02 理解できなかった “普通”
03 誰とでも仲良くなれる変わり者
04 不可解な恋愛が引き起こした別れ
05 恋愛がわからない自分へのもどかしさ
==================(後編)========================
06 “アセクシュアル” というワード
07 生き方を見つめ直す期間
08 過去の経験を生かすための活動
09 自分だからできること、言えること
10 明確な将来と不確かな未来
01他者に恋愛感情を抱かないセクシュアリティ
恋愛映画=ファンタジー
性指向は「アセクシュアル(無性愛者)」。
“他者に対して恒常的に恋愛感情、他者に性的欲求を抱かない” セクシュアリティだ。
「恋愛映画やドラマを見ても、登場人物に共感することはなくて、ファンタジーを見ている時と同じ気持ちです」
「画面の中でハグやキスをしていても、ドキドキすることはないですね(笑)」
恋人同士のキスが愛情による行為だという知識はあるが、そもそも恋愛感情を理解していないため、別世界のできごとという感覚。
アセクシュアルが必ずしも性欲を抱かないわけではない。しかし、自分自身は性欲がほぼなく、しかもそれが他者に対して向かないに等しい。
ただし、性的な行為に嫌悪感を抱いているわけではない。
恋愛感情を抱くかどうかが曖昧で性的欲求がほとんどないため、良さも悪さも感じないというだけだ。
「ラブソングも共感できないから、歌詞に描かれている恋人を大好きなドーナッツに置き換えて聞いたりします。『会いたくて震える』とかわからないんです(笑)」
家族や友だちに向けた「好き」
人にアセクシュアルであることを話すと、当然のように「感情がないの?」と聞かれる。
「恋愛感情がないだけで喜怒哀楽はあるし、恋愛以外の『好き』は知っていますよ」
「家族や友だちのことは大切に思っているし、大好きです」
「冷たい表現に聞こえるかもしれないけど、 “恋愛を必要としていない” っていうスタンスが一番近いです」
家族を愛おしく思い、友だちと過ごす時間を楽しみ、仕事にやりがいを感じる。
生活の中に “恋愛” という要素がなくても幸せに過ごせている。
「自分は性欲も結婚願望もないに等しいですが、アセクシュアルの人の中には性欲や結婚願望がある人もいますね」
02理解できなかった “普通”
手がかからない真面目な子ども
東京に生まれ、両親と姉と自分の4人家族で育った。
両親には自由に育てられた記憶がある。
好きなことを好きなようにやらせてくれる家庭だった。
親から勉強について口うるさく言われたこともなかったが、根が真面目だったため、成績を落とすようなことはなかった。
「お母さんは『ほとんど手がかからなかった』って言っていましたね」
「小さい頃の自分は、おしゃべりだけど落ち着いている子だったみたいです」
幼い頃から人が好きで、多くの友だちと一緒に遊ぶが、うるさく騒ぐタイプではなかった。
周りから「女の子っぽい」と言われることもあった。
「女友だちが多かったし・・・・・・女の子が好むようなおもちゃも持っていたからでしょうね」
求められた “男らしさ”
母は何事も長い目で見てくれていたが、一つだけ頻繁に注意されることがあった。
「男らしくしなさい」
母の言葉に反発することはなかったが、注意されるたびに負の感情が湧き出た。
「『ナヨナヨしてて女の子っぽい』って言われることが、すごくイヤでした」
「幼心に『大人はなんで男らしさ、女らしさって枠組みにハメたがるんだろう?』って、モヤモヤしていました」
幼少期は、シールメーカーでシールを作って遊ぶことが好きだった。
しかし、母からするとシールメーカーも “男っぽくない” 対象だった。
「欲しいものややりたいことは尊重してくれたし、無理に男らしさを押しつけられることはなかったです」
「ただ、お母さんは “普通” であってほしいと感じていたんだと思います」
「でも、お母さんの言う “普通” が何を指すのか、自分にはわからなかったんです」
「男らしくできない自分は何なんだろう・・・・・・」とストレスを感じることもあった。
母に伝えるようになった自分の気持ち
今でも母に「その女の子っぽいバッグの持ち方はやめて」と言われることがある。
「小さい頃は聞き入れることしかできなかったですが、今は自分の意見を言えるようになってきました」
「お母さんみたいな言葉によって、自分以外にも傷つく人がいるかもしれないんだよって」
自分の考え方が、時に相手に不快感を与えてしまう可能性があることを、伝えるようにしている。
意見を言葉にするようになってから、母が「男らしくしなさい」と言う回数は減った。
「自分の言葉が、お母さんの中でいい形で働いてくれているのかなって思います」
03誰とでも仲良くなれる変わり者
「性別=なかけん」というキャラ
小学生の頃には、クラスメートから「女っぽい」とからかわれることもあった。
しかし、茶化す言葉が浸透するより先に、自分のキャラクターが確立していった。
「『性別=なかけん』みたいに言って、受け入れてくれる友だちがすごく多かったんです」
「女の子のグループと一緒にいても『なかけんは、なかけんだもんね』って気にしない友だちばかりで、ありがたかったなって思います」
中学に上がっても、「性別=なかけん」という周囲の見方は変わらなかった。
干渉されず干渉しない学生時代
小学校から中学、高校に上がってもずっと、決まったグループには属さなかった。
「おっちょこちょいで落ち着きがなくて、いわゆる『天然』のカテゴリーに入るタイプでした」
「個性的な子って見られることも多かったから、独立した存在として認識されていましたね」
「当時の自分は、異次元にいるようなおかしな行動も多かったんです(笑)」
尋常ではない量の荷物を詰め込んだ登山用のリュックを背負って、登校したことがあった。
中身は筆箱や教科書以外に、「必要かもしれない」と感じた日用品をたくさん入れていた。
何も入っていない空の水筒を、なぜか2本持っていった日もあった。
「目立とうとしていたわけではなくて、それが自分の素だったんです」
「その行動が面白かったみたいで、周りからはマスコットキャラクターみたいに見られていました」
決して除け者にされていたわけではなく、面白い存在として一目置かれ、あらゆる人とコミュニケーションが取れる立ち位置にいた。
誰かに干渉されることもなく、居心地が良かった。
「特定のグループに入ると男らしさや女らしさ、役割などが求められてしまうけど、自分にそれは合わないってわかっていました」
「だから、独立していて、誰とでも仲良くできるポジションにいられたことがうれしかったんです」
そのままを受け入れてくれる環境
「変わっている」と言われることはあっても、いじめなどに発展したことはなかった。
小さい頃から、性別も性質も関係なく受け入れてくれる環境に恵まれたから。
「目立つことをすると、『調子に乗ってる』って目をつけられやすいんですよね」
「でも、自分の行動は理解ができないレベルだったから、周りも面白くなっちゃったんだと思います」
「だから、同級生とはほどよい距離感で、自分なりのポジションにいさせてもらえたのかなって気がしています」
深く悩むことなく、伸び伸びと学生生活を送ることができた。
04不可解な恋愛が引き起こした別れ
「なんで好きになったの?」
中学生にもなると、友だちが恋愛の話で盛り上がることが多くなっていった。
「いくら話を聞いても恋愛感情が理解できなかったので、恋愛について調べた時期があるんです」
男女問わず、同級生に「なんでその人を好きになったの?」と聞いて回った。
「キュンとしたから」と言われたら、「そのキュンはどこから来たの?」と聞いた。
「やさしくされたから」などの答えが返ってきた。
「『やさしくされるとキュンとするの?』ってますます不思議でしたね」
「質問しまくっていたので嫌がられてもおかしくなかったけど、煙たがられたことはなかったです」
「それも、“変わった子” だったから受け入れてもらえたんだと思います」
友だちを失う悲しみ
「恋愛って何?」と思っていた中学時代、仲良かった女子から「つきあってください」と言われた。
あっさり「いいよ」と応えた。
「この時、自分は『買い物に誘われたのかな』って思っていたんです」
「恋愛感情がわからないし、ムードを読むのも苦手なところがあって(苦笑)」
「つきあってください」と言ってくれた彼女は、きっと告白の場面らしいムードを作ってくれていたのだと思う。
しかし、そのムードも恋愛的な好意も感じ取ることができなかった。
「いいよ」と応えたこともあり、彼女とは何度か2人きりで出かけた。
しかし、いつしか彼女から連絡が来なくなってしまった。
共通の友だちに「最近あの子が遊んでくれなくなったんだ」と言うと、「何言ってんの!?」と驚かれた。
その友だち曰く「つきあい始めたのに進展がなく、彼女はうんざりしていた」とのことだった。
「『自分は何もしていないのに、なんでうんざりしたんだろう?』って戸惑いました」
「今思えば、何もしていないからこそなんですけどね(苦笑)」
自然消滅のような形になったことで、彼女とは恋人としてつきあっていたのだと知った。
純粋に寂しかった。
「自分にとっては失恋ではなくて、大切な友だちを1人失った感覚でした」
「最後に話すこともなく関係が終わってしまったことが、すごく悲しかったです」
05恋愛がわからない自分へのもどかしさ
追いつけなかった男同士の会話
高校に上がり、男子テニス部に入った。
部員たちは、四六時中「あの子が好き」「あの子がかわいい」と、恋愛や女子の話で盛り上がっていた。
「この頃から、恋愛が当たり前のものとして生活に存在しているんだと認識し始めました」
「でも、『確かにあの子はかわいいけど、だから何なんだろう?』って気持ちでした」
「自分にとって『花がキレイ』『子犬がかわいい』と『女の子がかわいい』は、近い感覚だと思います」
「『超かわいい!』って声を揃えて盛り上がる意味がわからないんです(笑)」
話に乗らなかったことで、「むっつり」と言われたことがあった。
しかし、どう言い返していいかわからなかった。
「ほとんどの人が恋愛感情を抱くという大前提があるから、自分1人が否定したところで何も変わらないと思ったんです」
「当時はアセクシュアルってワードも知らなかったので、自分の状況もうまく説明できませんでした」
会話を続けるための無難な答え
いつからか、友だちと話を合わせるようになっていた。
「好きな人は?」と聞かれた時に、「いない」と話を終わらせてしまうことが申し訳なかったから。
「恋愛感情がない」と告げることで、仲間外れにされるかもしれないという恐怖心もあった。
「『好きなタイプは?』と聞かれたら、自分にとっては『ない』が正解なんです」
「でも、会話を続けるために、無難なタイプを言ったり仮の人を当てはめたりしてやり過ごしていました」
しかし、人に合わせていると、いつしか無理が生じてしまう。
「『女の子が好き』と言っただけで、女友だちにも恋愛的な好意を向けていると捉えられてしまうんですよね」
女友だちと遊んでいるだけで、周りからは「つきあってるの?」と聞かれた。
相手の女友だちから恋愛感情を抱かれることもあったが、応えられなかった。
恋愛ありきで関係を構築していかなければならない状況を前にして、心がモヤモヤした。
「自分は友だちとして遊んでいるのに、恋愛前提になっていることがイヤでした」
「『つきあってるの?』と聞かれた時は、『そんな気はない』って素直に伝えていましたね」
「性別=なかけん」というキャラクターによって、周りから「なかけんはそれほど恋愛意欲は強くない」と思われていた。
そのため、正直に「恋愛感情を抱かない」と話すと、理解してくれる人も多かった。
人に受け入れてもらえること
「男らしくない自分」「恋愛できない自分」に対して、ストレスを感じることもあった。
しかし、さまざまな環境でさまざまな友だちと触れ合う中で、自分自身を受け入れてくれる人がいることを知った。
「お母さんから “普通” って何度も言われたけど、高校生くらいで “普通” なんてないのかもしれない、って意識が芽生えたんです」
「恋愛感情を抱かない」と打ち明けた時、周囲に受け入れてもらえる安心感を知った。
「“普通” という枠組みを外して、今の自分自身とちゃんと向き合いたいって思ったんです」
「一度枠組みを外したら視野が広がって、お母さんにも自分の意見が言えるようになりました」
恋愛感情を抱かない自分を、自分自身が正面から受け止められるようになったのは、16歳のことだった。
<<<後編 2017/08/16/Wed>>>
INDEX
06 “アセクシュアル” というワード
07 生き方を見つめ直す期間
08 過去の経験を生かすための活動
09 自分だからできること、言えること
10 明確な将来と不確かな未来