前で呼んでいた。漫画の影響を受けたとかそういうわけでもなく、ただただ「私」という一人称に激しい抵抗と嫌悪を覚えて、でも名前で呼ぶのもなんだかもう幼すぎる気がして、消去法的に「ぼく」を使い出した気がする。

最初の否定は両親からだった

最初にわたしが口にする「ぼく」を矯正しようとしたのは、やはりいちばん身近な大人である両親だった。特に母親は「女の子」であることを渇望していたので、自分の娘であるはずのわたしが「女の子」でなくなっていく様に不安を覚えたのだろう。

ちらりと見えはじめたわたしの中のクィアの片鱗を、許せなかったのだろう。そんな母の顔色を伺って、家庭ではそれまで通り名前で呼ぶよう気をつけていたのだが、ある日なにかの拍子にぽろっと「ぼく」が口からこぼれてしまった。その瞬間、母の顔色がさっと変わったのをよく覚えている。

「自分のことを『ぼく』って言うの、やめなさい。あんた女の子やろ、変やで。みんなに笑われるで」ときつい口調で叱責され、わたしは曖昧に頷いた。「ぼく」が「男の子」にだけ許される一人称であり、「女の子」のわたしのものではないということは、知っていたから。

大好きな母に「変だ」と真正面から指摘されたことが恥ずかしくて、わたしは一層「母の前では二度と『ぼく』とは言うまい」と気を引き締めた。

眉をひそめる親戚たち

どれだけ注意をしていても、普段友達の前でしゃべっている癖というのは、ふとしたときに出てしまうものだ。いつかの正月に父の実家で従兄弟たちとしゃべっていたときにも、「ぼく」と自分を呼んでしまったことがある。すると、それを盗み聞きしていた親戚たちが、すかさず母に「チカゼが自分のこと『ぼく』って言ってたで。おかしいんちゃう?」と言いつけていた。

わたしが「変」であることの責任は、母に課せられていた。本来なら子どもの個性を認めて尊重すべき母がそうできなかったのは、過剰に干渉してくる親戚の目もあったのだろう。

わたしがクィアであることに薄々気がついていた母に「変」と言われたことで、たしかにわたしは深く傷つきはしたけれど、そのことについて母だけを責める気にはなれない。

それが “適切な指導” だと疑わない先生

「ぼく」という一人称の矯正は、学校の教員によっても行われた。わたしが同級生と話しているのを聞いて、「『私』って言おうね」と繰り返し注意してきた先生もいた。わたしは現在20代後半で、まだLGBTという言葉すら知られていなかった時代だったから、その先生は “適切な指導” だと信じて疑わなかったのだろう。知らなかったから仕方ない、という言葉で済ませてはいけないけれど。

わたしが「ぼく」と言うのを聴いてぷっと吹き出した先生もいた。その瞬間、「おまえは痛いやつだ」と指を刺された気がして、顔に血が昇るのを感じた。今も、思い出すとみぞおちの奥の方がかっと熱くなる。たぶんその人は、わたしを笑ったことなど覚えていないだろうし、わたしが今でもそのことを引きずっているだなんて、夢にも思わないだろう。

クィアにふさわしい一人称の不在

一人称について考えるとき、この世はつくづく男女二元論で成り立っているんだなあと思い知らされてしまう。男/女以外の性別に属する人なんて、初めから想定されていない。
クィアにふさわしい一人称がそもそもないからこそ、女性の身体で生まれたわたしは、「ぼく」を代用するしかなかったのだ。

「ぼく」を使っていた理由

「私」という一人称は “女性” 性が強い。もちろん成人男性が使用することもあるけれど、たいていは公的な場に限られる。かといって「俺」では “男性” 的過ぎる。だから「ぼく」はわたしにとって居心地の良い呼び方だった。

「ぼく」は男の子の一人称だけど、“男性” 性よりもどちらかといえば少年性を強く感じる。大人になっていない、完全な “男性” ではないあいまいな位置にある「ぼく」は、自分の女性の身体とあいまってよりニュートラルな言葉に感じられるのだ。

代理として登場する「ウチ」

男性の一人称には、男の子の「ぼく」と成人男性の「俺」が用意されている。でも、女性には女の子の一人称が存在しない。だからわたしは「ぼく」を使用せざるを得なかったのだが、同級生の中には「ウチ」という呼び方を使う子もいた。

“女性” の「私」でもなく、男の子の「ぼく」でもなく、新たな一人称として「ウチ」はわりに浸透していたように思う。身体が女性のクィアにとって「ぼく」は大人から注意を受けやすいし、後述するが同級生からのからかいの対象になり得る。しかし、「ウチ」なら、その危険性も回避できる。

でも「ウチ」という一人称は女の子のものであるように感じられたので、わたしは結局「ぼく」を使用していた。

やがて「ぼく」も使用できなくなった

クィアであるわたしが「ぼく」という一人称を使っていたのは、小学校を卒業するまでだった。親や親戚・先生に咎められても頑なに使い続けていたのに、中学に入ると「ぼく」を手放さざるを得なくなってしまった。それは、「ぼく」という一人称が俗に言う “陰キャ” の烙印を押される原因になりかねなかったからだ。

学校での居場所を失いたくなかった

“陰キャ” というのはいうまでもなくスクールカースト下位層であり、そのレッテルを貼られてしまったが最後、たちまちわたしの地位は転落してしまう。今考えるとなんて馬鹿らしい考えなんだと呆れてしまうけど、狭い世界の中で自分の居場所を確保することが、あのときのわたしにとっては何より重要なことだった。

わたしが中学生だったころ、アニメや漫画は「オタク」のものだった。「オタク」以外の普通の子は、小学校卒業と同時にそれらも卒業してしまう。そのような幼稚(とされる)ものを中学生になってもなお好きでい続けるのは、「オタク」だけだった。

「オタク」だと認識されてしまう怖さ

今はどうか知らないが、当時のオタクはオタクというだけで「ダサいやつ」認定を食らわされてしまう。そして「ぼく」を使う「女の子」は、アニメや漫画の中でしか存在を許されていなかった。すなわち、現実の世界で「ぼく」を使うわたしは、アニメや漫画の真似をしているオタクとみなされてしまうのだ。先に述べた通り、実際にはわたしは特段それらの影響を受けていたわけではなかったのだけれど。

中学校の入学式、席が近くの子と初めましてのおしゃべりをしていたとき、自分のことを「ぼく」と言ったら鼻で笑われた。「オタクなの?」と彼女はすかさずわたしに訊ねたのだが、その言葉に蔑視のニュアンスが含まれていることは明らかで、わたしは慌ててごまかした。

それでも「私」や「ウチ」を使う気にもなれず、結局わたしは幼いころと同じように、自分の名前を一人称にしていた。それはそれで幼稚だと思われるかもしれないが、“陰キャ” よりははるかにマシだったのだ。

男性の性的搾取の対象になりうることへの抵抗感

また、アニメや漫画で一人称が「ぼく」の女の子のキャラクターは、萌えキャラとして扱われることが多くなっていった。いわゆる「僕っ子」の台頭であり、それに萌える男性たちが現れはじめたのだ。「女の子」や「女性」を回避するために、クィアの自分として「ぼく」を使用していたのに、男性の性的搾取の対象になってしまっては意味がない。

そこから逃げ出すための手段であったのに、逆に消費物に成り下がってしまうだなんて。もちろん「僕っ子」に萌える男性にも「僕っ子」そのものにも罪はないけれど、自分のアイデンティティを奪われてしまったような気持ちになって、ひどくショックだった。

自分のことくらい好きに呼ばせてくれ

その後ずっと大人になってから、“ジェンダーレス女子” を名乗るYouTuberの方が「ぼく」という一人称をてらいなく使用しているのを見て、正直とても驚いた。

「ぼく」はキラキラした人の特権なのか

キラキラした人たちならば、「ぼく」を使ってもオタクとはみなされない。同じマイノリティでも、外見が優れていてしゃべりがうまい人は別枠なのだ。差別されるどころか、ともすれば崇拝の対象にすらなるのだということを知って、ずいぶんやさぐれた気持ちになった。

せいぜいこうして文章を書くことしかできないキラキラとは縁遠いわたしは、20代後半を迎えたころには仕方なく諦めて「わたし」を使い出したというのに。やむを得ず社会に迎合してしまったというのに。

それに慣れ切ってしまって、今さら「ぼく」なんて言い出せなくなってしまったというのに。なんだかえらい違いじゃないか。ずるい。そんな嫉妬すら覚えたけれど。

誰もが自分の一人称を自由に選べるように

わたしが真に叫びたいのは、キラキラした人たちへの嫉みじゃない。キラキラしていようがいなかろうが、オタクだろうが、そうでなかろうが、自分のことくらい好きに呼ばせて欲しいのだ。周囲の大人も、同級生も、わたしがわたしをなんて呼ぶかについて、勝手なジャッジを下さないで欲しかった。わたしがわたしでいられる、居心地の良い一人称を使うことを、注意したり非難したり馬鹿にしないでいて欲しかった。それだけなのだ。

クィアでも、クィアじゃなくても、誰もが自分で自分の一人称を自由に選ぶことができる、他人に咎められたりすることのない、そんな社会をわたしは作っていきたい。わたしより若い世代の人たちには、わたしが感じた窮屈さを感じて欲しくないのだ。一人称で悩んでいたあのころの自分を思い出すたび、強くそう願う。

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