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Writer/あさか

ノンバイナリーの性別違和 ~身体違和とどうつきあっていくか~

わたしはノンバイナリーで、身体的な違和感をともなう性別違和があります。ノンバイナリーには、身体に違和感がある人もない人もいますし、それぞれのノンバイナリーが感じうる違和にもさまざまあります。そもそも身体的な違和感とはどのようなものか。性別適合手術以外のやりかたで、ノンバイナリーが身体的な違和感とどうつきあっているのか。それらの問いに、わたしなりの答えを考えてみます。

性別違和と身体違和

性別違和/性別不合とは

●精神疾患に関する疾病分類と診断基準での「性別違和/性別不合」とは

生まれたときに割り当てられた性別と、自分の認識する性別(性自認)が不一致である状態とされています。

かつては性同一性障害と呼ばれていましたが、2013年には「性別違和」に、2019年には「性別不合」に名前が変更されました。

●この記事での「性別違和」とは

今回この記事のなかでは、生まれたときに割り当てられた性別への違和感や、身体的な性的特徴に関する違和感に限らず、社会的な性別への違和感がある状態としても「性別違和」という言葉をつかっています。

つまり、ここでいう「性別違和」とは「生まれたときにどの性別とされたか」「普段からどの性別として扱われるか」などに対する違和感のことです。

例えば、わたしは生まれたときに性別を女性として割り当てられ、今も外見上、周りから女性として見られることが多いです。しかし、わたしはノンバイナリーなので「女性として」見られたり、割り当てられたり、登録されたりすると、違和感が生まれます。

これが、わたしにとっての性別違和です。

わたしのノンバイナリーの友人のひとりは、幼稚園で先生に「女の子と男の子で分かれて並んでください!」と言われたとき「自分はどっちもいやだ!」と思い、それが人生で最初に体験した(社会的な)性別への違和感だったと話してくれました。

トランスジェンダーやノンバイナリーの性別違和

出まれたときに決められた性別とは違う性別を自認している、トランスジェンダーやノンバイナリーの多くが、性別違和を経験します。

性別への違和感といっても、その経験はほんとうに人によってさまざまです。

小さい頃から感じている人もいれば、大人になってから違和感を持つようになった人もいますし、日常的に違和感がある人もいれば、ある時間や空間では違和感をもたない人もいます。
誰と一緒にいるかで、性別違和があったりなかったりする人もいるかもしれません。

また、性別移行などが理由で、現時点では性別に違和感をもっていないトランスジェンダーやノンバイナリーもいます。

例えば、あるトランス男性は、性別適合手術などを行い、社会的に男性として見られることがほとんどになり、埋没するにつれて、自分の性別に違和感がなくなっていったという話をしていました。

ただ、書類の性別欄が2つであったり、女性/男性用更衣室しかなかったりなど「女性と男性」という2つの性別しか想定されていない社会に生きていると、ノンバイナリーがノンバイナリーとして性別への違和感をもたずに生きていくのは、とても難しいようにも感じます。

身体違和と身体イメージ

トランスジェンダーやノンバイナリーが体験しうる性別違和のひとつのかたちとして、身体的な違和感があります。

この記事では、そのような「身体的な違和感」を、わたしの周りのノンバイナリーがよく使う「身体違和」という言葉であらわそうと思います。

わたしも身体違和があるタイプのノンバイナリーのひとりです。わたしにとって身体違和とは、簡単に言うと「なんかこの身体、違う」という感覚です。

そして、わたしの身体違和は、今の自分の身体ではない「別の身体」を想像する感覚にも繋がります。身体違和のある人の多くは「◯◯という身体ならしっくりくる」「わたしの身体は◯◯であるはずなのに」と、想像します。

かれらが想像する身体を、身体イメージといいます。

ノンバイナリーなわたしの身体違和にまつわるあれこれ

わたし個人の、身体違和の経験や身体イメージはどのようなものなのか書いてみます。

わたしの身体違和

ある日、銭湯で大きな鏡の前に立った時。

自分の胸のふくらみを見て「いやだな」と思いました。少し気持ち悪くなってしまい、見ていられなくてあわててその場を離れました。

それまでは、銭湯に行くときも家でお風呂に入るときも、自分の身体を意識して見るということがありませんでした。でもその日、銭湯で自分の胸のふくらみを直視したとき、わたし自身に身体違和があることが明確にわかりました。

一方で、わたしは自分のヴァギナ(女性器)に違和感があるわけではありません。また、よく「女顔」と言われますが、自分の顔は気に入っています。

その意味で、わたしが性別違和として身体違和を感じる身体部位はとても限定的です。

ノンバイナリーなわたしの身体イメージ

わたしの身体イメージについては、少し言語化するのが難しくなります。そもそもビジュアルのイメージを頭に0から思い浮かべるのが苦手だからです。

でも、自分の身体への違和感が少なくなる瞬間はときどきあります。

例えば
すとんと落ちたサスペンダーを着ているとき。
Tシャツに男性用のショートパンツをはいているとき。
だぼだぼのセーターを着ているとき。

どれも、胸のふくらみやお尻のふくらみが強調されず、シルエットとしてまっすぐになっています。

「こうありたい」と思うわたしの身体イメージはそのような身体であるような気がします。努力しなくても「まっすぐすとん」としている身体です。

胸オペ?

胸のふくらみに違和感がある場合、胸オペ(乳房切除手術)などの手術をして、違和感をへらすノンバイナリーやトランスジェンダーもいます。わたしは、元々自分の胸のふくらみが小さめなこともあり、今のところは「胸オペなどはせずに自分の身体とつきあっていければいいな」と考えています。

とはいえ、身体が「なんとなく自分のものではない」「なんか違う」という感覚はぬぐえずにいました。

わたしはノンバイナリーですが、自分の身体が「女性的」であることによって「女性」だと、周りに思われてしまうこともしばしばあります。

「そういう嫌な経験をするのは、わたしの “女性らしい” 身体のせいなのかもしれない」と感じて、自分の身体違和がひどくなっていったような気もします。

それでも、手術をする気にはならないし、その気になったとしても、お金を工面できないなと思う時期が長くありました。

ノンバイナリーの身体違和、身体イメージ

他のノンバイナリーの友人の話や、最近発行されたZINE『こんばんは、ノンバイナリーです』などを参考に、一部ですが、ノンバイナリーの経験しうる身体違和の例をあげます。

さまざまなノンバイナリーの身体違和

・生理になるのがいやだ
・射精するときもちがわるくなる
・胸のふくらみ/ペニスがいやだ
・腕や首の細さ/太さ、声の高さ/低さ、毛の生えづらさ/やすさ、筋肉のつきやすさ/づらさなどにより「男性/女性らしい」と感じるのが辛い
・「女性」や「男性」として触れられると、自分の身体から離脱してしまう
・ペニスやヴァギナが「自分のものではない」と感じる

挙げていったらキリがないので、ここらへんにしてみます。

ここに挙げただけでも、女性器や男性器にまつわるものだけでなく、ノンバイナリーにもいろいろな身体違和がありうることが、わかると思います。また、生理や射精など、身体部位というより、身体にまつわる現象にたいして、身体違和を感じる場合もあります。

身体違和がないノンバイナリーもいる

身体違和はないけれど、社会的に「女性」「男性」と振り分けられることに違和感があるノンバイナリーもいます。必ずしもすべてのノンバイナリーに身体違和があるわけではないのです。

例えば、わたしの友人のノンバイナリーのひとりは、身体違和を感じていません。

でも、女性として扱われることに強い拒絶感があるそうです。その人は、今のところ手術などは希望せず、「彼」でも「彼女」でもなく、ノンバイナリーとして生きています。

身体違和とつきあう

ノンバイナリーは、身体違和とどのようにつきあっているのでしょうか。

タトゥーを入れてみた

去年8月、タイ旅行に行ったとき。
左腕に初めてタトゥーを入れることにしました。

タトゥー自体は、バンドエイド2つくらいで隠れてしまうくらい小さいものでしたが、わたしの中ではとても大きな変化が起こりました。

「この身体は、わたしのものだ」と感じたのです。そのような感覚は、記憶の中ではわたしの人生で初めてのものでした。

今まで、わたしにとって身体といえば、割り当てられたものという感覚でした。わたしの選択ではなく、引き受けざるをえないものにすぎませんでした。

でも、タトゥーを入れたことで、ようやく「わたしはわたしの身体に選択権がある」という感覚が芽生えたのです。身体違和も少しやわらぐような心地がしました。

タトゥーを入れて特に変わったのは、自分の身体を見て「テンションが上がる」瞬間が増えたことです。それまでは、鏡に映る「女性らしい身体」から目を背けようとして、あわてて鏡から目を逸らすことばかりでした。

でも、タトゥーを入れてから、時々鏡の前でタトゥー入りの左腕をわざわざ見て、タトゥーを確認して、楽しむこともできるようになりました。

そういう自分の身体にまつわる楽しい時間が積み重なって、だんだんと自分の身体と「つきあっていく」のが楽になったような気がします。

さまざまなつきあい方

最後に、ノンバイナリーのうち、身体違和を抱える人たちが、手術以外の方法で、どのようにそれらとつきあっているのか、わたしの聞いた話や読んだ話を中心に少し紹介します。

・タトゥーを入れる、ピアスをあける
・「ナベシャツ」や豊胸パッドを使う
・ジムでのトレーニングやスポーツをとおして、身体イメージに近いからだを目指す
・髪型や服装をくふうする
・ピルやミレーナなどを用いて生理を止めたり軽くしたりコントロールしたりする
・セックスする相手に、身体違和を感じやすいところに「触れないでほしい」「射精をしたくない」などと伝える

わたし自身は、タトゥーを入れる以外にも、胸のふくらみが目立たないブラジャーをつけたり、髪を刈り上げたりなどもしています。

いろいろな方法を組み合わせて、身体違和をやわらげていったとも言えるかもしれません。

違和感がやわらいでも、わたしはノンバイナリー

一方で、身体違和がやわらいでいくにつれて「わたしは充分にノンバイナリーなんだろうか」という問いが生まれてくることもありました。でも、繰り返しますが、身体的な違和感がなくても、ノンバイナリーである人はいます。

ノンバイナリーによる語りや文章にふれるたび、わたし自身も、それぞれの経験の違いに驚かされることばかりです。それほど、ほんとうにさまざまなノンバイナリーが生きているんだ、生きてきたんだと勇気づけられることもあります。

あらゆるノンバイナリーの経験や身体や表現が、ノンバイナリーのものとして尊重されるような社会がおとずれることを願って。わたしたちノンバイナリーによる言葉を、もっと生み出したいし、きいていきたいです。

 

■参考情報
ZINE『こんばんはノンバイナリーです』ayano 編集・企画(FROM THE HELL MAGAZINE)
『ノンバイナリー―30人が語るジェンダーとアイデンティティ』マイカ・ラジャノフ、スコット・ドウェイン 編集(明石書店)
「性別不合に関する診断と治療のガイドライン(第5版/一部補正)」(2024年10月16日)(PDF)

 

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