INTERVIEW
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すべての当事者が悩んでいるわけではない、僕はずっと前向きに生きてきた【前編】

「当事者だからといって、全員が悩んでいるわけではない」。当然のことではあるものの、キラキラとした表情でそう語る山本さんを見ていると、なんだか新鮮な感情を抱いてしまった。個人差以上に、もしかしたら世代間での違いもあるのかもしれない。まだまだ人生これからの22歳、等身大の姿を存分に語ってもらった。

2018/01/28/Sun
Photo : Mayumi Suzuki Text : Mana Kono
山本 風冴 / Fuga Yamamoto

1995年、愛知県生まれ。幼い頃に両親が離婚し、母に引き取られる。高校卒業後は、実家の家計を支えるために就職。いくつかの仕事を経て、現在は配達員として働く。20歳でホルモン治療をスタートさせ、近々性別適合手術も予定している。

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INDEX
01 活発なお姉ちゃんと、物静かな弟
02 急激に “女” になっていく友人たち
03 部活に打ち込んでいた中学時代
04 これからは、自分がお母さんを支えたい
05 初恋相手は女の子
==================(後編)========================
06 トランスジェンダーなのかもしれない
07 女性として働くことへの違和感
08 いつか彼女と結婚したい
09 次の世代のために
10 当事者すべてが悩んでいるわけではない

01活発なお姉ちゃんと、物静かな弟

夢は “仮面ライダーになること”

活発で、外で遊ぶことが多かった幼少期。

友だちは男の子の方が多くて、仮面ライダーごっこや木登りをして、元気に遊んでいた。

「夢も、“仮面ライダーになること” でした(笑)」

得意科目は体育で、苦手なのは算数。

「勉強するよりも、体を動かして遊ぶ方が好きだったんです」

4歳下の弟は、姉の自分とは違って、静かでおっとりしたタイプ。

「だから、ちょっと性別が逆みたいなところがありました」

年齢を重ねていくにつれ、自分はだんだんとボーイッシュな服装を好むようにもなっていった。

「メンズ寄りの服を着るようになっても、親には特にこれといって何か言われることもなかったです」

「それに、当時はまだ性に対する違和感もほぼありませんでした」

第二次性徴で体に変化が出てきてからも、大きな嫌悪感などはなく、成長を自然に受け入れていたと思う。

だが、小学校高学年の時、初めて女子に特別な感情を抱いた。

「相手はスキンシップが激しい感じの女の子で、その子の体が近づいたり触れ合ったりした時に、なんだかドキッとしてしまったんです」

今思えば、彼女に恋愛感情があったというよりは、異性に対する意識に近いものだったのだろう。

「その前には、男の子を好きになったこともあったんです」

その “好き” は、恐らく友だちの延長線上にあったのだと思い返す。

「だから、女の子と密着した時、確実に今までとは違う感情を抱いたのを覚えています」

両親の離婚

小学4年生の時に、両親が離婚した。

「家から父がいなくなっても、さみしいという感情はあまりなかったです」

「むしろ、両親はいつもケンカしてばかりで、お母さんが泣いている姿もよく見ていたので、やっとお父さんから解放されたって気分になりました」

父のことが嫌いだったわけではない。

しかし、日ごろ悪い面ばかり見ていたため、両親が離婚してどこかホッとしている自分がいた。

「お父さんは仕事が忙しくて帰りが遅かったりもしたので、どちらかといえばお母さんっ子だったんです」

今後母がひとりで家庭を支えられるのか、幼ながらに心配していたほどだった。

だが、祖母が同居して家事を手伝ってくれていたこともあって、離婚後も生活に大きな変化は出なかったように思う。

ただ、比較的元気だった自分とは裏腹に、弟は両親の離婚にかなりのショックを受けていたようだった。

トラウマ状態になってしまったのだろう、夜中に嘔吐してしまうこともしばしば。

「弟は、思っていることをあんまり言わないタイプの子なんで、溜めて溜めて、夜中に爆発しちゃったんでしょうね・・・・・・」

02急激に “女” になっていく友人たち

周囲の変化

中学は地元の共学に進学したから、同級生には同じ小学校に通っていた友だちも多かった。

「小学校の時にわりとボーイッシュだったような女子も、中学に入ると急にキャピキャピした雰囲気になる子が多くて、すごく不思議に感じていました」

これまで特に性別を意識したことはなかったものの、女子はどんどん “女” になっていく。

彼女たちのキラキラした雰囲気はもちろん、アイドルの話や恋バナが多くなっていくのにも違和感があった。

「一応、そういう女子の輪に入って会話は聞いているんですけど、自分からはほとんど発言しなかったです」

「好きなタイプを聞かれても、適当に『優しい人かな』とか、ありきたりなことを言ってごまかしてましたね」

だから、周囲からはあまり恋愛に興味がないタイプだと思われていたのだろう。

「あと、女子の間で交換ノートみたいなものが流行っていたんです」

「でも、なんで書かなきゃいけないのかわからなくて、何も書かずに次の子にまわしたりもしました(笑)」

女友だちとは仲良くしていたが、そうした変化や行動を「めんどくさい」とも思っていた。

バスケにどっぷり

部活はバスケ部に所属していて、副キャプテンになったこともある。

「放課後はほぼ毎日部活で、土日も試合があったので、中学時代は部活一色でしたね」

「バスケで体を動かしている時の爽快感が、気持ちよくて好きでした」

大の負けず嫌いだったし、試合にもだいぶ熱を入れて取り組んでいた。

「うちの学校はあまり強くもなかったんですけど、先生がかなり熱血タイプだったので、練習は結構スパルタだったと思います」

バスケをやっていたことで、チームワークを通じてコミュニケーション能力が鍛えられた。

「人の顔を見れば、その人がどういうことを考えているか、わりと敏感にわかるタイプなんです」

「だから、そういった意思疎通においても、バスケ部での経験は今でも役立っているなと思います」

03部活に打ち込んでいた中学時代

スカートを履きたくない

中学校の制服は、女子はセーラー服で男子が学ランだった。

「それまで、私服はズボンばかりでスカートをほとんど履いたことがなかったので、入学の時からずっとセーラー服が嫌だったんです」

セーラー服の下にはズボンを履いて、家に帰るとすぐに着替えていた。

「女子がみんなスカートを短くしたりするのも、何でなのか謎でした(笑)」

バスケ部に入っていたとあって、髪もバッサリ切って短髪に。

「男子バスケを見ていると、女子とノリも違うし、男子の方がワイワイしていて楽しそうだなって思ってました」

「あとは、プールの授業の時に、みんなの前で着替えるのがめちゃくちゃ嫌でしたね・・・・・・」

教室の隅っこで、隠れるようにして着替えていたのを覚えている。

「そもそも、なんで男子と女子で水着の形があんなに違うのかも不思議だったんです」

「だから、なるべく胸が目立たないように、ワンピース型ではなくて上下セパレートタイプのスクール水着を選んでました」

とはいえ、自分はどうして女子の服装やノリに違和感を抱いてしまうのか、それほど深く考える機会もなかった。

「今になって同じFTMさんに話を聞くと、学生時代ものすごく悩んでいたっていう人も多いので、そういう人と比べれば、自分はそれほど悩まない生活を送っていたんだなって思います」

「とにかく部活に集中していたから、セクシュアリティはさほど気にならなかったのかもしれません」

引退試合直前のケガ

中学3年の引退試合直前、部活中に膝をケガしてしまった。

「ジャンプして着地したら、『ブチッ』って何かが切れるような音がして・・・・・・」

「その後、立てなくなってしまったんです」

靭帯の損傷だった。

ケガのため、その後の引退試合は泣く泣く欠場することに。

「その時は、もうショックで、結構ヘコみましたね・・・・・・」

「しかも、最初は靭帯に傷が入っただけだったんですけど、その後の卒業式でまたはっちゃけすぎて、今度は完全に靭帯が切れてしまったんです(苦笑)」

04これからは、自分がお母さんを支えたい

女子高に入学

中学時代は部活で帰りが遅い日が多かったため、家族と過ごす時間はかなり減っていた。

「疲れている時に親と多少ぶつかったりはしても、反抗期と言えるようなものはあんまりなかったと思います」

部活三昧で勉強もあまりしていなかったが、高校は受験を経て、女子校に入学した。

「だけど、入学するまで、そこが女子校だったって知らなかったんですよ!(笑)」

自分で下調べなどはせず、中学の教師に勧められるがまま受験をした上に、学校名に「○○女子」ともついていなかったのだ。

「だから、『先生、なんで言ってくれなかったの!』って思いましたね(笑)。本当に、入るまで女子校だって気付かなかったんです」

そうして、てんやわんやで迎えた高校の入学式は、まだケガが治っておらず、松葉杖で参加した。

「本当に最悪でしたね・・・・・・」

「セクシュアリティとかよりも、ケガの方が嫌で悩んでたくらいですよ(苦笑)」

回復にはその後数ヶ月かかった。

授業が始まってからも、しばらくは母に車で送り迎えをしてもらう生活が続いた。

「それまではずっと運動していたので、急に体を動かせなくなったストレスで、いっぱい食べちゃってかなり太ってしまったんです」

「時間の使い方もわからなくて、ひたすら家でテレビを見ている生活でした」

ケガが完治してからも、部活には属さず、帰宅部を貫いていた。

「医者には、『もう運動してもいいよ』って言われたんですけど、ケガをしてからの生活やリハビリがキツかったこともあって」

またスポーツでケガをするかもと思うと怖かった。

アルバイト三昧の日々

高校1年生の夏からは、人生初のアルバイトも始めた。

「近所のしまむらでレジ打ちをしてました」

「ケガをしていた時期は毎日お母さんに送り迎えをしてもらっていたので、その分ちょっと親に負担をかけちゃったかなって思ったんですよね」

ただでさえ仕事で忙しい中、毎日遠くの学校まで車を出してくれていた母。

迷惑をかけてしまったと思ったから、それからは通学定期も自分のバイト代からまかなおうと思ったのだ。

「土日と、平日の放課後もなるべくシフトに入っていました」

「だから、月7万円くらいは稼いでいたと思います」

部活三昧だった中学時代とは打って変わって、今度はバイト三昧の高校生活。

「立ち仕事だったので、足がパンパンになることもありました」

「でも、体力があったので、バイト自体は全然苦ではなかったです」

同時に、働くことの大変さも身にしみて学んだ。

「お母さんはもっと長い時間働いてるんだなって思うと、それまでの苦労がわかったし、感謝の気持ちも感じました」

05初恋相手は女の子

自分以外のボーイッシュな女子

高校生になってから、今まで特に考えてこなかった性自認について、急にあれこれと考えを巡らせるようになった。

「というのも、通っていた高校には、自分と同じようなFTMの子が何人かいたんです」

「当時は『FTM』という言葉や定義は知らなかったんですけど、そういう子たちに対して、何か自分と似たような空気を感じていました」

これまでは、自分のようにボーイッシュな女子には一度も会ったことがなかった。

だからこそ、性自認について考える機会を得にくかったのかもしれない。

「自分と同じような雰囲気の子に惹きつけられて、徐々にそういう子と仲良くなっていきました」

とはいえ、普段は他愛ない話をすることが多く、性の悩みについてはほとんど交わさなかった。

女子への初恋

高校2年生の時、初めて恋をした。

同じクラスで前後の席に座っていた女の子だ。

「そうはいっても、彼女に対してドキッとしたり意識したりすることは特になくて、気付いたら自然と惹かれていたんです」

修学旅行で同じ班になったのが、ふたりの距離が近づくきっかけだった。

「だから、最初はグループで仲良くなった感じです」

彼女と一緒にいると楽しい。

「気を遣わなくてよくて、楽だなって思ってました」

「もしかしたら、どことなくほかの子とは違うなって感じていたのかもしれません」

自分ではそれほど意識していないつもりだったが、時間が経つにつれ、周囲からは「彼女のことが好きなんでしょ?」と指摘されるようになっていった。

「自分で気づいてないだけで、まわりから見たら好意がバレバレだったかもしれないですね」

「それに、女子同士で恋愛することにも、みんな驚くほど寛容でした」

女子校だったためか、校内で女子カップルを見かける機会も少なくなかった。

そうした同性カップルに否定的な態度をとる友だちはひとりもいなくて、むしろ「好きなら告っちゃいなよ!」と背中を押してくれる子ばかりだった。

「それで、なら告白しようかなって思って、行動に出たんです(笑)」


<<<後編 2018/01/30/TUe>>>
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06 トランスジェンダーなのかもしれない
07 女性として働くことへの違和感
08 いつか彼女と結婚したい
09 次の世代のために
10 当事者すべてが悩んでいるわけではない

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