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トランスジェンダーだと自覚し、「親に悪い」という想いを乗り越えて。【前編】

バリ旅行から帰ってきたばかりだという松本友生さん。日に焼けた健康的な肌に大きな瞳が印象的だ。「傷は、ちょっとずつ治りかけてます。痛みも徐々になくなってきてますが、感覚はまだ戻ってませんね」と性別適合手術について語る。その表情は晴れ晴れとしていた。しかし、ここまで辿りつくには大きな葛藤もあった。

2019/07/17/Wed
Photo : Taku Katayama Text : Kei Yoshida
松本 友生 / Yuki Matsumoto

1987年、兵庫県生まれ。中学生の頃に同級生の女の子に惹かれて以来、自分が女性であることに違和感を抱え続ける。大学生のときに留学したニューヨークで、ゲイである友人ができ、LGBTの存在を知る。その後、自分はトランスジェンダーFTMであると自覚し、葛藤を乗り越えて性別適合手術を終え、戸籍を変更した。

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INDEX
01 三人兄妹の真ん中っ子の長女
02 悩みは「女の子が好きだということ」
03 ブラジャーなんか着けたくない
04 ニューヨークで知ったLGBTの存在
05 レズビアン? トランスジェンダー?
==================(後編)========================
06 自分が “なりたい姿” に出会えた
07 性別適合手術は「親に悪い」
08 戸籍を変えて、ホッとした
09 恋人との未来のために
10 誰かの人生を幸せにしたい

01三人兄妹の真ん中っ子の長女

素直で優しい母

1つ上の兄と6つ下の妹。

妹が生まれてからは、兄と一緒に妹の面倒を見ながら、いつも3人で遊んでいた。

「兄妹は仲いいですね」

「みんな関西に住んでるんで、今もたまに会いますよ」

幼い頃、兄とはミニ四駆やハイパーヨーヨーで遊んだ。

「小遣いでミニ四駆を買って、兄と一緒にスプレーで色を塗ったり、削ったりとかして、改造してました」

親は、そんな様子を見て、「女の子なんだから、もっと女の子らしい遊びを」と言うこともなかった。

「でも、自転車を買ってもらうとき、僕はマウンテンバイクがほしかったんですが、母に『こっちのがかわいいよ』とピンクのを勧められたことがありました」

「『えーーーっ』って嫌がりましたけど(笑)」

そして結局は、ほしかったマウンテンバイクを買ってもらえた。

「母は、素直で優しい人」

「子どもの頃は、「パーティしよう!」って、僕ら兄妹の友だちを家に呼んで、一緒にごはん食べたり、もてなしてくれてました」

家族以外の誰でも、居心地よく過ごせる空間をつくるのが上手な母だ。

「どないでもなる」と心強い父

「自由に遊んでる子どもたちを、さりげなく見守っている感じの人ですね」

「だから、うちにはいつも自然と人が集まってました」

「父は、なんというか・・・・・・、あんまり “かたくない” 人(笑)」

「『どないでもなる』って感じの人で」

その態度が、どんなときでも家族として心強かった。

「自分がしっかりしてたら、どないでもなる、大丈夫って思えました」

優しい両親ではあったが、門限や勉強には厳しかった。

「宿題とか、やることやってから遊びに行きなさい、って言われてました」

約束を守らなかったら、家の外に閉め出されることもあった。

「出されるのが嫌で、柱とかにしがみつくんですけど、母がしがみついてる手を離させる、お父さんが引きずり出すって感じで(笑)」

「そのとき大事なのは、何が悪かったか理解すること、でした」

「だから『それがちゃんと分かってからピンポン(呼び鈴)鳴らせ』って言われてました」

そんな優しくも厳しい両親に、自分の秘密を話したのは24歳の頃。

ゲストハウスで働いているときに “女性を好きである自分” を認めることができて、家族に話したのだ。

02悩みは「女の子が好きだということ」

自分は「気持ち悪い」?

小学生の頃は、バスケットボールに打ち込んでいて、恋愛どころではなかった。

中学生の頃には、別のクラスに気になる女の子がいた。

「なんかすてきな人やな、仲良くなりたいなって思って」

「たまたまその子は、僕の幼馴染と仲がよかったんで、幼馴染が携帯番号をきいてきてくれて、お互いに連絡先を交換できたんです」

背が高くて、運動が得意で、きれいな人。

でも、その子を思う気持ちが “好き” なのかどうか分からなかった。

高校生になって、彼氏ができたけれども、友だち以上の関係にはなれなかった。

「別れ話をするときに、『もしかしたら自分は、女の人が好きなんかも』って言ったんです」

「そしたら『気持ち悪い』って言われて」

「その人にとっては、それが正直な感情やったんでしょうけど、やっぱり自分は気持ち悪いんや、おかしいんやって思ってしまって」

「自分が女の子を好きだってことは、ずっと悩みでした」

家族へのカミングアウト

そのことを家族に話したのは、妹が最初だった。

「留学から帰ってきたあとに、当時13歳だった妹から恋愛のことで相談されて」

「流れで、実は自分も悩んでることがあるねんって」

好きな人がいる、その人は女性だ、と。

「妹は、『あ、そうなん。お姉ちゃんも悩んでるんやね。でも別にいいんちゃう』って」

「誰が好きでも、私のお姉ちゃんであることは変わらへん、って言ってくれました」

さらには、「もし、お母さんたちに言いたいんやったら手伝うで」という言葉も添えてくれた。

「で、彼女が出来た時、両親にも話をしようと思ったら、『あ、聞いたよ』って母に言われました」

「なんか、妹が先に言ってたみたいで(笑)」

自分から伝えたかった気持ちもあったが、結果として話をしやすくなったので、よしとした。

「母は、とにかく僕を心配してました」

「あと、育て方に問題があったのかなって責任を感じてしまってたみたいで・・・・・・」

「父は、まぁ、今だけちゃう? くらいの感じで僕の話を聞いてました」

両親としては、子どもはまだ24歳。

これからまだまだいろんな人に出会うだろうから、考え方も変わっていくはずだ、と思ったのだろう。

兄には、両親に話して少し経ってから話した。

「兄は昔っから『弟みたいな妹やけど』って、僕を周りに紹介してたりしてたんで」

「話したときも、『あ、そうなん。お母さんとお父さんは知ってるの?』と、両親のことを気にかけている様子でした」

03ブラジャーなんか着けたくない

まるで女装をするような

思春期の頃の思い出で、もっとも強く覚えているのが、自分の身体が変わっていくことに対する嫌悪感だった。

「小学校から続けて、中学でもバスケをやってたんですけど、部活のみんなが、だんだん女性用の下着・・・・・・ブラとかを着け始めるんですよ」

「先輩から『あんたもそろそろ買えよ』って言われて、嫌やな〜って」

ブラジャーを着けることは、自分にとっては大きな試練のように感じられた。

「まるで女装をするような感覚でした」

なぜそう思うのか、理由は分からない。
ただただ嫌だった。

「そしたら、うちで一緒にお菓子を食べてるときに幼馴染が、母に『おばちゃん、そろそろブラジャー買ってあげてよ』って言ってくれて」

「『あ、そうか、あんたもそんな時期か』って、早速女性用の下着売り場に連れて行かれました」

どれがいいの? ときかれても、下着を見るのも嫌だった。

「どれでもいいって言って、一番目立たなさそうな、地味な色のやつを買ってもらったと思います」

しかし、やはり着けるのが嫌で、ほとんど着けずに以前から持っていたスポーツブラばかりを着けていた。

「せっかく買ってもらったし、使わへんのも気まずいので、ブラもたまに洗濯には出してました(笑)」

そのうちユニクロからブラトップが発売され、救われた気がした。

「胸もカバーできるし、女性っぽくないし、ラクやし、めっちゃええやんって(笑)」

「それっきりブラは二度と着けてないですね」

「だから自分が何カップだったんか、分からないです(笑)」

男女一緒が居心地いい

女性用の下着と同じように、女性用の制服も嫌だった。

「セーラーだったんですが、自分が着ているシルエットが嫌で」

「カッコ悪いなぁって・・・・・・」

「でも着ないといけないし、下にジャージはいたりしてました」

高校では、バスケ部には入らず、生徒会に所属した。

放課後にみんなで集まって、校則など学校のことで改善したいことがあれば、アンケートをとったり、どうすればいいのか話し合ったりした。

「中学のときもそうだったけど、部活は男女がはっきりと分かれているところが、嫌だと思うことがありました」

「でも、生徒会は男女一緒」

「運動ではないけれど、放課後にみんなで一緒に何かをするってところは、部活と変わらないと思っていました」

「その男女一緒に、ていうのが居心地よかったですね」

04ニューヨークで知ったLGBTの存在

ゲイと知り合って

高校生の頃、将来は学校の先生になりたいと思っていた。

「高校の英語の先生が教えるのがうまくて、勉強が楽しかったんです」

「英語がしゃべれるようになりたいと思って、洋楽を聴き始めたりして、どんどん英語にハマっていきました」

高校在学中にオーストラリアでのホームステイも経験した。

大学は、京都外国語大学の外国語学科に進学。

「教職課程も選択してたんですけど、途中で1年休学して、奨学金をもらって、ニューヨークへ留学することを決めたんです」

ニューヨークを選んだのは、いろんな人種がいて、ごちゃ混ぜ感が居心地よさそうだと感じたからだった。

その頃は、まだ理由が分からないまま、自分が女性っぽいことをするのも、女性として扱われるのも苦手だった。

そして、すてきな人だなと、つい目で追ってしまうのは、やはり男性ではなく女性だった。

そんななか、ごちゃ混ぜなニューヨークで大きな出会いがあった。

「留学したのは大学3年の19歳のとき」

「シェアハウスで暮らしてたんですけど、そこで一緒に暮らしてた女友だちの友人が家に遊びに来てて」

「その友人がゲイだったんですよ」

「それで、ニューヨークの新宿二丁目みたいなところでクラブイベントがあるから、一緒に行こうって誘ってくれたんです」

セクシュアリティを問われても・・・・・・

ゲイの存在は知っていたけれど、日本では周りにいなかったし、LGBTのことは知らなかった。

「行ってみたら、その友人が『僕はゲイなんだ』って」

「で、ここはゲイとかレズビアンとかが集まる街なんだよ、って教えてくれたんです」

「すごく興味がありました」

「自分のことが分かるかもしれないって思いました」

「それに、華やかで面白い人がいっぱいいるし、英語の勉強にもなるし、いい環境だなって思って」

それからは、ひとりでもその街へ出かけるようになった。

出会いを重ねるたび、自分が女の子を好きだということも、おかしいことではないと思えるようになっていった。

「そこで、イタリア系アメリカ人の女の子と出会いました」

「高校のときに男の子と付き合ったときは、手をつなぐのも嫌だったけど、
その子とならすごく楽しくて」

「なんか新鮮でした」

ニューヨークの観光スポットに連れていってもらったり、彼女の友だちの家に行ったり、何をしていても楽しかった。

「その子は、自分のことをレズビアンだって言ってました」

「でも、『あなたは?』ときかれても分からなくて」

セクシュアリティを問われても、まだ自分がどうなのか知らない。
どれかに自分を当てはめたくもなかった。

05レズビアン? トランスジェンダー?

「レズビアン」が当てはまらない

留学中、電話で日本にいる友だちに報告した。

「いい感じの人がいるって」

「その人、女の人やねんって言ったら、『それってレズビアンってこと?』ってきかれました」

「でも、なんか違うなって・・・・・・」

「女の人が女の人を好きなのはレズビアンってことやけど、自分には、その言葉が当てはまってない気がしたんです」

自分が女性であることは事実だ。
自分が女性を好きであることも事実だ。

しかし、自分がレズビアンだということは認めることができなかった。

なぜ?

その後、友だちから聞いた話が、その答えを知るヒントとなった。

「上野樹里がトランスジェンダーの役で出ていた『ラスト・フレンズ』ってドラマを、友だちが見ていたらしくて」

「あんた、これなんちゃう? 絶対そうやでって教えてくれたんです」

話を聞いたときはまだアメリカ留学中だったため、そのときは「帰国してから、そのドラマを見てみよう」と思った。

トランスジェンダーなのかも

そして、帰国。

早々に、例のドラマを見てみた。

「あ、確かに、自分もそうなのかも。自分はトランスジェンダーなのかもしれないって思いました」

「でも、トランスジェンダーって一体なんなんやろ・・・・・・。ネットでいろいろ調べました」

そこで、トランスジェンダーが心の性別と身体の性別が一致しない人のことを指し、心と身体の性別を一致させるために性別適合手術を受ける人もいるということを知った。

「え、手術? 怖い・・・・・・」

「それはないわ、考えられへん」

「そんなん親に悪いし、痛いことは嫌やし、自分には、手術してまで身体を変えたいとは思えませんでした」

おそらく、自分の心は男性なのだろう。
それは確信していた。

でも、心の性別に身体の性別を一致させるには手術するほかなく、かといって自分には手術するという考えはなかった。

「そのあと、日本で彼女ができたんですが、『将来は結婚したいから、このまま付き合っていけへん』って、言われてしまって」

「その子は、親に僕と付き合ってることを言ったらしいんですが、反対されてしまって・・・・・・」

「このまま付き合っていくのはしんどいから別れたい、って言われました」

女性同士では、今の日本では結婚はできない。

このままでは、自分には未来がないのか?

「どうやって生きていこう・・・・・・」

「悩んでいたときに相談に乗ってくれた女の子がいて、今はその子と付き合っています」

 

<<<後編 2019/07/19/Fri>>>
INDEX

06 自分が “なりたい姿” に出会えた
07 性別適合手術は「親に悪い」
08 戸籍を変えて、ホッとした
09 恋人との未来のために
10 誰かの人生を幸せにしたい

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