映画『SEBASTIAN セバスチャン』は、小説家であるゲイ男性マックスが主人公。男性相手のセックスワーカーでもあります。セックスワーカーが主人公の小説に「リアリティを増すため」と始めたセックスワークでしたが、次第にマックスの生活に、新たな意味をもたらしていきます。「悲劇的なセックスワーカー物語」とはひとあじ違う、ゲイのセックスワークのリアルを描いた映画『SEBASTIAN セバスチャン』の魅力をお伝えします。
映画『SEBASTIAN セバスチャン』から観るゲイのセックスワーク
セックスワーカーが主人公の小説を執筆中のゲイ男性マックス
舞台は現代のロンドン。
主人公のマックスは、順調に短編小説が売れている将来有望な若手作家で、初めての長編小説に挑戦しています。
マックスが小説のテーマにしているのは、男性による男性相手のセックスワーク。
セックスワークとは、性的なサービスを提供する仕事のこと。
小説をよりリアルに書きたいと、マックスは仮名である「セバスチャン」として、男性相手のセックスワークを始めます。
※実際には、男性相手のセックスワークをする男性は、ゲイ男性やバイセクシュアル男性に限りませんが、この映画でマックスはゲイ男性として描かれています。
誰にも言えないセックスワーク。映画『SEBASTIAN セバスチャン』が描くスティグマ
『SEBASTIAN セバスチャン』で、マックスは、セックスワークのために客の男性の家やホテルに行き、そこで実際に生まれた会話ややり取りを、小説として書いていきます。
しかし、マックスが小説家であることは、客には伏せたままです。相手とのやり取りを小説に「使う」ことがばれてしまったらまずいからのようです。
マックスは小説を書くだけでなく、雑誌のライターのバイトもしています。しかし、編集者やライターの仕事仲間には、セックスワークをしていることは伝えていません。
映画の舞台であるイギリスは、セックスワーク自体は犯罪ではありませんが、いまだにスティグマ化(否定的なレッテルを貼られること)され、ときに偏見や差別を向けられるからです。
『SEBASTIAN セバスチャン』の序盤。マックスが小説家でありセックスワーカーの「セバスチャン」であることを知っている人は、マックス自身以外に誰もいません。
マックスとしての生活、セバスチャンとしての生活はまさに「二重の秘密生活」です。
クローゼットのゲイやクィアと重なる、スティグマ化されたセックスワーク
マックスの「誰にも言えない」という状態。
それは、カミングアウトしていないクローゼットのゲイやクィアと重なるものがあると、わたしは感じました。
小説を書いたり、ライターとして仕事をしたりしているとき、マックスの周りには、オープンなクィアがたくさん登場します。だからなのか、マックスのゲイという性的指向は、皆に知られ、受け入れられているようでした。
しかし、セックスワークをしていることについては、誰にも言えないと感じているのがひしひしと伝わってきました。マックス自身もセックスワークを「恥ずかしいもの」と考えていたのかもしれません。
マックスがすでに作品として公開していた、セックスワーカーが主人公の短編小説に対し、同僚が「実際にやっていないと書けないほどリアルだよ」とほめたときの、マックスの固まる表情。
そんな瞬間に「セックスワーカーであることをオープンにできない」というマックスの心情が、垣間見えました。
誰にも言えないという緊張感は、なんだかクローゼットのゲイやクィアの気持ちを代弁しているようにも感じられ、わたしも自分とマックスをうっすら重ねてしまい、心が痛みました。
映画『SEBASTIAN セバスチャン』が描く、ゲイのセックスワークから得られるもの
スティグマ化された仕事であっても、セックスワークを通じてマックスはさまざまな経験をしていきます。それは、「セックスワーカーは客にいつも暴力をふるわれている」「セックスワーカーは、お金も技術もなくて性を売るしかないかわいそうな人たち」といったステレオタイプを覆すものでした。
映画『SEBASTIAN セバスチャン』が描く、セックスワークを通したゲイやクィアとの世代を超えた関わり

マックスがセックスワーカーとして相手をする客の多くは、年配の男性です。
ある客のひとりは、セックスが「久しぶりだ」「慣れていない」と、会ってすぐにセックスを始めようとするマックスを押しとどめます。「(セックスではなく)もっと話がしたい」と言うのです。
マックスが文学部にいる大学生だと偽りの設定で話すと、その客は「研究は何をしているのか?」と、プライベートな話題にしきりに話を向けます。
マックス自身に興味をもった客は、繰り返しマックスを指名し、ふたりはセックスするだけでなく、議論を醸した小説について語り合う仲に。客がマックスに、ゲイが昔おかれていた状況をぽつりぽつりと話すこともありました。
次第にふたりは「セックスワーカーと客」としてだけでなく「ふたりの人間」として距離を縮めていきます。
このように『SEBASTIAN セバスチャン』は、セックスワークの大変さや過酷さにのみフォーカスするのではなく、そこで生まれる出会いや歓びの瞬間も描いています。
セックスワークをしていなければ、歳の差が大きいふたりのゲイが出会うことも文学の話で盛り上がることも、親密になることもなかったはずです。セックスワーカーの物語の多くが「悲劇化」されるなか、この映画では「そんなステレオタイプに抗いたい」という監督の強い意志を感じました。
セックスワークは、セックスだけでない? 映画『SEBASTIAN セバスチャン』が映し出すもの
『SEBASTIAN セバスチャン』は、セックスワークの多様な価値だけでなく、セックスワークの内実の多様性も描いています。
マックスがセックスワーカーとして経験することは「ただ客とセックスをすること」だけではありません。
話を聞いたり、相手のジェスチャーを読み取ったり、一緒に食事をしたり。客の男性たちとは繊細で複雑なやり取りがともないます。
客側もセックスだけを求めているとは限らないのだと知りました。
セックスワーカーに対する別のステレオタイプとして「セックスワークはほかの仕事をする能力がない人がやる」といったものがあります。
しかし『SEBASTIAN セバスチャン』のマックスの様子を見れば、それは間違いだとすぐにわかります。セックスワークは、客との感情的なやり取りや、緻密なコミュニケーションを必要とするのです。
客からのさまざまな要求に呼応するように、マックス自身も「リアルな小説のネタ探し」だけではなく「他者から求められる快楽」といった新たな意味を、セックスワークに見出していくようでした。
映画『SEBASTIAN セバスチャン』が観客に問い返す。なぜマックスは孤立するのか
マックスはセックスワークを通じてさまざまな経験をし、やりがいや意味を見出していきます。しかし、彼の「二重の秘密生活」状態は続いたままです。
セックスワークが人にバレる恐怖心

指名された先で、別の男性セックスワーカーから「今度、(性的な)配信でコラボしよう」と持ちかけられるシーン。
マックスは興味をにじませるものの断ります。
観客のわたしには、マックスが断る理由がすぐにわかりました。
彼はいずれ小説家として売れたいからです。
小説家として有名になったとき、セックスワークをしていたことがばれたらまずいから。
ここまで考えて、はたと思いました。
「なぜまずいんだっけ」と。
セックスワークをしていることがバレるとどうしてまずいのか?
たとえばマックスが小説を書くだけでなく、ライターのバイトをしていること。それは、バレてもよいこととして映画では描かれています。
実際、マックスは本名の「マックス」という名前のまま記事を書いています。
しかし、セックスワークとなると話は別のようでした。
マックスは小説のなかで仮名の「セバスチャン」を使い、セックスワークのプロフィールには顔を出さず、客に送った顔写真をあとから送信取り消ししたりする。
どちらも「仕事」のはずなのに、『SEBASTIAN セバスチャン』でのセックスワークは「隠さなければならない仕事」になってしまっているのです。
小説家として賞がもらえなかったり、仕事がもらえなかったりするかもしれません。それは、マックスが「隠さなければ」と個人的に根拠なく思い込んでいるのではないでしょう。
その不安は、実際にマックスが小説家でもあっても、セックスワークを公にしたら、偏見や差別を向けられるという社会からのスティグマがあるからだと、わたしは自分の想像を否定できませんでした。
セックスワークに対する無意識の偏見やステレオタイプによって、マックスが「二重の秘密生活」を続けねばならない。そのことを突きつけられたようでした。
映画『SEBASTIAN セバスチャン』は、新たなセックスワーカーの物語をひらく

セックスワークを通してさまざまなことを経験し、感情を動かし、他者と出会っていくマックス。
「客は性的な快楽を得て、ワーカーはお金を得る」。マックスの経験は、そんな単純なセックスワークのイメージに疑問を投げかけているようです。また「悲劇的ではないセックスワーカー」像を提示しているように思います。
一方で、映画『SEBASTIAN セバスチャン』は、セックスワークがスティグマ化されていることにより、マックスが孤立している状況もリアルに描いています。
しかし、それだけで終わらないのが、映画『SEBASTIAN セバスチャン』の魅力です。
映画の終盤、「秘密の二重生活」に転機が訪れます。
1人で秘密を抱えざるをえなかったマックスが、誰と出会い、どのように変わっていくのか。マックス、そして「セバスチャン」の物語のゆくえはぜひ劇場で。
■作品情報
『SEBASTIAN セバスチャン』
公式サイト:https://www.reallylikefilms.com/sebastian-film
監督・脚本:ミッコ・マケラ
出演:ルーアリ・モリカ、ヒフトゥ・カセム、イングヴァル・シーグルズソン
配給:ReallyLikeFilms


