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FTMの同級生に開いてもらった心の扉【後編】

FTMの同級生に開いてもらった心の扉【前編】はこちら

2021/11/06/Sat
Photo : Rina Kawabata Text : Shintaro Makino
萩本 雪季 / Yuki Hagimoto

2002年、大阪府生まれ。小学校5年生でいじめを体験。中学のときに自分のセクシュアリティに気がつくが、自分の胸に固く封印し続けた。隠岐島の高校に進学。FTMの同級生との出会いが転機となり、男の子になりたいと公言できるように。高校では制服制度の改革、性の相談会を通じてアイデンティティを表現した。現在、大阪体育大学でレスリングに取り組む。

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INDEX
01 近所では公文の子で有名
02 トラウマになった小5のいじめ体験
03 幼なじみに指摘された、女子への恋
04 私ってレズビアンなんか?
05 髪を切ってボーイッシュ路線に変更
==================(後編)========================
06 隠岐島にあるユニークな高校へ進学
07 FTMの同級生にうち明けてボロ泣き
08 男の子として扱ってもらいたい
09 手探りの初交際は、わずか1カ月
10 大学でもアルバイトでも、自分らしく主張したい

06隠岐島にあるユニークな高校へ進学

公文ともおさらばや

中学3年になり、進学する高校が話題になり始めた頃だった。

お母さんが、「こんなのあるで」と勧めてきたのが、島根県の隠岐島にある県立隠岐島前(どうぜん)高校だった。

「文部科学省のスーパーグローバルハイスクールに指定されていて、バレー部の先輩もひとり進学した高校でした」

シンガポールへの海外研修がある一方、地元の人との繋がり大切にする、グローカルというユニークな教育方針も掲げていた。

「私も興味があったので、例の幼なじみとお互いのお母さんの4人で旅行がてら、オープンスクールに行ったんです」

高校はフェリーがつく菱浦港から丘を上がったところにあった。

「島の子と全国から来た子を合わせて、一学年50人の小さな高校です。ひと目で気に入ってしまって、雪季は絶対に行く! って思いました」

一番よかったのは、知っている子が誰もいないこと。

人数も少ないし、いじめられる心配は皆無だった。中学で立ち直ってはいたが、やはり心のどこかでトラウマになっていた。

「あと、親から離れられることですね。携帯も持たなならんし、今までゼロだったお小遣いも少しはくれるやろ(笑)。それに公文ももうやらなくて済む、と思ったら天国に思えました」

しかも、親も勧めている。こんなビッグチャンスを逃す手はない!

「幼なじみは、高校でバンドをやりたいといってたんですけど、その高校にはバンドがなかったんです」

それで、いったんは別の高校を目指そうとしたが、間際になって「一緒に行く!」と気持ちを変えた。

「結局、幼なじみとふたりで島の高校に進学しました」

女子寮での生活も悪くない

島では女子寮での生活となった。

「先輩と同級生の4人部屋。友だちとお泊まりをしている感覚でした。家では、お泊まりもずっと禁止だったので、なんだか解放された気分でしたね」

困ったのはお風呂だ。大きなお風呂にみんなで一緒に入らなくてはならない。

「1日目、お風呂ヤバ! って思いました」

それでも「みんな恥ずかしいんだ、これを乗り越えなくちゃいけないんだ」と思って我慢をした。

「さっそく寮のなかで友だちができました。思ったよりひとりの時間が持てるのも居心地がよかったですね。ホームシックにかかる子もいましたけど、私はサイコーって感じでした」

1年生では、ヒトツナギ部に入った。

「島の人と島外の人をつなぐツアーを企画するんです。企画書やパンフレットを作って、宣伝までみんなで考えました」

学生だけでなく、島のおじさんたちとも相談しながらの活動だった。

「友だちもいっぱいできて、楽しかったんですが、やっぱりスポーツがやりたいという気持ちが強くて、ヒトツナギ部は、1年でやめました」

07 FTMの同級生にうち明けてボロ泣き

レスリングに打ち込む

1年生の途中で、レスリング部のマネージャーから「入って」と勧誘を受ける。レスリング部は強豪として知られていた。

「ガタイがいいからっていうんですよ。それで同級生とふたりで見学に行ったら、もう入る前提になっていて、即入部になってしまいました」

入ったはいいが、女子は新入部員のふたりだけ。毎日、男子部員と同じ練習メニューを課せられることになる。

「男子と一緒の練習はキツかったですけど、それをやりたいって気持ちが強くなりました。性別関係なく頑張れることで、自分に自信がつくような気がして」

2年生からはレスリングに集中。練習に打ち込むと体が大きくなり、男の子に間違えられることもあった。

「男の子になりたいっていう気持ちも膨らんでいたんで、うれしかったですね。頑張れば男性ホルモンが増えて、カッコよくなれると信じてました」

FTMの同級生が受けとめてくれた

「男の子になりたい」と思った背景には、一緒に入部した同級生の存在が大きかった。

「その子は島の子で、見るからにFTMっぽかったんですよ。自分のことを『ぼく』って呼んでました」

ある日、ふたりで海に遊びにいった。島で遊ぶところといえば、海くらいしかない。

「そうしたら、地元ではどんな感じだったの? って聞いてきたんですよ。逃げてきた。島流しやって、ふざけて答えました」

すると、その子が「物心ついたときから、“ぼく” っていってる。今まで3人の女の子とつき合ってきた」と、さらっとカミングアウトをしてきた。

「その日、打ち明ける予定なんてなかったけど、この子にならいえるって、すぐに分かりました。それで、誰にもいえなかった自分のことを話しました」

その子は、「この島は大丈夫。誰にいっても、変な目で見られないよ」と優しく受けとめてくれた。

「女の子を好きになってもいいのか、悩まなくてもいいのかって思ったら、涙があふれてボロ泣きしてしまいました」

死ぬまで誰にもいわないと決めていたことをすべて話した。重荷が解けた感じで涙が止まらなくなった。

「初めて自分の気持ちを認められた感じでしたね。自分は苦しくない、と思い込もうとそれまで無理をしていたことも分かりました」

08男の子として扱ってもらいたい

本物の私を発見

同級生にすべてを話した後、幼なじみの部屋に行って、彼女にもカミングアウトをした。

「そうしたら、『知ってたよ、隠されてる気もしなかった』っていわれたんです。あんなに必死に隠していたのに、隠せていなかったんかと思ったら力が抜けちゃいました(笑)」

もう隠さなくてもいい。
ひとりじゃないんだ。
自分がしたいようにできる。

そんな前向きな気持ちが湧いてきた。

「それからは自然と男の子の友だちが増えていきましたね。お昼も男の子たちと食べることが多くなったんです」

FTMとかトランスジェンダーといっても分からないだろうから、「私のことは、男の子と思ってつき合って」と自分を開示した。

そのとき「男の子は好きにならないよ」と念押しもした。

「一人ずつ話していくと、どんどん自信がついて、もう、いじめられることもない、と思えました」

そうするうちに、男子から恋愛相談を受けることもしばしば。

「男子が男子に話すように扱ってくれたんだって。それがとてもうれしかったですね。これが “本物の私や!” って思いました」

中学のときは、女の子のグループに入るために必死に自分を偽っていた。つまらないウソをつく必要も、もうない。それはとっても楽なことだった。

「グループでの行動は苦手だったのに、男の子とだったら平気だったんですよ。不思議ですね」

次のステップへ進む

気持ちが楽になって居心地がよくなると、昔は流せていたことも少しずつ気になるようになっていった。

「寮のお風呂も我慢してみんなと入っていたのが、誰もいないときにチャチャっと済ませるようになりました」

生理も「嫌やな、仕方ないな」と諦めてきたが、なんとかならないか、と考えるようになった。

「それから、次のステップについて調べ始めました。それで手術をすれば男の子になれることや、そういう人がたくさんいることも知りました」

LGBTの人だけと話すTwitterのアカウントも開いてみた。すると、「男の子と間違えられてうれしかった」など、共感できるツイートが寄せられる。

「勇気づけられましたね。ひとりじゃないことを確認できました」

09手探りの初交際はわずか1カ月

初めての交際は1カ月

FTMの友人から好きな女の子の話を聞いていると、「いいなあ、彼女欲しいなあ」と思うようになった。

「後輩が入学してくると、男子はかわいい子を探し始めるじゃないですか。私もレスリング部のマネージャーを探そうといって、女子寮の新入生を見回しました(笑)」

すると、ひとり、かわいい子を発見した。

「よく話をするようになったら、男友だちに『いい感じじゃない』って冷やかされて。初めてそんなことをいわれて、何だか、うれしかったですね(笑)」

「この子、彼女にしたいなぁ」と思いつつもいえずにいると、なんと向こうから「好きです」と告白されてしまった。

「女の子から告白されるなんて、夢のようでした。やったー! って感じです(笑)」

初めての女子との交際は手探りだった。相手の子がオープンにしたくない、というので、つき合いは秘密だった。

「遊びに行くといっても島には港か海しかなくて。港にもコンビにもなくて、商店があるだけなんです」

フェリーで違う島に行けば、ようやくカフェがあった。

「・・・・・・だったんですけど、よく知り合わないうちに、彼女が欲しいっていう気持ちが先行してしまったのかもしれません」

結局、つき合いはギクシャクして、わずか1カ月で終わってしまう。

「でも、いい経験になりました。恋愛と失恋の話を男子とできたのもうれしかったですね」

女子の制服が着たくない

男の子として生きたいという欲求は、制服を着たくないという思いへつながった。

「体操服で登校するようになりました。先生に聞かれたら、洗濯してますとか、制服がないんですって、いい加減に答えていました(苦笑)」

正式な紛失届も出さないでいると、ついに先生に呼び出されてしまった。「どうしたの?」と聞かれ、「制服を着たくないんです」と正直に答えた。

「体操服でも、ちゃんと授業は受けているからいいじゃないですか、って訴えました」

先生は理解してくれ、黙って2〜3カ月の紛失届を認めてくれた。

「それから毎日、体操服で学校に行ってたんですが、だんだんエスカレーとして男子の学ランが着たいと思うようになって」

制服制度を変えた!

高校には、「夢探究」という授業があり、友だちの班が「制服制度を変える」をテーマに選んで研究発表を行うことになった。

「発表自体は不完全燃焼だったんですけど、パート2をやろうよって誘われて、プロジェクトに参加しました」

主宰の男の子を中心に集まって、「デザインを変えたい」「男子用、女子用ではなく、Aパターン、Bパターンにする」など、いろいろな意見を出し合った。

「男子のなかにもスカートを履きたいという子もいて、理解がだんだん広がっていきました。島にいるコーディネーターという相談役も、『面白い』といって協力してくれました」

学校もその活動を重視して、ついに制服の選択制度が認められた。

「初めて学ランを着るときは、恥ずかしくてなかなか袖を通せなかったですね。学ランは保健室に眠っていたものと交換してもらって、先輩からもらったボタンをつけました」

それでも、友だちが部屋に見にきて「メチャ、似合ってるよ」といってくれると気持ちが落ちついた。

「写真を撮ってくれる子もいて。自分の人生、これからが本番や。もう、女の子には戻らん! という気持ちになりました」

10大学でもアルバイトでも、自分らしく主張したい

LGBTの活動にもチャレンジ

制服制度を変えたことは、高校生活の一番の思い出だ。

卒業してからも後輩から、「新入生にも学ラン着ている子がいますよ。すごいですね」と連絡をもらった。

「本当に頑張ったのは友だちで、自分は手伝っただけなんですけどね。その子は、ジェンダー論を学びたい、って話してました」

制服制度以外にも、LGBTに関する活動を行った。

「友だちが生徒会に立候補したときに、応援演説を頼まれたんです。それで、パワーポイントで資料を作って、自分の性について考えたこと、ありますか、と問いかけました」

すると、後輩から「私も自分の性が分からないんです」という相談があった。

「おぉ、おった! という感じでした。私も未熟だけど、悩んでる子の相談に乗ってあげたいと思うようになりました」

グループで話したい人には話し合いの場を作り、知られたくない子には個人的に相談に乗った。

そして、自分でも勉強して、パンセクシュアルなどLGBT以外のセクシュアリティを知った。

お母さんにはカミングアウト成功

コロナで外出ができなくなったときに、生徒が生徒に授業をする、という試みにもチャレンジする。

「私が講師になって、1年生に『性を考える』というテーマで授業をしました」

そのときに保護者もラインで入れるように設定すると、たくさんの反響が得られた。

「ウチのお母さんも参加してくれて、『よかったよ』ってメッセージをくれました。それが実質上のカミングアウトになりました」

それからは、「彼女ができたよ」「どんな子なん?」という会話ができるようになった。

「大学を決めるときに、お父さんがラインで候補の大学を何回も送ってきてくれたんですけど、女子大がいくつも入ってたんですよ。それで、マジか? って、私がキレそうになっちゃったんです」

A4のルーズリーフ3、4枚に、今までのことを殴り書きにしてお父さん宛に郵送した。数日すると、「手紙、着いた」とオッケーマークのスタンプと一緒にラインのメッセージが届いた。

「分かってくれたんですかね(笑)。LGBTERの記事が出たら、それを見せて、直接、話ができたらと思ってます」

一番、驚いたのは、弟の反応だった。

「久しぶりに会ったときに、唐突に『ネエちゃん、性同一性障害なん?』って聞いてきたんですよ。びっくりしました」

高校での活動をお母さんから聞いて、パソコンで調べたらしい。「オレには女にしか見えんけど、男の子になりたいなら、それもいいんじゃない」と理解も示してくれた。

「きょうだいだから、分かるのかもしれませんね。それ以来、男同士のようにつき合ってます(笑)」

次の扉を開きたい

さらに何度かの恋愛を経験し、無事に島の高校を卒業。2021年4月、大阪体育大学進学を機に、実家に戻った。

「高校のレスリング部では結果を出せずに悔しい思いをしました。もう一度、挑戦するつもりで体育大を選びました」

レスリング部の女子選手は、ひとりだけだ。

「高校ではいろいろなことができずにいたんですけど、大学に入ったら、また女子学生に戻って1からやり直す感じです」

本当は、最初から「女子じゃなくて、男子なんです」といいたいが、さすがにその壁は高かった。

「コロナが落ち着いてキャンパスに行けるようになったら、女子、男子は関係ありませんからって胸を張りたいと思ってます」

いじめられるトラウマは、もうない。もう一歩強くなって、男女の壁を取り払うのが目標だ。

「卒業後の進路は、消防の災害救助に決めてます!」

あくまでもカッコよくて強いキャラクターを目指す。

あとがき
19歳の雪季さん。届くメッセージはいつも丁寧。シンプルで新鮮。おもいがのっているから、それは贈り物のようだ■「LGBTERの記事が出たら、それを見せて、直接、話ができたらと思ってます」。お母さんへのカミングアウト。返信されたOKマークのスタンプ。お母さんは、どんな気持ちでいるだろう■新しい考えや人との出会いに胸ときめかせ、自分探しをしている10代。心配は尽きないけれど、最後はきっと、どこまで我が子を信頼できるか。(編集部)

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