INTERVIEW
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研究者として、LGBT当事者として、より良い社会を切り拓くために。 【前編】

「阪大院卒」「国立研究所の研究員」という、華々しい経歴を持つ平尾さん。子どもの頃から理系科目が大好きで、「ずっと今の研究職を続けたい」と言うほど、研究へのひたむきな情熱を持っている。トランス女性かつパンセクシュアルでありながらも、「ほかのLGBT当事者と比べれば、自分はあまり悩まなかったと思う」と語る。そうした前向きな姿勢やポジティブさは、一体どのようにして培われたのだろうか。

2017/03/12/Sun
Photo : Mayumi Suzuki  Text : Mana Kono
平尾 春華 / Shunka C. Hirao

1988年、福岡県生まれ。幼い頃から理系科目への造詣が深かったことから、大阪大学工学部へ入学。同大学院工学研究科卒業後、海上技術安全研究所へ入所。現在は研究員として海洋エネルギーの研究に携わる傍ら、特定非営利活動法人「東京レインボープライド」のスタッフなども務める。

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INDEX
01 大人しくて控えめな性格
02 転校先でのいじめ
03 ポジティブに、前向きに
04 大学でのつまずき
05 徐々に強くなる、性への違和感
==================(後編)========================
06 研究所への就職
07 最初のカミングアウト
08 性別適合手術の技術向上に期待
09 現在も残る、父との確執
10 命さえ繋げば、悩んでもいい

01大人しくて控えめな性格

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転勤族の父

幼い頃は、とても大人しい子どもだった。

「外で遊ぶよりも、部屋の中で遊んでいることの方が好きでした。特にパズルゲームが好きでしたね。ジグソーパズルやルービックキューブで遊んでいました」

「でも、兄弟がいたので、一人で遊ぶことはあまりなかったです」

2歳ずつ年の離れた兄が2人。3人兄弟の末っ子として生まれた。

「兄たちは優しかったけど、乱暴なところもあって、上の2人でよく喧嘩をしていました。やんちゃな兄たちと比べたら、私はかなり静かなタイプだったと思います」

両親は、会社員の父と、専業主婦の母。

「父は、仕事が忙しくてあまり子育てには参加していませんでした。転勤族だったので、幼い頃は引っ越しも多かったです」

そのため、生まれは福岡だが、すぐに鹿児島へ引っ越すこととなった。

その後もしばらくは各地を転々としていたから、保育園と幼稚園は両方通ったし、小中学校でも転校を経験している。

「友達と別れる時に、思いっきり泣いたのを覚えています。引っ越しや転校では、いい意味でも悪い意味でも人間関係がリセットされていました」

理系科目が好き

「勉強は苦ではなかったです」

「昔から理系の科目が好きでした。でも、理系科目に関しては、取り立てて勉強した記憶はないんです」

小さい頃は、喘息持ちで体が弱かった。

「だから、家でゴロゴロしながら、本を読む代わりに教科書を眺めていたりしました。ほかに読む本がなかったんです(笑)」

そのためだろうか。ガリ勉キャラというわけでもないのに、いつも成績が良くて、周囲に驚かれることも多かった。

幼稚園や保育園では、男子よりも女子と遊ぶことの方が多かった。

「当時ははっきりと意識していませんでしたけど、女の子と遊んでいる時の方がしっくりくるような感覚はありました」

それ以外に取り立てて違和感はなかったし、男の子の格好をすることに不満を抱きもしなかった。

初恋の相手も、女の子。

「小学生の時に、運動もできて頭もいい、かっこいい女子を好きになりました」

だけど、彼女に告白はせず、自分の心の中に想いを閉じ込めていた。

02転校先でのいじめ

大阪への引っ越し

小学校2年生の時に、父の仕事の都合で九州から大阪の小学校に転校することになった。

「前の学校ではみんなと仲良くしていたんですけど、転校してからは男子グループに入ることに必死に。結果的にはクラスに全然馴染めなくなってしまいました」

「九州と大阪では、会話のテンポが全然違うんです。だから、大阪に引っ越してすぐの頃は、全然まわりとやり取りができませんでした」

もともと性格がおっとりしていることもあって、周囲の早いテンポ感についていくだけでも大変だった。

「相手に一方的にまくし立てられて、面食らってしまうこともありました」

さらに、地元のつながりが強い大阪では、排他的なムードも感じた。

「よく考えたら、いじめられていたんだと思います。目の前で悪口を言われたこともあったし、鬼ごっこをやる時にずっと鬼をやらされたこともありました」

だけど、学校では仲のいい友達もできた。

「割と大人しい、今でいうオタク系の変わった友達が多かったです」

「そういう子とは、一緒にいて楽でした。自分自身、一つのことを突き詰めるという意味でオタク的なところがあるから、類友だったのかもしれないですね」

なんとなく抱いていた違和感

声変わりをしたのは、小学校6年生の時。

「二次性徴はすごく嫌でした」

「でも、最近出会ったトランスジェンダーの人の話を聞いていると、私が抱いていた違和感は、その人たちと比べたらかなり弱かったんじゃないかなと思うんです」

もちろん体の変化は嫌だったし、女の子用のかわいい服を着てみたいという気持ちも徐々に芽生えるようになっていた。

「だけど、“自分が男の子であること” を否定するほど強い思いではなかったんです。やんわり『嫌だなあ』と感じるレベルでした」

家でこっそり、母親の服を着たこともあった。

でも、そのまま外に出るなんて考えてもいなかったし、今後自分が女性の格好をすることもないと思っていた。

03ポジティブに、前向きに

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夢のために勉強をがんばろう

中学でも、一度転校を経験した。

「最初に通った中学は公立校で、小学校の人間関係をそのまま引きずるような形で進学したので、そこでも結局いじめにあっていました」

「でも、転校してからはそういうこともなく、みんなと仲良くしていました」

思春期になってからも、好きになるのはいつも女の子だった。

「ボーイッシュな子が好みというわけでもなくて、ギャルっぽい子を好きになったこともあります(笑)」

「でも、高校生になってから好きになった子は、ちょっと男勝りっぽい感じがありました」

高校は、近くで受験できる公立校の中で一番レベルの高い学校を受験した。

結果、見事合格。

「文系科目が苦手なので、がんばって勉強しました」

「小学生の時から、建築関係の仕事に就きたいと思っていたんです。素敵な家を建ててみたいなと思っていました」

そのためか、「自分が将来なりたいものになるためには、勉強をがんばらなくてはいけない」という考えを、中学生の頃から抱いていたのだ。

だから、もちろん高校でも勉強に精を出した。進学校だったけれど、成績はいつも上の下か中の上あたりをキープしていた。

「ただ、教科によってかなり好き嫌いがありました。トータルだとそれぐらいの順位だけど、好きな理系科目だともっと上だし、嫌いな科目だとすごく下の方でした」

とりわけ苦手だったのは、暗記勝負の科目。

「意味のない単語を覚えていくことがすごく苦手で、歴史上の人物とか地名とかが全然覚えられなかったんです」

「覚えることが苦手だったから、その場で考えてできる科目の方が得意でした」

母親ゆずりのポジティブさ

「ほかのトランスジェンダーの人と比べれば、高校生の頃も自分は全然悩まなかった方だと思います」

もちろん、悩みごとが一切なかったと言えば嘘になる。

だけどそれ以上に、現実は現実だと割り切って楽しんでいた部分が大きいのだ。

「女子の格好ができないことでモヤモヤもしましたけど、それ以上に部活に打ち込んだり、友達と遊んだりして、楽しく過ごしていたんです」

こうした前向きな性格を培ったのは、昔から言われ続けていた母の言葉だった。

「小さい時から母親が『とにかくポジティブに考えなさい』ってずっと言ってたから、物事をあんまり後ろ向きに捉えることはありませんでした」

「家族も比較的みんな前向きですが、とにかく母親は明るかったです」

04大学でのつまずき

化学にハマる

現在就いている仕事は建築とは異なる研究職だが、高校に入学してからは「研究者もいいな」と感じるようになっていった。

きっかけは、高校に入ってすぐに仲良くなった友達に「化学研究部に入ろう」と誘われたことだった。

「押しに弱かったから、断りきれずにクラブに入ったんです。そしたら意外と楽しくて!(笑)。そこから、研究や実験の楽しさに目覚めてしまいました」

それからは、部活にどっぷりの高校生活を送った。

「化学は、何が起こるか予想がつかないところが面白いんです」

透明同士の薬品を混ぜても、別の色に変化することがある。見た目だけでは結果がわからないのが、化学の世界の面白さだ。

化学研究部では、恋の芽生えもあった。

「3年生の時に、化学研究部の後輩の女の子と付き合うことになったんです」

自分から告白して、初めてできた彼女。

さっぱりした性格が好きだった彼女とは、部活で毎日のように顔を合わせていた。

半不登校の大学時代

中高と熱心に勉強した甲斐あって、大学受験では見事大阪大学の工学部に合格、進学することとなった。

「工学部は、1年次は共通で、2年から『社会基盤』『建築』『船舶海洋』という3つの学科に分かれていました」

「もともとは建築に行きたかったんですけど、1年生の時の成績が悪かったので、一番人気の建築には行けなかったんです。それで、研究をやるなら面白いだろうなと思って船舶海洋に進みました」

しかし、希望を抱いて入学したものの、学校からは徐々に足が遠のくようになる。

「船舶海洋のクラスでは、仲のいい友達があまりできなかったんです」

「その頃から、性別の違和感がかなり強くなっていて、人に会うのが億劫になっていきました。勉強は最低限ちゃんとやっていたんですけどね」

高校生の頃から付き合っていた後輩の彼女との別れも、内にこもるようになった原因の一つだった。

「彼女には、大学に入って結構すぐにふられちゃったんです。理由は全然聞かなかったので、なんでなのかはわかりませんが・・・・・・」

授業に出るのをサボって、本屋で立ち読みをする毎日。

「単純に、学校に行くのがめんどくさかったっていうのもあります」

「友達がいるわけでもないから行っても別に楽しくないし、授業も、わざわざ出席しなくても、もらった資料を見ればわかるような内容じゃんって思ってしまったんです」

とはいえ、大学生時代も実家暮らしだったから、とりあえず毎朝家は出て、両親には大学に行っているように思わせていた。

「気が向いたら大学に行くけど、授業は出ずにずっと図書館にいたこともありました。ギリギリ単位を出してもらえる程度しか出席していなかったですね」

05徐々に強くなる、性への違和感

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一人でいるのが好き

授業をサボって、一人でいることが多かった大学時代。

「でも、本や漫画を読んだりして何かに没頭できるから、それほどストレスやさみしさを感じることはありませんでした」

アルバイトでは、塾講師をしていた。

「バイトは大変だったけど、楽しかったです。対人関係が苦手だったので、バイトはあえて対人関係が生まれるものをやってみようと思ったんです」

対人関係が苦手といっても、コミュニケーションが苦手というわけではない。

「ほっとくと一人でいたいというか、一人でいるのが好きなんです。あまり人と積極的に関わるようなことはないですね」

「もちろん、ずっと一人でいるとさみしいとは思いますよ。でも、そう感じ始めるのに、多分ほかの人よりもだいぶ時間がかかるんです」

人と比べたら、相当さみしさを感じにくい性質だと思う。

男性への初恋

ジェンダーに対して、徐々に強くなっていった違和感。

女性の格好をしたい。けど、できない。

「仮に女性の服を着たとしても、人に受け入れられるような雰囲気の外見でなかったことも大きかったです」

だから、がんばって男性として生きてみようと思っていた。

「でも、大学生の時に初めて男性に初恋をして、『あれ?』ってなって・・・・・・。そこから、真剣に悩み始めたんです」

好きになった相手は、高校時代の同級生。

卒業してから久しぶりに遊びにいった時、彼に対してこれまでとは異なる感情を抱いていることに気づいた。

「そうか、これは恋なんだ、と思いました」

初めて男性を好きになったことで芽生えた、戸惑いや葛藤。

「そうした戸惑いを自分でもうまく消化できなかったから、かなり凹みました」

「大学生活がうまくいかなかったことも、少なからずその悩みが影響していたのかなって思います」


<<<後編 2017/03/14/Tue>>>
INDEX

06 研究所への就職
07 最初のカミングアウト
08 性別適合手術の技術向上に期待
09 現在も残る、父との確執
10 命さえ繋げば、悩んでもいい

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