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研究者として、LGBT当事者として、より良い社会を切り拓くために。 【後編】

研究者として、LGBT当事者として、より良い社会を切り拓くために。【前編】はこちら

2017/03/14/Tue
Photo : Mayumi Suzuki  Text : Mana Kono
平尾 春華 / Shunka C. Hirao

1988年、福岡県生まれ。幼い頃から理系科目への造詣が深かったことから、大阪大学工学部へ入学。同大学院工学研究科卒業後、海上技術安全研究所へ入所。現在は研究員として海洋エネルギーの研究に携わる傍ら、特定非営利活動法人「東京レインボープライド」のスタッフなども務める。

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INDEX
01 大人しくて控えめな性格
02 転校先でのいじめ
03 ポジティブに、前向きに
04 大学でのつまずき
05 徐々に強くなる、性への違和感
==================(後編)========================
06 研究所への就職
07 最初のカミングアウト
08 性別適合手術の技術向上に期待
09 現在も残る、父との確執
10 命さえ繋げば、悩んでもいい

06研究所への就職

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研究を続けたい

学年を重ねても、相変わらず大学の授業はサボりがちだった。

「研究課題が実験に絡むようなものじゃなかったので、授業や実験に追われて忙しいということもそんなにありませんでした」

「だから学校には全然行ってなかったんですけど、教授に後から聞いた話では、本当は実験もやらせたかったみたいです(笑)」

「そんなわけなので、最低限進めていたものを論文にまとめて提出して、卒業させてもらいました」

大学卒業後は、同じく大阪大学の大学院に進学した。

「工学部の場合、大学院まで行かないと就職先がないと思ったんです。まわりもだいたい7割くらいは院進学をしていました」

大学院でも、学部時代と変わらず、あまり人と関わることのない生活を送った。学校に顔を出さないことも多かった。

「だから、よく卒業させてもらえたなって思います(笑)。単位も結構ギリギリだったので、最後は教授に頭を下げて卒業させてもらいました」

出席面では不真面目だったものの、卒業後も研究を続けたいとは考えていた。

「普通のサラリーマンになろうとは、全然考えていなかったです。現実的に見て、このまま院を出れば難なく研究所に就職できそうだったというのもありました」

「ほかの学生の卒業後の進路は、8割がエンジニア職、1割が一般職、残りの1割が研究に進む感じでした。研究職は倍率が高いというより、あまり人気がなかったように思います」

結果、卒業後は大学ともつながりのある研究所に就職することとなった。

研究者は天職

就職先は、東京・三鷹にある国立の研究所。

大学院卒業と同時に上京して、一人暮らしをスタートさせた。

「やっと親元を離れられてうれしかったです。女子の格好をするためにいろいろ自分を変えたかったので、早く実家を出たいと思っていたんです」

「でも、初めての一人暮らしはすごく大変でした。家事は今でもあんまりできていないです(笑)」

学生時代に出席していた学会には、就職先の研究所の人間も出入りしていたため、顔を見たことのある人も多く、職場にはすぐに馴染むことができた。

仕事では、海洋エネルギーの研究をおこなっている。

「海に浮かんでいる発電施設の安全性を保つにはどういうことをしたらいいのかっていうガイドライン作りをしています」

基本的には、国からの依頼を受けて実験を重ね、年度末までに報告書を書くというワークスタイルだ。

「仕事はすごく面白いので、大変だと感じたことはないです」

「・・・・・・あ! でも、期限があることは大変かな(笑)。ついついマイペースにやっちゃうんで、期限に全然間に合いそうにないことはよくあるんです」

ワークライフバランスは、取れてるのか取れていないのか、自分でもよくわからない。

「普段はマイペースに仕事できるんですけど、やっぱり報告書や論文の締め切りがあると、ちょっとバタバタしてしまって夜遅くなってしまうことはあります」

そうやって忙しいことはあっても、やりがいは十分だ。

「実験結果がまとまって、面白い結果が見えた時はすごく楽しいですね」

「答えが用意されているわけではないので、わからないものを開拓していく面白さもあります」

研究者は、心底自分に向いている職業だと思う。

「このまま仕事がある限りは、ずっと今の仕事を続けていきたいです」

07最初のカミングアウト

従姉へのカミングアウト

カミングアウトのきっかけは、従姉妹との再会だった。

一昨年、東京に住んでいる親戚家族と久々に顔を合わせたところ、2つ年上の従姉と急速に仲が深まっていったのだ。

「大阪に暮らしていたこともあって、20年くらい会ってなかったんですよ。その子は男1人女2人の兄妹だったんですけど、上のお姉ちゃんたちともだんだん仲良くなっていきました」

そうして親交を深めた従姉が、初めてのカミングアウト相手となった。

「カミングアウトはめちゃくちゃ軽いノリでした(笑)。一緒に遊びにいって恋愛話になって、どういう流れかはちょっと忘れちゃいましたけど、『男子のことも好きになるんだよね』って話したんです。事前に、今日は打ち明けるぞって決めていた訳でもなかったし」

会話の流れがあまりに自然だったから、口にしてから自分でも思わず「あ、言っちゃった!」と驚いてしまうほどだった。

「その時は『男子が好き』と言っただけで、トランスジェンダーについては言いませんでした。でも、その後電話でトランスジェンダーについてもカミングアウトしました」

当時、「男性も好きになること」と「心と体の不一致」では、後者の方が大きな悩みの種だった。

「『男性のことも好きになる』ということでは、そこまで深く悩んだことはなかったんです」

職場へのカミングアウト

男性として入所した職場には、しばらくの間、中性的な服装で通っていた。

「その頃は、脱毛に通ったりダイエットをがんばったりしていました。髪の毛も、女子でいうショートカットで、男子だとちょっと長いくらいに伸ばしていたかな」

幸い、職場には服装や髪型の規定はまったくなかった。

同僚から「痩せてだいぶ雰囲気が変わったね」と言われることはあったが、特に女性らしさを指摘されるようなこともなかった。

そして、一昨年の春、職場でもカミングアウトを果たした。

「カミングアウトした時はみんな驚いていました。ほとんどの方に1対1で伝えたんですけど、大体みんな最初はフリーズですね(笑)」

「『えっ?』と言って固まる、みたいな感じでした」

だが、その後は比較的あっさり受け入れられたように感じる。

「みんな研究者なので、頭が柔らかいんですよ」

「研究者は新しい知識をどんどん取り入れないといけないし、古い知識のままでは研究になりません。柔軟性がないとできない仕事だと思います」

今では、職場にも普通に女性の格好で通っているし、研究所の名刺も「春華」の記載にさせてもらっている。

08性別適合手術の技術向上に期待

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“パンセクシュアル” だという気づき

自分がバイセクシュアルではなくパンセクシュアルだと自覚したのは、かなり最近のことだった。

従姉へのカミングアウト後、勇気を出して、LGBT関係者が多く集うレストランを訪れた。

「それまで、ネットなどを通じてオフ会に参加しようとかって、考えたこともなかったんです。お店には一人で行ったので、とても緊張しました」

そこでたまたま知り合ったのが、パンセクシュアルの女の子だった。

「彼女の自己紹介を聞いて、初めて “パンセクシュアル” という言葉を知りました」

さらに、同じ日に「OUT IN JAPAN」の関係者との出会いもあった。

「いろいろな人と出会って情報を知ることができて、急に視界がパッと開けたような気がしました」

自分と同じような人間が普通に生きていること、ほかにもいろんなセクシュアリティの人が存在していること。

驚きと感動を覚えた。

ホルモン治療のスタート

去年の春からは、ホルモン治療をスタートさせた。

「それまでも、ネットで調べて豊胸サプリメントを試したりとか、いろいろやっていたんです」

でも、個人で購入する場合、料金はかなり高くなってしまう。

「それで費用を安く抑えたいと思って、専門のクリニックに通い始めることにしたんです」

「ちゃんとホルモン注射を受け始めてからは、筋肉が細くなったり、肌がキメ細かくなったり」

「自分ではあんまり自覚はないんですけど、まわりがそう言ってくれることが増えました」

現在も、2週間に1回ほどのペースでホルモン注射を受けている。

「体が変わっていくのは、単純にうれしかったです。やっぱり、胸が出てくることがとくにうれしかったですね」

いつか、性別適合手術もしたいと思う。

「でも、本当のところは、手術に関する話はあまり公では言いたくないんです」

「あそこの形がどうなっているかなんて、普通の人はオープンにしないじゃないですか?トランス女子だけが、『手術した・していない』ってオープンに話すのは、間違っていると思うんです」

それに、現在の技術で手術を受けることについても、少し悩ましい。

実際に手術を受けた当事者に出会うたびに、やましい、自分も早く体を変えたい!」と思うのは事実だ。

「だけど、今はIPS細胞なども出てきているので、もうちょっと待てばもっといい治療法が出てくるんじゃないかなって期待しているんです」

もしかしたら近い未来、現在の技術よりもさらにリアルな女性の体に近づけるような、優れた治療法が開発されるかもしれない。

「なので、今は健康な体を保って、新しい技術を待ちたいなと思います」

09現在も残る、父との確執

両親へのカミングアウト

実は、クリニックに通い始める少し前に、両親にもカミングアウトを済ませていた。

だが・・・・・・。

「実家に帰って、『女性になりたい』という話をしようと思ったら、すごく怒られて・・・・・・。そこから先の話ができなかったんです」

「母は子どもが大好きなので、今ではやんわり受け入れてくれているというか、そこまでキツくは反対されていません」

「でも、最初は『思い違いじゃないか』とも言われました」

カミングアウト以降、何度か実家に帰ってはいるものの、両親との間にはいまだに確執がある。

「父親とは、ほとんど口をきいていないです」

「病院で診断が下りてからも、聞く耳を持ってくれない状態なので・・・・・・。何を考えているかもわからないんです」

東京と大阪。

離れた場所に暮らし、日常的には顔を合わせないものの、家族は家族だ。

「父からの理解を得ることを、まだ諦めてはいません」

カミングアウトした方が楽

「性別を変えると決めてからは、隠しておく必要もないかなと思って、Facebookでも『性別を変えるつもりです』とカミングアウトしました」

どうせなら、まわりの人が全員自分のことを知ってくれていた方が楽だと思った。だから、公にカミングアウトすることに迷いはなかった。

「これまでお世話になった人とは、縁を切りたくなかったんです。でも、昔の私を知っている人に今の私のことを知らせなかったとしたら、縁が切れてしまうわけじゃないですか?」

「縁を切りたくないからカミングアウトをしたんです」

「私が昔、男の子だったっていうことを知っている人がいてもいいかなって思いました」

結果、応援のコメントが多く寄せられた。

「否定的な意見は、家族以外では全然なかったです」

10命さえ繋げば、悩んでもいい

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生きやすい未来のために

もともと引きこもりがちな性格だったが、当事者たちとの出会いを経て、LGBT関連のイベントにも積極的に参加するようになった。

LGBT成人式への登壇のほか、現在はNPO法人「東京レインボープライド」のスタッフとしても活動している。

「従姉妹と仲良くなったことが、大きな転機になったんです。それからは、もっと人前に出てみようと思うようになりました」

知り合いを増やしたいという思いから、仕事が休みの日はいろいろなところに出かけるようにしている。

「東京レインボープライドに関わるようになったのは、世の中で自分のような存在が当たり前になれば、将来生きていくことがすごく楽になるだろうなって思ったからなんです」

今、こうした活動に力を入れてがんばれば、きっと将来の自分が過ごしやすい世界を作ることができるだろう。

「忙しくて仕事との両立は大変ですが、つながりがいっぱいできたし、楽しいこともたくさんあります」

悩むのは大切なこと

研究に、LGBT活動にと、やりたいことはまだまだ尽きない。

「大好きな研究では、ほかの人が思いつかないようなことをいっぱいやれたらなって思っています」

「特に今注目してるのは、量体力学関係の方程式です。量子力学の考え方をヒントに流体力学の問題に取り組んで、解を見つけられたらいいなと思っています」

LGBTを取り巻く環境についても、どんどん働きかけていきたい。

「LGBTの現状を変えるためにいろんな人が動いているから、今後状況が悪くなることはないと思うんですよ」

「絶対に、これからは良くなっていくと思います」

だから、自分のジェンダーやセクシュアリティで悩んでいる人がいても、諦めないでほしい。

「悩むことはすごく大切です。悩まないと前には進めないから、いっぱい悩んでほしい。ただ、どれだけ悩んだとしても、命だけは繋いで生きてほしい」

「世の中を変える」なんて、大それたことを言うのはおこがましいかもしれない。

「だけど、私みたいな人間も含めたみんながもっと過ごしやすい環境に、世の中を変えていきたいなって思うんです」

自分たち大人のLGBT世代が、これからの社会を必ずより良いものに変えていく。

「将来、環境がガラッと変わって明るく生きられることもあると思うから、今はいっぱい悩んでいいんですよ」

あとがき
ノースリーブのニットからスラリと伸びた腕が、話すたびにしなやかに動く。春華さんは、とても論理的で静か■「悩むことは大事」。そうだ!と思った。悩んだ先にあるものは何だろう?発見?諦め?真実?高尚な意味などないのかもしれない?■悩みが、目の前の事実やおもい、自分をあるがままに観られないことだとしたら、春華さんはそれとは逆にいる■「答えがまだ出ていないことを研究するのが面白いんです(笑)」。に再び、そうだ!と思う。(編集部)

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