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性別適合手術を受けて、なりたかった自分に近づいた【前編】

「別につき合う相手が女の子でもいいんじゃない?」。ソフトボールのチームメイトが発した軽い言葉で、セクシュアリティに関する意識がガラリと変わる。20歳で知り合った8つ年上の彼女とは結婚を前提に交際。手術を受ける決意もした。しかし、念願叶って男性に生まれ変わったのは、それから10年後のことだった。

2019/06/11/Tue
Photo : Ikuko Ishida Text : Shintaro Makino
長堀 久美 / Kumi Nagahori

1988年、埼玉県生まれ。小3で出会ったソフトボールに魅せられ、高校卒業までの10年間、ひたすら白球を追った。男子に興味を覚えない自分を、レズビアンかも? と自己診断していたが、結婚を求める女性に会ってFTMを自認。今年、タイで手術を受け、男性としての一歩を踏み出した。

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INDEX
01 やさしいお母さんと厳しい父親
02 人生を変えたソフトボールとの出会い
03 ほかの女の子と違う? という疑問はなかった
04 ひたすらボールを追った中学時代
05 もしかして、自分はレズビアン?
==================(後編)========================
06 セクシュアリティの落ち着き場所を模索
07 手術を受けて結婚したい。現実的になったFTM
08 ジレンマのなかで崩壊した、ふたりの関係
09 突然、降ってきた父親代りの子育て
10 オレも手術を受ける!

01やさしいお母さんと厳しい父親

にぎやかな5人きょうだい

1988年、浦和市(現さいたま市)に四女として生まれる。

姉が3人、弟が1人の5人きょうだい。にぎやかな家庭だった。

「一番上の姉は再婚した母の連れ子で、11歳年が離れています。子どもの頃はよく面倒をみてもらいました」

お母さんも働いていたので、朝、起こしたり、ご飯を作ってくれるのも一番上の姉だった。

「しっかりした人で、小さなお母さんみたいでした」

仲がよかったのは、すぐ上の姉・三女。ひとつ違いの年子だった。

「よく似ていいて、双子と間違えられることもありました」

ソフトボールチームではセカンドとショートを組んだ。

「弟は5つ下で、子どもの頃は、あまり好きじゃなかったです。男だったことが気に入らないというか、うらやましかったんでしょうね」

しかし、弟は姉を慕ってよく後ろをついて歩いた。

今では、ふたりだけで食事をしたり、遊びにいくほど仲がいい。

父親は子供たちに手を上げることも

お母さんはやさしい人だ。自ら仕事をしながら5人の子どもを育てた。

「怒るとヒステリックになるところはありましたけど、今考えると、それも仕方ありませんね(笑)。子育てと仕事ですごい大変だったと思います」

父親は、クルマで30分くらいの距離に住んでいる。
年に2、3回は会いにいく関係だ。

「父親は厳しい人でした。よく怒られて正座をさせられたり、立たされたりしていましたね」

酒を飲むと、お母さんや子どもたちに手を上げることもあった。

「DVがひどいときは、隣りに住んでいた後輩のお父さんに助けを求めて、家に来てもらうこともありました」

女性の力では止めることができないこともあったのだ。

自分が高校1年生のときに、お母さんがついに耐えきれなくなり、子どもたちを連れて家を出ることになった。

「離婚はしていませんけど、今も別居は続いています」

ガスコンロを悪戯して大やけど

子どもの頃の出来事で最も印象に残っているのは、小学校2年生のときに負った大やけどだ。

「隣の家が引っ越して更地になってたんです。そこで遊んでたら、ガスコンロが捨てられているのを見つけて・・・・・・」

いくらスイッチをひねっても点火しない。
そのときに物置にトラクター用のガソリンがあることを思い出した。

「ガソリンをかけてスイッチをひねったら火が燃え上がって、全身、火だるまになってしまいました」

とりあえず、近くにあったバケツの水を被った。

一緒にいた姉が慌てて連れて帰ると、お母さんが水風呂に放り込んだ。

「その機転のおかげで助かったんでしょうね。顔も手足など全身にやけどを負って、しばらくガーゼに覆われて寝ていました」

幸いにもやけどの痕は残らなかった。

「熱い、痛い、と思いながら、お父さんに怒られるって、怯えました。でも、実際はそのことで怒られた記憶はないんです」

あまりの大怪我に、父親も驚いたのかもしれない。

02人生を変えたソフトボールとの出会い

毎日の日課は素振り

人生に方向性を与えてくれたのが、ソフトボールだった。

「同級生の父親がソフトボールの監督をしていたんです。それで、一緒にやらないか、と誘われました」

練習を見にいくと、ものすごく楽しそうだった。
自分でもやってみたい、という思いに強くかきたてられる。

「その場で、やります! と宣言して帰ってきました」

チームの名は、大久保スポーツ少年団。

「まだ、女子のソフトボールの人気が出る前ですから、マイナーな競技でしたね」

喜んだのは、いつもは厳しい父親だった。

「毎晩、野球中継を見るほどの野球好きでしたからね。一緒に練習をして、教えてもらいました」

タクシーの運転手だった父親は、週に3日の休みがあった。

「毎週、日曜はチームの練習で、火、木、土曜は父親と練習。この頃から、ソフトボールにどっぷりと浸かりましたね」

バットの素振りは毎日の日課となった。

「ちゃんと素振りはしたか? と、父親のチェックが必ず入りました(笑)」

姉と弟も同じチームに入団

特訓の甲斐あって、小学校高学年になると攻守に頭角を現す。

「小学校のときのポジションはキャッチャー。打率は6割でした」

小学校低学年で描いた夢は美容師だったが、高学年ではソフトボールでオリンピックに出ることに変わった。

「ソフトボールをやっていて辛かったのは、ほかの友だちとまったく遊べないことだけでしたね(笑)」

ひとつ上の姉もすぐに入団。長く同じチームで活躍することになる。

「弟は小学校に入る前から練習の見学に連れてこられて、1年生になると同時に入りました」

長堀家は、ソフトボールの話題が多くなった。

03ほかの女の子と違う? という疑問はなかった

クラスでは大人しい子だった

スポーツができて、活発な女の子。
でも、意外にもクラスでは大人しいほうだった。

「あまり騒いだり、しゃべったりするほうじゃなかったです。元気なのは体育の時間くらいで・・・・・・(笑)」

「特に目立つこともなくて、休み時間にはひとりで本を読んでいるタイプでした」

中学のときに、図書室司書の先生から「今度、映画になる面白い本があるわよ」と紹介されたのが、「ハリー・ポッター」だった。

「ファンタジーが好きだったんで、夢中になって読みました」

腕相撲に負けて、男になることを断念

自分が女であることの疑問は早くからあった。

「なんで自分は立ちションができないのか、と悩んだことがありました」

最初は、「下手なんだろう」「そのうち、できるようになるだろう」と楽観していた。でも、そうではないことが次第に分かってくる。

服装は、小さい頃からずっとズボンだった。

「スカートは嫌いでした。親から女の子らしい格好をしろ、とは言われたこともありませんでした」

「男になりたい、と思っていましたね。でも、自分は女に生まれてしまった。諦めるしかない、と考えるようにしました」

「諦めがいいほうなんです(笑)」

小学校高学年になって、それまで負けたことのなかった腕相撲で男子に勝てなくなると、諦めは決定的となった。

「腕相撲で負けて、自分は女なんだ、ということを思い知らされた感じでした」

しかし、自分はほかの女の子と違う、どこかヘンだ、と思ったことはない。

「女性であることに疑問を持ったこともありませんでした」

深く考えるようなことではないと、思っていたのだろう。

04ひたすらボールを追った中学時代

初恋の相手はかわいい女の子

クラスの男の子がカッコいい、と思ったことは一度もなかった。

初恋の相手は女の子。ソフトボールのチームに入ってきた子だった。

「小学校5年生くらいでした。初恋というか・・・・・・気になる存在でした」

まだ、「好き」という感情がなんなのか、よく分からなかった。
帰り道が同じ方角だったので、よく放課後に肩を並べて歩いた。

「かわいい子でしたね。自分は面食いなんです(笑)」

誕生日にプレゼントをし合ったり、楽しい “交際” を経験した。

「でも、相手は、ただの女の子の友だちだと思っていたんでしょうね」

同じ中学に進学したが、彼女はテニス部に入ってしまい、交際はそこで途切れた。

姉のヒットでサヨナラのホームイン

中学でも生活の中心はソフトボールだった。

「学校の部活に入って、ひたすら打ち込みました」

どうしたら上手くなれるのか、どうしたらもっと打てるようになるのか、毎日、練習と研究に余念がなかった。

中学からはショートにポジションが代わる。

ショートといえば守備でも花形だ。姉との二遊間は話題になった。

「先輩たちも中学からソフトを始めた人が多かったから、自分が一番うまかったんです」

クライマックスは、さいたま市大会の決勝戦に訪れた。

試合は同点のまま最終回に。

「自分がランナーで出ていて、打順がラストバッターの姉に回ったんです。姉のヒットでホームインしました」

劇的なサヨナラゲームだった。

「うれしかったですね。思い出に残っています」

まさにソフトボールのことだけを考えた中学時代だった。

「セクシュアリティで真剣に悩む暇もありませんでした。今思えば、それが逆によかったのかもしれませんね」

女らしく生きてみよう

中学生になっても、男の子を好きになることはなかった。

「女子同士で、どの子が好き? という話題になると、『あの子がいい』と適当な男子の名前を挙げてごまかしていました」

その場をごまかすのは簡単だが、このままで将来は大丈夫か? という現実的な不安も徐々に沸いてきた。

「男になれないなら、割り切って女になるしかない、と考えました」

そこで思いついたのが、意識して女の子らしく振る舞うことだった。

「スカートを短くしてみたり、かわいい下着をつけてみたりしましたね(笑)」

胸が大きくなったら変わるんじゃないか、と思って揉んでみたりもした。

「でも、何も変わりませんでした(笑)」

女らしくなる試みは失敗に終わったが、その悩みが深刻になることはなかった。

「しょうがないな、というだけでした。あくまでも頭の中はソフトボールでしたから」

基本的に深く考えないタイプ。

生きづらい、死にたい、などと思い悩むことは一切なかった。

05もしかして、自分はレズビアン?

高校でもソフトボール

高校は公立の工業高校に進学した。

「姉がソフトボールの上手な先輩選手に憧れて、公立の工業高校に入っていたんです。自分も中学を卒業する前から練習に参加していて、コーチに気に入られたみたいです」

実は、ソフトボールは中学まででやめようかと思っていた。

ところが、強い勧誘に負けて、そのまま推薦入学することになった。

「父親のコーチもまだ続いていました(笑)」

巷では、上野由岐子投手が颯爽と登場。

2004年のアテネオリンピックでの大活躍で、日本中がソフトボールに注目を始めた頃だった。

「同じ頃、『世界の安藤」と呼ばれたショートがいて、その選手には憧れましたね。試合も見にいきました」

こうして、ソフトボール漬けの生活が続くことになる。

「そこそこ強いチームで、県大会でベスト16くらいには入っていました」

クラスに女子は4人だけ

工業高校機械科。40人のクラスに、女子は4人だけだった。

「いつも4人でかたまって座っていました」

旋盤や溶接の実習授業も男子と一緒に受けた。

「男の子に声をかけられることはありませんでしたね。4人の女子のうち、2人はソフト、1人は柔道、もう一人も元ソフトでした(笑)」

相変わらず男の子に興味はなかった。そして、女の子を好きになってはいけない、と頑なに思い込んでいた。

ところが、その先入観を壊してくれた人物が現れる。

「ソフトボール部の仲間で、すでに付き合っている女の子がいる人でした」

その友人に、「つき合う相手が女子でも、いいんじゃない?」と軽くいわれた。

「あ、そうか。それでもいいのか、と考え方がガラッと変わりました」

初めての彼女。レズビアンなの?

初めての彼女は、やはりソフトボール部のチームメイトだった。

高校入学前に参加していた練習にその子も来ていて、かわいい人だな、と気になっていた。

「別の中学のキャプテンで、ポジションはキャッチャーでした」

「しっかりしていて、面倒見がいい性格でした。頭がよくて、チームのまとめ役でしたね」

どちらからともなく、「つき合おうか・・・・・・」という話になった。

買い物に行ったり、練習の後に家まで送って行ったり、初めての交際は楽しかった。

「ずっと一緒にいたい、と思うようになりました」

「自分はレズビアンなのか、とちょっと悩んだこともありました。でも、つき合ううちにその罪悪感も消えていきました」

ところが・・・・・・。

「2年生になって彼女が部長、自分が副部長になったんです」

周囲には隠してつき合っていたが、さすがにこの状況では隠しきれない。

「立場的にもよくないし、仕方がないから別れよう、と言われてしまいました」

納得がいかなくて、「嫌だ」と抵抗したが、彼女の意志は覆らなかった。

「悔しくて、わざと冷たくしたりしてしまいました。子どもでしたね(笑)」

卒業後、彼女は男性と結婚。結婚式にはチームのメンバーと一緒に参加した。

「自分では、結婚も出産もさせてあげられなかった。だから、これでよかったんだ、と素直に祝福しました」

青春の1ページは軽やかに扉を閉じた。

 

<<<後編 2019/●/●/●>>>
INDEX

06 セクシュアリティの落ち着き場所を模索
07 手術を受けて結婚したい。現実的になったFTM
08 ジレンマのなかで崩壊した、ふたりの関係
09 突然、降ってきた父親代りの子育て
10 オレも手術を受ける!

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