02 うまくできなかった人との関わり
03 自ら距離を取っていた “恋愛”
04 「応援団長」というマスク
05 親の考えと子どもの気持ち
==================(後編)========================
06 生活の基盤となっている仕事
07 自分が「恋愛しない」理由
08 アロマンティックとクワロマンティック
09 自分を表現するためのラベル
10 今の自分だからできること
06生活の基盤となっている仕事
行政書士の役割
現在、メインとしている仕事は行政書士。
大学在学中に取得した資格は、今もきちんと生かされている。
「行政書士の業務は幅広いのですが、そのうちの1つは、ビジネスを始める際に必要な国からの許可を、事業者に代わって申請することです」
そのほかに、遺言や相続に関する書類の作成を行うこともできる。
「私の得意分野は、外国人が日本で活動する際に必要な在留資格に関する手続きです」
「外国人を受け入れる業者とやり取りすることもあれば、外国人ご本人から依頼を受けることもあります」
行政書士という資格を取ったことで、社会に出ることができた。
「行政書士って、年齢も学歴も国籍も関係なく、誰でも受験できる資格なんです。だから、大学生の私でもチャレンジできました」
「そして、この資格のおかげでいろんな縁が生まれて、人脈が広がったんです」
つまずきながらのスタート
ただし、最初から順風満帆に進んでいったわけではない。
2014年に資格を取得し、2015年に自宅を事務所代わりにして開業。
「行政書士って、先輩方に教えてもらいながら業務を学んで独立するか、自分で営業しながら自力で顧客を開拓するかの2パターンしかなくて、私は後者を選んだわけです」
営業をかけても、ホームページを作成しても、なかなか仕事には結びつかない。
1年足らずで、進退を考えるようになった。
「その頃に行政書士会の支部の同期会があって、参加したんです」
「その会でたまたま向かいの席に座ったのが、行政書士兼弁理士の先生でした」
弁理士とは、特許権や商標権などの知的財産権に関する手続きを行う専門職。
「当時、著作権の勉強をしたいと思っていたので、いろいろ話を聞いたんです」
「そこで縁ができて、その先生が『一緒に仕事してみる?』と言ってくださって、2~3年くらい事務所に所属させてもらいました」
過去があるから今がある
行政書士の仕事をしながら、弁理士業務の補助も行う中で、さまざまなつながりが生まれていく。
「仕事の基盤ができると、いろいろなところに顔を出す余裕ができてくるんですよね」
「行政書士同士のつながりができたり、商工会議所の青年部に入ったりして、孤独感が薄れていきました」
弁理士の先生の事務所を離れ、現在所属している行政書士法人の役員を務めることになる。
「行政書士としても1人の人間としても紆余曲折ありましたが、そういう過去があって今があると考えると、いい経験だったのかな、と思えるようになりました」
07自分が「恋愛しない」理由
“男らしさ” の意味
「今考えると、 “男らしくあれ” という呪縛が、一番キツかったんですよね」
“男らしくあれ” という言葉には、社会的な役割も含まれているように感じる。
“男は大学を出て就職し、一家の主として家庭を築く” という役割。
「学歴も職歴も含んでいると思います。その通りに生きようとして我慢した結果、ひずみが生じてしまったんです」
なんとか通っていた大学も、中退するしかない状態になってしまった。
しかし、自身のセクシュアリティを意識するのは、もう少し先になる。
“アセクシュアル” という言葉
大学在学中の21歳の頃、テレビを通じて “アセクシュアル” という言葉を知る。
「NHKの番組にアセクシュアルの当事者の方が出ていて、自身のことを話していたんです」
アセクシュアルとは、他者に性愛感情を抱かないセクシュアリティのこと。
「恋愛と距離を置いている人がいることを知って、少しだけ自分とのつながりが見えました」
「でも、その時は、そういう人もいるんだ、くらいの感覚だったんです」
行政書士として働き始めて数年が経ち、20代後半に差しかかった頃、1つのネット記事を読む。
アセクシュアル当事者の中村健さんの記事で、「恋愛しない」というテーマで書かれていた。
「学生の頃から、街中でカップルを見ると、敵対視してしまう自分がいました」
「そういう見方をしてしまうのは、私にとって恋愛が、真面目に生きるための障害になるものだと思っていたからです」
アセクシュアルという言葉を知り、自分の気持ちには、さらなる理由があるのではないかと感じた。
自分がいていい場所
「中村さんの記事に『にじいろ学校の元役員』と書いてあったので、『にじいろ学校』を検索してみたんです」
にじいろ学校で、アセクシュアル当事者のオフ会を開催していることを知る。
その情報を知ってから数カ月後、オフ会に参加することを決意。
「恋愛と距離を置いている人たちが本当にいるのか、確認したかったんです」
「会場は、新宿二丁目の商業ビルに入っているバー。狭い廊下の先にあったので、騙されてるんじゃないかな、って不安でした(苦笑)」
バーの扉を開けると、自由に話したり、お酒を飲んだり、ボードゲームで遊んだりする人たちがいた。
初参加の自分に対しても、「どうぞどうぞ、自由に座って」と、フランクに接してくれた。
「集まっていた人たちは『恋愛的なことが好きじゃない』『恋愛ってわからない』と話していて、その感情に共感できることがすごくラクでした」
「私も同じように話せたし、みんなもツラい思いをしてることが知れたんです」
「初対面だけど損得で評価されてる感覚がなくて、すごく希望を感じました。自分の居場所があるとしたら、ここしかないなって」
にじいろ学校のオフ会には、頻繁に参加するようになっていく。
08アロマンティックとクワロマンティック
自己表現は “クワロマンティック”
自分の恋愛指向は、アロマンティック・アセクシュアルと考えている。
他者に恋愛感情を抱かないアロマンティックと、性愛感情を抱かないアセクシュアル。
「ただ、恋愛感情がどんなものかわからないのに、『抱かない』と断言するのは、矛盾がありますよね」
「私は、第三者から『あなたは恋愛感情がないね』と言われた経験があるから、アロマンティックを使っています」
「でも、自分の視点で表現するんだったら、クワロマンティックなのかもしれません」
「恋愛そのものから距離を置きたいセクシュアリティが、クワロマンティックだと認識しているので」
「私は恋愛に価値を見出していないし、きっと言葉で理解できるものでもないですよね」
街を歩けばカップルが歩いていて、映画を見れば恋愛的な描写がある。それらを通じて、 “恋愛” という関係性があることはわかっている。
ただ、自分はそういう関係を望まず、できれば関わりも持ちたくない。
「ある人から見ればアロマンティックなんだろうし、自分で表現するならクワロマンティックなんだと思います」
性自認は、ジェンダークィアという言葉で表現している。
「男女という二元論から離れたい、という意味合いで使ってます」
「中性というわけではなく、男女という2つの性別だけを前提としている常識を変えたいんです」
理解しようとする気持ち
行政書士の仕事でつながっている人たちには、自分のセクシュアリティについて、話している。
「理解のある方ばかりで、私の話をわかってくださっています」
「大切なのは、完璧に理解することではなく、理解し合おうとすることだと思います」
以前、恋愛感情を抱く人が「恋愛感情は本能的なもの」と、表現していた。
「『本能的』という言葉を頭では理解できますが、私自身が体感することはないわけです」
「それは逆も同じで、『恋愛感情がない』という感覚を、恋愛感情を抱く人に経験してもらうことは難しいんですよね」
「でも、私の周りの人は、理解しようとしてくれます」
わからないことがあれば、「わからない」と、相手に伝えてもいい。
「その中で、少しでも理解できるところがあれば、その部分に共感していけばいいと思うんです」
09自分を表現するためのラベル
右手中指の黒い指輪
両親にも、自分のセクシュアリティについて、伝えている。
「両親から『結婚しなさい』と言われたことはないんですが、セクシュアリティを自認する前から、なんとなくアピールはしていたんですよ」
いとこの結婚式に参列すると、叔父や叔母から「次は俊哉の番ね」と、言われた。
「そういう時に、私の方から『多分しないと思う』『恋愛ってよくわからない』って、言ってました」
「恋愛を障害だと思っていた私は、両親に対して、道を踏み外していないことをアピールしたかったんだと思います」
20代後半でアセクシュアルやアロマンティックを知ってから、改めて両親に話した。
「当時、私は1人暮らしをしていて、両親と会った時に『休日は何をしてるの?』って話になったんです」
「その頃はにじいろ学校の活動の手伝いをしていたので、その話をしました」
「その後に、『指輪つけてるんだね』って、なんとなく言われたんです」
自分は、右手の中指に黒い指輪をつけている。アセクシュアルを意味する指輪だ。
「偶然の流れでしたが、そこで自分のセクシュアリティについて話しました。『肉体的な関係を望まない人がつける指輪なんだよ』って」
「両親は『そうなんだ』って受け入れてくれて、それ以上の詮索はなかったです」
「多くは語らなかったけど、私のことを理解しようとしてくれていたと思います」
“ラベリング” の自由
自分はアセクシュアル、アロマンティック、クワロマンティックという言葉で、セクシュアリティを表現している。
言葉を用いて自分を表現する “ラベリング” は、本来自由なものだと思う。
「自分で自分を表現するものなので、ラベルは何枚貼ってもいいし、違うと感じたらはがしていいと思います」
「言葉を目印にすると、同じような境遇の人と集まれることができるから、どんどん使っていいんですよ」
言葉の使い方が間違っているのではないか、という恐れは不要だ。
「言葉の定義は人それぞれで、『こういう人が100%アセクシュアル』みたいなものはないはずです」
「だから、自分はこれだ、と感じる言葉があれば、ラベリングしていけばいいんです」
「そして、一度貼ってみたもののしっくりこないなら、貼り変えることもできます」
自分自身も、アセクシュアルやアロマンティックという言葉がしっくりきたのは、30代に入ってから。
「それまでは、本当に自分はアセクシュアルなのかな、って揺れ動いた時期もあります」
「ラベリングが自分にとってプラスになるなら、誰に遠慮することもないと思います」
10今の自分だからできること
あえて作った趣味
幼い頃から、趣味といえるほど関心の強いものがなかった。
「だから、あえて趣味を作ったんです」
中性的な人物の絵を描く、小説を書くといった創作活動が、現在の趣味。
「1枚の絵を描くのに、半年から1年くらいはかかりますね。少しずつ描き足していくんです」
「最近は、小説に専念してます」
かつてオフ会で出会った友だちが、突然行方をくらませてしまった。
「心理学でゴースティングと呼ばれるもので、きっと人間関係をリセットしたくなってしまったんだと思います」
「とはいえ、私にとっては悲しい出来事だったんですよね」
「失踪した理由を自分なりに見つけたくて、小説を書き始めたんです」
いつかお披露目できる時が来たら。
話を受け止められる存在
自分の世界を変えるきっかけとなったにじいろ学校。現在は、理事として関わっている。
「アロマンティックの方は、統計的に人口の1%程度いるそうです」
「そんなにいるなら、当事者の方が来られる常設のコミュニティスペースを作ろうって、メンバーと話しています」
「また、アセクシュアルやアロマンティックの方にとっても、相続や遺言は考えておくべきことといえるので、行政書士の経験を活かして、力になれないかなと」
さまざまな方面から支援できるのではないかと、模索しているところ。
その中で1つ考えていることが、10代の若者たちのサポートだ。
「恋愛や性愛に関する悩みを持っている10代って、かなり多いと思います」
「体育保健の授業が変わってきているとはいっても、先生が伝えるのはLGBTの情報までだと思うので、Q+に当てはまるセクシュアリティについても発信していきたいんです」
新しい言葉や情報を知ることで、救われる子がいるかもしれない。
「そして、人間関係を築いた上で、自己再生していってほしいと思います」
「周囲の人を完全にシャットアウトして、何にも触れないって、至難の業ですよね」
例えば、人に会わず、漫画や小説の世界に没頭して心を安定させる人がいる。周りに人はいないが、その作品を生み出したのは、紛れもなく自分以外の誰かなのだ。
「ツラさは人との関係で生まれるものだけど、救いをもたらしてくれるのも人だと思うんです」
「だから、私はそのきっかけとして、その人の話を聞いてあげられる存在になりたいんです」
現在は、公認心理師の資格取得を目指して、勉強している。
「周りに話を聞いてくれる人がいないなら、私たちが開いている交流会に来たり、地元で開催されているオフ会に参加したりしてみてほしいと思います」
「何かしらの縁が生まれるはずだから、ツラかったら誰かを頼ってほしいですね」
10代の頃の自分のように、周りを遠ざけないで。
きっと、あなたの気持ちに共感し、受け止めてくれる人がいるから。