INTERVIEW
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つらくても死ななかったから、今の夫と子どもたちに出会えた。生きてて良かった。【前編】

待ち合わせ場所に現れるなり、太陽のようにカラッと明るい笑顔を浮かべた木村遊さん。第一印象の通り、ポジティブな雰囲気で、ざっくばらんにこれまでの人生を振り返ってくれた。しかし、現在に至るまでの道のりは、どんよりと雲が垂れ込める日の方が多かったかもしれない。「今みたいに笑えるようになったのは、ここ1~2年のこと」と話す瞳は、朝焼けのようにきらめいていた。

2020/05/06/Wed
Photo : Rina Kawabata Text : Ryosuke Aritake
木村 遊 / Yu Kimura

1978年、埼玉県生まれ。父、母、姉、弟との5人家族で育ち、幼い頃からほんのりと性別に対する違和感を抱いてきた。大学中退後、結婚や離婚を経験する中で、うつ病を発症。約8年間に及ぶ闘病生活の間に、現在の男性パートナーと出会う。38歳の時にFTX、パンセクシュアルだと自認。現在は、パートナーと2人の子どもと、笑いの絶えない日々を送っている。

USERS LOVED LOVE IT! 18
INDEX
01 性別を超越した “おばちゃん”
02 一人称が「僕」だった幼少期
03 周りに合わせる “明るく活発な子”
04 人知れずふくれ上がる恋心
05 恋愛対象は男性かもしれない
==================(後編)========================
06 2つの結婚生活と塞ぎ込む気持ち
07 私を救ってくれた人たちとの出会い
08 解放のキーワードは「FTX」
09 大切な人と生きていくための宣言
10 生きること以外、頑張らなくていい

01性別を超越した “おばちゃん”

2人の子どもとの距離感

私には、7歳の息子と5歳の娘がいる。

「お兄ちゃんは、もう小学生だよね? って心配になるくらいの甘えん坊(笑)」

「妹の方がクールで、『ママ抱っこ』って寄ってきても、一瞬抱いたらすぐいなくなります」

「きょうだい仲はいいと思いますね。2人でお風呂に入れば、ケンカしながらも1時間半とか遊んでたり」

子育ての信条は、自分を犠牲にしないこと。

自分は、献身的に尽くす親というタイプではないと思う。

「だいぶ放置してますね。子どもが2人で遊んでれば、私1人で昼寝しちゃったり(笑)」

「全部親がやってあげるより、自分で考えてもらった方がいいと思ってます」

子どもを産んでから、保育士の資格を取った。その勉強の中で出てきた「発達の最近接領域」を意識している。

「子どもができないギリギリのところまで、手を貸してあげるようにしてます」

「例えば、ボタンがかけられなかったら、ちょこっとだけ穴から出してあげて、最後は子どもにやらせるとか」

子どもに任せるには、待つことも必要だが、その根気強さは持っていると思う。

「今が大事だな、って時は待てますね。・・・・・・といっても、基本は『早くして』って言っちゃうけど(笑)」

思ったことは全部言う

現在の仕事は、パートナーが営むアニメ制作会社の事務。

「夫は22歳上で、64歳なんですけど、ずっとアニメの仕事をしてきている人です」

30代前半で独立して起業。その後、廃業するものの、再び会社を興した。

「私は外回りが多くて、依頼しているアニメーターさんたちから、紙素材を回収する作業がほとんどです」

「大体1人で車を運転してるから、ずっと大声で歌ってます(笑)。最近は、SEKAI NO OWARIばっかり」

仕事も家事も子育てもこなしているが、つらくなるまではやらない。

「自分のことを優先してるから。気が向かない時は、夫にも子どもにも『今はヤダ』って、言ってるんです」

「思ったことは全部言う。イラっとした時は、『どうして?』って、聞いちゃいますね」

ざっくばらんに話す姿勢は、幼い頃からの性質ではない。

「今の感覚になれたのは、去年とか一昨年くらいです」

「40代になって、すっごくラクになりましたね。 “おばちゃん” ってラク」

「 “おばちゃん” って、性別を超越してる感じあるじゃないですか。最高ですよ(笑)」

02 一人称が「僕」だった幼少期

口うるさい母と口出ししない父

自分は自由気ままな親となったが、育ててくれた母は逆のタイプかもしれない。

「母は京都出身で、世間の目を気にするタイプ。キーってなるけど、『怒ってまへん』って、隠す感じの人でした」

「怒鳴るっていうよりも、ネチネチ言ってくることが多かったです」

一方、父は、子どもがしたいことに口を出さない人。

「子どもの意思に任せてくれる感じでしたけど、つかみどころがないんですよね」

「ほとんど怒られたことがなくて、覚えているのは1回くらい」

「だからか、父とはすごく仲良くて、高校くらいまで腕を組んで歩いてました」

運動できないジレンマ

自分は、先天性心室中隔欠損を患って産まれた。

「2歳まで生きられるか、わからなかったみたいです」

2歳で手術を行い、無事に成功。順調に成長していく。

「ただ、運動部に入っちゃいけないとか、マラソンは禁止とか、お医者さんから言われてたんです」

「私はすっごく運動神経が良かったから、ジレンマがありましたね」

医師との約束は守りつつも、自分の意向を優先した。

「小学5年生のサッカー大会で、先生から『キーパーをやれ』って、言われたんです」

「でも、『ミッドフィルダーがいい!』って、一番動くポジションで走り回ってました(笑)」

マラソン大会では、担任教師と「一番後ろを走る」と約束し、出場させてもらう。

「その時は、母が『殿を務めますので』って手紙を書いて、サポートしてくれたんです」

ハマらなかった着せ替え人形

小学校低学年くらいまでは、一人称が「僕」だった覚えがある。

「最近、母に『私はいつまで僕って言ってた?』って聞いたら、『高校生くらい』って言われました」

「自分では意識してなかったけど、『おいら』とか『俺』とかも言ってた気がします」

「でも、両親から『僕じゃなくて私でしょ』とか、言われた記憶はないんですよね」

姉や友だちがリカちゃん人形で遊んでいても、乗り気になれない。

「つき合わされて一緒に遊んでたけど、着せ替え人形は全然ハマりませんでしたね」

「ワンピースやスカートを着せられるのも、嫌だったと思います」

自分で服を選ぶようになってからは、いつもパンツルック。

「ただ、七五三で赤いお着物を着て化粧をするのは、いいな、って思ったんですよね」

「1日だけの特別感は、全然嫌じゃなかったんです」

成人式も、シックな着物を着ることに、まったく抵抗感はなかった。

03周りに合わせる “明るく活発な子”

理由のわからないいじめ

小学校に入る頃に、ファミコンが発売。

「家の床に寝っ転がって『買ってくれ!』って、大騒ぎして、買ってもらいました(笑)」

「ゲームが大好きで、ゲームばっかりやってた気がします」

「その頃は男友だちが多くて、誰かの家に集まっては、ゲームをしてましたね」

小学3年生くらいから、友だち関係が変化していく。

「男の子たちが荒れ始めて、いじめられるようになったんです」

「掃除用具入れに閉じ込められたり、びしょびしょの雑巾を投げつけられたり・・・・・・」

「男の子が怖くなって、女の子と一緒にいるようになりましたね」

中学で入ったギター部では、同級生の女の子から「遊ちゃんは暗いから、みんな話さないようにしよう」と、言われる。

「クラスでも部活でもはぶかれて、職員室によく行ってる子どもでした」

「休み時間は先生としゃべって、教室で授業を受けて、また職員室に行くみたいな」

本当は根暗な自分

小学2年生の家庭訪問で、担任教師からこう言われたことがある。

「遊ちゃん、暗いんですよね」

それを聞いた母は「遊はこんなに元気なのに」と、憤慨していた。

「学級委員とかに立候補するタイプだったし、母の中では “明るく元気で活発な子” だったんだと思います」

「でも、私は、先生よく知ってるな、って思ったんです」

「勢いはあるけど、うじうじ考えるタイプで、すごく周りに合わせてたから」

いい子でいよう、という気持ちが強かったのかもしれない。

その反面、母の期待に沿えないような気もしていた。

「母が思う “明るく元気で活発な子” って、すごく前向きなイメージだから、全然悪いことじゃないんです」

「ただ、私は根暗なりに頑張ってるんだよ、って気持ちとのギャップがありました」

アンバランスな状態

母の期待と自分の気持ちの狭間で、不安定な状態が続く。

「人の前には出たいけど、赤面症がひどかったり言葉がつっかえてしまったり、うまくいかないんです」

ギター部の発表会では、指が震えてしまい、うまく弾けない。

「教室では静かだったけど、職員室ではひょうきんで明るい子だったりもしました」

「周りに合わせてたから、すごくアンバランスだったんだろうな、って思います」

「それでも誰かと一緒にいなきゃいけない、と思ってたから、すごく苦しかったのかもしれないですね」

04人知れずふくれ上がる恋心

「遊、変だよ?」

中学生の頃から、言語化できない違和感を抱いていた。

「人が『これって常識だよね』って言うようなことが、わかんなかったんです」

理解できないという顔をすると、「遊、変だよ?」と、言われてしまう。

「そういう小さなことが積み重なって、自分は変なのかも、って思うようになりました」

中学時代は、男性教師に恋をする。

「3年間、ずっとその先生が好きだったけど、違う人にも目が行ってましたね(笑)」

「気になる人は全員男性で、女の子を恋愛対象として意識することはなかったです」

初めて好きになった女の子

中学卒業後の進路は、女子高校を選ぶ。

1年生の5月、同級生との親睦を深める意味を込めて、1泊2日の旅行が催される。

「私は生理だったから、他の子がお風呂に入ってる間、部屋にいたんです」

「もう1人、一緒に待ってた女の子が『押し入れに隠れておどろかそうよ』って言い出して、押し入れに入りました」

押し入れの中で、その女の子から「ドキドキするね」と、言われる。

「えっ、ドキドキするの? って、私のドキドキが始まってしまったんです」

「その子は恋愛感情なんだろう、って気づいてしまったから、どうしましょう・・・・・・みたいな」

「でも、悪い気分はしなかったんですよね」

経緯は覚えていないが、その子との交際が始まる。

「周りには言わず、バレないようにしてました。バレバレだったかもしれないけど(苦笑)」

いつしか彼女との関係は希薄になり、2年生になると、新しい彼女ができた。

「女の子を好きになることに抵抗はなかったけど、いいのかな、ってずっと思ってました」

「恋人ができてうれしいけど、後ろめたいみたいな」

一過性の恋愛

女の子との交際では、男の子の代わりを求められているように感じた。

「だから、私がリードしなきゃいけない、みたいな考えがありましたね。甘えたいけど甘えちゃいけない、しっかりしなきゃ、って思ってました」

そのせいか、恋人との関係は永遠ではない、と感じてしまう。

「自分は結構本気だけど、この子たちは一過性の感情なんだろうなって」

「基本的にマイナス思考だから、最悪の事態を想定していないと動けないんですよ」

それでも、高校時代は楽しい、と思えていた。

05恋愛対象は男性かもしれない

解放感しかない寮生活

高校3年の時につき合っていた彼女の影響を受け、大学進学を決める。

家から通えない距離ではなかったが、大学の寮に入り、初めての1人暮らし。

「自立したかったというより、家にいたくなかったんです」

決して家族仲は悪くなかったが、家を出たい気持ちの方が強かった。

「父が『出たいなら出れば』って応援してくれて、母も許してくれました」

「女子寮での生活は、めっちゃ楽しかったですよ」

窓際のベッドで、ゆずの曲を聞きながら本を読み、1日過ごしたり、夜な夜な部屋に集まってお酒を飲んだり。

「実家ではできないことばかりで、解放感が味わえましたね」

「それまではすっごく痩せてたんですけど、寮に入った途端に10kgくらい太りました(笑)」

「両親は、ずっと心配だったと思いますね」

やっと治った感覚

大学に入ってすぐ、別々の学校に進んだ彼女とは別れてしまう。

その直後、同学年の男性に恋をする。

「好きな男の子ができて、やっと治った、って安心したんですよね」

心のどこかで、女の子に好意を抱くことは普通ではない、と思っていたのだろう。

好きな男性に対して、幾度となくアプローチをかけて、5月からつき合い始める。

「三浪していて、3歳上の人だったんです。大人っぽく見えたのかもしれませんね」

小学校でのいじめが原因か、その頃も男性に対して嫌悪感を抱いていた。

男性を、友だちとして好きになることは、今もほとんどない。

「だけど、すっごい恋愛体質で、恋愛対象としては好きになるんですよ」

女の子らしい振る舞い

男性との交際は初めてで、女の子に対する振る舞いが、なかなか抜けない。

「例えば、彼氏から『荷物持とうか?』って言われても、『いいよ、逆に持とうか?』みたいな(苦笑)」

「男性相手でも、甘えるのはずっとヘタでした。甘えたいけど、つっぱっちゃってうまくいかないんです」

彼から「もっと女の子らしくしなよ」と、言われることもあった。

「ファッションとかに無頓着で、お化粧もしてなかったからかな」

彼とは2年ほどつき合ったが、別れることに。

「実は、大学に入ってからも、気になる女の子がいたんです。好きになった瞬間、やっぱり治るもんじゃないな、って感じでしたね」

「その後は女性とつき合うことはなくて、男性とばかりつき合ってきました」

 

<<<後編 2020/05/09/Sat>>>
INDEX

06 2つの結婚生活と塞ぎ込む気持ち
07 私を救ってくれた人たちとの出会い
08 解放のキーワードは「FTX」
09 大切な人と生きていくための宣言
10 生きること以外、頑張らなくていい

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